第132話 取材だからってナニをしてもいいわけじゃあないんですよ?
どうやら俺は、この時、はたから見たら笑ってしまうぐらいに、絵に描いたような驚き顔をしていたみたいだ。
くすりと鼻で笑うと、今度は上田さんが、どこか挑発をするような口調で言う。
「図星であろう?」
ぶんぶんと、首を縦に振って答える。
「驚きに言葉を失ったか?」
「でも……え、なんで?」
「簡単な話だ。夏木京矢と小笠原一華、二人の顔が瓜二つだからだよ。……いや、正確には違うか」
上田さんは席を立つと、俺の隣にやってきて、俺の方に体を向けたままの状態で腰を下ろす。
そして俺の両肩をがしっと持つと、そのままぐうっと顔を近づけて、俺の顔をまじまじと観察する。
「え? ちょ、上田さん?」
俺の問いかけ、俺の動揺を無視して、上田さんが続ける。
「わずかだが、夏木京矢の方が、下顎の骨が張っている。眼窩の位置も、夏木京矢の方が狭い」
聞いたことがある。画家は、人を描く時に、その人の表面を見るのではなくて、骨を見るのだと。
上田さんはイラストレータ・漫画家である以前に、れっきとした画家だ。
いや、本格的に絵画を学んだのかは分からないが、幼少期に画家である母親から、意識・無意識にかかわらず、多大なる影響を受けたのは間違いないはずだ。
そんな上田さんが俺と一華の顔を見たならば、たとえ服や髪型で隠したとしても、すぐに見抜かれてしまうだろう。
二人は似ていると。
だって上田さんは表面ではなくて、物事の本質である、骨格を見ているのだから。
「おうおうお熱いねー」
この店の店主と思しきおじさんが、ちょうど互いに顔を寄せ合っていた俺たちへと、注文の品を差し出しながらも言う。
「もしかして彼氏? しおんちゃんも、そういう年頃になったかー」
「いえ、俺たちはそういう関係では……」
「そうだぞ! 彼氏だぞ!」
なにを思ったのか、俺の肩に腕を回した上田さんが、したり顔で意味不明な宣言を繰り出す。
「こやつは夏木京矢だ。クラスメイトであるぞ。どうだ、格好のいいおのこであろう」
「くう~初めてしおんちゃんがここにきた時は、恋愛のレの字も知らないような天使みたいな女の子だったのに。時がたつのは、本当に早いねー」
で、と言い、口に手を当てた店主が、わざとらしく小声で聞く。
「どこまでいったの? A? B? それともC?」
「そのアルファベットがなにを意味しているのかはよく分からんが、挿入はしていないぞ!」
言い方っ!
なんでいちいちそんなに生々しい言い方をするんだ!?
「と、いうことは、その直前まではいったんだ」
「うーん、まあ……」
俺の肩から腕を離して、あごに手をやり考える人のポーズを取ると、上田さんは自分の体に目を落として、おもむろに答える。
「すでに全裸を何度か見られておるし、そういうことになるだろうな」
ならないから!
どう考えても、そういうことにならないから!!
「夏木くんだっけ?」
俺の名を呼び、店主があちゃーといった風に目をすがめる。
「きみ、ヘタレだねえ~」
なんかよく分からんけれど、今この時、俺は事実無根の情報により、ヘタレ男認定をされてしまった。
……とはいえ、裸で迫られて断ったんだから、ある意味そう言われても仕方がないのか?
いや、でも……あれは正しかった!
倫理的に、正しい判断だった!
むしろ誰彼構わずに手を出しまくるヤリチン野郎の方が、人間理性に対するヘタレなんだ!
そうに違いない!
違いないよね?
うう……。
去り際に、店主は俺へと近寄り、今度は本当の小声で、俺にだけ聞こえるように言った。
「店の裏の倉庫、鍵開けとくから。あそこなら、誰もこないから」
そして俺になにか小さな袋を握らせると、にっと白い歯を見せてサムズアップをして、厨房へと引っ込んでいった。
「夏木京矢よ。今店主からなにか言われたろ。なんだ?」
「いや……ごゆっくりって」
「ふっ……ごゆっくりか」
別の言葉でごまかしたつもりだったが、ある種同じような意味として伝わってしまう。
「して、なにか渡されたろう。一体なんだ?」
「うん。なんだろう」
俺はテーブルの中央に握った手を上に向けて差し出すと、ゆっくりと、まるで朝日につぼみが開くように、手を広げた。
縦と横が三四センチほどの、正方形の銀の袋。
中央がこんもりと丸く盛り上がっていることからも、円形のなにかが入っていると傍からでも確認できる。
感触は、なんだか気持ちが悪くて、上から指で押さえると、ぐにゅぐにゅと袋の中で動き回ることからも、ねばねばしているというか、湿気を帯びているというか……なんかそういった物が入っていると想像がつく。
うん……というかこれはあれや。
コンドームや!
「ふむ、コンドームであるな」
手に取り、空にかざすように見た上田さんが、わざわざ声に出して言う。
気まずいだろうと思って口にしなかった俺の気遣いを返して!
「実物を見るのは初めてだ」
ということは、上田さんは処女なのですね。
……いや、これで処女じゃなかったら、ちょっとドン引きからの性教育ですけどね!
「是非とも、実際に装着するところを見てみたい」
「え?」
ちらりと、上田さんが探るように、俺へと視線を送る。
「夏木京矢よ、実演してみてくれぬか? なに、取材の一環だよ。取材の」
「し、しねーよ! つか俺、つけたことないし!」
「ということは、夏木京矢は、まだ童貞なのだな」
あっ……しまっ……。
「まあ、これで童貞じゃあなかったなら、ちょっとそこに正座しろからの、きつーい性教育であったがな」
ブーメランとはまさにこのこと!
ううう……さっきの独白、誠に申しわけありませんでした。
「というか、なんで上田さん、あんな嘘をついたの? 俺と付き合っているとかって」
性的な話題から話をそらすためにも、俺は急いで口を開く。
「いや、なんというか、馴染みの店に、初めて彼氏を連れていったら、一体どんな反応をするのか、見てみたかったのだ。あとは、本当は付き合っていない二人が、カップルと間違えられて、どちらか一方が、『付き合ってます』と言うのは、漫画のテンプレであろう? だから、一度実際に経験しておきたかったのだよ」
「もしかして、それもあれ? 取材とか、なんとか」
「そうだ。取材のためだ」
……こいつ、絶対に将来、取材という名目で、なんでもかんでも領収書を切る、そんなやつになるだろ!
「なにか文句でもおありか?」
「ありますん」
しまった。
本音と建前にあまりにも乖離があったものだから、つい言葉が変な風になってしまった。
俺はすぐに、言い直す。
「ありません」
「よろしい」




