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積載とシートバッグ

 土曜日まで後5日ほどとなった律は光に助けを請う。

 しかしなぜか光には電話が繋がらなかった。


 何があったのかよくわからないため、綾華にメールを送ると――。


 ――光くんは今オートレース期間中やから、スマホ類は一切持ってないんよ、CBについての相談やったら上田さんあたりに連絡してみたらええんやない?――


 といった返事が戻ってくる。


 律は上田と連絡先を交換していたが、確かに光から「レース中などでよく店を離れることがあるが、その際には上田ケイスケが俺の代わりだ――」という話はしていた。


 そのため、光は諦めて上田に連絡をとることにした。


 スマホを弄って電話をかける。


「あ、もしもし、上田さんですか?」


「ああ、律くんか」


 上田は余裕があるのかすぐに電話に出てきた。


「今って忙しいです?」


「いや? 今日は割と暇な方だ。光が電話に出ないっていう話なら……アイツは今、浜松でレース中だ」


「ああ、はい……そうみたいで……それで上田さんに相談があるのですが」


「ふむ。話を聞こう。まずは電話代がかかるから俺からかけ直す。しばし待て」


 そう言うと上田は一旦電話を切り、しばらくすると別の電話番号から律に電話がかかってきた。


「あ、えっと……」


「こっちは業務用回線で定額でね。それで、何かあったかい? 倒しちゃったかな?」


 律は事情を話す。

 まず1つ、スコットオイラーについてどう思うか、もう1つは一番重要な積載についてである。

 シートバッグかトップケースか、キャンプツーリングに行くべき時にどういう装備が適しているかということだった。


「んー、また面白いものを見つけたねぇ……アレはアマチュアレースでは禁止にされた所もある」


「え、禁止なんですか?」


 この日、頭の回転がやけに速かった律は禁止になった理由がすぐさま性能に大きな差を与えたからだという事に気づいた。


「GPレース系では路面やマシンが高熱になることから基本専用のグリスかチェーンに一切油を使ってはいけない所もあるのと、オイルがタイヤに付着するのでコーナリングに支障が出たりして、そっち系では役に立たない代物でもあるんだが……オフロード系レースでは暴れたことがあってモトクロスやエンデューロでは禁止になっているパターンもある」


「へぇ」


 律は上田の話に適度に相槌をうつ。

 ある程度想像の範囲内の回答を得られたことで性能に文句がないことだけはよくわかった。


「まあ、言い訳のようにオイルをばら撒いて路面状況を悪くさせるからという話で片付けられたが、実際はチェーン駆動の状態だけで5馬力は軽く変わる世界だから、戦闘力の低いマシンが後半になるにつれ異常に性能アップしたように見えた……というよりかは性能が全く下がらず後半でもポテンシャルを維持してしまうことから禁止になったケースもある……それだけ効果があるということだね」


 上田の発言に律は興味が出てきたことがあった。

 現在の光やかつての上田が挑戦していたオートレースではどうなっているのか……ということである。


「オートレースではどうなんです?」


「アレは短距離1発勝負のスプリントレースだからね。そういう系統のレースではサラサラしたものを使い、試合中保てばいいという判断さ。チェーンの規定はそこまで厳しくない……チェーン自体を消耗品扱いして全くオイルを使わない人もいる。ただ、スコットオイラー自体は禁止だ。フレームに規定のもの以外一切装着が許されていない……まあ仮に付けられたとしてもチェーンの位置は規定で左側になっていてかつレースでは絶対に反時計回りで競争するのでスコットオイラーを付けたら……」


「……チェーンから飛んだオイルがタイヤの左側を巻き込んで……」


「まぁ滑って死ぬだろう。オートレース用競技車にはブレーキがない。姿勢だけで全て制御し競争する上に短期決戦だから付ける利点も全くないだろうな。それにルール上、オイルなどをコース上にバラ撒いたらレース中止になるしね……中止になったら総スカンを食らうことだろう……俺らの客は勝負士ギャンブラーだからさ」


「ふーむ……」


 タイヤにオイルが付着するということは通常のツーリングにおいてもそれは不利になるケースがあった。

 それを考えると一長一短な存在ではないかと律を悩ませる。


「ツーリング主体で付けたいという話なら欧州では売れ筋大人気商品なだけに有りだと言える。あっちじゃスーパースポーツ車両なんかですら4台に1台は付けてると言われるぐらいの人気を誇る。日本とは違い路面状況は過酷だからね」


「試してみる価値はあるかな……メンテナンスが結構面倒なんで……」


「あっはっはっは。君は光と違ってバイクを純然たる移動手段として捉えるタイプの人間か。そのうちチェーンドライブのバイクをベルトドライブに改造したいとか言い出しそうだな」


 電話越しに店内に笑いが響くのが聞こえるほど上田は大笑いしていた。

 自室から電話をかけている律の部屋にもこだまする。


「……ベルトドライブ化なんて出来るんですか?」


 ベルトドライブ。

 スクーター以外だとハーレーなどが好む駆動方式。

 正直な所、チェーンより利点はかなりある一方である日突然切れるという欠点から日本での採用例は少ない。


 オイル類を一切使わないためメンテナンス頻度ではチェーンより楽ではある一方、構造的にはベルトドライブからのチェーンドライブ化は容易だが、チェーンよりワイド化してしまうためその逆はいろいろ難しい。


 チェーンメンテが面倒な際、代替手段を模索した律もベルトドライブという存在に気づいてはいた。

 だが、ベルトドライブのバイクはアメリカンスタイルばかりでBMWのF800シリーズぐらいしかスポーツ系バイクには例がない。


 そのF800シリーズも派生車種はチェーン方式にしてしまった。

 スポーツ走行をするにあたりデメリットばかりが浮き彫りになって利点が全くなかったためだという。


 同社が同じくフラッグシップに用いるシャフトドライブの方が利点が多く、BMWではフラッグシップ系を筆頭に高級車ではそちらを採用していた。


 日本でも最高級フラッグシップとなるとVFRシリーズなどを筆頭に装着してはいたが、基本はコスパと軽量化の観点から国産車はチェーンドライブが主流となっている。


 ただし、国外では欧州車を筆頭にチェーンが嫌われるという背景からユニット単位で改造パーツが販売されている。

 トライアンフなどが有名だ。


 スコットオイラーなどはチェーンからドライブ化が不可能に近いフルカウル系マシンの最後の手段だとすれば、ネイキッドなどにおいてはベルトドライブ化という手段は無くもないが……


「あっはっはっ。残念だがベルトドライブにはサスペンションシステムの方式が大きく関係してくる。大半の国産バイクに後付けで施すのは無理だ。冗談のつもりで言っただけだ」


「むぅ……からかわないでください」


 妙な希望が見えかけた後に突然消し飛ばされたことで律は不満を表に出す。

 冗談や酔狂でバイクに乗っているわけではない。


「スコットオイラーは……ドリームでもレースとかやってる所なら簡単にやってくれそうだが、HMJ直下の店舗だと手間取るかもな……でも、付けてる人間は国内でもいる。たかが2万円。ルブ1本に5000円かけて3ヶ月程度で消耗している人間がいることを考えれば最終的な経費は安い。なんせ汎用品だけに使いまわせるからなー」


「ならば……試してみます」


 電話を持っていない左手の拳を握り締める。

 律はとりあえず試すという事に決めた。


「スプロケットとチェーンが長持ちするのは確実だ。すぐに費用対効果は現れるだろう」


 上田は律の言葉に背中を押す。


「それで、どちらかといえば積載についてなんですよね……今日一番聞きたかったのは」


「ん?」


 やや戸惑いを見せる上田に律はキャンプツーリングに誘われたことと。(誰から誘われたかは言わずに)

 現状のCB400にそれらの荷物をどう積載するかについて、キャリアやトップケース、そしてシートバッグについてなどを問いかける。

 どれが最良の手段なのか全くわからないためであった。


「トップケースはなんか走行時の感覚が変わってよくないっていいますし……シートバッグは使い辛いなんて話も……」


「それらは双方一緒に使えるもんだぞ、律くん」


「へ?」


 想像力が足りていないとばかりに上田は律に指摘する。

 先ほどとは異なりハキハキとした言い方でバッサリと切り捨てた。

 律の頭の中は一時的に混乱し、律は背もたれにもたれかかる。


「系統的にはサドルバッグまたはサイドバッグから派生したのがシートバッグといえるが、元々シートバッグっていうのは、スーパースポーツやレース車両のレプリカに近いものの為に生まれた存在だ。世にはキャリアが装着できないバイクもごまんとある。例えばリアフレームまたはシートフレームが脆弱な1人乗りバイク、もしくはキャリアなどの装着が一切考慮されないバイクなんかでは重量物は後ろに付けられない。それでも何とかしたいといった場合にシートバッグがある。そいつらはリアの形状や高熱のマフラーなどの影響でサドルバッグすら装着できるか怪しいからな」


「積載」という壁。

 歴史的に考えるならば大昔のバイクにはサイドバッグこそあれどシートバッグという存在はなかった。


 バイクという存在が生まれ、旅に使うという用途や軍用に使うという用途が生まれたとき、「積載」という存在は重要なファクターとなっていく。


 しかし当時の重心が高いバイクにおいてはトップケースなど危険極まりない代物で、むしろ重心が下がる可能性のあるサイドバッグを装着していた。


 軍用バイクの革トランクを真横に2つ装着したアレなどである。

 それが冬や湿地帯などで革だと腐ったり凍ったりで問題が出たので、金属製のものが登場する。


 これが現在「パニアケース」と言われる存在の元祖だ。

 戦争が終わった後もこの金属製パニアケースは白バイなどを中心に採用されていく。


 後に軽量化のため、倒した際に当たる部分に金属のステーやガード類などで覆い、プラスチックなどの箱を搭載したものが一般的となった。


 トップケースの歴史は意外にもその後、戦後となる。

 1970年代。


 米国ではハーレーのカスタムが流行。

 しかし、そのカスタムにおいて積載を考えると二人乗りが厳しいという欠点が生まれた。


 当時すでにハーレーではパイプ式のスーカーカブのようなキャリアが装着可能となっていて、ここに荷物をくくりつけるという方法もあったが、それは一人乗りにしなくてはならないという犠牲が生まれることを意味している。


 そこでハーレーのカスタマイズを行ったある人間が思いついたのである。


「後部座席を取り付け、その後ろに車のようなトランクスペースを設けたらどうだ?」――と。


 座席は傾いて装着される関係上、座席の真後ろに大きなスペースが生じるのだ。

 そこをトランクスペースに使うようにしてしまってはどうか。

 そう考えた者が生み出したカスタマイズが大流行。


 ハーレーは純正仕様でそのようなバイクを出し、後にBMWやホンダも「超高級車」としてそのようなものを装着したバイクで追随する。


 しかしこれはハーレーは1975年、他二社は1980年に入ってからの話。


 トップケースはその少し前の段階で誕生していた。

 このようなカスタマイズが流行していた最中、そのうちアメリカ人は気づいてしまう「もう箱だけ載せればよくね?」と。


 低重心でそこまで傾けず曲がるハーレー。

 ハーレーにとって箱を積載することは特に大きな問題とはなっていなかった。


 最初こそ小さな箱を搭載していたハーレーはどんどん箱が大きくなっていく。

 そのうち形状がどこかで見たようなものだらけとなるが、現代の「トップケース」というイメージに近いものは恐らくこれが基となっているのは言うまでもない。


 しかしトップケースにはもう1つ種類がある。

 四角い箱だ。

 今でも人気があり、アジアを筆頭に様々な国で見ることができるもう1つの箱。


 これはどこで生まれたのか。


 時は1968年。

 スーパーカブに新たな派生車種と題し、プレスカブが発売された。


 前カゴ付きの、現在でもみるあの新聞配達用の車種である。

 それは衝撃をもって受け止められ、以降様々な職場にて「積載力」というものを強化したスーパーカブが求められた。


 そんな折、本田宗一郎率いる全盛期のホンダが出した答えがあった。


 翌1969年。


 スーパーカブ(プロ)シリーズというものを満を持して販売。

 実は藤沢と相談の下、プレスカブはその試作段階として市場の動向を伺うために販売した代物だった。


 あまりの評価と企業からの相次ぐ問い合わせから、すでに1968年の段階で完成の域に達していたホンダが発売したのがプロシリーズである。


 ここで登場したのが「二輪至上初のフルパニア」を純正で装備したバイクである。

 1980年にゴールドウィングを販売し、それがフルパニアだった際に「最強の積載力」と書かれていたが、これはBMWと同じくハーレーの模倣に過ぎない。


 その11年前の段階にて、純正でフルパニアスーパーカブを販売していたのがホンダだ。


 ニュースカブ。

 初期型は1969年に販売。

 両サイドに半ハードタイプのパニアを、後部に同じく半ハードタイプのトップケースを。(もしくはサイドケースは金属式のカゴ)


 後に郵政カブの祖となった最強の積載力を誇る90cc4ストロークスーパーカブの登場である。


 そのスーパーカブ至上最強の積載力は脅威の180Lオーバー。

 恐らくキャンプツーリングでもここまで積載しようと思う者はいまい。


 1971年に新聞配達やその他の会社の意見を伺い、マイナーチェンジが施されるわけだが、

 このマイナーチェンジではさらに「前にも半ハードタイプのカゴ」が装着。


 総容量200L以上といわれた最強の積載バイクがこの世に誕生する。

 その後、1972年に現在よく知られる郵便配達向けのカブ(郵政カブ)が登場し、現在のスーパーカブを形付けていくが、ホンダはカブ系の車種にそういった純正パーツを販売し、そしてスズキやヤマハもそこに追随しようとした。


 余談だが、郵便仕様カブはプレスカブと同時に1968年に販売されたが、このニュースカブのマイナーチェンジ版を基盤に1972年に郵便配達に特化されたものが郵政カブである。(所謂14インチタイヤや大型タンクなどを装備したアレであり、1968年のものはただのカブにカゴをちょっと着けただけの郵政省向特別車とされただけの一般販売されたカブに箱がついただけのものであり、プレスカブとニュースカブの与えた影響の大きさがよくわかる)


 フルパニアという存在は1970年代前半の米国でも見られたが、これがカブを参考にしたという情報は見当たらない。


 形状から言っても間違いなく米国の場合はカスタマイズ中に後部座席のトランクが進化し、ハードトランクという名のトップケースになったと思われる。


 一方日本から広まっていったスーパーカブ達はアジアを中心に評価され、アジア系メーカーがやたらカクカクしたトップケースを販売する要因となった。


 欧州ではその頃未だに革トランクを紐で縛り付けているようなことが辛うじてあった程度であることを考えれば、積載関係では日本と米国が中心的役割を果たしたと言えるのではないだろうか。


 ではシートバッグはというと……。


 実は「シートバッグ」自体の歴史はやや浅いが、その元祖自体は1960年代だったりする。


 コロナ。

 すでに還暦を迎えたライダーならこの言葉にピンとくるだろう。


 日本で生まれ、日本から世界に広まった「ツーリングバッグ」というジャンルの先駆け。

 またの名を「タンクバッグ」である。



 今日でもまだ需要があるこの存在は、信じられないことに日本が発祥の地だったりする。

 スーパーカブの純正フルパニアといい、日本人のバイクに対する積載の欲望は凄まじい。


 ナビなど存在しない時代。

 地図だけが頼りの世界において、その存在は「革命的」だった。


 帆布とビニールで作られたバッグは、手前に透明のPVCか何かの素材で作ったポケットスペースがあってその中にA4サイズまでの地図を収めることが出来、そして雨にも強い。

 その存在が世界に広まらないわけがなかった。


 ゴムバンドでタンクに装着するバッグは当初こそ「ツーリングバッグ」なる名称で販売されたものの、なぜか1960年代をして「タンクバッグ」なる愛称で呼ばれ始め、正式名称を「ツーリングバッグ」としながら、タンクバッグという併記もされて広告された。


 1960年代の、それこそ真のナナハンなどに乗っていたライダーにとってはお世話になった代物であろう。


 しかしどういうわけか、コイツは汎用性が高いので「なぜかシートにくくりつける」者たちがいたのである。


 当時、1960年代のツーリングライダーの積載方法といえばコロナのタンクバッグに、後部座席にツーリング用ネットや国外のメーカーやキャンプ用品、登山用品メーカーが作っていたPVC素材などで出来たツーリング向け防水バッグ、もしくは適当な防水性のあるバッグをくくりつけたものが主流だったが、1泊2日程度ならタンクバッグとシートバッグにコロナのツーリングバッグを採用するだけで十分だったのだ。


 装着方法は台座となる部分にゴム紐とバックルを用いてタンクに密着させ、その上に帆布製のバッグをバックルを用いて装着。


「待て、それはただのシートバッグではないか」と思う人、この時点でコロナのツーリングバッグの形式はすでに完成していたということだ。


 実物を見てもらえばまるで構造が変わらないのがよくわかるだろう。


 だからこいつをタンデムシートに付ける人間がいたわけだ。

 最大サイズは30Lぐらい入るから1泊2日程度には使える。


 しかし、正規としてシートバッグなる呼称で販売された商品が登場しはじめるのは1980年代に入ってから。


 あまりにも完成度が高いコロナの存在に推されていたのと、これら一連の「特許」は全てコロナが独占していたため、特許切れを待っていたということもある。


 特許が切れ、1980年代になると始めてシートバッグが登場。

 どのメーカーが先だったかはわからないが、1980年の時点でツーリングバッグという名目でタンデムシートにくくりつける前提で「MOTOFIZZ」がツーリングバッグシリーズを販売していたことから、この特許切れの後の年に一気にメーカーがこぞって参入したというイメージがある。


 コロナを「シートバッグ」としてみることが出来る人間ならシートバッグは「トップケース」より早く登場したとも言えるし、シートバッグの名称で販売されたものを本物と捉えるなら「1980年代から」と考えることも出来る。


 筆者としては「ツーリングバッグ」という括りで全てを見ているので1960年代からといいたい。

 なぜなら構造が以降60年近く全く変わってないからだ。

 出た時点で完成しすぎていた。


 しかもコロナのタンクバッグはハーレーに搭載している人間も本気でいたわけだから、70年代を境に出てくるフルパニアとも共存できた。


 あれから半世紀、未だにバイクの積載方法はさほど変わった状況を見せてはいない。


 アレはやはり「場所を選ばないツーリングバッグ」と言えよう。


 ちなみに、シートバッグ自体が流行するのは1990年代に入ってからとなる。

 タンクバッグとしてコロナは不動の地位を築いたが、シートバッグスタイルがようやく日の目を見るのはネイキッドなど、スポーツレプリカなどが淘汰された後の時代。


 そんな時代となるとトップケースと合わせて流行したスタイルが登場し始める。

 それが現在、律の頭の中にも浮かんできている、上田が説明したいスタイリングだった。


「なるほど、そうか! リアシートに装着するわけだから……キャリアが付くバイクならば」


 律は自室でポンと手を叩く。


「そうだ。キャリアをつければ双方を平行して利用することは可能だ。」


「キャリアと合わせてシートバッグ2つを装着するという手も……」


「まあ、利点があるかどうかはおいといて……可能だ」


 律の独り言のような言葉に上田は反応しようかしまいか迷ったが、反射的に応答してしまった。


「正直、ツーリングで大きな影響があるほどトップケースが走行に影響を与えるとは思わない。初心者なのに何も考えずフルパニアをしたらマスツーで迷惑をかけた……という話ならよく耳にするが、君はパニアケースには興味なさそうだね?」


「パニアケース?」


 律がよくわかっていない反応を示したため、上田はパニアケースの歴史と合わせてどういう存在か説明をした。


「パニアケースは現行のCB400には簡単につかないが、サイドバッグというソフトパニアケースは付く。どれがいいかは迷う所ではあるよな」


 律は上田がどういう製品を意識して主張しているのかはわからないが、「パニア」や「フルパニア」といった言語を深く頭の中に刻み込み、後で調べることに決めた。

 その上で今一番欲しい情報を手に入れようと画策する。


「キャンプツーリングを5日後に行かなければならないといった場合、どれが手っ取り早くて後で後悔しないんでしょう……」


 律は結論を求める。

 頭の中には何が自分に合っているのかわからず、タンクバッグ、シートバッグ、パニア、トップケースなどが犇めき合う。


 脳内は混沌としており、TRPGでは間違いなくSANチェックになりそうな状況。

 だが律にはサイコロを振っている余裕などない。


「大は小を兼ねる。最大級のサイズのシートバッグを1つ。そしてツーリングネットもしくはツーリング用ベルト、可能ならキャリアを付けてタンデムシートにシートバッグ付けながらキャリア側に適当なバッグにキャンピング用品詰め込むかネットを利用して括り付けるのが手っ取り早い」


「なるほど……」


 上田の真剣な回答に律は頭の中の混沌が晴れていく。

 自分のCB400に上田の説明する姿が思い浮かび、顔がほころんだ。


「でかすぎると座った際に辛いだろうから、シートのサイズやキャリアベースのサイズは上手く計測しておくんだ。CB400ならウィングキャリアでいいだろう。純正は幅が狭く積載能力は低い、GIVI……デイトナのウィングキャリアが間に合うはずだ。近いうちにドリームに行くこと。わかったね?」


「はいッ!」


 律はシートバッグを自分に合ったものを探しつつ、とりあえずトップケースは後回しにキャリアを装着する覚悟を決めた。


 上田曰く「ウィングキャリアはそこまで見た目を損なわない」というアドバイスがあったためである。


 律は丁寧に何度もお礼を述べ、その後でまずはホンダドリームへと向かうことに決めた。

 キャリアの装着とスコットオイラーの装着の見積もりをとり、早い段階で取り付けしてもらうためだった――


 一方、電話が閉じられた先で上田は妙な感覚に黄昏ていた。

 

「なるほど……光は速さの先を追い求めて、そこに生を享受してたような俺と似た頭のネジが何本か外れた男だったが……律くんは見果てぬ先を夢見て景色から生を享受するようなタイプか……彼にとってバイクとは勝手に転がるタイヤのような存在でしかないんだろうな」


 休憩がてら喫煙所にてタバコを吹かしつつ、思うことは同じような血が通いながらまるで違う両者の思想や意識である。


 電話の話から上田は、律は寝る間も惜しんで走るような、先の先を亡者のごとく求める飢えた獣……そのような印象を受けたのだ。


 実際、光の愚痴からそのような雰囲気はあったが、直接話してみるとそれが理解できる。

 メンテナンスよりも走る事、しかもただ走った先にあるものを求めている。


(そいつぁきっと、ひと昔のライダーにゃ理解できない感情かもな……もっと前の……冒険者と呼ばれて砂漠や密林を横断や縦断した集団と似ている……不思議な奴だ……)


 ふぅと息を吐きながらタバコの煙を空にむけて解き放つ上田は、それはそれでまたアリだなと思いつつも、何かに蝕まれて走っているような寒気を律から感じ取っていた。

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