第161話 真夜中のカーニバル2-6
「さあ、識日和メイドよ。くるりと回るのだ」
「え!? マジ?」
「本当ですかにゃ? ご主人さま」
「ほ、本当ですか……に、ににに、にゃあ……? ご、ご主人さま」
え? なになに?
見たい見たい。
「うむ、本当だ。早くせんか」
上田さんの命令に、識さんは両手でぎゅっとスカートを握り、頬を紅潮させてうつむく。
そして強く目をつむってから、意を決したようにその場でくるりと一回転する。
ふわっと、スカートが広がる。
識さんの背後、腰の部分には、大きなモールのような素材でできた黒のしっぽが、『J』の字を描いて、ついていた。
なん……だと……だと……だと……だと……だと…………。
しっぽ……猫耳、識さん……。
頭の中で、要素が駆け巡る。
しっぽ、識さん、猫耳、識さん、メイド服、にゃん、猫耳、しっぽ、にゃん、メイド服、ギャル、識さん、メイド服、猫耳、しっぽ……。
――そうか!
プロメーテウスだ!
ギャル+本格メイド服+猫耳+しっぽ=プロメーテウス(?)。
識さんは、希望と言う名の火で、世界を照らす光なんだ! はうわ!
「じ、じろじろ見るなし……」
すぐに言い直す。
「じろじろ見ないでくださいませご主人さまにゃ、にゃあ」
「お、おおお、おう。す、すまん」
「一華も」
ちらりと、一華へと視線を送る。
「ご、ごごご、ごめん……でも……」
「でも?」
「ひ、日和……かわいい。す、すごく、かわいい……」
一華の言葉を聞き、識さんがにっこりと笑顔を浮かべる。
そして一華に近づき目の前でひざまずくと、手を取りちゅっとキスをする。
「ありがとうございます。お嬢さまにゃあ」
「ふわー……」
変な声を出して目を見開くと、一華はそのまま固まった。
どうやら処理をする感情のデータ量が跳ね上がり、フリーズを起こしてしまったみたいだ。
分かるぞー分かるその気持ち。
ともすれば俺も、心臓がフリーズして、そのままお迎えがきてもおかしくないレベルだったわふわー。
「ではそろそろ続きを始めるか。識日和メイドよ、映画の続きを流すのだ」
「承知しましたご主人さま。それではいきますにゃあー」
識さんがぽちっとキーを押すと、映像が流れ始める。
***
甲胄に触ろうとした男の手を取ったのは、やんちゃな雰囲気の漂うメイドだった。
彼女は言う。『どうしたん? こんな夜中にうろうろして』と。
男は連れの女が唐突に姿を消したことを話したが、メイドはなぜか真剣に取り合ってくれずに、きっと散歩にでも出かけたんだと言い、手でさっと玄関の扉を示す。
玄関扉のカットイン。
扉は、わずかに開いており、そこからは、妙に光った夜の闇が差し込んでいる。
こんな雨の夜に? あり得ない。
男の思いを知ってか知らずか、メイドは男の背中を押して、部屋に戻ることを促す。
眠れば、きっといつか戻ってくると、楽観的な言葉を残して。
***
「きゃああああ……イマノ、マジデ、コワカッタ、ヨオ…………にゃあ」
不自然に片言な叫び声。
いわずもがな、識さんだ。
……マジかこの人。
またわざと叫びやがった。
一体なにを考えているんだ?
「ええと、識さん、今のって、どこが怖かったの?」
「え? 怖くなかったですかにゃあ?」
「うん、全然」
「主人公が去る間際に、一瞬メイドの顔がアップになりましたですにゃあ。その顔が、ちょっと不気味だったですにゃあ」
ああー言われてみれば…………?
「まあよいではないか。悲鳴は悲鳴だ」
困ったように首を傾げた上田さんが、その後に口元に笑みを浮かべてから、くじの袋を差し出す。
「先ほどと同様に、箸で引くのだぞ。中は見るなよ」
「分かってるし。分かっていますですにゃあ」
箸を袋の中に突っ込むと、識さんはぐるぐるとかき回し始める。
よく聞くと、一人でぶつぶつとなにかを呟いている。
一体全体なにを言っているのだろう。
気になった俺は、音に集中するために目を閉じて、耳を澄ませる。
……私が書いたの……私が書いたの……私が書いたの……私が書いたの……こいっ……こいっ……。
まさか、自分が書いたのを引くために、またわざと悲鳴を上げたのか?
圧倒的なリスクを負ってまでして……。
というか、そこまでして引きたいくじって、一体全体なんぞや!?
逆に気になってきたわ!
「これだにゃー!」
識さんは、勢いよくくじの袋から手を抜くと、まるで聖火の灯ったトーチのように頭上に掲げて、きりっとしたドヤ顔で見上げる。
これでも本人は超真面目にやっているのだ。
にゃーという、ギャグみたいな言葉遣いが、それら全てを台無しにしているけれども。
「して、罰ゲームの内容は?」
腕と脚を組み、ソファにもたれかかった上田さんが、シャフ度みたいに首を傾げて、聞く。
「ええっと……内容は……」
かさかさと、紙を開ける音がかすかに聞こえる。
続いて、はっと息を吸う、どこか緊迫感の漂う、識さんの息の声が。
「も、もしかして……」
分かっていた。
識さんの苦い顔を見て分かっていた。
でも聞かないわけにはいかなかった。
でないと、そのまま固まって、話が前に進まなさそうだったから。
「やばい内容?」
「う、うん。もしかしたら……にゃあ」
もしかしたら? と思いつつも、くじに書かれた命令文に目を通す。
――次映画を再生して、登場人物が一番初めにしたことと同じことをする
上田さんが書いたやつだ。
確かにこれは、映画を再生してみないことには、罰ゲームのレベルが分からない。
もしかしたら美味しいケーキを食べるだけというご褒美になるかもしれないし、もしくはその逆、痛みや恐怖といった、暴力的なことかもしれない。
だが一つ言えるのは、現在観ている映画は、どちらかと言えば後者をメインにした、ホラー映画ということだ。
正直、期待はできないだろう。
「ふむ。識日和メイドの罰ゲームは、とりあえずは保留といったところか。とはいえ、映画を流す前に、『登場人物が一番初めにしたこと』の定義を、しっかりと定めておく必要があるな」
「定義とはなんですかにゃ?」
「例えば、廊下を歩いたとか、冷蔵庫を開けたとか、目的のための手段は『した』に含めない。言うなればその先、廊下を歩いた先でなにをしたか、冷蔵庫を開けてなにを食べたか、その手段の先にある目的を『した』と定義する。あと、あくびをしたとか手で頬をかいたとかも、なしだ。それらは単なる生理的欲求でしかないからだ」
「わ、分かりましたですにゃあ」
あと、と言い、上田さんが付け加える。
「にゃあと言う時に、こう腕を挙げて、猫の手を作るのだ」
「にゃ!? にゃんで私がそんにゃことを!?」
「当たり前であろう。猫耳メイドとは、そういうものだ」
「うにゃあ~……」
羞恥に目を潤ませながらも、肩をぷるぷると震わせる。
そして――
「わ、わわわ、分かりましたですにゃあー」
胸の辺りで手をくいっ――これにて識さんは、アルティメット猫耳メイドプロメーテウスに転生した。
やる気が出ない時の地球の重力は体感値で三倍くらいっす。




