金の翼再び(前編) ~道志村~
夕暮れ時、優衣と律は二人で分担して作業を行うことになった。
「リッくん、いつものようにお願いね~?」
「任されよう!」
笑顔で律が任せられたのは火お越しと炊飯である。
何気に律が得意中の得意の分野。
アイテムさえあれば別段そこまで高度な技術を必要としないが、殆どアイテム無くサッと火を起こすにはそれなりの経験を必要とする。
律はキャンプ用のバッグよりナイフを取り出すと、まずは最初の火種となるやや小降りの薪を作るため、薪割りを行いだす。
刃渡り約95mm。
FALLKNIVENのハマグリ刃「F1」である。
スイスのメーカーが販売するこのサバイバルナイフの定番中の定番の商品はキャンプでも大活躍する。
特徴はなんと言っても刃が短めながら出刃包丁のように刃が肉厚な所。
恐らくこのナイフの対となる存在としてよく列挙されるのがBarkRiverのブラボー1と呼ばれる商品群であろう。
ちなみにどちらも「殺傷力が低い」ことで割と有名なサバイバルナイフ。
両者の誕生には共通点がある。
サバイバルナイフ。
その存在が重要視されたのはww1の後からである。
島などの攻略戦において、攻める側、守る側両者共に「戦闘以外でも活用するナイフ」の必要性を感じた他、航空機の活動範囲が増えると墜落した航空機から生き残ったパイロット達から武器にもなるような万能な刃物を要望された。
特に米国では朝鮮戦争などの教訓から念のために用意していたが、活躍の機会はそれほどないと思われていたのだが、ベトナム戦争にてその必要性を痛感し、ベトナム戦争以降、その存在が大きくピックアップされることになる。
その中でも特に有名なランボーで活躍したアレ、実はランボーが使ったもの自体は実際のベトナム戦争で使われたことがないタイプだったりする。(大きさは映画用に大きなものとなっているが、それはさておきナイフの形状自体はもう少し後から採用されたタイプ)
しかし、近年の対テロ戦争などにおいてそれらのナイフが役に立たないといった状況が生まれる。
それまでサバイバルナイフといえば「鞘に収めたシース型でそれなりに頑丈でやや肉厚」といったものだった。
しかし、敵は鉄のヘルメットや鎖帷子などを着込みながら斧やナタで突撃してくるようになり、ナイフでは完全な威力不足となってしまったのだ。
斧やナタで攻撃してくる相手には、従来のナイフだと折れてしまうし、攻撃も通らない。
理由は米国海兵隊などが5.56mmなどの威力不足などから近接戦闘を好んで戦ったことによる学習によるもの。
彼らはCQBへの対策として「中世の時代に回帰する」というベトナム人すら考え付かなかった手段を用いるようになり、
そしてそれが「信じられないほど有効策となった」
また、岩場などが多い中東においては元来、何かに突き刺して足場などとするとか、穴を掘るだとかいう用途に使うには耐久性が不足していた。
従来のサバイバルナイフは対テロ戦争にてその居場所を失ってしまったのだ。
これに気づいた海兵隊や航空部隊は新たなサバイバルナイフの姿を模索するようになる。
2000年頃からの話である。
しかし2002年、突如として現れたとあるナイフの存在に魅了され、それに未来を感じ、下記のような存在を探すようになる。
「殺傷力は不要だが、絶対に壊れず、とにかく生存性だけを究極に求めたナイフは無いか」
この見直しに至った経緯には実はスイスが関係している。
1970年代後半。
それまで両刃の普通のナイフを携帯することが一般的だったスイス軍。
しかし、それまで戦争とは割と無縁だったこの国においては、各国の戦闘状況などを見定め、戦闘機などを含めて様々な武装の近代化が行われている最中であり、パイロットから不平不満が多かったナイフの見直しを行うことになった。
ただ見直しても意味は無い。
軍事において「サバイバルとは何か」「戦場とは何か」という哲学を改めて見直すと同時に、そこにおいてどういう事が発生しうり、そしてナイフの能力としてどのようなものがあれば突破できるか、そんなことを熱心に研究した末、1995年にソレは誕生した。
特徴は「凄まじい刃の厚さ」であり、まるで出刃包丁である。
そして驚くことにFALLKNIVENを製造しているのは日本。
スイスが様々なナイフや刃物を選定した結果たどり着いた結論は「日本のナタや出刃包丁の技術を使ったナイフ」という刃渡り100mm程度しかない肉厚の重い日本製シースナイフである。
岐阜は関市の服部刃物で製造されたソレは海を渡ってスイスに運び込まれていた。
実は当時、サバイバルナイフというと案外「折りたたみ式」が一般的だったりした。
米国の銃器メーカーが今でも作るサバイバルナイフがみんな折りたたみなのも当時の世相から愛用者が今日においてもそれなりにいるからである。
シース型は一部では重宝されてたものの、映画などの米軍や欧州の国々が普通に折りたたみナイフを使ってたように、アレが割と使いやすいからと使われていたのだ。
一方、このナイフはグリペンに乗るパイロット達が求めるすべてを内包した存在。
もしかしたら戦場で燃料不足で不時着するかもしれないといった時に最後に頼る存在でかつ、生き残るまで絶対に折れたり曲がったり錆びたり、切れ味が落ちたりせず最後までお供する武器という名の道具。
「殺傷力」を犠牲に、それ以外の「生存性」を究極に求めた存在は、スイスがNATOに参加したばかりの頃、軍の兵装と同時に訓練などでお披露目され、そして欧州各国では笑いものにされた。
「こんな重くて刃が分厚くて短いモン使えるかよ」とバカにされたのだ。
しかし、それをバカにしない国が1つあったのだ。
2002年。
スイスは永世中立国でありながら始めての軍事派遣を行う。
そしてそこで初めて米国と邂逅することになるのだ。
9.11の前後からサバイバルナイフに疑問をもちはじめていた米国海兵隊はそういった欧州の国々が集まった場にて始めて公に確認できた様々な武装の中から、スイスの、それもある意味畑違いのはずの空軍が身につけたナイフに非常に強い興味をもったのだった。
他の欧州各国が「アレじゃ戦闘とかでは使い物にならない」と嘲笑したソレこそ、米国がベトナム戦争やイラク戦争などで苦労した先に求めていた究極のサバイバルナイフであった。
まさかそれが同盟国でかつ、自分達が基地を置く駐屯地とも言うべき地域からスイスに渡っていたなどということは知らずにである。
しかもその存在が日本で作られていたという情報は当時公開されてなかったので、米国(海兵隊)はこの謎のサバイバルナイフに大変強い興味を抱きつつも、同じような「次世代型サバイバルナイフ」ともいうべき存在を独自に調達しようとする。
まずはじめたのは既存のサバイバルナイフなどを納入させているメーカーが市販している品で最も頑丈なナイフを取り寄せ、試験を行った。
スイスから好意により少数入手することができたFALLKNIVENのF1で耐久試験を行った結果、その性能は「本当にスイスが作ったのか?(作ってません)」といわんばかりの恐ろしい数値を叩き出し、それを基に同レベルのものがないか大量にナイフを集めて過酷な試験を行った。
しかし究極のサバイバルナイフと言われるFALLKNIVENに並ぶナイフはついに見つからなかった。
だが、ここでどうも試験に携わっていた関係者からこんな話が出たという。
「既存のサバイバルナイフの選りすぐりを集めても、この従来の思想に囚われない存在に追いつくものはないのではないか? 狩猟用で似たようなものを見たことがある。目線を変えないと駄目だ」といったような話が出てきたのである。
そこで米国はキャンプや狩猟用途のナイフの中から、とにかく肉厚で優秀そうで、刃がそこまで長くない存在を吟味し、試験を行った。
それこそが後に「ブラボー1」と呼ばれる、今日では米国で大人気のサバイバルナイフの雛形となった存在「ゲームスキーパー」である。
これは「狩猟用」または「サバイバルゲーム用」として開発され、当時はまだマイナーなメーカーだったバークリバーが市販していたナイフである。
FALLKNIVENのF1と同じはまぐり刃のこれは「狩猟した後にシカなどを解体するため」に非常に肉厚なナイフとなっており、一方で刃渡りはそこまでではないというものだった。
これが見事に米軍が求める性能と一致し、試験結果で良好な数値を示したため、米国海兵隊は新たにサバイバルナイフ用途として改良を命じ、「ブラボー1」とよばれる存在が誕生する。
ちなみにFALLKNIVENはご先祖様が出刃包丁やナタであるが、ブラボー1は精肉用ブッチャーナイフとマチェットなどになる。
にも関わらず両者の形が非常に似通っているのは、サバイバルナイフとしての用途を考えた究極系を目指すとこうなるという事だ。(作りを見ると両者ははまぐり刃以外は両者の先祖の特徴を内包しており、見た目こそ多少似ているがまるで違う出自なのがわかる)
今日ではどちらも「最強のキャンプ用シースナイフ」または「シース型サバイバルナイフ」としてその地位を築いているが、FALLKNIVENとブラボー1どちらも米軍に採用されているという所が興味深い。
結局後に公となったことで米軍はFALLKNIVENも採用してしまったのだ。
両者を見て見るとわかるが、これまでミリタリー系ゲームにも登場したサバイバルナイフと比較すると非常にシンプルで何も付属していない。
これまでのツール類はすべて鞘に仕込むようになっており、サバイバルとしての能力だけを求めた形状はむしろ時代に逆行しているようにさえ見える。
だがこのナイフは紛れも無く新世代の存在であり、2020年に入ってきた現在において笑っていた欧州各国もそのスペックに気づき、サバイバルナイフの見直しを始めたほどだ。
ところで、実際の戦場においては主に「防御用」としての能力が両者ともに評価されている。
斧やナタを投擲してくることもあり、それらの近接攻撃に非常に苦労を重ねていた米軍においては「これらを有効に防御できる唯一の防御手段」として高く評価している。
一方で、現地では魚を捌くぐらいの切れ味しかないことから殺傷能力は評価されていない。
無論最初から評価対象となっていないが、逆を言えば「真にキャンプ用」と言えるナイフである。
当然、律は両方とも所有しており気分でどちらかを使い分けている。
律にとって最も好きな点は「武器として使い物にならない」という部分。
それでいいのだ。
それがいいのだ。
殺傷用途として使うようなダガーナイフなどに律は興味を示すことはない。
「実用性」と「耐久性」として「いざとなったときの汎用性」を満たすナイフは律にとって現時点でこの世に2つしかなく、そのうちの1つをキャンプにいつも持ち込んでいた。
一部の人間からすれば「ソレ、ナタでよくなっすか?」と言われるが、重いが1本で魚も捌けるという魅力がある。
ちなみに日本製ではあるが、スイスで品質検査を行って、それから販売に出される形態となっている。
つまり、一度スイスに渡ったものをもう一度日本に戻すという摩訶不思議な経路を辿って律の手元に戻ってきている。
そんなF1の特徴はなんといっても、この刃の長さでバトニングで薪割りが可能な頑丈さ
刃の裏側を別の薪を用いてガンガン叩いてバトニングしても刃が欠けることすらない。
ある程度薪を割ったら、次はフェザースティックを作り出す。
この作業も慣れた手つきで行い、着火剤も使わずそのまま着火。
この間、約3分。
ウルトラマンが帰還する前に石で組んだかまどで焚き火を作り出した。
今日の料理は卵たっぷりオムライスとサラダ、そして野菜の炒め物。
そのためには炊飯された米が必要。
ケチャップで炒めることからチャーハンを作る要領でパサパサかつパラパラのご飯が好ましいと言える。
律は家から持ち込んだライスクッカーを取り出すと、白米を2合入れ、水場へと向かった。
優衣はこちらにて野菜を処理しており、サラダがすでに完成している一方、野菜の炒め物を作るため、律の好物であるピーマンなどを切っていた。
両者空腹により集中しているので特に声を掛け合うことはない。
水場で白米を洗い流した後は再びかまどへ。
火加減を調節しつつ、ライスクッカーを用いて炊飯を行う。
辺りはすでに暗くなってきており、焚き火が明かり代わりとなっていた。
パチパチと燃える火を眺めながら、火加減を調整し、たまにライスクッカーを回転させて均等に熱が入るよう調節する。
この辺は子供の頃から飯盒炊爨などを行っていた影響から手馴れたもの。
そうこうしていると優衣が野菜一式を持って帰ってきた。
「おおっ」
それぞれピクニックボウルには、キュウリのピリ辛浅漬け、山芋と梅干のサラダ、サニーレタスとツナ、トマトのサラダなどが出来上がった状態で入っていた。
フライパン代わりのアルミクッカーの中にはピーマンとキャベツが入っている。
虫が入らないよう、それぞれラップをかけた状態でもっててきていた。
律は梅干の見た目にヨダレが出るほどであった。
「野菜炒めは今作るから」
優衣と律は長年の経験で巧みなコンビネーションでもって上手く分担できていた。
久々のキャンプ料理の感覚に律はやや興奮気味である。
「まだ何か野菜残ってる?」
二人はそれぞれ好みの野菜を持ち込んでいた。
タマネギ、ピーマン、キャベツ、キュウリ、山芋、トマトなどである。
律は白米や調理道具一式を持ち込んでいた分、野菜類は優衣に一任していた。
「ん~ナスとか残ってたかな~?」
人差し指で唇に手を当てつつ、優衣が応えた。
持ってきたには持ってきたが用途が定まらないナスがあったことを思い出したように呟く。
「それで十分だ。油揚げを持ってきてるから味噌汁作るか。それで全部かな」
「お~」
律は手放しで作れる味噌汁を作るため、キャンプ用バッグから味噌汁用のクッカーを取り出すと、水を手に入れるため水場へと向かっていった。
その際、何かいままで嗅いだことのないファンキーな油の匂いを感じ取ったが、周囲のキャンパーが何か調理に失敗でもしたのだろうと特に気にせずキャンプ用バッグをくくりつけたままのCB400から離れた――
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野菜を切れば後は煮込むだけでいい味噌汁を放置し、律はオムライスを作り始める。
ライスクッカーからアルミクッカーにご飯をいれ、油と混ぜ、ケチャップをかけ、チキンライスを作ると、すでに完成していた野菜炒めに使ったアルミクッカーを使い、卵を律は3つ、優頃もは2つ使った贅沢なオムレツを作り、それを二人分に分けたケチャップライスの上にそれぞれ乗っけた。
これにて夕食は完成。
時刻は19時20分。
「いやー、久々でブランクあったせいかちょっと時間かかっちゃったなー」
出来上がった夕食を前にして律は興奮気味に反省した。
「そうかな? 結構早かった気がするけど」
一人では食べきれない量の食事に囲まれ、優衣は自身と律の料理の出来にウットリしていた。
そのまま二人は「いただきまぁす」と食べ始め、ゆったりと流れる時間の中、栄養分にも優れた夕食を共にしたのだった――。




