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第125話 はがれゆくメッキ

「うむ。よかったではないか! どうやら夏木くるみの方から、家出の原因とやらを説明してくれるみたいだぞ」


「まあ……そう……かな?」


 事情を知る識さんが、ぽりぽりと頬をかきながらも視線を漂わせる。


「なにをしているのですか。次は日和なのですよ。早く読みやがれなのです」


 事情を知らない山崎さんが、識さんを急かす。


 ちなみに山崎さんはくるみの家出の原因を知らない。

 山崎さんはくるみの家出の件を上田さんから聞いたのであり、俺は上田さんに、その原因――ようは一華の代わりに俺が、一華の姿に女装をしてくるみに会ったというのを伝えていないから、当然山崎さんにも伝わっていない。


 山崎さんがくるみの家出の原因を知っていたならば、おそらくは識さんと同じような反応をしただろう。

 女装……というか女装をすると一華に似るという俺の秘密を、守らなければいけないという思いから。


「いや……だから……」


「まさか、読めない漢字でもあるのですか? やれやれなのです」


 軽く両腕を広げて、山崎さんが嫌味ったらしく首を横に振る。


「ち、ちげーし! 漢字ぐらい、超読めるし!」


「だったら、早く読むのです」


「わ、分かったし……」


 俺に対して謝るような顔をしてから、識さんがくるみの呟きを読み上げ始める。



「『七月二十七日。まず私なんだけど、ドラペで『ミルク・ラビッツ』っていうギルドに入っています。そのギルドにハナさんっていう、同い年ぐらいの女の子がいて、ちょっと前から実際にどこかで会おうって話し合っていました。それで今日というか昨日の昼、ようやく実現したわけです。続く』」



 読み終えて、顔を上げると、識さんが慎重な面持ちで言う。


「ねえ、やっぱり読むのやめない? よく考えたら、鍵アカのツイートを勝手に読むとかって、サイテーな感じするし」


 ナイスだ識さん!


 思わず心の中でガッツポーズをする。


 中断を促すには、一番いいタイミングだし、なによりも『勝手に読む』という、あたかも日記を盗み見るような表現を使い、良心に訴えかけるその言い方が、どこまでもパーフェクト!


 こんな言い方をされれば、普通の人間であれば、このあと変わらずにツイートを読み続けるなんて、できなくなるはずだ。


 さて……どうなる?


 俺は、本来であれば次の番である上田さんへと、恐る恐る顔を向ける。


「……うむ。確かにそうだな。識日和の言うことは正論だ」


「じゃあ……」


「――だが! 正論などいらぬ! 正論などくそくらえだ!」


 ですよねえええー……。

 なんとなくこういう流れになるんじゃあないかと思っていましたよとほほ。


「考えてもみろ。幼き頃の他愛もないツイートと今後の人生、一体どちらが大切だと思う? どう考えても後者であろう! 昨夜夏木京矢は我にこのように説明したな。警察沙汰にしたくない。警察沙汰になれば、受験に影響があるやもしれぬと。まさしくその通りだ! であるならば、我々が救い、道を正してやらねばならんだろう。人のツイートを勝手に見てしまったという良心の呵責程度でクラスメイトの――いや友人の、親族が救えるというのであれば、我はいくらでもその罪を受けようではないか!」


「上田さん……」


 上田さんの演説めいた言葉に、俺はちょっとだけ感動してしまった。

 俺の家族のために、ここまでしてくれるのかという、そんな感動を。


 いやいや!

 確かにありがたいけれども、今回はまずいんだよ!

 兄と結婚したい――セックスしたいとかって、正直人間性を疑うレベルだし、俺の女装についても、女装すると一華に似るとかばれたら、絶対に余罪についても考えが及ぶに決まっているじゃあないか。

 そうしたら最悪、学校でも……とか、そんな風になりかねない!


 俺はソファから立ち上がると、ノートパソコンをバタンと閉じて、誰にも渡さないぞという意思表示のように、腕で強く抱きしめる。


「やっぱりだめだ! 妹のプライバシーは、俺が守る!」



「『七月二十七日。一体どんな子だろうと、どきどきしながら約束の場所にいくと……』」



「え!? ちょっ――」


 急いで上田さんを振り向くと、そこにはスマホを手にした、上田さんの姿があった。


 目の前のパソコンにばかり気を取られて失念していたが、なにもツイッターはパソコンからしか見れないというわけではない。

 ログインしている本人のスマホであれば、見ることができるのだ。



「『……そこにはなんと、近所に住む、知っている子がいました。こんな偶然ってあると思います? しかもそいつ、昔からいけ好かない、すげー嫌なやつなんです。続く』」



 さすがにスマホを取り上げるわけにはいかない。

 いや、まあ、パソコンもだめなんだけど、なんとなくスマホの方が、個人情報が詰まっているような気がしないでもないし、犯罪感が強いような気がしないでもないし。


「ん? あれ?」


 細谷が、なにかに気づいたような声を発してから、中指で眼鏡を持ち上げる。


「『ミルク・ラビッツ』って、小笠原さんが入っているギルドだよね。ていうかハナさんって、そもそも小笠原さんのアカウント名だったような……」


 うわあ……きみのような勘のいいガキは嫌いだよ。


 細谷、上田さん、山崎さんが、自ずと一華へと顔を向ける。


 一華はというと、「ふええ……」とか言いながらも、俺の手を取り、肩をすくめる。


「小笠原一華よ、一体どういうことだ?」


 上田さんが、鋭い視線を一華に突き立てる。


「つまりは小笠原さんは、なにかを知っている……家出の原因の、一端を担っている……ということなのですね」


 あごに手をやった山崎さんが、考えながらも言葉を紡ぐ。


「さあ小笠原一華よ……言うのだ! 先日夏木くるみと、一体なにがあったのかについて!」


「あの……その……わ、わわわ、私……うう……」


 上田さんに迫られて、目に涙を浮かべる一華。


 俺はテーブルにノートパソコンを置き、もう一度ソファに腰を下ろすと、そんな一華をなぐさめるように、軽くはぐをしてから頭を撫でる。


「もうよい。続きを読めば、自然と明らかになることだ」


 俺は半ば諦めと共に、上田さんの言葉に耳を傾けた。



「『七月二十七日。それで、私はすぐに帰ろうとしたんです。だって私、そいつのこと超嫌いだし、相手だって私のこと超嫌いなはずだから。でもなぜか、私の手を取って言うんです。せっかくだからパンケーキを食べにいこうって。なんだこいつと思ったけど、まあパンケーキは食べたかったから、いくことにしました。続く』」



 読み終えると、上田さんはちらりと俺を見てから、テーブルの上のノートパソコンを手で示す。


 貴様の番だ。パソコンを開いて、次のツイートを読め……と言うことなのだろう。


 もう……逆らえない。

 物事は動き始めてしまっている。


 俺は、いや日本人は、できあがり、根付いてしまった空気に逆らうことなど、できない人種なのだ。

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