外装慣らし ~道志村~
喫茶店でしばらく憩いのひと時を優衣と過ごした律はいざ目的地へのキャンプ場へと向かうこととなった。
「いい?リッくん。 今日の食事は薪で作るんだからね? そのためにはまずどこかで――」
「――薪自体はキャンプ場に行ってから買うのでいいんじゃないか」
時刻は15時30分。
ここから10分以内の場所にキャンプ場がある。
まずはテント設営、その後に食事作り。
最初に薪を持ち込もうと考える優衣に対し、経験からその方がベストだと律は判断した。
「う……わかったよ~」
律の発言に素直に従う優衣。
二人はまずキャンプ場へと足を運ぶ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
15分後、キャンプ場に到着した。
道志の森キャンプ場は管理棟があるが事前にお金を支払う必要性がない。
よって支払いは日に何度か来る管理者に支払うか、設営してから管理棟にて支払うスタイル。
割と珍しい昔のスタイルである。
自由に設置し、自由に展開するまさに本当の「フリースタイル」
車やバイクで乗り込むことが出来る(混雑状況によって車は中まで入り込めない。例えば道を塞ぐ状態などマナーを守れない場合は移動を強制されるか最悪追い出されるが、そうでなくとも大量のテントで奥まで行けないということはままある)
しかし……
「マジで?」
律が思わずそう呟かざるを得ない状況があった。
律は当初勝手に「土」というフラットダート状態なフリーサイドを想像していた。
「土」もしくは「芝」である。
しかし実際は「砂利」
大量の車が行き交う関係上、「芝」などすぐ駄目になってしまうためここは川原のキャンプ場よろしく「砂利」で構成されている。
しかも奥に行けば行くほど砂利の状況はひどくなり、スーパースポーツなどのオンロードスタイルバイクだと移動が苦しくなる。
「う~思ったより人おおかったぁ……」
季節はシーズン前。
にも関わらずシーズン中より多少人が少ない程度であった。
本日はそこまで気温が高くないが、この場所は人気スポットになってから「真冬」以外は人が集まるようになっている。
テント設営場所は探せばどうにかなる程度ではありそうだが、やや奥の方へ向かわねばならない状況となっていた。
「まあ遅く来てしまったからね。奥まで行くか」
二人は近場での設営を諦め、奥へと進むことにした。
まるでそれは天然の迷路のようである。
看板から入るとすぐフリーサイトとなっているが、看板とは別のもう1つの道を進んでもフリーサイトへ辿り着く。
もう1つの道は西沢林道と東沢林道へと繋がるが、どちらの道に進んでもその先にフリーサイトがまたある。
ちなみにその林道の手前にはシャワーや大型車両用駐車場がある。
信じられないことにシーズンだとこの場所に本気で大型車両で乗り付けている人間がいるほどだ。
さて、手前の看板側のフリーサイトはすでに混雑していたが、初めて訪れた両名はもう片方の道からもキャンプ場の入っていけるのを知らなかった。
そのため、なぜかフリーサイト側から奥に入ろうとアプローチする。
それは砂利大量で不安定な場所を、10kg以上の積載で突き進まなくてはならないという茨の道であったが、無知がゆえにそちらを選択してしまう。
ガタガタガタと揺れるCB。
オートマかつ低重心の優衣のベスパは楽に移動できていたが、律のCBはクラッチ付きのため大変だった。
残念なことにCB400は高回転型エンジン。
よってこういう道は特に不得意である。
こういう道はオンロード向きといっても排気量が多かったり低回転型なら得意である。
半クラッチを併用しながらでないと進まないため、律は心の中で「やかましくてごめんなさい」と何度も謝罪しつつもゆっくりと奥まで進んでいった。
しかし手前側は満杯。設営場所がない。
そのまま進んでいくと……
「あれ? これさっきの道じゃない?」
広い場所に出たが、優衣は先ほどの道の先に通じていることを状況から察知した。
「本当だ……俺は無意味に迷惑行為を……」
「まぁまぁ」
肩を落とす律に対し、優衣はすかさずフォローする。
手前側は広いスペースとなっているため車でキャンプに来る者たちに占領されやすい。
冬など寒い季節でも強い車によるファミリー含めたキャンパーによってすし詰めとなっているのは日常茶飯事。
二人は管理棟近くの地図より東沢林道の方面へ向かい、そこの様子を確認することにした。
川沿いの東沢林道方面のフリーサイトには付近にグラウンドもある。
水場が多いがやや狭く車には不向き。
ライダーはこちら側の方が多い。
律と優衣はテント設営者が全くいない様子を見て、こちらにテントを設営することにしたが……こちらは砂利の状況が悪く、CBはさらに進むのが苦しくなる状況となっていた。
(砂利場というかガレ場に近いな……)
手の平に収まりきらない石なども平気で転がっている状況に、律は慎重にCB400を進め、何とか良さそうな場所を確保する。
トイレが遠いのでやや人気が低いスポットであった。
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設営場所が決まったので、律はCB400から荷降ろしを開始する。
中身を確認。
テントはこの日のために調達した謎の安物の今風のドーム型二人用(5980円)
ネット上では「モンベルのムーンライトがいい」とかいろいろ書かれていたものの、見送った。
モンベルの良さを理解している律だったが「そう何度もテントなんて使わないし」と消耗品程度の認識で購入していたのだった。
なんでキャンプ経験がそれなりにある律がテントに手を抜いたのか。
それはもともと彼が経験したキャンプでは「バンガロー」もしくは「常設テント」を基本としており、テント設営経験は何度もあるものの「テント泊」という経験がさほどなかったからである。
子供向け、ティーン向けキャンプの参加経験が多い場合、ボーイスカウトでもない限りテント泊といっても自発的に設営して宿泊するという事にはならない。
事故など安全面を考慮するからである。
律自体は元より「野宿」などまるで考えていなかったので、この時点ではテントの重要性など全く考えていなかった。
「困ったらバンガローで泊まればいいんじゃないか」といった考え方である。
一方で、シュラフはモンベルのバロウバッグ#0という矛盾。
このバロウバッグは大学時代に購入したもの。
大学時代は友人の家で徹夜で麻雀やゲームをやったりするが、そこで重宝した。
リーダー役として参加するキャンプと合わせ大活躍。
殆ど元は取れている。
すでに10年近く経過したシュラフだが性能が全く劣化しない。
しかし巨大すぎてミッドシートバッグのスペースの殆どをこれが占領するほどだった。
一方の優衣。
凄まじいテントを所有していた。
Redverzのツーリングテントである。
重量7kg。
やや重いが持ち運べないわけではない。
元はラリー選手とメカニックマンが使っていたテント。
ラリー競技。
それは車だけでバイクにもある。
日を跨いで競技に臨むことが当たり前の中、一部のラリー大会では「選手がすべての整備を担当する」といったようなルールの所もあり、またそうでなくとも「メカニックマン含めて大量の荷物は持ち込めない」といった制約などがある。
それだけでなく仮に持ち込めたとしても「大量の予備パーツを持ち込みたい分、整備場所は簡易設営可能なものとしたい。と考える者もいる。
そういった需要に合わせて生まれたテントだ。
巨大な前室はバイクをすっぽりと覆いこむ。
もともと「ラリー」という存在に向けて作られたため、R1200GSすら簡単に入るばかりか、がんばればゴールドウィングすら中に入れてしまうことが出来る。
50L程度の専用の防水ツーリングバッグに入れるソレはVESPA GTS300のリアシートに括り付けられて運び込まれており、律がシートバッグと認識したそれそのものがテントだったのだ!
手馴れた手つきでそれを組み立てる優衣。
やや大柄なテントがくみ上げられていくため、律も思わずテント設営の手がとまり、見入ってしまった。
作り上げられていけばいくほどに律は正気ではいられなくなった。
(なん……だと……)
防犯を考えた場合、Redverzのテントはある意味では最強クラス。
というかそもそもがラリーなどを意識した「最強のツーリングテントが形となった存在」がRedverzTENTなのだ。
だからこそターポリン式防水ツーリングバッグなんかに収まる。
こんな専用の収納袋を用意しているテントは他にない。
ターポリンの防水ツーリングバッグといえばライダーの御用達の品の1つ。
「ただのツーリングバッグに偽装することでテント自体を盗難させにくくする上で、ライダーが持ち運ぶということも考慮した収納袋とする」というRedverzの徹底したライダー視線での物作りが光る。
もしRedverzが喋ったらこう言うだろう。
「通常のテントはシートバッグの中に入れるだとかトップケースに入れるだとかヌルいこと言いやがる。それでバイクを守ってやれるのか? それで頑丈な構造にできるというのか? バイクに入れるために俺は収納状態の大きさを犠牲にした……そんな俺でも上手くバイクに溶け込む方法がある……それは、俺自身がツーリングバッグになって収まることだ! 中に入らないなら外に括りつけられるようになりゃあいい!」
日本円にて約5万。
かつては6万円前後で日本にも発送してくれていたが、現在は手に入りにくい。(需要もそこまででもない)
その存在にバイクカバー+テントでいいかなと考えていた律の度肝を抜いた。
「ん?」
視線を感じた優衣は律に反応した。
手を止めて見入る律へ体を向ける。
「そんなものがあるのか……」
「重いんだけどね~。私はこういったフリーサイトのキャンプ場しか行かないからこれ一択になったかな。雨の日もあんしん!」
手馴れた手つきでテントを設置する優衣の姿から、何度も使っていることが容易に理解できる。
初めて使うテントの設営に手間取っている律とは対照的だった。
(雨を恐れてカバーを持ち込み、それにかなりのスペースを取られたことを考えれば……この選択肢は正しいのかもしれない……でも出来ることならバイクカバーも平行して持ち込みたいところだが……)
安物テントで妥協した律は、Redverzという最強クラスのテントを見たことで自身のバイクとキャンプツーリングに対する甘さを反省した。
反省したと同時に欲が芽生える。
(同じような……バイクをしまいこめるテントを持っていてもいいかもしれない……でも流石に完全に同じじゃ恥ずかしいな……また彼女と来るかもしれないし……何か考えておこう)
律はそんなことを考えつつも、再びテント設営を再開したのだった。
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「ん? リッくんちょっと随分小さいドームテントにしたんだね」
完成したテントのあまりの小ささに優衣は驚きを隠せなかった。
彼女もまた、綾華と一緒にキャンプに参加していたので、参加していたキャンプにて律が普段テント設営も簡単にこなし、その上でタープなどを設置したりして本格的な状態にする姿を目撃していたので、本人が展開したテントがあまりにもお粗末な代物なことに驚きを隠せない。
「適当に買ったからなー」
前室すらロクにないドームテントは明らかに劣っているのが明確だった。
初心者キャンパーが、初めてのキャンプに持ち込む、そんな小型ドームテントである。
「おかしいなぁ……一緒に行ったキャンプではいつも凄い大きなテント作ってなかった?」
「アレは組織単位で保有しているヤツで私物じゃないよ。どこの組織が持ってたかは知らないが……確かに設営だの管理だの任されてて前日に渡されて持ち込んでたから俺が持ってたように思えたかもしれないが……」
優衣が律が所有していたと勘違いしていたのはNORDISKのアスガルド7.1というモノポール式ポリコットンテントであった。
当然、あんな高額かつ巨大で嵩張る品などキャンプツーリングに適しているわけがないのだが、タープと合わせてスタッフの荷物置き場などとして毎年のように設営していた姿を見て、優衣は自然と「律の私物」と勘違いしていたのである。
当然、そんなものと比較したら今目の前にあるメーカーすらよくわからない安物とは天と地ほど差がある。
「そうだったんだ……」
「まあテントは持ってないんだよね。今回、いろいろ新たに調達はしたけど……」
謎の敗北感を味わいつつも、チョコンと設営されたテントは最低限の居住性を確保できていた。
「さて、じゃあ俺が薪を買ってくる。そこで見張り番しといて」
「え?いいの?」
「男だし」
ガシッと右腕を振り上げ、上腕の筋肉を見せ付けつつ、そこに左手を添える律。
少々恥ずかしいポーズだが、力はこっちの方が上とばかりに優衣を気遣い、薪を買いに行くことにしたのだった。
しかしそれが悲劇に至ることをまだ知らない。
そんなことを予想もしていない律はそのまま荷物を降ろしたCBでガタガタと砂利道を進み、薪を購入していった。
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道志のキャンプ場付近にはおよそ6箇所ほど薪を売る場所がある。
近くのデイリーヤマザキなどでも販売されている。
律はスマホで薪の販売場所を調べ、薪を販売している販売所にて購入することにした。
買う量はそれなり。
直火OKということで、石を積んで焚き火形式でワイルドに料理を作りたいため、かなりの量を購入する。
それらを持ち込んでいたバックル式ナイロンベルトにてバイクに括りつける。
おおよそ重心点を高くしてしまった薪は総量12kg。
かなりの量であり、2つに分けてキャリアとミッドシートバッグ内に押し込んだ。
そしてそのまま律は来た道を戻り、再びキャンプ場へ。
すでに時刻は17時を過ぎており、早く戻らねば夕食が遅れてしまう。
足早にその薪の販売所を後にし、そして――。
キャンプ場に戻った律。
ガタガタと揺れるCBは来た当初よりも疲労や重心点の違いなどにより安定しない。
タイヤはすべり、前輪はかなり力を込めないと安定しないほどだ。
「うっ」
何度もバランスを崩しかけながらなんとかテント設置場所に戻る。
安心したその刹那。
完全に律は油断していた。
前ブレーキで停止を試みたことでバランスを崩した。
CB400はバランスを崩し、そして……ガシャッという音と共に右側に崩れ落ちる。
音に驚き、テントからすぐに出てくる優衣。
エンジン音は聞こえていたが、テント内で少し休んでいたのだった。
「大丈夫!?」
「やっちまったー……あーあ……」
横倒しになったCB400は、見事な立ちコケを披露している。
それも最もダメージを受けるといわれる砂利場とガレ場の中間のような場所でであった。
「私も手伝うから――」
「あー大丈夫大丈夫」
サイドスタンドを立てた律はすぐさまハンドルを倒れた方向とは逆に向ける。
そして倒れた方向とは逆方向に尻が向かうようにして、尻で押し出すように信じられないことに薪を積んだままヒョイと起こしてしまった。
下品な格好となったが、これが一番早く楽なことを律は知っている。
腕の力を使うと明日筋肉痛でどうなるかわからないので、最も楽な方法にてCB400を起こした。
「ダメージは……」
CB400の状態を確認する。
思いの他ダメージが大きかった。
エンジンガードは石が転がる場所では全く働かず、エンジンカバーに傷、サイドウィンカーの破損、ブレーキレバーやミラー、グリップエンドまで見事な傷が出来た。
おまけに。
「うわっ、マフラーまで……」
「ありゃ~」
タンクとフレーム以外、見事なダメージが入ってしまった。
「迂闊な前ブレーキだった……まあしゃあない。どうせいつかコケると思ってたし、言われてたから……まあ外装慣らしかな!」
優衣が心配そうな顔つきをしている姿を見て、律は虚勢を張る。
内心はショックなんてレベルではなかったが、どうせ修理できると何度も頭の中でリピートし、己を落ち着かせていた。
倒れたと同時に、律のCB400の呪いが完全に解除された。
それと同時に一部のライダーが患うといわれる「バイク沼」という新たな病気を発症する。
今日の日は、今後の律の方向性を左右する瞬間となったのだった。
「さっ、早いとこ日を起こそう。夕食が遅れてしまう」
「う……うん」
二人は気をとりなおして夕食を作ることにした。
その時、律は気づいていなかった。CBの下からしたたり落ちる油を……オイルパンが破損していたことを――
次回「金の翼再び」




