第219話 『なんでもいうことをきく』二つ目
律儀にも、まず一番上に、タイトルがでかでかと書かれた表紙がついている。
タイトルは『双子の彗星(仮)』で、その下に小さめのフォントで『原作 スーザン山崎』、作画『ウルヴェル』とある。
ウルヴェルは上田さんのペンネームで、スーザン山崎は……まあ山崎さんだよな。
それにつけてもスーザン山崎って、これってギャグですか? それとも真面目?
大事なのは中身だ。
いくらペンネームとかタイトルとかが素敵でも、内容がクソなら目も当てられない。
表紙をめくると二枚目に、登場人物の一覧が載っていた。
主人公の名は『ハルキ』。
どこにでもいる普通の男子高校生。
中肉中背中庸な相貌。
鈍感でヘタレなところもあるが、決める時はバシッと決める性格……とある。
ヒロインはダブルヒロインで、双子の姉妹ということだ。
名前はそれぞれ『アカネ』『アオミ』。
双方ともに黒髪ロングの清楚系で、同じクラスのハルキに思いを寄せているらしい。
容姿については特になにも書かれていないが、漫画のヒロインだ。当然美少女なのだろう。
ちなみに性格については対極に位置するようで、『アカネ』はポジティブでアグレッシブなオラオラ系であり、『アオミ』は根暗引っ込み思案のネガティブ陰キャ系……とだけ簡潔に書かれている。
漫画とかのいわゆるプロットといわれるものを見たことがないのでなんともいえないが、登場人物の設定については、こんなものなのだろうか?
「わ、私も……」
振り向くと、バスの通路に一華が立っていた。
先ほどまで仕方なくといったていで本来の上田さんの席に座っていたが、なにをしているのか気になったのかもしれない。一華は俺の手にあるシナリオへと視線を送りながら指をもじもじと絡めている。
「ふむ」
上田さんが、シナリオ、俺、一華という順に、視線を巡らせる。
「確かにこれは一華にも関係することだ。であるならば」
席を立つと一華を俺の隣の席へと促して、自分は通路側のシートに設置されていた予備の席をパタンと開いて、ドサッと腰を下ろす。
「京矢と一華、二人でシナリオを読むといい。その方が、話が早いからな」
……『二人でシナリオを読む』……『話が早い』……。そして漫画のヒロインは双子で、上田さんは俺に一華に女装してほしいといった……。
なるほど、大体のところは分かったかもしれない。
でもとにかく……内容に目を通してみよう。
話の概要は、こんな感じだった。
双子の姉妹、アカネとアオミは、同じ男子、ハルキに思いを寄せている。
ある日ひょんなことから、アカネはアオミの気持ちに気づく。
そして自分はハルキへの思いを隠して、アオミの恋を応援することにする。
そうすればきっと、アオミの根暗で引っ込み思案な性格も、治るだろうと期待して。
アオミとハルキを引っつけるためにも、アカネは二人の距離がもっと近づくようデートのお膳立てをする。
デートの他にも、学校行事で二人ペアになるように仕向けたり、「あー今日私用事があるんだったーあとはお若い二人でどうぞご随意にー」とかいってそそくさと立ちさったりと、いわゆるテンプレラブコメ展開が続いてゆく。
そんなこんな色々あり、文化祭の後夜祭で、勇気を振り絞ってアオミがハルキに告白。
しかし残念ながら断られてしまう。
「俺はアカネが好きなんだごめん」的な感じで。
事態が急変するのはここからだ。
ショックのあまりに鬱傾向におちいったアオミが、絶望の悶絶の末に、ハルキを滅多刺しにして殺してしまったのだ。
このままではアオミが警察に捕まってしまう。
そんなのは姉として見過ごせない。
二人は当てもなければ未来もない、逃亡生活へと身を投じる。
逃亡生活の終盤、二人が訪れたのは、とある北欧の湖畔。
アオミは献身的に自分を支えるアカネに、血を越えた愛情を抱いて、心も体も求めるようになる。
アカネはアカネで、いやいやといいつつ、実は自分でも気づかぬ心奥でアオミを求めており、いい寄るアカネを受け入れる。
二人は幸せなキスをして、物語は幕を閉じる。
「…………」
読み終わると、とりあえず俺は、一体全体なにをいおうか、頭の中でまとめてみる。
うーん……正直よく分かんね。
面白いのか面白くないのか……どうなんだこれ?
序盤はよくあるテンプレ展開で、正直こういうの食傷気味だし、後半は後半で、ほらほら急展開だぞーって感じで、なんか鼻につく感じがするし。
でもまあ、絵がついて、作品として完成された状態で見ると、また違って見えるのか?
「読んだか? どうだ?」
上田さんが、ポップコーンの亜種みたいなお菓子をぼりぼり食べながら、聞く。
「うーん、なんていうか……」
面白いのか面白くないのかよく分かんねえなんて、本人の前ではいえねえわな。
「いいんじゃないかな? うん」
「その反応は、どうやら京矢の気に入らなかったようだな」
バレてる?
多分、小さな頃から、自分の作品をたくさんの人に見せてきたから、こういう反応の場合はいまいちだとか、分かるんだろうな。
嘘がつけねー。
そんな俺をかばうように、一華が上田さんへと口を開く。
「こ、これ、どこの出版社に、持ってく?」
「ふむ、講談社だ」
「ということは……マガジン?」
「ずばりだ」
「マガジンは、昔はヤンキー系ばっかの、反社雑誌だから嫌いだった。でも最近は、ラブコメにも力を入れてる。私は……ジャンプのラブコメより好き。でもやっぱり、小学館にはかなわない」
ほうっ……なんか詳しいっぽい感じだ。
さすがは引きこもりの一華。
漫画とかサブカルに造形があるな。
ちょっと口調にうきうきしてる感じがあるのは、自分の好きな趣味のことで会話ができているからなんだろうなー。
よし。ここは一華に任せよう。
俺みたいな素人がごちゃごちゃ口出ししたって、きっと悪い方向にしか向かわないから。
一華が続ける。
「ただ……マガジンはジャンプとかサンデーとかと違って、やっぱり男性読者が多いと思う。こ、このラブコメ、一応男目線を意識できているとは思うけど……やっぱり作者が女の人だなって、端々に感じる」
「つまり、寄せている感じが出てしまっていると?」
「そ、そう。寄せるより、やっぱり、寄せずにど真ん中で描いている人には……勝てない」
寄せるというのは、本当に描きたいものから妥協するってことだもんな。
努力しているという意識がある時点で、好きには決して勝てないっていう、あれか……。
「主人公は、少年漫画っぽく男の子。ヒロインはダブルヒロイン。ヒロインの気持ちは深掘りされててリアルなのに、主人公の男の子の方はおざなりというかからっぽ。しかも女性作家によくある、ヘタレ、どっちつかず、いっていたことがすぐに変わる系で、正直感情移入しにくい。ヒロインはヒロインで、自分勝手、超思わせぶり、やっぱりいっていることがころころ変わる。多分、男の子の主人公に無理に寄せて、どっちも中途半端になった感じ」
「分かった。鈴に伝えよう。他になにかあるか?」
あとは……といいつつ、一華は最後のページをちらりとのぞく。
「ラスト……ど、どうなんだろ? ガチ百合エンドは、少女漫画っぽいというか……。マガジンなら、殺し合いで終わってもいいのかも」
マガジンから、クレームきますよ? マジで?
偏見もいいとこだ!
マガジンよくしらんけど!
「うむ。二人の意見、参考にさせて頂くぞ」
「で、でもでも……きっと大丈夫」
慌てた様子で一華が付け加える。
「なにがだ?」
「今の漫画なんて、所詮は絵だから。絵が超上手かったら、とりあえず担当つく」
「はっはっはっは」
上田さんが乾いた笑いをする。
「一華は、どこぞのヒキガエルくんみたいなことをいうんだな」
なんのことかさっぱり分からんが、まあ互いに通ずる冗談かなにかなのだろう。
それよりも……。
「それで、俺に一華の女装をしてほしいってのは、やっぱこれ? 別にシナリオの感想がほしかったってわけじゃないだろ?」
「いかにも。まあなんというか、以前ツイッターでくるみを釣るために、我の家でイラストを描いたことがあったろ。あれと同じだ。モデルに同じポーズを取ってもらった方が、インスピレーションが刺激されて、より躍動感というか、命のこもった漫画を描くことができるのでな」
「ようは」
自分の頭の中をのぞくように、俺は目を上に上げつつ、上田さんのいわんとするところを、まとめる。
「俺が『アカネ』、一華が『アオミ』になりきって、シナリオにある場面のポーズをとる。それが二つ目の命令ってことでいい?」
「うむ。それで合っている。特に後半部分の北欧での場面だ。好都合にも、林間学校は、富士山麓の、自然豊かな避暑地みたいなところで行われる。この機会を逃したら、もう夏休み中に、いいロケーションを得ることは叶わんだろうからな。まさに神の思し召しだ!」
「ああ確かに」
俺は鞄から林間学校しおりを取り出す。
ページをめくり、もくじの次にある、工程表の部分に目を通す。
「ちょうどこのあと、現地到着後に、『湖周辺の清掃活動』ってのがあるもんな。湖周辺ってことは、逃亡生活終盤に訪れる、北欧の湖畔とちょうど合う」
「それだよ」
にんまりと笑みを浮かべ、指を鳴らす格好をする。
格好をするといったのは、指を弾いたが、細谷のように小気味よい『パチン』という音が、全然全く鳴らなかったから。
「湖畔でのアカネとアオミのガチ百合イチャイチャ……これを生で見ることができれば、我はそれだけで漫画一本分のエネルギーが充填されるね。というか、そこが一番みたい場面だ」
あれ?
よく考えたらこれって結構リスク高くね?
だって今は林間学校の真っ最中だぞ。
林間学校の最中に、女装をするばかりでなく、あまつさえガチ百合イチャイチャって……。
「あのー……ガチ百合イチャイチャって、マジですか?」
「マジもマジ、大マジだ!」
上田さんは、ポップコーンの亜種みたいな菓子を食べる手を一端休めて、びしっと俺を指さす。
あの上田さんが食うのをやめてまで宣言した。
これは大マジだ……。
「アカネとアオミ、二人の心が近づき、互いに求め合う描写……ここはどうしても瑞々しさとか、自然で生命力あふれる本物の空気が必要だ。故に、京矢と一華が似ているという以上に、二人が適任であると、我はそう思った次第だ」
ん?
今の上田さんの発言の中に、一つだけ分からない点があったぞ。
気になった俺は、何気ない口調で聞く。
「『似ている以上に二人が適任』って、一体どういう意味? 以上って?」
「決まっているではないか、それはだな」
「わああああああっ!」
なぜか顔を真っ赤にした一華が、上田さんの言葉をさえぎる。
「わ、分かった……分かった! 協力する。私も協力する。それでいい?」
「俄然一華も、やる気になってくれたようだのう。我は嬉しいぞ」
「が……頑張る」ぞいの構え。
「それでは、またあとで。京矢と一華の双子……楽しみにしているぞ」
話を終えると上田さんは、菓子をぼりぼりと食べながら、自分の席へと戻ってゆく。
完璧すぎる女神にある、ただ一つの欠点……大食い。
これもある意味キャラ付けというか、愛嬌みたいなものなのだろうか。
創作活動の一端にふれ、俺もわずかに創作脳になっているのかもしれない。
そんな付け焼き刃みたいな考えが、僭越ながらも不意に浮かんだ。




