第173話 真夜中のカーニバル2-18
「嗅いでいるんだよ。上田さんの口を」
「して、どうだ?」
「うん。なんていうか……ぞくぞくした」
「ぞくぞく? それは褒めているのか?」
「これ以上ないほどに」
「ふうん。まあ、悪い気はしないな」
にんまりとした表情で、俺を見る。
それから手で横髪を耳にかけて、目を閉じると、手を首筋付近においたままの状態で、口を開いて舌を出す。
入れてくれ……という催促なのだろう。
待たせるわけにはいかない。そう思った俺は、急いで、されど優しく、頭上の明かりをてかてかと反射するその飴を、上田さんの舌へとのせる。
「口を閉じて」
「うむ」
して、どうするのだ? とでも聞くように、上田さんが小さく首を傾げる。
「まずは、優しく舌の上に飴を転がす」
俺は強すぎない力かげんで、上田さんの舌の上に飴で円を描く。
「次に、弱い刺激を与えるように、歯の裏側を飴で撫でる」
かたかたかたと、手に微弱な振動が伝わる。
振動が伝わるたびに、上田さんが、すがめた目をわずかにぴくぴくさせる。
「あ、ごめん、もしかして痛い?」
首を横に振ってから答える。
「否。なんだか少し、くすぐったい」
「じゃあ、問題ないね。続けるよ」
「うむ」
とはいえ、次はどうするか……。
大きさを確認するためにも、俺は一度上田さんの口から飴を取り出す。
するとつーと、糸を引いてつばがたれる。
もしかしたら上田さんは、他の人よりも唾液の量が多いのかもしれない。
となると、見かけによらず大食いなのは、人よりも食べ物の消化が早いからと、そのように考えられないだろうか。
まあ、今はどうでもいいけれど。
「どうした?」
挑発するように、上田さんが目を細める。
「まさかもう終わりじゃあないだろうな?」
「違うし。飴の大きさを確かめただけだし」
「本当か? これ以上、なにかができるとも思えんが」
「本当だ。次は……」
まるで口をふさぐように、俺は上田さんの口に飴を突っ込む。
そして親指と人差し指で棒の部分をつまむように持つと、時計回りに、くるくると回す。
パタン……パタン……パタン……。
円形の飴がひっくり返り、上田さんの舌を打つたびに、手に振動として伝わってくる。
パタン……パタン……パタン……。
振動は脳内で音として変換されて、俺にはなにか鞭のようなもので汗ばんだ肌を打つ、そのような音に聞こえる。
「んっ……ん…………」
飴が返り、パタンパタンと鳴るたびに、上田さんが目を細めて変な声を上げる。
「ん……んん……んんん……」
「どうしたの? おいしい? ほらもっとなめろよ」
「んん……ちょっ……まっ……」
「まだ残っているだろ? 最後までしっかりしゃ……じゃなくて、なめろよ」
「な、夏木京矢……んっ……待て……待つ……のだ……んっ……」
待て、と言われれば、その反対をしたくなるのが人の本能。
俺は棒の部分を手を合わせるように挟んで持つと、左右の手を、上下テレコに動かして、まるでドリルのように、上田さんの口の中で飴をぐるんぐるんと回転させる。
「きょっ……京矢! あっ……んん……や、やめ……やめないか……」
「今、上田さんの口の中で、ものすごい勢いで、飴が溶けていっているよね」
「んっ……んん……ふわっ……やめ……やめ……」
「飴を食べさせる……これが究極系なんだよ」
「だ……だから……」
かっと目を見開くと、上田さんは俺の手の上から飴の棒をつかむ。
そしてデュポっと自分の口から飴を引き抜くと、そのまま俺の口へと突っ込む。
「やめるのだ! つばが飲み込めずに、我の口の中が大洪水ではないか!」
「…………」
飴についた、上田さんの大量の粘液が、俺の口の中にじわーっと広がる。
いや、そんなのはどうでもいい。
そんなのはどうでもいいと思えるぐらいの光景を、今しがた俺は、目撃してしまったのだから。
そう、上田さんが自分の口から飴を引き抜いた時、そこには確かにびろーんと、美しい曲線を描く唾液ブリッジが架かっていた。
そしてその唾液ブリッジは途中で途切れることなく、俺の口の中に入ってきた。
つまりは、こういうことだ。
初めに、上田さんの口と飴に唾液ブリッジが架かっている。
次に、唾液ブリッジの架かった飴がそのまま俺の口に入ってくる。
最後に、上田さんの口と俺の口の間に唾液ブリッジが架かる。
……むむむむ。
これって、もうアレじゃね?
実質ベロチューじゃね?
そうだ!
これはベロチューだ!
間接キッスのさらに先、間接ベロチューだ!
俺は今、この世に舞い降りた美少女神、上田しおんさまと、間接ベロチューをしたのだ!
……間接ベロチューという、そんな概念があるのかは知らんけれど。
その後に唾液ブリッジは、ブラックホールが時空に穴をあけるように、ぐううっと下に伸びて、最終的には雫となり、ソファの上に投げ出された上田さんの太ももへと、ぽたりと落ちた。
「もうよい! もう十分だ!」
唾液でべたべたになった口元を、手の甲で拭いながらも上田さんが言う。
「夏木京矢は乱暴だ。おなごには、もっと優しくするべきであろう」
「ご、ごめん。つい……」
「まったく……小笠原一華にであれば、こうはならんのだろうな」
どうだろう。
今度やってみようかな。
「お、お待たせ」
ちょうどこの時、タイミングよく一華がキッチンから戻ってくる。
手には盆にのせられた紅茶セットが持たれている。
実際には声に出していないが、目をつむれば聞こえてくるようだ。
『うんしょ……うんしょ……』と、健気でかわいらしい、俺の彼女、一華の声が。
「お嬢さま、私が持ちますにゃ」
レイプ目になった識さんが一華に駆け寄る。
「というか本来私がいくべきだったにゃ。すまないにゃ」
「大丈夫。私がやる。日和は座ってて」
「そうかにゃ? 分かったにゃー」
一華は一度盆をローテーブルの上に置くと、ポットからカップに注いで、まずは上田さんに差し出す。
「飲んで」
「うむ。すまぬな。ありがたくいただくよ」
次に一華は、俺の口から飴を引き抜くと、ぐっと差し出すようにして、熱々の紅茶を差し出す。
「飲んで」
「ありがとう。一華。飴で口の中がべとべとだったから、本当に助かるよ」
一気に飲み干して空になったカップをテーブルの上に置くと、一華が再び注いで、俺に差し出す。
「飲んで」
「お、おう。ありがとう」
一気に飲み干して空になったカップをテーブルの上に置くと、一華がまたまた注いで、俺に差し出す。
「飲んで」
「お、おう。……分かった」
一気に飲み干して空になったカップをテーブルの上に置くと、なにを考えているのか一華が四杯目を注いで、俺に差し出す。
「飲んで」
「う、うっす」
これってなにかのパロディかなんかなんすか??
五杯目を注ごうとしたので、さすがに俺は一華を止める。
「も、もう大丈夫。ありがとう」
「ほ、ほんとぉ?」
「ああ。一華の優しさは、もう十分に伝わったから」
「う……嬉しい」
おかしい……!! 妙だぞ!? 明らかにポットの容量より飲んだ量の方が多い!!
かたんと音を立ててティーポットを置くと、一華はそっと、俺の肩に頭を預ける。
そして俺の手に手を重ねると、頬を朱色に染めつつも、まるでなにかを確認するように、上目遣いで俺を見たり見なかったりを繰り返す。
きっと……求めているのだろう。
安心というか優しさというか、そういったものを、目に見える形で示してくれるのを。
なら……。
俺は口元に笑みを浮かべると、一華の肩に腕を回して、何度か優しく撫でてから、チュッと、頭にキスをする。
もちろんこの前に観た海外映画の影響だ。
頭のキスに、一体なんの意味があるのかは、正直よく知らないけれど。
「して、映画を再開するぞ」
腕を組み、首を傾げた上田さんが、識さんへと命令する。
「再生するのだ。識日和メイドよ」
「はいですにゃー」
学園ラブコメもっと盛り上がってほしい。




