第100話 この娘、ノリノリである
「か、かわいい……? そうね。一華さんが着たら……とってもかわいらしいかもしれないわね」
「へ? ……亜里沙?」
不安そうに胸に手を当てた一華が、おどおどしたような目で一ノ瀬さんを見る。
一ノ瀬さんは、不気味にもふらりと立ち上がると、衣装の方へと音もなく歩み寄り、修道服を手に取る。
「デュフフ……これなんか、一華さん絶対に似合うわ。み……見たいわ。見たいわ私」
手の甲で、じゅるりと口元を拭うと、一華へとその熱い眼差しを向ける。
よく見てみれば、瞳の向こうに、ピンク色のハートでも見えそうな勢いだ。
「い……いや……」
俺の腕をつかみ、身を寄せる一華。
「一華さん……着ましょうよ。きっと似合うから」
一歩二歩と、のそのそと近づいてくる一ノ瀬さん。
「きょ、きょうや~……助けて」
このままじゃあ一華の貞操が危ない!
一ノ瀬さんは一華に衣装を着せたいみたいだが、今の勢いだとそのあと興奮して押し倒すなんてことも起こらないとは限らない!
というか、絶対に起こりそうだ。
俺は一華を腕でかばうと、一ノ瀬さんに若干強い口調で言った。
「一ノ瀬さん。やめてやってくれないか。一華、嫌がっているんで」
「なによ」
頬を軽く膨らませると、ぷいと顔をそむける。
「まるで私が変態みたいな言い方して」
「え!? 違うの?」
「違うわよ! 私はノーマル! ただかわいい女の子が大好きなだけ! 抱きしめたいと思うほどに!」
「ノーマルじゃないじゃん!」
「だから!」
「はっはっは」
俺と一ノ瀬さんのやり取りに熱がこもってきたそんなタイミングで、上田さんが快活にも笑い声を上げた。
……正直、これ以上は歯止めがきかなくなってしまいそうだったので、かなり助かる。
「なによ。なにがおかしいっていうのよ?」
「いやなに、会長が、いつも壇上で見るイメージとか、噂に聞く人物像とかと、あまりにも乖離しているものだから、ついな」
「一体私に、どんなイメージがあったっていうのよ」
「そうだな……」
腕を組むと、思い出すように天井を仰ぐ。
「堅物、上から目線、クソ真面目」
……同意。
「それから、冷徹、型にはまった思考、体裁ばかりを気にする、プライドのお化け」
こちらも大方同意。
「それが見てみるのだ。自分の好きなことに憚らない、とんだばかときたものだ。ただのばかではないぞ。とびっきりの大ばか者だ」
「やっぱりあなた! 私のことをばかにして――」
一ノ瀬さんの言葉を遮るようにして、上田さんが続ける。
「同気相求! 我は言いたいことははっきりと言うし、やりたいことはなにがあってもやる。会長もそうなのであろう。だからこそ、我は貴様のことを好ましく思う」
結局、結論に至っても、上田さんが一ノ瀬さんに対して抱いた印象は、当初俺が一ノ瀬さんに対して抱いた印象と、同じだった。
確かに一ノ瀬さんは学校では印象がよくない。よくないどころか忌避されているといっても過言ではないだろう。
でももしも、もしも一ノ瀬さんが、学校でも本来の自分自身をさらけ出したら、一体どうなるのだろうか?
俺は思う。
若干引かれつつも、必ず誰かしら、決して数は多くないかもしれないけれども、一ノ瀬さんのことを好ましく思う人が出てくると。
一ノ瀬さんが席に戻ったところで、まるで話をもとのレールに戻すように、細谷が言った。
「それで、結局衣装は、なんのために持ってきたの? 着せたいからという理由だけじゃあないんだよね?」
「うむ。当然だ」
答えると、上田さんは一人ひとりに視線を送ってから、まるで自分を鼓舞するように大きく頷く。
「実はな、我はな、実際にこの目で見たものでなければ、絵が描けないのだ。いや、描けないことはないのだが、なんというか、あまりいい絵にならんのだよ。事実想像だけで描いたイラストなどは、構図が悪いとか、躍動感がないとか、そのような批判に溢れ返ってしまったので、ピクシブからは全て消したぐらいだ」
「なるほど。だから上田さんは、会長と小笠原さんに衣装を着てもらって、色々とポーズを取ってもらおうとしたわけだ。全てはいいイラストを描くために」
「うむ。つまりはそういうことだ」
首肯してから、上田さんが一華と一ノ瀬さんの方へと顔を向ける。
「と、いうことなのだが、衣装を着てもらってもいいだろうか」
「い、いや。無理……」
ぶんぶんと首を振った一華が、俺の腕にすがりつく。
「私、レイヤーさんを見るのは好きだけど……自分が着るのは……無理」
対する一ノ瀬さんはというと、先ほどとは打って変わり、のりのりにも言う。
「私は別に構わないわよ」
「え? どうして?」
俺の質問に、一ノ瀬さんが気持ちの悪い顔をしながらも答える。
「い、いいい、一華さんが、一緒に着てくれるというのであれば、私は全然構わないわ。あ、あれよ! あくまでも資料提供よ! 資料提供! 一華さんのコスプレ姿が見たいとか、そんなやましい理由じゃあないんだからねっ!」
語るに落ちるとはまさにこのこと!
とはいえ、一華には悪いが、ここで衣装を着てくれないと、上田さんがドラペのイラストを描いてくれなさそうだぞ。
ここは、全力でお願いするしか……。
俺はすがりついた一華の手を優しくほどくと、両肩に手をのせて、真剣な眼差しで一華の目をのぞき込む。
「一華。俺からもお願いだ。衣装を着て、上田さんの求めるポーズを取ってやってはくれないか」
「ふええ……でも……でも……」
「イラストを描いてもらうためには、どうしても必要なんだ。上田さんがドラペのイラストをツイッターにアップしてくれれば、きっとくるみはなんらかの反応を示す。だから、頼む!」
ぐすりとべそをかいてから、うるうるした瞳で俺を見る。
「……立てる?」
「ん?」
「それで私……役に立てる? 京矢の役に、立てる?」
「ああ……ああ! 役に立てる! マジで助かる!」
「分かった。じゃあ私……やる」




