道志と騒音取締(後編) 神奈川(相模原)→山梨県(道志村)
道志の森キャンプ場。
直火可。
フリーサイトで車やバイクの乗り込み可。
低価格。
予約不要。
ハッキリ言って、今の時代「人気がありすぎる」タイプのキャンプ場。
通なキャンパーから言わせれば「冬キャン専用」と言われるが、その冬ですら最近は混む。
ちなみに同様の現象は都内の山側などでも起きており、一部では「冬季閉鎖」も考えられているほど。
技術の発達によって冬場にも安心してキャンプ泊ができるようになった反面、まだまだ遠出できる団塊の世代を筆頭にファミリーやら何やら大量に押し寄せるのだ。
その昔、男なら黙って川原で無断野宿なんて言われた時代があった。
しかしそれらの時代に生きたライダーはすでに60代。
通常なら「車でなきゃもう無理だ」なんて世代。
そうなるとやはり無理はできなくなり、キャンプ地を目指すようになる。
道志の森もそんな者達が目指す有名なキャンプ地の1つであった。
国道413号線を向かう二人は、道志道を走り抜けていく。
目に入ってくる景色はおおよそ「東京にいては想像できないような」山間。
すでにいくつもの山間を走り抜けた律。
ここで段々と地域ごとの風景の違いが見えてきた。
場所が違えば植物が違う。
そのため景色は少しずつ特色が生まれていく。
植物の名はわからない。
だが、律は相模湖やその周辺と富士周辺の違い、そして浜名湖などの違いをそれとなく認識していた。
明らかに風景を形作る植物が何か違うのだ。
土地の形状の違いもあるが、上越や群馬とこのあたりもまた風景が違う。
(この先、もっと先……もっと西に行けばどうなるのだろう……)
道志みちを走りながら見果てぬ先を夢見る男がいた。
「この先の道の駅で休憩しよっか」
再び白昼夢のようなものに襲われそうになったのを察知したのか、優衣は声をかけた。
「これだけライダーが行き交うってことは……当然」
「すごい事になってるんじゃない~?」
優衣の言葉から律は想像を膨らませる。
この先にもしかしたら今まで見たことないような大量のライダーがいると思うと胸が躍る。
しかしその前に律は気になることがあった。
ここに来るまでの道中の中央道。
バイクでの中央道下り路線は2度目。
そこでCB400は信じられないほどの跳ね上げを見せ、ナーバスな挙動をみせた。
律は道路の継ぎ目の度に思いっきりニーグリップしなければならなくなったが……
ニーグリップできるほどタンクは冷たくなかった。
ハイオクで緩和されたといってもまだ熱い。
必死で前傾姿勢となり、まるでスーパースポーツバイクに乗るかのような姿勢をとったが、律は継ぎ目とカーブがあるような一般道などあったら雨が降ったりしたら間違いなくズッコケる確信が持てるほどである。
本格的にCB400SBに不満が生まれてくる。
優衣は律のペースに合わせようと100kmで走ってくれていたが、律は燃費の影響もあり100km維持がかなり厳しかった。
(なんなのだろう……これは……こいつはなんて余裕がないんだろう……)
現在の燃料ゲージの量を見た律は心の中で嘆く。
相模湖ICを降りた時点で燃料ゲージ半分。
ほぼ間違いなく道志のキャンプ場と自宅を往復できない。
一度4バルブと2バルブを何度も切り替えた状況の燃費は悲惨なものであった。
100km巡航にて1L/15kmとかになってしまう。
これが90km前後だと1L/25kmとかになるのでいかに4バルブの燃費が悪いかがよくわかる。
回せと言わんばかりのセッティング。
回さねば不快なシフトフィール。
だが回せば劣悪な燃費。
回せとマシンが言うほどのエンジンフィールを持ちながら矛盾だらけである。
誰かが言った「優等生で日本の道路事情に合致している」という言葉が律の脳内で崩れ落ちる。
(道路事情に合致しなきゃいけないエンジン特性なだけだ……)
律のCB400の呪いが解除されつつあった。
少しだけ話をズラそう。
四気筒バイクといったらホンダの「ドリームCB750Four」と共にカワサキの「Z1」「Z2(750RS)」の存在が今でも神格化されている。
そんなZ1やZ2に今なお乗り続けるライダーは「認めたくはないがCB1100には努力の跡が見られる」と評価した上で、Z1やZ2の後継的立場のZ900RSを「スポーツ車両過ぎる」と一刀両断している者が多い。
「いや、ならCB1100に乗れば?」という人間もいるかもしれないが、Z2に近いと言われるゼファーなどに乗ればまるで両者が違うフィーリングを持つことがわかるだろう。ホンダとカワサキの味付けはまるで違う。
そしてそのゼファー750とZ900RSもまるで違うのだ。
実際、乗ればわかるがゼファー750と比較してZ900RSはキビキビしすぎたエンジン特性だ。
ゼファー750のイメージも持つという割には、元の車両がストリートファイターだけあってどんなに大人しくさせても「低速~中速で流してもゆったりしていて楽しい」というかつての伝説的バイクとは違い、明らかに戦闘的なスタイリングとなっている。
それはCB400シリーズもそうである。
元がそういうバイクのエンジンを搭載。
律はどちらかというとZ1、Z2、ドリームCB750Fourといった伝説的バイクのほうが相性が良かったのだった。
「回せば200kmオーバーがあるが、回さずとも楽しい」
本物のアメリカンマッスルと同じ思想を持つこれらこそ「日本の道に合うバイク」なのだが、残念ながら今現在販売されるラインナップのバイク群において四気筒にてこのような特性を持つのはCB1100だけ。
しかしCB1100はホンダ好きをしても「重すぎる」のだ。
かつての伝説「ナナハン」より20kgも重い。
そういう意味ではZ900RSの方がまだ我慢できなくもない……と思いけりゃあっちはCB400並の元気すぎるエンジン特性。
気がついたらマシンごとエンジンが振動も少なく軽快に回って走っていく。
飛ばす時には「ガッツリ行くぜ!」というような印象がない。
誰かが言った。
Z900RSは「ホンダが失ったスポーツ万能な優等生である」と。
そんなマシンをホンダは失って久しい。
それに対し、CB400はもっとスプリンターなのである。
現行のモノは品質の影響か明らかに足回りがついてこれていないが。
(大型か……)
周囲を交差するバイクは2つのパターンしかない。
大型か、250cc以下。
400ccの姿が全くない。
販売ラインナップからしても少なくては当然だが、CB400の姿も中々見えない。
通り過ぎるのはCB1300ばかりであった。
景色は楽しめる一方、自分が特殊な立場なのではないかと不安になった。
実は道志は割と大型が集まりやすい地域であり、この前律が向かった道の駅「あしがくぼ」の方が400ccが大量に集まるのだが、律はそういった地域性の違いに気づいていなかった。
「ん~なんだろうアレ……」
手をかざして遠くを見ようとする優衣。
「事故……か?」
道の駅まで1kmとなった際、それは起こった。
カーブを進み、その先に赤ランプがひしめき合っている。
そして渋滞。
それもバイクの渋滞であった。
律はヘルメットのシールドを上げ、目を凝らして見ると車の大半が通行を許される一方、なぜかバイクは道の駅に強制的に入れさせられている姿が目に見える。
(検問……何かあったか?)
律はその様子から検問らしきものと読み取った。
「あはは……なんかごめんね-……」
優衣はやや控えめのトーンで律に謝罪する。
せっかくのキャンプが台無しといった状態に責任を感じている様子だった。
「優衣のせいじゃない。違う」
旱魃入れずに律はフォローに回る。
しかし律にとっても優衣にとっても不安がある。
キャンプ道具にはキャンプ用の調理包丁として使うナイフなどの刃物が含まれる。
当然、そんなものは刃渡り6cm以上。
今日のキャンプにおいては折りたたみナイフが主流となった。
原因は「折りたたみナイフは刃渡り8cmまで問題ない」という銃刀法の現行法による理由からである。
ただしこれも「刃を展開した際に固定されないようなモノ」だとか、「刃の厚さは0.25cm以内」だとか条件がある。
しかし「頑丈」「実用性」ばかり考える律は「そんなもの冗談じゃない」とばかりに通常タイプのナイフを「携帯」していた。
刃渡り9cm。
折りたたみ式でもアウトな代物である。
無論正当な理由がある。
だが世に蔓延る公権力が「正当な理由なく」について難癖をつけないわけがない。
実際それで逮捕例がある。
特に問題なのが「銃刀法はクリアしても軽犯罪法に引っかかる」というパターン。
上記の「正当な理由なく」が大きく影響するのは銃刀法よりも「軽犯罪法」の部分だ。
あまり認識されていないが軽犯罪法というのは「銃刀法で裁けない刃物をこちらで判断する」のである。(凶器として)
つまり「刃物は持ってたらアウト」なのが日本の法律なのだが、銃刀法では「長さ」などの規定がある一方で、
軽犯罪法では「負傷させうる」みたいなボヤけた表現となっている。
難癖などいくらでもつけられる。
特に問題なのが正当な理由なくに深く関係する部分である「閉まってある場所」だ。
車の場合「トランク」などであればセーフであるが「ダッシュボードはアウト」
ではバイクはというとそれは「警察側の裁量」に任せられている。
軽犯罪法の要件には隠すが含まれるため「隠した」と判断されると問答無用でアウト。
だから面倒なので大半の人間が「8cmまでいける折りたたみ」を選んだ上でシッカリとしたバッグに突っ込む。
一方、通だと固定式にしてあえて100mm程度の「ナタ」を選ぶ人間が多い。
理由は「最近はなんでも難癖をつける輩が増えた」から。
ちなみに法律的な立場でいうと軽犯罪法においての任意同行には「応じるべきではない」
令状がなければ逮捕もできない。
最適解は「身分証を提示した上で、居所がハッキリしていると断言した上で応じない」
軽犯罪法では「住所不定」だと強制的に連れ込めるからだ。
しかし連れてかれたら100%前科がつく。
そういうシステムとなっている。
法律はそうさせていないが。
軽犯罪法にて難癖を付けられた場合はその場で弁護士に電話をかけるのが一番手っ取り早い。
割と冗談抜きで。
日常的にリスクから逃れるならばこういう対処法は心得ておくと困らないだろう。
さて、日本の和物の小型のナタの刃渡りは105mmなどである。
これは巻き割り用途としては正直微妙。
だが「刃しかない」という理由から殺傷力が低く捕まり難い。
先端が尖っていると公権力は難癖を付けるが、ナタは切れ味も大したことがないと思われており、最も危険とされる「刺す」事ができないものだからである。
実際は日本式の105mm程度のナタは大根の桂むきも余裕なぐらいよく切れるのだが。
ただ殺傷力としては刃先がないと落ちる。
ちなみに小型のナタは最も小さいもので大体80~85mm程度。
昔の銃刀法ならセーフだった。
とはいえ、軽犯罪法では殺傷能力を重視するため、小型のナタは有利というわけだ。
実際、裁判例を見てもいくつも勝利している。(60mm以内)
(今度折り畳み式を買うか……いつものヤツを愛用してても難癖つけられたらたまらんし)
律は歯を食いしばりながら自身の拘りを心の中で嘆く。
緊張によって体温が低くなりつつあった。
せっかくの休日を台無しにしたのは綾華や光に背中を向けた報いだとでもいうのかと背中の奥にドス黒いものが渦巻いていた。
しかし事態は律の予想だにしない方向性へと向かっていった。
道の駅に用意された検問に入った律達が案内されたのは謎の計測器がある場所。
周囲にはバイクが何か音を計測されていた。
「何をやっている……まさか……音?」
「みたいだね」
道の駅に入った二人は警察官に促され、多数の車両のある場所へと向かう。
するとなぜか優衣は特にお咎めなくスルーされた。
一方、律は声をかけられた。
「ちょっとやかましくない? 切った?」
壮年の警察官が話しかけてくるが「切った」の意味がわからない。
無論切ったとはマフラーを文字通り切断したという意味である。
「何を言ってるかわかりませんが純正ですよ」
「あっそ、じゃちょっと計測するから」
純正と主張したにも関わらず、なぜか計測に連れ込まれる律。
無論、苛立ちは増していく。
マフラー計測。
通常は「純正」以外を見定め計測してアウトにしていくもの。
奥多摩などではよく見る光景だが、これまでは「チタンマフラー」「直管マフラー」など明らかに純正でないものに狙いをつけて声をかけていた。
だが最近は「純正」ですら難癖をつけるようになっている。
原因は「マフラー規制緩和」にあり、音だけで見分けるのが困難になったからである。
マフラー改造の違反には「マフラーを切った」という要件も含まれる。
よって、突然の規制緩和で見分けがつかなくなったので無差別となったのだ。
ただし「マフラーを切った」ならばマフラーを切ったという証明をしなければならないのだがその辺りは「どうせ知識などない」と思い込んで無差別に検査させるようになっている。
一時期は車検証を見せればどうにかなったが、こういう点数稼ぎの場合は彼らは「性悪説」で行動しているので情報をつかんだら「即回避」が一番有効。
しかし律と優衣の目的地はこの道のすぐ先。
回避できるわけがなかった。
荷物を積載したままエンジンをかけたまま停車させられるCB。
そしてCBからなぜか一旦離れることになり、勝手にCB400は操作される。
アクセルを何度も限界まで上げ、レブリミットまで回されるのが溜まらなく腹が立つ。
エンジンにいいわけがない。
周囲の車両にはそこまで回転数を上げていなかった。
「回しすぎでしょ、規定は一定回転のはずだ。あんたら俺のバイク壊す気ですか?」
恐らく、最大数値を取ろうとして必死なのだろう。
低回転時には問題ないから高回転時の音をとろうとする。
様子からすぐ理解できた。
明らかにこれは「無茶をしてでも切符を切ろうとしている」ということを。
法学畑出身の律。
刃物では迂闊な真似をした一方、騒音についての規定は熟知していた。
実は律、この時点でスマホの録音機能をシッカリと入れていた。
非常勤時代の厳しすぎる上司の入れ知恵。
――何かあったら録音。有無を言わせない――
今の時代、映像、音声の2つは武器となる。
この取締りに来ていた者達はスマホなどを使い、シッカリと証拠を残しているが律も例外ではない。
(こういうときに車載カメラは便利だな……)
録画しているランプが転倒している状態のままカメラをヘルメットにマウントし、そのヘルメットをかぶって取り締まりに応じているライダーを見て律はリスクヘッジの車載カメラの重要性に気づいた。
「ちょっと音が大きいみたいだな。91db、オーバーしているね」
「何がですか?」
律の批判に知らん顔の警察官は結果を伝えられると律を悪者に仕立て上げようとした。
「まさか、俺のバイクは車検証でも92dbだ。どいて邪魔」
「ちょ、ちょっと」
苛立ちを募らせた律は警察の静止を振り切り、シートを取り外す。
中にはいざという時のための車検証をきちんと入れていた。(コピーだが)
その車検証を防水用のビニールから取り出すと堂々と見せ付ける。
「1dbでも超えたというなら言ってみろ」
「君は随分な態度を――」
「そうだな。俺は元法務省の人間だから、おたくらが今日国交省の代理できてることぐらい知ってる。路上での検査の権限はおたくらには無い。国交省、正確には陸運局の人間を呼び出してやる。計測した人間は警官の格好はしてない。音を聞いて怪しいと思ったからと考えているようだが、元来違法改造でしかこの検査は出来ない。だろ?」
律は短い時間の間に状況を理解し、そして今おかれた状況が不当なものであると理解していた。
不当なものについては当然応じないのが吉。
それぐらいはわかっているが、不当であるということをきちんと主張しなければ丸め込まれるのを知っているため毅然とした態度で臨む。
「む……」
その様子に壮年の警官は緊張した様子を見せる。
無論、一部ハッタリを含んでいる。
すべての検査ではなく一部の検査ならば可能だ。
だが、重量を含めていくつかの検査は実は警察には認められていない。
だから一時的にそれらは代行してもらうことになるのだ。
例えば重量においても一目見て「過積載」と判断できる状態でなければ連れ込めない。
だからそれを知っている運送屋は何を運んでいるかわからないようにカバーなどで覆う。
そういった事情は少し前まで運送屋だった律も頭の中に叩き込まれている。(無論、過積載などはしたことが無く、難癖を付けられた場合のケースを想定して)
律の目の奥に宿ったものを感じ取った警察官はしばし黙る。
「道交法の規定を甘く見すぎだ。オタクよりも俺の方がプロフェッショナルだ。道交法における規定は車検さえ通り、車検の状態であれば取り締まりは出来ない。だから目視で違法改造と見抜いた場合においてはじめてネズミ捕りが出来る。バッフルを外していたとか、明らかに純正の見た目じゃないとかな」
律は怒りと疲れもあり、ジリジリと近づく。
「……」
その様子に明らかに警察官が気おされている。
「最初アンタは切ったと言ったな。どういう意味かと思えば……切断面が一切ないマフラーの端を見て言い切るには根拠が足りない。俺が92dbの車検証を出さずにあえて切符切られてから誤認逮捕にしたほうが貴方が反省するにはよろしかったか?」
「君は警察官に対し、皆そのような態度をとるのか」
「いいや? アンタだからだよ。最初に応じた際の対応に問題がある。名前教えて。県警にはしっかり知り合いもいる。国交省にも。別にノーダメージだろうけど、やることはやっておく」
こちらの言葉について律はハッタリではない。
この時点で律の方が有利である。
しかし実際には「応じた後に」の方が危険。
いくらでもでっち上げが可能だからだ。
だがでっち上げの前の段階で違法行為がない中で今回は不当な取締りを受けた。
元来、「明らかに不正」ないし「不正に相当しうる」状態でなければ騒音検査は行えない。
今回、実は律も優衣も対象外だった。
しかし点数稼ぎのキャンペーン中の警察はいくらでも難癖をつける。
真面目に生きてきた律はそういったことを一切許さない男である。
昔は泣き寝入りだったが、今は違う。
「早く名乗れ。じゃなきゃ電話で名前を調べてやる。ちょっと待ってろ」
律はそういうとスマホを操作し始めた。
名を名乗らない警察官というのは平然といるが、その様子から堪忍袋の尾が切れてしまったのだ。
電話をかける先にはひょんな事から親戚となった県警刑事二課所属の刑事がいた。
彼は困ったことがあったらいつでも連絡するよう言ってきており、律が入院した際にも律の知らぬ間に両親とやりとりを交わしていたのだった。
「あ、もしもし。宗像さん。ご無沙汰しております。ちょっと今、道志にいましてね、ドライブ中に不当すぎる取締りに遭遇したんですが、名を名乗らない警察官がいましてね。そうそう。怪しいでしょ? ええ、マフラー騒音規制の取締りなんですが、私、純正なんですよ。呼び止められる理由がないもんで……ええ、ええ。なんか思いっきり回して無理やり違法にしようとしているんですが車検証記載数値以下なんですよ。そうです――」
周囲には律の先に誰が電話を受けていて、どのような声をかけられているのかわからなかった。
しかし、最初に律に声をかけた警察官は青ざめてきていた。
「ええ、え? ああ、わかりました……」
律はそう言うと一度電話を切った、するとすぐさま電話が鳴り響く。
「もしもし、ああ、はい。ええ。そうです。そう、マフラーは純正の状態です。車検証にも引っかかってません。ああ……はい――ほれ、代われってよ」
「誰と話をさせる気だ?」
「アンタの県警側の上司だよ。応じなくともいいけどね?」
律は知っている。
国家権力など含め、公務という世界においては「上から叩きつける」以外で勝つ方法がないことに。
弱者に力などなく、
いつの世においても善意が認められて初めて逆転が生じるのみ。
それは司法の場で裁判官が認めた場合など極々限られた状況の中で。
しかし逆転できる要素がある。
ある偉人の言葉を借りれば「知っている者、関わる者、これを知っている、もしくは関わっている状態であれば良い」
有無を言わせない絶対的な暴走には同じく、有無を言わせない鉄槌が有効だということだ――。
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その後、電話を聞いた警察官は律に謝罪し、検査員も謝罪した。
元はといえばこの警察官が律を強引に引っ張り込んだのが問題だったので検査員については特に気にしなかった。
一部始終を見ていたライダーは「あの小僧やりおるのお」と呟く者もいた。
「あっはは……大変だったね」
優衣は実は律の話を遠くから見ていたのでよく聞こえてなかった。
そのため、律についてつっ込んだ話はしなかった。
「問題ない。スッキリした。こういうのはやれるならきちんと処理しとかないと後で泣きを見るのは自分だからさ」
「リッくんは昔から正義感強すぎだよ~」
「優衣、俺は昔、とある職場の上司からこう言われてね……ああいう場では刀を抜くと自らに刃が突き刺さるのが常だが、やり方を変えれば相手だけに刃を突き刺せると……その方法は」
「自らは刀を抜かないこと……なのかな?」
優衣の反応に律は驚いた。
「刃は見せたけど抜刀はしなかった……のかな」
爆音が響く道の駅レストラン内。
二人はいそいそと食事をし、奇妙な土曜日の午後を過ごしていた――




