第119話 キャットファイト
「大体初めに発情してたのは鈴、あんたっしょ!」
「なんのことかよく分からないのです! 責任転嫁なのですか!?」
山崎さんの言葉に、識さんがスマホを取り出して、先ほどの動画を再び再生する。音量全開で。
『山崎さん! 俺は一華と破局した! あいつのことは、もう捨てた! だから俺と、結婚してくれ! 俺は山崎さんのことが大好きなんだ! 超好きなんだ! もうお前がいないと生きていけないんだ! だから! 将来俺と同じ墓に入ってくれ!!』
や、やめてくれええええええええええ!!
二人の争いなのに、これ以上俺を辱めないでくれええええええー!!
響き渡る俺の恥ずかしすぎる声。
スピーカーで自分の声を聞くとただでさえ気持ちが悪いのに、その気持ちの悪い声であまりにも恥ずかしすぎる言葉を聞かされるというのは、ごく控えめに言って拷問でしかない。
「これが証拠っしょ! 鈴! こんな時間から発情してんのは、あんたなの!」
「なにを言ってやがるのですか! これは夏木くんがボクに発情しているのであって、断じてボクが発情しているわけではないのです!」
え!?
ちょっとなに言ってんすか!?
それこそ責任転嫁ですよね!?
「あんたが言わせたんしょ! ばかみたいに抱き合ってるし!」
「そんなことよりその動画をさっさとボクのスマホに送るのです! それかユーチューブにアップして、ボクと夏木くんの関係を、全世界にしらしめるのです!」
「ああ! アップしてやるっしょ! 京矢の顔の部分だけ、キモいおっさんに変えてね!」
ひ、ひでえ……。
色んな意味で……ひでえ。
ガルルルル!
シャーッ!
「い……いいかげんに、して!!」
どうしようもなくこじれてしまったこの場に終止符を打ったのは、意外にも意外、一番おとなしい、一華その人だった。
「京矢! 困ってる! ――ケホケホ……」
久しぶりに大きな声を出したのか、一華が咳き込み始めたので、俺はすぐさま一華に駆け寄り、優しく背中をさする。
一華はそんな俺へと、「あ、ありがとう」と言うと、再び顔を上げて、識さんと山崎さんをきっと睨む。
「京矢は今、とても大変。昨日からずっと、くるみちゃんを捜すために、頑張ってる。今は、束の間の休憩みたいな感じで、散歩して……パンを食べて……。それなのに、日和も鈴も、そんな京矢の気持ちも知らずに、か、勝手なことばっか言って!」
「一華……」
妙に感動する俺。
まさか一華が、俺のために、友達に怒ってくれるとは……。
「……一華、ごめん。確かにそうだね」
険悪な雰囲気を取り繕うためか、識さんが微苦笑を浮かべながらも謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさいなのです。許してほしいのです」
しょぼんとした山崎さんが、ぺこりと一華へと頭を下げる。
「う、うん……。だから……その……もう喧嘩は、だめ……」
「分かった。分かったから」
ベンチから立ち上がり、一華に歩み寄ると、識さんがなぐさめるように一華の頭を撫でる。
「だからそんな泣きそうな顔やめなって」
「ほ、ほんとぉ? ほんとぉに、日和と鈴、仲直りした?」
「う、うん。したよ? したした」
いや、そこははっきり言えよ……。嘘でもいいから。
「日和……嘘ついてない?」
じとーっとした目で、一華が聞く。
「つ、ついてないし。ほら、見てみ」
識さんがとっさに山崎さんの手を取る。
「握手握手」
ギリギリ……ギリギリ……。
……なんか、金属が軋むような嫌な音が聞こえる気がするのですが……。
「鈴も、日和と仲直り……した?」
「し、ししし、したのですよ」
「……鈴、嘘ついてない?」
「つ、ついていないのです!」
とっさに、山崎さんも立ち上がり、識さんの肩に腕を回す。
「仲良し、仲良し……なのです」
「ちょっ、鈴! あんたなに――っ!?」
ギュッギュッ……ギュッギュッ……。
一華から見えないところで、壮絶なつねり合いが始まったのですが……。
この二人、どんだけ仲が悪いんだよ。
「まあとりあえず」
山崎さんから離れると、識さんが提案するように言う。
「そういうことなら私も手伝うから。京矢の、妹さん捜し」
「え? いいの?」
「当たり前っしょ?」
「当たり前?」
「分かってるっしょ?」
ぐっと顔を近づけて、こそばゆいささやき声で耳打ちをする。
「私が、京矢のことをどう思っているのか」
うっ……それを言われると、おいらどういう反応をすればいいのか困ってしまうのですが……。
「全く……女の子に言わせるなし」
「――と、とにかく」
気まずい状況から逃げるように、俺は一歩二歩と識さんから離れる。
「……ありがとう。本当に助かるよ」
「で、上田さんちはどこなん? ここから近いんしょ?」
「うん。歩いてすぐ。案内するよ。ついてきて」
パンの包とパックのごみを手で拾い、脇にあったゴミ箱へと捨てると、俺は一度忘れ物がないかを軽く確認してから、皆を先導するように、上田さんの家へと足を向けた。




