番外編:ウィラーの独り言12
一体誰だ!?
CB400を整備したのは……
以前からずっと気になっていた点が全て調節されている。
空気はこのタイヤの感触から窒素にされている。
おまけに空気圧はやや強め。
グリップ力よりもタイヤの地面との接地感を重視したのか。
サスもやや強めにセッティングしなおされている。
まぁこいつの純正タイヤはグリップ力は悪くねえからな。
その分やや寿命が短いんじゃないかなんて話もあるが、天下のダンロップだし悪いわけがない。
どっちかといえばサスの状態がひでぇのは俺も気づいてた。
フロントだけハイパープロを仕込んだっぽいのはわかっていたが、それじゃリアが追いつかん。
それに合わせて見事に再調整できている。
リアを硬くしてややフロントヘビーな姿勢に変わった。
姿勢は前よりになるがこの方が恐らく疲れにくくなったはずだ。
それだけなら優秀なバイク屋でもやらないことはないが……特に俺が気にしてたフレームにまで手をつける人間がいたとは。
以前からスラッジの処理が残って汚すぎる部分に錆び止めなどを重ねてその上に塗料をかぶせている。
それもよく目を凝らさないとわからないような綺麗な処理だ。
こうしないとこういう部分は塗装が薄くてここから錆びが広がって、最悪穴が空くこともあるからな……よくわかってるぜ。
そもそもスラッジをまともに処理しない今のホンダがどうかしているんだがな……溶接後の処理ぐらいきちんとしろよ。
昔のCBはエンジンブロックまでスラッジだらけの状態で放置なんてしなかったぞ。
CB400は生前の本田宗一郎が最後の最後にその存在を目にしていてホンダも特別な思いを抱いているから売り上げが落ちても絶対に販売をやめられないということすら今の連中は知らないのか。
あのバイクはな、本田宗一郎が最後に「乗りたい」と言って乗れなかったバイクなのにひでぇよな。
まるで中国製ですといわれたら一昔前なら信じられていたような状態だ。
それをカバーしたか。
この分だとシートフレームの塗装剥離も対処しているな。
以前からこの部分も気になっていた。
ここからじゃ見えねぇけど、これだけの処理を行う人間が見逃すはずがない。
猫の手じゃシートも外せないしな……
そしてクラッチ……恐らくこれがオイル交換なら間違いなくクラッチカバーを外して状態を見ていただろうな。
そりゃあオイル交換の度にクラッチの状態を見る人間はいない。無駄だ。
だが律のCBはどうもクラッチの感触がよろしくない。
音がおかしい。
だから1度ぐらいは見たくなる。
そこまで手ぇ付ける必要性があるのかといわれれば大半の整備士が首を横に振るが、この人間は恐らく初回整備の前におかしいと感じたらやるタイプだ。
グリスの付着痕などの汚れ具合から本当はカバー外すかどうか迷ってやめたような形跡がある。
オイル交換したらそれだけで6000円前後は出費が嵩む。
カバーを外すにはオイルを抜く必要性があって基本的にゃ交換だ。
それを計上させるのを躊躇した理由があるんだな?
何か別のものを交換して本来より出費が増えたか?
例えば、なんか修理直線には歪んで見えたブレーキレバーあたりが怪しかったな。
たぶんこれはブレーキレバー交換してるな。
律のヤツは1万円以内とでも金額を最初に言ってしまったか?
いや、もしくは何かを見て……例えばその前のオイルパンなどの修理費の状態を確認して短期間での高額な出費を避けたとか……
ともかく、これを整備した人間は多方面に視野が広く、全体論でモノを考えられる男だ。
腕もある。
顧客に無理な出費は強いることはしないタイプだ。
そのバイクにとって本当に問題がある部分は交換するが、一方で不必要な部分は自分の腕でカバーしている。
普通、未塗装な梨地の樹脂パーツを削って再塗装するような人間なんて殆どいないはずだ。
自分で修理するなら苦労する分安く仕上がるっちゃ仕上がるんだが
だが、こんなプロの腕で修理しちまったら、時間がかかってひたすら修理費用がバカ高くなるだけで交換のほうが安く仕上がるはず。
それを己の腕で短い時間内に綺麗に補修して新品同様にしてしまったわけか。
まず粗く削って、凸凹のある梨地を崩さずに全体を傷がなくなるまで整えて……サフ吹いて、その後に凹凸のイメージを損なわないように軽く削って最後に仕上げの塗装。
間違いない。
感触を損なわないためにサフでややザラつくよう調整した上で塗料を拭いている。
そうすれば元の純正品と感触が変わらない。
削った影響で左右で若干形状が変わったが、綺麗だからこんなもん「個体差」にしか感じない。
今のホンダの品質なら尚更にそう思う。
だが、この右側、二度と倒れることがなく10年経過したら左側と大きな差が出てくる。
左側は白く粉を吹く。
右側はなぜか新品に近い状態のまま。
それだけきちんとした塗装をやっちまってるからな。
これは本当にそのバイクが好きで好きで何年も継続して乗りたくて、ミラーすら代用品がなくなった人間がわずかに手に入った純正のものに長く保つよう仕上げるのと同じ方法だ。
傷を修理したはずが、交換するよりも長く使える状態となっている。
そういう人間がいて、なぜか律はそういう者と出会って、そしてCBはその人間の整備を受けたのか。
その人間の歳はいくつだ?
そんな人間がまだバイク屋の中にいるのか……意外にまだ二輪も捨てたもんじゃねぇな。
とはいえ、それでもどうにかなってない部分もある。
フロントフォークに点錆が出てきた。
雨の中ちょっと走ったらこれか。
そう簡単に交換できる代物じゃねーんだがな。
こいつの対策もしばらくしないうちに提案するか……それか律がそこに気づくか?




