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第155話 その世界線はセックスドール?

「高校の夏休みといえば、友人の家でホラー映画大会であろう」


「んんんんん?」


 眉間のしわを指先でつまみ、強く目を閉じて、俺は唸る。


「やっぱりなにを言っているのか分からない。詳しく」


「本当は昨夜、一気観をする予定だったのだ。山崎鈴がシナリオを上げて、忙しくなるのが分かりきっていたからな。しかしどうだ。突然の協力要請だ」


 両手を左右に広げて、やれやれと首を振り、最後に大げさにため息をつく。


「我の予定は狂ってしまった! 故に、貴様たちには我の映画鑑賞に付き合ってもらう努力義務がある。これは、責任を取るという意味合いにおいても、至極真っ当な要求である!」


 前言撤回……上田しおんは、圧倒的自分本位人間!


「ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 眉間のしわをつまんだままの状態で、俺は手のひらを上田さんへと向ける。


「さっき上田さん言ったよね? しっかりと休息を取り、明日に備えよって。俺今、テンションがおかしくなるぐらいに、超眠いんだけれど」


「うむ。だから、観てから眠ればよかろうに」


「明日、山崎さんと観れば? 確か一緒にシナリオを詰めるんだよね?」


「貴様は阿呆か。シナリオを詰めるというのに、一体全体どこに映画を鑑賞する時間があるというのだ。明日からは、我の生活の時間全てを、漫画制作に費やす」


 マ、マジかい……。

 今でも自分自身でちょっと頭がおかしくなっているような気がするのに、これ以上睡眠不足になったら……。


「ええと、ちなみに、全部観るの? ……五本」


「無論! 全部なのだ!」


 大きな声を出すと、袋の中に入っていた五枚のディスク全てを、勢いよくローテーブルの上にぶちまける。


 露になるピクチャーレーベル。

 露になる血がたれたようなタイトルロゴ。


 リビングの、怪しく灯る暖色系の電気の下には、おぞましい形相をした髪の長い女やら、蛆が目や鼻や口から溢れ出した腐った遺体の写真やらが、黒いオーラを放ちつつも、不気味に浮かび上がっている。


「――ひゃん!」


 ピンク色の髪をしたちんちくりん美少女が言いそうな叫びを上げた一華が、俺の背後に隠れて、ぎゅっと服を握る。


「そういえば一華、お前怖いの苦手だったな」


「む、むむむ……むりー!」


 足の速いケモナー美少女が言いそうな弱音を吐いた一華が、俺の背中に顔を埋めると、がくがくと身体を震わせる。


「だよな。これ、超怖そうだし」


「は、早くしまって! しまって! ううう……」


「ということだから上田さん、一華がこの様子じゃあ鑑賞会は無理だから、観るなら一人で観るか、観ずに返すか、そんな感じにしてくれ」


「ほう。小笠原一華は、ホラーが苦手なのか?」


 うっ……この流れ……この雰囲気……雲行きが怪しくなってきたぞ……。


「う……うん」


「して、その理由は?」


「り、理由? だ、だだだ、だって……お風呂入れなくなるし……夜、布団から出られなくなるし……」


「ふむ。それはいかんな。実にいかん」


 くるりと体を回転させると、上田さんは冷めた目でディスクを見つめる識さんを向く。


「して識日和よ、貴様はホラーは苦手か?」


「全然。むしろギャグ? っていうか、そういう風にしか見れないよね」


「見よ小笠原一華よ」


 俺を――というか、俺を通して一華を振り向くと、ずかずかと歩み寄り、俺の脇に頭を通す格好で、一華に顔を近づける。まるでホラー映画に出てくるサイコな登場人物みたいに。


 ――ヒアズ・ジョーニー!


「ひいっ!」


 目に涙を浮かべて、一華が俺の体に抱きつく。


 当たってる当たってる! ……いや当たってないか? 当たってる!


「これが現実だ。これが普通だ。映画など、所詮は虚構……そう、作り物なのだ! 作り物を作り物として認知し、冷静な頭で心をコントロールできなければ、今後貴様は人生において出くわす様々な問題に、対処できずに翻弄され続けるだろう」


「ほ……翻弄?」


「そう! 翻弄だ!」


 反対側の脇の下から顔を突っ込み、一華を脅す。


 驚いた一華は、まるで猫から逃げる鼠のように、俺に抱きついたままの状態で、反対側へと逃げる。


「高校を卒業し、大学にいけば、そこはもうセックスとドラッグの温床だ。見極め、適切に判断する能力がなければ、あっという間にキメセク専用の、セックスドールに成り果てるであろう!」


 ひ、ひでえ……。

 なんという偏見なんだ。


「セ……セックスドール……い、いや……ぐす……」


「社会に出れば!」


 反対側から頭を突っ込む。


 同様に、一華が反対側に逃げる。


「そこはもう地獄だ。セックスドールなんていう生易しいものではない! 犯罪、暴力、死、絶望、孤独、虚無、鬱……分かるであろう?」


「な……なにが?」


「今なのだよ。今しかないのだよ」


 分からなかったのか、鼻をすすりつつも、一華が首を傾げる。


「今宵、ホラーを五本観ることにより、小笠原一華は解き放たれるのだ! 虚構という名の呪縛から。そう、これはトレーニングであり試練なのだ! 怖いのは分かる。苦しいかもしれない。しかし我々は、心を鬼にして、そんな貴様の、背中を押す。……全ては、小笠原一華を、キメセクでセックスドールな未来から、助け出すために」


「ほ……ほんとぉ……?」


「本当だ。我々は、貴様を助けたい。そのためには、貴様は我々に小さな、ほんの小さな勇気を、提示しなければならない」


「う……うん」


 うんって……マジですか? 一華さん?


「我々に、差し出してくれるな? 貴様の、小さいが熱い、その勇気を」


「差し出す。わ、私……頑張る」ぞいの構え。


 えええええーマジですか。

 簡単に籠絡されすぎっしょ。

 こりゃー本当に作り物を作り物として認知して、冷静な頭で心をコントロールする力を鍛えないとだめだぞ。


 一華の将来……マジで心配!


 上手く一華を籠絡した上田さんは、すぐそばにいる俺にではなくて、なぜか識さんへと質問をする。


「識日和も、ホラー映画大会に、参加してくれるな?」


「私は全然いいけど。ていうか夜に皆でホラー映画観るの好きだし。なんか、超わくわくするっていうか」


 発言がリア充すぎ!

 リア充は、睡眠よりも楽しさを優先するからなあ……。


「して、夏木京矢よ」


 腰を曲げて、その腰に手を当てた上田さんが、俺へとぐっと顔を突き出す。


「は、はい」


「小笠原一華は勇気を出して了承、識日和は快諾をしてくれたが、男である貴様はどうする?」


「そ、そりゃー……俺は……ね」


「きょ、きょうや~……」


 腕に抱きついた一華が、うるうるした瞳で俺を見つめる。


「私……京矢と一緒が……いい」


 うっ……。


 逃げるように識さんを見る。


 識さんは、え? 一人だけ離脱? 空気読めよ、みたいなしらーっとした顔をしている。


 識さんからも逃げた俺は、目と鼻の先にある上田さんの顔を、仕方なく見る。


 計画通り……みたいな顔をした、上田さんが、そこにいた。


 ……これはもう、あかんね……。


 腹をくくった俺は、不承不承ながらも、了承の言葉を口にする。


「分かった! 分かったよ! 観ますよ! 観ればいいんだろ!」コンチクショー!


「うむ。夏木京矢からの快諾も得たことだし、さっそく準備を始めるとするか」


 快諾?

 快諾をしたという記憶はございませんがねえ。

 捉え方は、人それぞれなんですねえ。


 というか準備?


 首を傾げて、俺は聞く。


「この部屋にはテレビがないだろ。だからプロジェクタを準備するんだ。テレビは観ないが、映画とかは観るからな」


 よりにもよってプロジェクタ……。

 ホラー映画を大画面……。


 一華……ファイトだ!


「夏木京矢はポテチとコーラだ。コンビニまでひとっ走り頼む」


「コンビニ? 近くにあったっけ?」


「公園を突っ切ったちょうど反対側にある。さあ、ゆくのだ! ホラー映画大会にポテイトとコーラは必須アイテムだ!」


 ようはパシリですよね?

 くたくただって言っているのに……。


 俺氏……ファイトだ!

予定がないのが幸せなんす。

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