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第109話 果報は寝て待て

「い、一華!? お前、どうしてここに!?」


 寝ぼけた一華が、俺の腰に腕を回して、ぎゅっと抱きついてくる。


「すぅ……すぅ……きょ……きょうやー……」


「いや! だから! なんでお前――」


「すぅ……すぅ……きょうやー……もう……だめぇだよぉ……すぅ……すぅ……」


 え!?

 一体どんな夢見てんの!?


「なるほどそういうことか!」


 当の本人である俺が、全然状況を理解できないというのに、なぜか上田さんが、したり顔で声を荒らげると、得心したように二度、大きく頷く。


「ええと……どういうこと?」


「一つのベッドでおのこである夏木京矢とおなごである小笠原一華が寝ている。なにより小笠原一華に関しては、下着姿……いや、ほぼ全裸だ」


 そこ、いちいち言い直さなくてもいいから。

 事実をそのままに、下着姿でいいから。


「そこから導き出される答えは……一つしかないではないか」


「一つって、なに?」


「夏木京矢、貴様は……」


 照れるように、両手を口に当てる。わざとらしく。


「それをおなごである我に言わせるのか?」


「いや、だから、本当によく分からなくて!」


「邪魔して悪かったな」


 立ち上がり、壁際にかかっていたシャツを羽織ると、上田さんはドアのノブをつかむ。


「できれば、布団を汚さないでくれると助かる。なんと言うか……汁とかで」


 うおい!

 ちょっと待て!

 そういうことか!


 上田さんの誤解をとかなければ……そう思った俺は、勢いよくベッドから飛び出すと、部屋から出ていこうとする上田さんへと、駆け出す。

 すると俺の腰にまとわりついていた一華が、そのままベッドの外に引っ張られて、どすんと床に落下する。


 しまった!

 色々なことが立て続けに起こりすぎて、一華がまとわりついていることを、すっかり忘れていた。


 俺は床に落ちて、なにがなんだか分からないといった様子で眠い目をこする一華へと、急いで駆け寄り、肩をさする。


「大丈夫か? 痛いところとかないか?」


「……ふえ? 京矢? あれ? 私……」


 顔を自分の体に落とす。そして確認する。自分が今、下着姿というあられもない姿で、男である俺の前にいると。


「み、みみみ、見ないでえええー!」


 真っ赤な顔をして自分の体を抱くようにして隠すと、枕をつかみ、俺をばしばしと叩いた。


 痛い痛い痛い! いや、まあ、枕だからそんなに痛くはないけれども……というか、俺がわるいのか??


「それで小笠原一華よ」


 シャツのみを羽織った上田さんが、タオルケットを一華の肩にかけながらも聞く。


「どうであった?」


「へ? ど……どうって?」


「決まっておろう。夏木京矢との夜の営みは、だ。激しかったか? 今後の創作活動の参考になるやもしれぬ。是非とも詳しく聞かせてほしい」


「よ、よよよ、夜の営み!?」


「ん? 分かりにくかったか? セックスだ」


「してない! してないしてないしてない!」


 してないと言うたびに、なぜか一華は俺の頭を枕で叩く。


 り、理不尽すぐる……。


「私、してないもん!」


 最後の一発を俺は手で受け止めると、半べそをかいた一華へと、俺は質問をする。


「じゃあなんで、一華は俺の横で寝ていたんだ? 昨日の夜、確かにお前、一ノ瀬さんと一緒に隣の部屋に入っていったよな?」


「だ、だってぇ……」


 前が開かないように、タオルケットを強く握ると、一華が肩を落として答える。


「パジャマがなかったから。……制服で寝るわけにもいかないし。だから下着で寝たら、亜里沙が突然、抱きついてきて……」


 はいアウトー!

 完全にアウトです一ノ瀬さん!


「私、怖くて……だから、トイレにいくふりをして、こっちきた」


「そういうことだったのか」


 俺はなぐさめるためにも、一華の頭をなでなでする。


「でも、俺は一華の幼馴染だけど、それ以前に一人の男だぞ。それでもよかったのか?」


 こくりこくりと頷く。


「う、うん。亜里沙よりは、いい。それに、京矢はきっと、変なことしない」


 そりゃあまあしないけど……しないとは思うけど……じゃあなんでさっき一華は、枕で俺を何度も何度も叩いたんだ? ちょっとというか結構理不尽じゃね?


「とにかくまあ、夏木京矢と小笠原一華は、我のベッドでなにもしなかった。ただ二人ですやすやと寝ていただけ。そういうことだな?」


 腰に手を当てて、頭をかいた上田さんが、どちらにではなく聞く。


「つまりそういうことだ」


 立ち上がり、首をこきこきした俺が、上田さんに答える。


「ではそろそろ、部屋を明け渡してもらおうか。一睡もしておらんので、さすがの我も少々眠気を感じているのだ」


「あ、そうだよね。ごめん。……というか一睡もしていない?」


「うむ。今しがた、イラストが上がったところだ」


 今しがた?

 というか今って一体何時だ?


 時計を見ようと、俺は室内を見回す。

 しかし時計の類が見られなかったので、仕方なく俺は、ポケットに入れっぱなしになっていたスマホを取り出して、現在の時刻を確認する。


 午前の八時三十分。


 寝たのが確か三時半ぐらいだったような気がするので、単純計算で五時間ほど睡眠を取ったということになる。


 こんなに寝てしまっていたのか。

 少しだけ仮眠を取るつもりだったのに……。

 作業をしてくれていた上田さんと細谷に申しわけないな。


「イラスト、そんなに時間がかかったんだ。なんかごめん……いや、ありがとう」


「本当はささっと描いて、色付きラフぐらいのレベルでツイッターに上げるつもりだったのだが、つい興が乗ってしまってな。まあ創作物というものは、手を抜こうと思えばいくらでも手を抜けるように、完成度を高めようと思えば、いくらでも完成度を高められるものだから」


 それに、と言い、まるで天を指さすように人差し指を立てる。


「随分と夜が遅かったからな。そんな時間にイラストを上げても、夏木くるみが寝ていて、見ない可能性があった。最悪イラストを見ないまま、タイムラインに埋もれて、気づかれない可能性も。だから細谷翔平と相談をして、ツイッターには八時か九時ぐらいにあげよう。それまでは少しでも目を引くように、イラストの完成度を高めよう、ということになったのだ」


「俺のために……いや、俺の妹のために、そこまで……」


「いいや。夏木京矢、貴様のためだよ」


「上田さん……」


 心に、温かい感情が満ち溢れた。


 がちで、涙が出そうになった。


「本当に本当にありがとう」


「うむ。まあその分、修羅場の時にはしっかりとこきをつかわせてもらうがな」


 上田さんは俺に歩み寄ると、まるで信頼の証のように肩に手をのせて、俺の目をのぞき込む。


「ちなみにツイッターだが、今のところ特に反応はない。リビングのテーブルの上にノートパソコンをつけっぱなしにしてあるので、ちょくちょく様子を見てやってくれぬか?」


「了解。細谷は?」


「あやつは一階のパソコンの前でそのまま寝落ちしておる。そっとしておいてやれ」


「そんな感じね。二人が寝ている間に、なにか食べ物でも買ってきておくよ。この近くに店ってある?」


「それは助かる。店か。そうだな……」


 壁を通して外の風景を見るように、上田さんがぐるりと視線を巡らせる。


「外に出て、公園を反時計回りに歩くと、細長い形の池が見えてくる。その向かい側に、結構評判のいいパン屋が店を構えている。そこぐらいかな」


「パン屋ね。じゃあそこで、適当にうまそうなやつを買ってきておくから」


「うむ。頼んだぞ。では我はもう寝る。おやすみなのだ」


 両腕を上げて大きくあくびをすると、上田さんは羽織っていたシャツをはらりと床に落として、そのままベッドにうつ伏せに倒れた。

 夏とはいえ素っ裸で寝るのは体によくないだろうと思った俺は、白くて艷やかな上田さんの体にそっと布団をかけると、低すぎない温度でクーラーをつけた。


 上田さんがすうすうと寝息を立て始めたのはそれから間もなくだった。


 相当に疲れていたのだろう。

 俺はもう一度心の中でお礼の言葉を述べると、部屋から出ようと、一華の方へと顔を向けた。


「ハ、ハハハ……」


 ははは?

 もしかして笑っているのか?


 俺は首を傾げて、一華を見る。ぷるぷると肩を震わせた、どこか様子のおかしい一華を。


「一華? なにがそんなにおかしいんだ?」


「ハレンチ! 見ちゃだめ! ばかばか! 京矢のエッチ!」


 ――グサッ!


 昨晩に引き続き今朝も、やっぱり俺の双眸はご臨終を迎えた。

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