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第151話 ナツキ・シスターコンプレックス・キョウヤ

 五秒……十秒……十五秒と、時間が過ぎてゆく。

 そして二十秒を過ぎた辺りで、一度識さんが電話を切った。


「これ以上は、しつこいって言うか、あやしまれるから」


「その言い方……」


 識さんの発言に、上田さんがなにかに気づく。


「我の脳裏には、かかってきているスマホをただ見つめる、渡辺純の姿が思い浮かんだぞ。つまり識日和は、渡辺純が、あえて電話を無視していると、そう言いたいのか?」


「勘だけどね。でも多分そう。そうだからこそやっぱり、純が京矢の妹さんと一緒にいる可能性が高くなったと思う。だってそうっしょ? 不安な時、いらいらしている時、ようは気分がよくない時って、電話を無視するじゃん? 今の純の状況って、まさにそれ。だから、電話に出ない」


 自分に当てはめて考えてみれば、確かに識さんの言う通りだ。

 気分がすぐれない日とか、嫌なことがあってむしゃくしゃしている時とかは、特になにもしていない時であっても、電話に出ない時が多いような気がする。

 しまいには、電話かけてくんなよとか、諦めて早く切れよとか、相手になんの非がないにもかかわらず、相手に憤りをぶつけることだって、あるかもしれない。


 おそらく識さんは、自分の言動で相手がどんな気持ちになるかとか、相手の言動で、自分がどう応じるべきなのかとか、そういうことを常日頃から考えて生活を送っているのだろう。

 だからこそ相手の反応一つで、相手の気持ち、大体の状況を察することができる。

 故に現在、少ない情報からでも、純の心中を察することができる。


 三組のグループラインに、識さんが招待されていると聞いてから、ずっと考えていた。

 どうしてそれほどまでに広くて深い人望が築けるのだろうかと。結局はコミュニケーションお化け特有の、生まれ持った才能なんじゃあないだろうかと。

 でも、もしかしたらそれは間違いなのかもしれない。

 言ってしまえば識さんの努力の賜物。小さな成果の積み重ね。それらが結実して今がある。

 そう思うことができるのは、識さんのことをちょっとだけ知った今だからこそだ。確信に近い自信も持って、そう言うことができるのも。


「して、どうする?」


 スマホに目を落とす識さんへと、上田さんが聞く。


「相手の居場所を探るもなにも、渡辺純にこちらからのコンタクトを拒絶されては、どうしようもないぞ」


「じゃあまあ、メッセージでも送ってみる?」


「電話に出ないのだぞ。メッセージを送ったところで、結果はそう変わらんであろう」


「いや、全然違うし」


「違う? どういうことだ」


「例えばさ」


 スマホを示すように、俺たちに対してひらひらと振る。


「電話を無視したとして、そのあとすぐラインがきたとする。もちろん電話を無視したんだから既読がつかないようにロック画面上で読める部分だけ読む。そんでもし、その内容が、電話が必要なことだったら、どうする?」


 誰も答えなかったので、俺が答える。


「多分、折り返す。というかもしかしたら、電話が必要な内容じゃなかったとしても、折り返すかも」


「でしょ? 本当に気づかなかったんならともかく、無視をしたんなら、電話に出る前に切れた感を出しつつも、かけ直すっしょ? それが電話の必要な内容だったならなおさら」


「で、電話に出る前に切れた感…………」


 ぼそりと一華が、俺の隣で独り言を呟く。


「た、確かに……」


 どうやら身に覚えがあるみたいだ。

 というか確かに、一華とは、一華からの折り返しで電話をすることが多い気がする。

 ……なるほど。

 それってそういうことだったのか。


「なんていうか勘なんだけど、ただ着信が鳴るのって、一方的だし、誰からか分かっているにもかかわらず、暗くて見えないっていうか、そんな感じなんだよね。暗くて見えないから、警戒しちゃう。警戒しちゃうから、気分がのらない時なんかは、躊躇してよく分からないうちに電話が切れるのを待っちゃう。多分文字のメッセージっていうのは、その警戒心を消す効果があるんだと思う。だってその人自身の言葉なわけだし、見えない状態から見える状態に、変わるわけだから」


「分かる」と俺。

「わ、分かる……」と一華。


 そして上田さんは――


「うむ。全然分からんぞ!」


 と、全開マックス非共感な言葉を口にする。


「全然分からん。電話がかかってきたら出る。気づかなかったなら出られない。ただそれだけのことであろう。どうして電話ごときでいちいちそんなに気を煩わせねばならぬ。くだらぬ! 実にくだらぬぞ! 時間の無駄だ!」


 まあ、上田さんといえば上田さんらしいか。

 この人悩みとか人生に対する迷いとか一切なさそうだし。


「そうかもしんないけど、仕方なくない? というか言い方があるっしょ」


「仕方ない? 仕方ないで、時間をドブに捨てるのか?」


「――と、とにかく」


 なんだか雲行きがあやしくなってきたので、俺は火種から炎に発展する前に、早々に話を進める。


「識さんの提案通りメッセージを送ってみることにしよう。識さん、お願いしてもいい?」


「もちのロンだし」


 おっさんか。


 識さんはセーラー服の胸元をぱたぱたして熱くなった身体に風を送ると、一度中空に視線を漂わせてから、手早く文字を打ち込む。


「こんなんかな」


 画面をのぞき込むと、そこには次のようにあった。



〉明後日のことで至急連絡したいことがあるんだけど! 気づいたら連絡頼む!



「明後日?」


 普通に分からなかったので、俺は普通に聞く。


「林間学校。いや、まさか忘れてたとか?」


「――あっ! すっかり忘れていたわ! あぶねー。マジでスルーするところだった!」


「あり得なくない? 高校一年の夏の林間学校だよ? 皆超楽しみにしてるし」


「だってしょうがないだろ。くるみのことが心配で、今も頭がいっぱいなんだから」


「え……くるみくるみって……」


 識さんがかすかに、俺から退く。

 ドン引きした表情を浮かべながらも。


「林間学校と妹さん、どっちが大事なん?」


「そんなのくるみに決まっているだろうがあああー!」


「でかい声出すなしキモい!」


「どうとでも言えい! 俺はシスコンなんだ!」


「して、夏木シーコンよ」


 誰がシーコンだ!

 ナツキ・シスターコンプレックス・キョウヤと、はっきりと断定的に言いやがれってんだ!


「林間学校とは、一体なんぞや?」


「上田さん、あんたもかー……」


 げっそりとして、識さんが肩を落とす。


「まあようは、旅行? みたいな感じ? 大体どこの学校も一年の一学期前後にあるっぽいよ。で、今回西高は八月の一週目。つまり明後日の木曜から」


「して、一体なにをする行事なのだ?」


「ゴミ拾いをしたり、ウォークラリーをしたり、ワークショップに参加したり」


「キャンプファイヤーもあるよな」


 俺がつけ足す。


「そうそう、キャンプファイヤー。そんでキャンプファイヤーといえば、西高恋の伝説」


「恋の伝説?」


 なんだよその頭悪そうな伝説。


「キャンプファイヤーの最後に各組の代表がペアで踊るじゃん? ペアで踊った二人は、生涯結ばれるとかなんとか」


「ふうん」


 実にくだらんな。


「実に面白い」


 え?


 とっさに振り向くと、上田さんの青い瞳と俺の黒い瞳が、中空のちょうど真ん中辺りでぶつかる。


「え? なにが?」


「いや、なんでも」


 口元に笑みを浮かべながらも、小さく首を横に振る。


「……して、夏木京矢も、その林間学校とやらに、参加するのだろうか」


「ああ……まあ」


 くるみが無事に見つかればの話だけれど。


「楽しみにしているよ」


 なにが? と思ったが、聞かないことにした。

 どうせまたろくでもないことを言い出すに、決まっているから。


 触らぬ神に祟りなし。

 一時でも平穏を。

 アデュー。

最近体調がいいです。

健康が一番大事ですよね。

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