車載カメラの必要性 ~道志村~
爆音が鳴り響く昼下がり。
レストランでゆっくりしている二人の前に一人の男が現れた。
身長185cm。
ただ身長が高いだけでなくガタイも良い。
レストラン内の木のテーブルに備え付けられた腰掛けていた律は大きな人影が視線に入り、そちらの方を向く。
「律くんお久しぶり。大丈夫だった?」
「宗像サン!」
律が先ほど連絡をとった人物、宗像 敏明である。
「署にいらしたらしいですが、当直じゃなかったんですか?」
通常ならば署にいるというのは当直のイメージがある律は今現在目の前にいる宗像に驚いている。
優衣は何がなんだかよくわからず固まっていた。
「非番さ。刑事でも非番にゃ署に出向く必要性もあってね……」
宗像は律の向かい側にいる女の子に目をやった。
強面の男性が突如現れたことでもじもじする優衣の姿がある。
「そこの子は知り合い?」
ジロッと蛇のように優衣に目を向ける宗像。
律を疑ってはいなかったが、職業柄、病気のように人間観察して関係性を見抜こうとする癖がついていた。
「ええ、キャンプに誘われたんですよ。そしたらキャンプ場の近くがこんなことになってたわけで……」
「あ、松田優衣っていいます……律くんとは小学校が一緒で……」
優衣は宗像に圧倒されていたが思考は正常だった。
変に勘ぐられない最も適した言葉を選び抜き、それを声に乗せる。
宗像はその言葉に安心した様子を見せる。
歳が明らかに少々離れている気がしたが先輩後輩の関係なのだろうと推察した。
実は宗像と律は2年前までは敵対に近い関係があった。
個人対個人においては手を握るが、組織対組織においては異なる。
捜査二課の宗像は政治や国家公務員などの贈収賄などを監視する刑事。
一方、律が任期付で所属していた法務省事務官は刑法など各種法律を管轄、統制、管理するだけでなく下部組織に「検察」を抱える組織。
他にも出入国や国家間の紛争などについても関係するが、律が所属していたのは刑事局かつ公安課。
しかも業務実態が謎すぎる公安課のさらに名称すら律が口にしない班に所属。
表向きの肩書きすら口にできない立場となっている。
実際、親にすら一体何の仕事をしていたのか全く説明していなかった。
親は「単なるアルバイト」だと思っていたようだが非常勤という言葉すら実際には間違っており、本来は「任期付職員」が正しいのだがそれすら口外を許されぬ立場にいた。
宗像は律の仕事に対する言動から自身も同じ立場だったゆえにシンパシーを感じており、自身の後輩のごとく可愛がっていた。
宗像は「よっと」――と発しながら律の隣に腰掛ける。
「今日の取締りは朝から苦情電話が鳴りっぱなしだったようだ。元よりマフラー関係はクレームが入りやすいとはいえ、あまりにも見境がなさすぎたね」
「立場上何とも言えませんが、道交法は違反をした場合に違反者であることをしっかり理解してもらう法律と心得ています。違反していない人間を無闇に疑うのは権力という名の暴力ですよ」
「君に言われると怖いねーはっはっはっ」
笑うだけでテーブルがビリビリと揺れるほどの迫力。
優衣はなぜ律がここまでこの者の迫力に圧倒されないのか謎だった。
目を合わしにくいほどの力強さがある。
「今はただの無職ですから……」
「気晴らしにコーヒーでも奢ろう。恐らく君達の向かう先の近くにカフェがある」
人と爆音の影響にやや居心地の悪さを感じた宗像は二人をカフェに誘った。
二人はその提案に乗り、道の駅を離れることにしたのだった――
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道の駅の駐車場へ向かって見ると、宗像のはバイクで来ていたことに律は驚いた。
元白バイ隊員である宗像の愛車はCB1300STのスペシャルエディション。
色合いが白の影響で白バイと誤認しかねない見た目だった。
CB1300ST。
実は白バイ仕様のCB1300Pの市販版である。
1300Pとの違いは計器とパトランプ、そして独自仕様のマフラーガードとパニアケース用のガードだけである。
やや大きくなったウィンドスクリーン、ギアセッティングやマフラー、そして強化されたフレームはCB1300Pと同等。
そればかりか「アップハンドル」まで警察のCB1300Pと同一仕様だが、さらにさらに「パトランプ」などの利用を考慮した高い発電力を誇るオルタネーター、それを受け止めるヒューズやレギュレーターなども装備。
サスペンション仕様なども同一。
有名な音楽映画の言葉を引用するなら「警察の車だ。エンジン(燃調セッティング)が違う。警察のマフラーに、警察のサスペンション、2017年の廃ガス対策前の仕様だ。レギュラーでよく走る」
一説には「CB1300高すぎ、コストダウンしろ、何か手を打て」とかいう鶴の一声があったとか無かったとか言われる代物。
このような噂が囁かれた理由には、「元来白バイというのは不人気車両をあえて調達して差別化を図り、パーツ盗難や横流しなどがされても偽装されなくする」といった、かの有名な「3億円事件」などの過去の失態に配慮した試みに対し、近年の不況から「コストダウン」を強いられ、「人気車種をベースとすることで高性能ながら調達価格を下げる」という思惑が失敗したからだと言われている。
調達価格自体が「高い」と国会にて難癖を付けられたのは少しだけ有名な話。
これは余談だが、不人気車両の方が恐らく「逆ザヤ」状態で納車することもあるので安くなるのではないかと考えている。
ヘタに人気車種にすると逆に「ブラックボックス化や差別化」などで苦労してコストが上がってしまったのではないだろうか。
その結果がCB1300STという車両の突然の登場なわけだ。
「つ、ツアラーだから!」とホンダは言い張ったが、その手のものに多少なりとも詳しい人間なら誰がどう見ても「うっは市販版の白バイやないか!」ということで一部のコアなファンからは歓迎された。(これのためだけに大型を取ったという人もいる)
実は裏話として1つ前のベース車両であるVFR800が導入された際、VFR白バイ仕様も高額で難癖がつけられたため、国外の警察機関へも売り込みをかけ、販売網を国際展開することでコストダウンを図った過去があるのだが、その際に国外の警察機関は法的な影響からパーツの調達方法の違いの影響で純正パーツとして販売しなければならなくなり、パーツを並行輸入することでVFR800警察仕様が一部を除き簡単に再現できたといわれているが、純正仕様でここまで白バイに近いものを販売したのは国内二輪市場初の話である。
ちなみにこの実物自体は訓練用として白バイ訓練所が導入している。
そっち方面の用途として準備しろと言われたものなのかもしれないが、非常に謎が多いバイクである。
宗像が乗るのはそんなCB1300STのスペシャルエディション仕様。
色が白で、立体エンブレムを装備する。
CB1300Pとの違いはフロントカウルの一部が黒いぐらいで、フロントカウルのステッカーを剥がし、タンクのストライプ塗装までリペントで白一色にし、フロントカウル内の積載スペースの蓋を純正スペシャルエディションの白から市販版の黒へと変更し、レプリカエンジンガードとマフラーガードまで装備した代物であった。
パニアケースの違い、フロントカウルの色の違い、そしてエンジンケースが金色なことさえ見抜かなければ白バイと誤認するような覆面仕様のような仕上がりとなっている。
「まさか白バイにエスコートされてカフェに行くとは思いませんでしたよ」
CB1300STの白バイもどきを見た律はさすがに苦笑いした。
「昔を思い出したくて買ったはいいんだが、重量感覚とかが違って落ち着かなくてね……結局こうなってしまった。何度か老年の方から怒られたことがある」
マフラー取締りということで本物は無い駐車場だが、周囲にいる警察車両の影響で、この偽物のような市販版はあまりにも違和感がないほど溶け込んでいた。
「へえー、リッくんのと形が似てるー」
同じスーパーボルドールであるため形が似ていることに優衣は今更になって気づく。
何度かマスツーリングしていた際にはそこまで意識していなかった。
「同じ血統だからね。じゃあ行こう。ついてきて」
ジェットヘルメットを被った宗像は律達を先導する。
先ほどの光景を目撃していたライダーは律達の状態に何がなんだかよくわからないと混乱する者もいた――
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道の駅を出た律らは、 国道413号線へ再び入ることなく左折して南下した。
向かう先は目的地と同じ方向である。
(なるほど?……どこでそこまで読まれたかな……)
妙な言動はしなかった。
キャンプとだけ伝えた。
にも関わらず、会話や雰囲気だけで目的地を当てられたことに律は冷や汗が出る。
洞察力と読みでは負けないつもりでいたものの、宗像に謎の敗北感を感じた。
実は宗像はあてずっぽうにブラフで揺すっただけなのだが、律は深読みしすぎて自爆していた。
10分もしないうちに目的地のカフェにたどり着く。
川のせせらぎは遠くで響く爆音を完全にさえぎり、辺りには木々が風に揺れる音と川の水が流れる音、そして鳥のさえずりのみ。
「雰囲気いいね~」
ガチャッとサイドスタンドを出しつつ降りた優衣はその景色の良さに見とれていた。
「こっちこっち」
宗像の案内により、律と優衣はカフェにて一息入れることになったのだった――
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「今のうちしか検査できないからああやってるのさ。最近は渋滞の緩和の方が急務になっている。道交法の円滑な交通を図るという方が重視されつつあるんだ。違法改造関係は今後ハードウェアで淘汰していくことになる。最近は安全装備の影響で点数も稼ぎ辛くなってきたから有無を言わさぬ行動が目立ち、指摘される事も多くなってきた」
コーヒーで一息入れながら、宗像は実情を説明した。
矛盾といえばそれまで。
だが、事故を減らしたい、騒音などの公害を減らしたいなどと考えると正当性もないわけではない。
そこに正常な者が巻き込まれなければ……だが。
「白バイ隊員もカメラを使うようになったらしいですね」
「ああ、捕まえる以上こちらに落ち度がないことを証明できるようにしたほうが楽だからね。私もバイクに付けていたのに気づかなかったかな?」
「えっ、どこに!?」
「えっ、ドコに!?」
思わず優衣と同じ言葉にてハモったことで宗像は噴き出してしまう。
「ハンドルに付けているよ。バイク事故は言いがかりと因縁をつけられる。今はいい時代だ。映像という逃れられない事実が守ってくれる」
「自分も買うのを検討しようかと考えました……今日みたいな日にも使えるようですし」
「私も」
律に優衣も同調した。
今日のような経験がそう何度あっても困るが、それ以外にもリスクヘッジとして使えそうだったからだ。
「何かあった時のために準備しとくといいね。しかし今日は気分を害したようで本当にすまない。律くんに高圧的態度を取った人間にはキツく公道における取締りのルールを説明してきた。本来、こちら側が最初から高圧的態度で臨むのは許されていない。違反切符は建前上納得してもらって切ることになっている。最近はそこがピックアップされて問題視されているというのに……」
実は違反切符というのはあまりにも不当だと感じた場合は拒否できる。
その場合警察は実況見分を行わなければならない。
2016年度より、白バイ隊員などを筆頭に交通課の違反取締りにおいてはカメラが導入されるようになった。
これらはマイクを通して録音、録画も行う。
無論、あちら側に非がある場合、裁判所が提出を求めても提出を拒むのだろうが、取締りに問題が無く正当性があると考えた場合はガンガン提出していく意向があるのだろう。
今までは切符や調書への記入を拒否されると警察と検察が実況見分などを嫌い不起訴としてしまうので警察側が確実に違反していると判断しても逃げられることがあった。
しかしここ数年ではアメリカや欧州などに習い「もっと取締りをきちんとすべきである」という事から、相手が違反している際に有無を言わさぬよう録画するようにしたのだ。
ハッキリ言えば国外と比較して「10年」遅れているのだが、それでも導入が始まった意義は大きい。
安全運転を行う場合においては運転手と取締まりを行う側、双方が車載カメラなどで記録するのが好ましい。
これまで、交通違反においては無茶苦茶な取締りが何度も問題視された。
有名なのが覆面パトカーが無理やり煽って速度を上げさせる「追走」と呼ばれる行為や、
パトランプなどを点灯しなければいけないなかで点灯させずに他のバイクの後ろなどに隠れ、それらを追い抜いた他車を逮捕する手法とか。
特にこの隠れるという事については大型すぎるバイクに乗る影響か、左車線を走っているのに白バイに追走のごとく何度も隠れ蓑に使われた筆者は突然後ろからサイレン音がするので迷惑している。
振り向けば私を追い抜く白バイの姿。
無論、バックミラーで確認しているので気づいてはいるがこちらが何かミスをしたのか、速度違反もしてないのに難癖でもつけようとしているのかと妙に不安になる。
すぐに通り過ぎていくので違うのはわかっていても気持ちいいものではない。
実際は知り合いの元交通課所属経験ありの刑事曰く「指標」にされているらしい。
八王子や足立区、下町などの白バイがよくやる手。
流れに任せている者を追走し、周囲に追い抜く者がいないか見張る。
これを追い抜く速度が明らかに違反していると即サイレン音。
一番肝を冷やしたのは原付が筆者と同じ法定速度で走ったことでサイレンを鳴らされたことだ。
何を違反したのかわからないのでとりあえず止まろうとしたら、隣を併走した原付に制止せよとマイクで主張しているではないか。
その時交差点の一番前にいたので発信時の左右確認をしていなかったのかと一瞬思ったが(後でカメラを確認したらしっかりやっている)白バイに気づかず60kmを出していた50ccの原付を見逃していなかったのである。
こういう時、せめて前走っててくれないかなと思うものだ。
ある程度ドライブやツーリングの経験のある者なら白バイやネズミ捕りがどこで待機しているかなどがわかるが、通に定速度を守ろうと心がけている筆者にとっては隠れ蓑にされる方がよっぽど多く経験しており、後から違反切符を切られた者に因縁をつけられた事もある。
そういった行動は時代にそぐわないものとなってきたので、取締り方法を改めることになったのである。
カメラはその先駆け。
近年の白バイは一度警告してから逮捕するようになってきているが、これらも取締り方法の公正、円滑化による試みによるもの。
近年のライダーには「GPS式速度メーター」と「車載カメラ」が人気だが、安全運転をしたいがそれなりに速度に乗せたい者達にとっては通常より1割ほど低い速度を提示する速度メーターすら嫌われている。
かといって「+5kmまで安心」なんてこともしたくない。
そいう者はGPS式速度メーターを入れてより正確な数値を算出しようと試みるが、こいつの精度の高さは白バイの計測器と同レベルなので本当に凄い。
律はそのうちの1つ「車載カメラ」の導入を今日の経験から決めた。
GPS式速度メーターについてはまだ認識できていなかった。
「改めてですけど、宗像さん。助かりました。ありがとうございます」
律はペコッとテーブル越しに頭を下げた。
なんだかんだいってこの知り合いがいなければどうなってたかわからない。
今日は運が良かっただけである。
山梨以外ではまともに使えない禁じ手のようなものだった。
「いやいやこちらこそ。私も元白バイ隊員でもあったからこういうのは気になっててね。まあ山梨県で安全運転している間はサポートできる範囲でするから」
「はいっ。安全運転でがんばります」
「それじゃ私は先に戻るよ。お代は支払っておくけどゆっくりしていって」
宗像はそう言うと立ち上がり、天井に頭をぶつけんばかりの状態となると会計を済ませて店の外に出て行った。
しばらくすると大排気量らしい四気筒の勇ましく低い音が店内に響く。
「凄い人の知り合いだったんだね~」
優衣はケーキをフォークでカットしながら呟いた。
律と優衣に宗像はケーキまでご馳走していたのだ。
「知り合いというか親戚かな。俺の父さんの妹の夫にあたる人でね……しかし元白バイ隊員とは聞いていたがバイクも所有してたとは初耳だ……いつ会っても車しか見たことなかったなあ……ライダーはひかれ合う……か」
律は注がれてからしばらく経過しつつもまだ湯気を漂わせるコーヒーを口に含む。
そのほろ苦い味は、まさに今日という日そのものを飲み物にしたといった感じがするのだった――
次回「外装慣らし」




