オフロードの基礎テクニックはカーブから ~日光市~
初級最初の課題。
ウォーミングアップをかねてリーンウィズにて周回し、感覚を掴む。
すでに午前中の部である程度走っていた律にとってはリーンウィズよりもリーンアウトの方が不安があった。
リーンウィズで2周ほど回ると、次はスタンディングしないリーンアウト走行へ。
先ほどとは異なり、他の者達は一気にペースアップする。
カーブする方向へ足を手前に出し、シートに腰掛けたままのリーンアウト走行。
速度に合わせ、適度にバイクだけをカーブの内側へと傾ける。
周囲の者達はこれ見よがしにと速い速度にて小回りを繰り返し、律は後続の者に煽られるような形となった。
(くっ……)
ブオンンブオンとアクセルで煽られているかのような状態になり、律は焦りをみせる。
(指導員いわく競技用を持ち込んでいるのがいるらしいが……WRならそんな性能は変わらないって話だ……それにセローで俺より全然もっと早く突破していく人がいる。完全に俺がダメなんだ……)
律は性能の差を言い訳にしたくなかった。
実際、WR250Rはこのメンバーの競技用車両と比較しても遜色ない性能を誇る。
そんな苦戦する男を遠くから見守る指導員の姿があった。
やはりその姿は目立つ。
明らかに場違いな格好であった。
他の者達はオフロードヘルメットにオフロードブーツ、格好もプロテクターを身に着けているがオフロード系のユッタリとしたジャケットを身に着ける者ばかり。
律はGT-Airに上下クールコートのカッパにレインブーツカバー。
性能的には泥を完全にシャットアウトできているので問題ないが、一人だけ教習所に来たような格好である。
「ゼッケン8番の人! コーナー進入時にハンドルを切るから内側にバランスを崩してアウトに膨らんでいるぞ! 内側にハンドルを切らずに傾けてカーブに侵入し、カーブの中間地点からハンドルを切るんだ! いいね?」
「は、はいっ!」
律の走りの状態を見極めた指導員は問題点を細かく指摘する。
律のゼッケンは午前中の13番から午後は新たに8番に変わっていた。
参加者12人中、8番目の走者ということである。
律は次のカーブの前に頭の中を超高速で整理する。
バイクを傾けるのが怖かったのか、それともハンドルで曲がれると思ったのか、ともかくそれは間違っているのだと。
先ほどまでやっていたスタンディングリーンアウトは正しい方法ではなかったのだ。
まずは傾ける、そしてバイクをカーブに合わせて走行ラインを作る。
その際、体はカーブの中心線に合わせて理想の重心位置へ。
それが正しい方法。
この時、オフロードバイクのシートの角に尻が当たる感触があるのだが、律は「転んでもいいから!」という指導員の声に合わせ、体を外へ投げ出すようにし、思いっきりバイクを傾ける。
姿勢は自然と後輪側に体重を乗せる形へ。
するとどうだろう、尻がバイクのシートの角に当たったと同時に、正しく体重がかかってバイクの後輪側が思いっきりトラクションし、傾いてもバイクがそのままさらに倒れていく感じがしないではないか。
バンク角は地面から55度といった具合。
WRは信じられないことに「外側へ戻りたい」と勝手に反応する。
その遠心力がかかった状態で体重を乗せ、より内側へ傾けることが出来る。
「そこだ! ハンドルを左へ!」
カーブの中間地点で指導員が再び律にアドバイスを投げかけた。
練習時、楽だからと半時計周りで走行させられているため、先ほどからずっと左カーブしか存在していないが、そのおかげで感覚が掴めてくる。
律はややハンドルを左に切ると、WR250Rは姿勢を戻しながら凄まじい小回りをして高速でカーブを抜けた。
他の者と遜色ない速度で曲がる事が出来た。
「リーンアウトってこうか、こうなのか!」
ダート走行のリーンアウト方法がわかってきた律は、急いでアクセルを入れ、前の人間に追いつこうとする。
そして先ほど教えられたアドバイスどおりに次のカーブを回る。
「そうそう! それでいい 続けて! 次、ゼッケン4番――」
律に問題がないと感じた指導員は他の者へのアドバイスへシフトした。
稀に後輪が滑ることがあったが、硬くて反応性の良いサスペンションは見事に乾いたフラットダートで安定した走りを見せる。
正しい姿勢と走行ラインにおいてWRは「これ以上傾かないよ」といったような挙動を見せ、体重を乗せるつもりでないと遠心力によって自然にバイクが直立しようとした。
リーンウィズなら怖すぎる角度でも平然と対応できる。
なぜこうなるのか。
それはバイクに最も荷重が加わる人間という存在がバイクの中心点より外側に向いているからである。
リーンウィズで同じように傾けると、重心点が思いっきり内側に向くため、よほどの速度でない限りトラクションを確実に失って思いっきり転倒する。
ネットの国外の動画においてもわかる通り、砂などで滑りやすい峠道で相次いでアマチュアの者達が転倒する動画があるが、そこではリーンアウトとリーンインで攻める者だけ突破できていた。
リーンインはバイクを傾けずに人間の体をバイクの中心線より内側に傾けて重心を内側へと持っていき、遠心力とタイヤのグリップ力を生かしてカーブを曲がる方法。
リーンアウトはバイクを内側へともっていき、体はやや外側に向けて遠心力にてバイクを外側へ引っ張るような形でバイクの挙動を制御しつつ、バイク自体が傾く際に小回りできる特性を利用して曲がる方法。
リーンインとリーンアウトの場合、リーンインではカーブ進入時にはやや前輪に荷重がかかりやすく、その後も両輪がトラクションした形でカーブを曲がり、両輪のタイヤの性能をフルに活用することになる。(カーブをまがった際の力は大きくタイヤの方へ垂直へかかる状態となるため)
つまり、バイクの走行性能をより高めた形で曲がるというわけだ。
リーンアウトの場合、荷重は後輪にかかりやすい一方、バイクのグリップ能力は失われやすい状況にあり、それを体重移動でもって制御する。
最初から滑りやすい路面の場合、バイクの中心線に体を置くリーンウィズではバイクの能力が全ての曲がり方となるので、滑ったらバイクと心中し、転倒してしまう。
ここについてはリーンインも滑らせないようバイクの能力を高めているだけなのでいざ滑ったらどうにもならない。
リーンアウトの場合、バイクの能力よりも体重移動による人間の能力を使えるように曲がるため、変な操作をするとオンロードではジャックナイフする可能性もあるが、過酷な路面にも対応しやすくなる。
当然、ダートではこのリーンアウトが基本となるのだ。
ちなみに、オーバーアクションではない正しいリーンアウトを身に着けると、ハンドルを左右どちらかにロックさせたまま少しだけバイクの外側に体を向けることでスタンディングせずとも270kg級のビッグオフなどですらブレーキを利用した小回りのターン走行が可能となる。
そこからさらに練習を重ねればアドベンチャーバイクでも強烈なアクセルターンが可能となる。
ビッグオフを越えたアドベンチャーバイク系列の場合、メガスポーツと同じくダート時に傾けて曲がるのは向いていない。
だが、リーンアウトを極めれば、一時的に思いっきり傾けた後に後輪を上手い具合に滑らせて強烈なアクセルターンが可能。
そこまで出来るような腕前だと、林道を高速でアドベンチャーバイクでかっ飛ばせるようになってくるが、日本国内のアマチュアでもシッカリ鍛錬を積んだ者が動画を投稿していたりする。
ところで余談だが、魔女の宅急便について未だに昔から疑問に思っていることがある。
劇中、プロペラの推進力だけで進む自転車をタンデムで乗って飛行船まで移動するシーン。
後に夫になる人間は「急カーブになったら外側に体を傾けて」といっている。
そしてカーブ時に自身はややリーンアウトの姿勢をとっている。
にも関わらず主人公はなぜかカーブの内側に思いっきり倒れてリーンインのような構図に。
あの時、どちらが走行時の姿勢として正しかったかは置いといて、あの未来の夫はリーンアウトをお願いしてたんではないかと個人的には思っている。
カーブを曲がる場合、ハンドルが全く曲がらないあの自転車ではより傾けて走行したくなるはず。
だから本人はややリーンアウトの姿勢。
アウトに膨らんでも補正する方法がないからだ。
もしリーンインでいいなら普通に考えて、「急カーブがきたら内側に体を傾けて!」というはず。
外側に傾けても曲がれることを主人公は何となく想像できなかったというシーンなのだろう。
ああいうのも雰囲気やキャラクター付けをイメージを植えつける印象的なシーンの1つだと思われるが、リーンアウトは危険というのは実際に試した事ない人間のイメージでしかないが、大体の人がカーブの内側に体を曲げたほうが安定するだろうと思っていることだろう。
律も今まさにリーンアウトの姿勢制御のしやすさを理解していた。
速度がきちんとそれなりにあれば、傾けてもバイクは自然に戻ろうとし、体がバイクを押さえつけるかのような構図。
カーブの中心点を過ぎると力を抜きつつハンドルをまげる。
これでバイクは地面と垂直に姿勢を戻しながらカーブを抜けていく。
3周、4周と重ねるうち、自然と周囲の参加者と同じ速度で飛び込めるようになってきていた。
「あのGT-Airのオフローダーらしくない格好の子、結構筋がいいんじゃないか?」
「ええ、最初はフラフラしてたのに突然できるようになりましたね。驚きです」
童顔のためか10代と勘違いされていたが流石の指導員もアシスタントに律の状態を確認して褒めたくなるほど、律は今日1日で大きな成長を遂げている。
軽量な車体、パワーのあるエンジン性能。
2速でエンジン回転数を上げ、WRの特性と自身の能力全てを使い、周囲と比較して異端な姿の男は周囲の他の者も驚くような走りを見せていた。
(あれってレインブーツカバーだよな……靴の上に靴下みたいな感じで足に力入れるの大変なはずなのに……よーやっとるわ)
セローに乗る壮年のスクール参加者は、常にオーバルから反対方向を走る律の姿を見て感心していた。
(うっひゃー楽しいッ。傾けるのがこんなに楽しいとは! これを覚えると二度と車には戻れない気がする)
そんなこともお構いなしに20代中盤に差し掛かって二輪デビューした男は、そのワインディングの感覚に魅了されていたのだった。
その後、律はスタンディングリーンアウトの練習も行った。
やり方はリーンアウトと殆ど変わらない。
スタンディングリーンアウトの方がこういう土の路面ではさらにバランスが取りやすい。
(知らなかった……一見すると立ち上がったほうがバランス崩しそうなのにそんな事ないのか……)
スタンディングしながら足を出すと流石に高いシート高の影響でバイクは不安な角度を示すが、その状態だと腕と足に均等に力が入り、かえってそれなりに制動しやすかった。
ハンドルを曲げる際はリバーストライクのGL1800のごとく腕を片方はやや引き気味に、もう片方は押し出すようにすると曲がる。
「不安定になったと思ったらアクセル入れてタイヤを回すんだ!」
指導員の言葉を受け、律はアクセルを煽るようにして車体の状態を保とうとした。
進入速度が速いので稀にパワースライド気味になるものの、そのままバイクがカーブの内側に倒れるような挙動は見せない。
(あーなるほど……パフォーマンスの360度ターンでバイクを回したい方向とは逆に傾ける意味がわかった……こうすると鋭くまがるから……)
荒れた未舗装の路面をスタンディングリーンアウトもリーンアウトして制御する方法を覚えると、ニーグリップなど様々な所へ意識が向かうようになり、バイクが思ったように動くようになる。
しばらくそんな状況で走行していると次の課題走行へと移行した――
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「さて、後半はコースを回って走行してもらうけども、今日の最終課題はフロントアップ。これを皆さんに出来てもらうようになってもらいます。で、次の課題がコース走行前にあります。それについてまずは説明しましょうか。フロントアップ。まあウィリーの基礎みたいなものだね。フロントを持ち上げて後輪だけの上体で走りだす。走ったままの状態をウィリーと言いますが、走りながら前輪を元の状態に戻すわけですが、実は林道などでは割と重要な基礎テクニックとなってます。例えば水溜り。一見すると大丈夫なようで、走ってみると大変なことになったりする。前輪がスタックしたり、水溜りの中に木の枝や根っこがあって激突なんてことがあります……私もそれで1台駄目にした経験がありますからねー!……あれ? ここ笑うところですよ?」
傍に置いた自分のバイクのシートをタンタンと叩きながら説明するものの、シーンと周囲は静まり返ったままである。
律には他の者たちの呼吸音すら風の音に混じって聞こえてきそうであった。
汗が地面に落ちる音すら聞こえそうな雰囲気がある。
指導員は過去の自分の失敗から笑いを取ろうとしたものの、律を含めた参加者は非常に真面目すぎて、真剣なまなざしで指導員を見つめていた。
「なんてこった……これで笑いをとれない日があるとは……ははは、今日の生徒さんは皆すごく真面目なようだ……コホン。では続けて、例えばハンドルを切れない状況でタイヤを別の場所へ持って行きたいなんてことも、このメンバーの中にはいらっしゃるのではないでしょうかね」
そう言うと、指導員は突然、自分のバイクに跨った。
律は一体これから何をするのかと息を呑む。
参加者の何人かはこれから指導員が何をするのか予想できていた。
「そういう際にはこうやってッ!! フロントップしまッす」
一気にエンジンをかけると指導員はアクセルを煽り、まるで馬を急停止させるがごとくほぼ静止させた状態でフロントアップさせた。
フロントアップさせた後、少しだけ横にバイクの前輪を移動させる。
「おおっ」
どこからともなく何名かの者たちがその姿に思わず口を開いてしまっていた。
その中にはアシスタントもいた。
3度、4度と繰り返し、殆ど移動せずにその場でバイクを左右にずらす。
そしてそのまま静止し、見事なスタンディングスティルを披露した。
信じられないことにその状態でさらに説明をしだしたのだ。
「慣れるとこんな感じでタイヤを移動できたりもしますが、これは結構高度なテクニックになるんで、今日はやりません。基本は走行中にフロントアップさせること。ではちょっとお手本を見せるのでみててくださいね。じゃ、丸太をお願いします」
スタンディングスティルのままアシスタントに指示すると、アシスタントは大急ぎで丸太を用意した。
直径40cm以上はあろうかという丸太が転がらないよう一部を切断された状態で設置される。
指導員はスタンディングスティルの状態からフロントアップで丸太と垂直になる角度を付け、その状態でまずは丸太に前輪を密着させるようにゆっくり走り出し、丸太の近くで停止した後、足で前輪と丸太を密着させた。
「見ての通り、このままじゃアクセル入れても前に進めません。水溜りにはこのレベルの木が転がってるなんて割とあるんですよね。また、倒木で林道内にてこうなっていたりとかね。そういう場合にフロントアップで突破します。こんな感じでッ」
指導員はそう呟くと、そのまま先ほどと同様、静止状態からフロントアップさせつつバイクを前に少し進ませ、前輪と後輪の中間に丸太が入り込む状態で停止させる。
「これで後は後輪を丸太に密着させれば……」
再びアクセルを入れ、後輪が丸太を蹴り上げるようにして見事に突破した。
「ほら……ね。今日は30cm目標でやります。最終的にコース内にいくつか障害物を用意するんでそれを避けたりフロントアップして走行しましょう。あ、ちなみに今の静止状態からのフロントアップは高度かつハイリスクな技術です。最悪バイクごと後ろに倒れちゃう可能性ありますんで……皆さんにはもっと簡単で、なるべく安全な方法でフロントアップの練習をしてもらいます」
指導員はエンジンを停止してサッとバイクから降りると、サイドスタンドをかけ、フロントアップについての方法ややってはいけない事などを説明しだした。
フロントアップ。
ウィリーの手前にして、オフロードバイクでは重要となるテクニック。
派手にフロントアップする必要性はなく、20cm~30cm前後できれば一般的な林道走行ではまるで困らなくなるだろうと言われる。
排気量が大きくパワーのあるバイクほどやりやすい反面、前輪が持ち上がりすぎて後ろにバランスを崩しかねない。
排気量が低く、かつ初心者の人間の場合に推奨されるのは前輪のサスペンションの反発力を利用した方法である。
まず、10km~15km前後で徐行し、その後フロントがロックして滑らない範囲で前輪ブレーキをかけ、加重を前にかける。
その際、サスペンションは元に戻ろうとする。
これを利用し、バイクを後ろに持ち上げるように重心を一気にもっていき、アクセルを軽く開くことでバイクの前輪は20cm~30cm前後浮く。
軽すぎるバイクならこの際にアクセルすら不要。
無論、アクセルを開きすぎるとその反動で後ろにズッこけるリスクが生じるのだが、浮きすぎたと思ったら無理せず体を前に押し倒せばどうにかなる。
静止状態と異なり殆どアクセルは要らないので、最初は10cmを目標にして徐々にバイクの前輪を浮かせられるようにすれば良い。
ウィリーの場合はその状態を維持しなければならず後ろにバイクごと倒れて下敷きなどというケースがあるが、20cm前後では後ろに倒れることなどないため、この方法の場合はフロントをロックさせての握りゴケぐらいしか倒れることがない。
フロントアップが生きるシーンは多々あるが、やはりそれがよく使われるのが水溜り。
林道などの土の路面における水溜りは何があるかわからない。
あるいは石、あるいは木、あるいは小動物の死骸、ハンドルを取られて盛大に転倒するなんてことがよくある。
明らかな沼のように泥が体積した場所でも、前輪を浮かすことでスタックせずに対応できるケースなどもある。
浮かせる時間は2秒~3秒程度でいい。
そのまま前輪を浮かせて走行する必要性は全くない。
指導員が説明する前輪のサスペンションの反動を利用する方法は最も簡単かつ安全な方法と言われる。
これが出来るようになると、高さはそれほどではないが急な坂(段差に近いようなもの)をフロントアップすることで突破できるようになったりするため、林道で引き返さずとも済むようなケースが出てくる。
フラットダートにおいては「それほど必要ない」と言われるテクニックだが、それでも水溜りであまり泥水を被らずに突破できるようになったりなど、意外と有用なテクニックの1つ。
(……初級なのにこんな事もやるのか……で…できる気がしない……)
さも簡単ですよとばかりに説明する指導員であったが、律は顔が青ざめていた。
前輪を浮かすなどとてもではないが考えた事もない。
自転車ですらそんなことが出来た記憶がない。
しかし、数分後には考えを改めていた――
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「わっふぅ!!」
2速で15km~20kmのやや早いペースながらWR250Rにて前輪を浮かせる男の姿があった。
それは間違いなく先ほどまで顔面真っ青だった音羽律である。
場違いなGT-Airを被り、レインコート上下にプロテクターという異端な姿をした律である。
広場にはコーンがいくつか配置され、30mほどのストレートでフロントアップを練習できるようにしていた。
それぞれが練習に精を出し、指導員がそれぞれにアドバイスを送る。
指導員の説明通りに最初は5cmほど、そのうち10cmほど浮かせられるようになり、
いつの間にか30cmほどを浮かせられるようになっている。
それは数秒だが、間違いなく障害物を突破できそうだった。
「ゼッケン8番、音羽さん、ちょっとこの障害物飛んでみて。ゆっくりでいいから」
指導員の呼びかけに律は特別なコースへとWRを進ませる。
慣れた者から案内されていた障害物のあるコースへの挑戦を律もさせてもらえることになった。
それは直径30cmほどの角材であったが、そのまま進むと間違いなく転倒しかねない段差である。
動かないようコンクリートか何かの重そうなブロックによって左右の端を地面と接合されるような状態にさせられている。
律が目視で確認する限り大通りの道端の縁石と同じ程度の高さであった。
「ではどうぞ、こっちへ!」
「はいっ!」
手でスタートの案内され、律はWR250Rを走らせる。
加速したWR250R。
律は2速に入れる。
角材の1m手前ほどで前輪にブレーキをかけ、その反発を利用し、クラッチを完全に繋いだままアクセルを少し入れ、体の重心をやや後ろに傾けながら前輪を浮かせた。
30cmほど浮いた前輪は角材を捉え、そのまま後輪が地面を蹴りだし、見事に突破する。
「はいストップストップ!」
指導員の声により、律は一旦バイクを停止させた。
後輪は角材に触れるか触れないか程度の場所で静止し、律は角材に両足をつけるようにして止まった。
「今のいいね。障害物に前輪が一切触れなかった。距離感がちゃんと見えてるね。じゃ、音羽さんもこのままこっちでの練習に加わっていいよ。今は説明したかったんで一旦ストップさせたが、次はそのままゆっくり乗り越えちゃっていいから。じゃ、一気に加速させて乗り越えちゃってください」
「わかりました!(やー、すっごい楽しいな……CBでも出来るかな……)」
律は妙なことを考えつつも、そのまま角材を乗り越える練習を何度も繰り返した。
この日だけで律はリーンアウトやスタンディング走行だけでなく、フロントアップの技術も獲得したのだった――。
「次回。いろは坂と奥日光」
ハンドルは左に、インド人を右に!




