問題点の洗い出しとキャンプツーリングの誘い
完全に目的地を決めないツーリングの旅が終わった。
目指した先にあったのは日本海。
初めて見たそれに魅了された律は、高速を使い、翌日に東京に帰還を果たす。
その高速道路での帰宅途中にCB400をついに本領発揮させ、6000回転以上のエンジン回転数にて加速させたが、インパルス400よりもパワーが上であることはすぐさま理解できた。
高い加速力を持つインパルスよりもさらに加速力を持つそのバイクの性能には心底感動した一方、5速7000回転以上を維持したら180km前後で燃料ゲージが1ゲージとなってしまった。
あまりの燃費の悪さに愕然としつつ途中、サービスエリアにてガソリン補給をしたものの、そのガソリンのあまりにも高さに「高速道路上での補給は厳禁」と己に制約を課すことにした。
今日日レギュラーが150円の時代に高速道路上では170円を越すケースがある。
会員価格ですら1L167円という数字に震え上がるほどであった。
(こんな価格が続くなら燃費は1L/30kmぐらい欲しいかもな……)
航続距離以前の話で燃費自体が欲しくなる律なのであった。
以降、6300回転ほどを目安に90km~95km前後で走行するも、左車線で走るには中途半端である。
そんな状況で律が見つけたのはスリップストリームという存在だった。
100kmで走る大型トラックまたはトレーラーなどの後ろにつけると風が無くなり5800~6000回転程度で付いていくことができる。
無論、かなり車間を近づけなければならないがなるべく後ろにいると気づかれないようなトレーラーを選んで巡航速度を保った。
流石に80kmや90kmだと高速道路がかったるいので100kmを維持したい律にとっては、トラックやバスなどに引っ張ってもらうのが現時点での最善策であった。
そして高速道路上では新たな問題も発覚。
それはライダージャケットのバタつきが洒落にならないということ。
ハーフカウル装備とはいえまるで風を防ぐことができないCB400SBではサイズがフィットしていないライダージャケットは鞭打ちの拷問のように律に襲い掛かってきた。
それだけではない。
帰り道は非常に風が強い日であったが、顔を横に向けるのが不可能なほどの風圧が襲ってきていた。
時速100kmでも風に煽られるほどだ。
その風による風切り音は完全にナビの音声案内が聞こえないほどであり、高速を降りた後、帰宅してもしばらく耳鳴りが続くほどであった。
(GT-Airってヘルメットの中ではトップクラスの遮音性だったんじゃなかったっけ……)
下道などでは片道二車線道路にてトラックなどと併走した際にやかましさを感じていたが、高速道路では洒落にならない状態であった。
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(インパルスの時は無風だったからなあ……思えばそれでも風切り音はやかましいとは思えていたけど……)
ガレージにCB400SBを仕舞い込んでふとインパルス400が目に入った律は始めてのロングツーリングにて綾華の声がまるで届かなかったことを思い出した。
集中していただけではなく、風の轟音がそうさせていたのだということに今更にになって気づく。
今の道をあまり覚えていない律にとってナビの音声案内は命。
そのため、これについても対策を考える必要性が出てきたのだった。
帰還を果たしたと同時にCB400の状態を見た律は驚く。
CB400が驚くほど汚れていないということである。
チェーンや各部のメンテナンスのために小道具を広げて様子を見ていたが、とにかく驚くほどこの間とは違っていた。
「やっぱ雨とそうでない場合とでまるで違うか……それに、リアインナーフェンダーなどが仕事をしている」
インナーフェンダーなどの汚れ対策装備一式は見事に仕事を果たし、汚れたというよりかは「走りきった」というような印象を与える。
磨きながら非常に楽な状態に雨という存在が無くなってしまえばいいのにとさえ思う。
ただし、チェーンがそれなりに汚れていることから雨でなくともチェーンメンテの必要性については理解できた。
「エンジンオイル……ねぇ……確かその方が洗浄作用みたいなものがあって小まめにメンテする人にとっちゃいいんだっけ……?」
「ンニャーン」
律が独り言を呟いているとウィラーが近づいてそうだとばかりに返事をしてくる。
(こいつエンジンオイルに反応したぞ……)
チェーンルブを「こいつはダメだ」とばかりに手で転がして遊ぶウィラーの様子は明らかにおかしい。
猫のそれではなかった。
20年近く猫との付き合いがある律にとってもウィラーはどうも猫らしくない所がある。
賢いのは間違いないのだが、賢いという言葉では言い表せないものがある。
少なくとも、バイクには何かしらの執着心があり、見たり手で触れたりすることがあった。
一方で、シートに座り込むといったことはない。
その辺りも逆に弁えているようで律は違和感を感じていた。
しばし考え込んだ律はあえてウィラーに話を振ってみることにする。
「何かオススメの装置でもないもんかね……自動でチェーンに注油とかしてくれるようなさ……」
「……」
ウィラーは無言で律を無視していた。
「(チッ)」
駆け引きにおいて明らかにこちらの方が劣っていることから心の中で舌打ちをしつつも、律は作業を続けた。
ウィラーはまるでCBの状態を見るようにバイクの周辺を歩きまわっていたのだった。
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1時間40分ほどで整備を終わらせた律は自室に戻って問題点を解消するアイテムを探すことにする。
1つ、風切り音対策。
ヘルメットに装着する何かがないかと探す。
1つ、今後のために熱中症対策などの頭痛薬、火傷対策用に軟膏など、手首などのダメージを緩和させるためにスプレーまたは液体式などの湿布などをきちんと準備しておく。
1つ、チェーンメンテの緩和。
魔法のようなチェーンでもないか探してみる。
1つ、積載関係の改善。
このままでは流石にまずいのでリアキャリアについても考える。
ライダージャケットについてはまだ購入したばかりということもあり、見送る事にした。
この中で一番重要なのは上と一番下。
特に今後マスツーリングも考えるなら耳に優しい環境を整えたい。
律が調べてみると、やはりヘルメットの音は耳によろしくない事がわかった。
人間が難聴になりうる騒音は約80デシベル以上の音を10時間単位で聞き続けると危険となっていく。
ここで「は?」と思った人もいるかもしれない。
そう、車検証のバイクのマフラー音の欄だ。
CBシリーズの場合、騒音規制が始まった2007~2017年までのモデルは79デシベル前後。
これでも騒音になりうる数値。
だが、今販売されている現行のホンダ車種は92dbなどと書かれている。
無論これは最大音量だが、欧州に合わせて騒音規制が緩和された結果、2016年度や2017年度から4メーカーそれぞれマフラー音がやかましくなったのだ。
その反面パワーを得た形となるが、これには特にホンダユーザーが首を傾げたくなった者も多いはず。
かつて本田宗一郎はこう言った。
「常用バイクはやかましくてはいかん、作動中にチェーンやギアトレーンなどの音だけ聞こえれば十分だ――」と。
だから4大メーカーのうち、ホンダは特に静かなマフラー音やエンジン音に拘っており、NC700が始めて出たときなんかは逆に「静か過ぎて音がショボすぎる」と批判されたぐらいである。(シャカシャカ駆動音が酷評された)
実際NC700のシャカシャカ音は確かに「あーはいはい加速してますよー」って感じで筆者も好きになれず、現行の2016年以降のRC90になったNC750の方がいい音に感じるほどだ。
とはいえ、その現行のシリーズですらそこまでやかましくはないNCシリーズに対し、CBは「社外品よりうるさい」マフラーを純正装備して2018年にマイナーチェンジされた。
律の所有するCB400もそれに該当したモデルであるのだが、レーシーな音は大半の人が格好いいと好む反面、トンネルや陸橋の下をくぐる際には「うるせえ!」と乗り手自身ですら思うほどエンジン音がやかましくなっている。
その数値92db。
79だった2007年~2017年までと比較して数倍うるさくなった計算である。
そういったものは運転中常に運転手の耳に襲い掛かるのだから、耳に対してよろしいわけがない。
そんな律に対し、ネット上ではヘルメット関係の情報交換サイトにてこんなアドバイスが寄せられていた。
――一体今どんな時代だと思っているんだ。そういう危険な雑音の周波数だけをカットする未来的な耳栓がある。買え――
ご丁寧にリンクまで張られていたのでそちらに飛ぶと、密林のサイトに飛んだ。
そこには「レース用」と記された耳栓が販売されている。
耳栓。
SHOEIにこんな有名なエピソードがある。
空力だけを極めたヘルメットを作っていたら、MOTOGPのある選手はなぜか市販のグレードの低いモデルを重用していた。
SHOEIの担当者が「なぜ貴方はそういうものを使うのか?」と尋ねると「うるさくてレースに集中できない」とそのレーサーは応えたという。
後にSHOEIが空力だけでなく「音」についても拘りを見せるようになった理由である。
wikiにも書いてあるような有名な話だ。
だが問題は「それだけでもどうにもならない」ということ。
ヘルメットにも限界がある。
かといって完全な耳栓では必要な音まで聞き逃し、事故などにもつながりかねない。
それは時代が解決した。
高度に三次元的にモノを形成することが出来るようになった現在、音の伝わり方なども解明された今の時代においては「特定の周波数だけを取り除く」ということが可能なのである。
用途としては「映画館のうるさすぎるサウンド」や「ライブ」「コンサート」といった際の「雑音」を取り除くものなど、様々なものがある。
信じられないことにコンサートなどでは「音楽を奏でる」立場が耳栓を使うなんてことがあるほどだ。
つまりそれは「必要な音だけを耳に届かせることでミスを防ぐ」という試みなのだが、技術の発達した現在においてはこういった1990年代では間違いなく「オカルト」扱いされたであろう代物が実在する。
30年前ならいざしらず、現代なら「難聴を誘発させる周波数と合わせて取り除く」ということが可能だ。
律はリンクを辿った先にある「CRESCENDO 耳栓 レーサー用 イヤープロテクター Moto 」というものを早速購入することにした。
どれがいいのかわからないが、推奨されているぐらいだからいいものなのだろうという考えである。
これが大当たりだったりするのだが、それを体感するのがもう少し先の話である。
ヘルメットの雑音については一旦解決した律は次に「チェーンメンテが楽になる魔法のチェーン」を探してみることにした。
ネット情報では「DIDなどの優秀かつ高級なチェーンを使えばそれなりに楽になる」とは書いてあったが、実際に本当にそうなのかどうかは眉唾ものであった。(実際はホンダ純正のハイグレードなバイクはみんなDIDを純正としていて非常に錆びにくい)
一方、そんな中で律の興味を引く魔法のアイテムを見つけてしまう。
それは「スコットオイラー」である。
スコットオイラー(scottoiler)。
スコットオイラー社が発売している2つの方式で稼動する自動注油装置。
1つはエンジンの負圧を利用し、一定間隔にてオイルをチェーンに垂らし込むもの。
浸透圧によってチェーンに垂らされたオイルは自然にシールなどにまで入り込んでいくわけだが、この負圧式は主に電子制御キャブレター車向けとして作られており、FI車に導入しようとすると導入できないかエラーが発生するかアイドリングが不調になるので使いにくい。
そこで新たな方式として、現在の有り余る強力なバイクの発電能力を利用し、モーター式ポンプにてオイルを垂らす方式のものが販売されている。
どうしてこんなものが存在するのかというと開発者のスコットランド人曰く「いちいちオイルとかメンテで垂らしてらんねーよなんで純正でそんなもんがねえんだよ」ってなことなんだが、国外、とくに「イタリア」「イギリス」「フランス」のヨーロッパ三国においてはyoutubeのレビューアーが口を揃えて言うように、
「チェーンなどというのは時代遅れの産物」と感じるほどチェーンメンテが面倒くさいからだ。
理由は彼らの国の道路事情がそれほどまで良くはなく、舗装路でも平気で土などにまみれているし、そもそもイギリスもフランスも雨が多い地域でバイクがビシャビシャになるなど日常茶飯事。
そんな際にいちいち「洗車だ!」などといって律のように3時間も4時間もメンテしていられるわけもなく、また特に面倒なのが「チェーンやスプロケットの掃除」で、これらは分解清掃してたらかなり時間を食う。
かといって放置していると走行に影響が出る。
そんな状況で「こんなのあったらいいな」で生まれたのがスコットオイラーである。
簡単に言えば「サラサラのエンジンオイル系などのオイルを自動で注油してくれるマシン」と考えればよく、チェーンメンテナンスなどの間隔が大きく開くようになる。
具体的には2000km~5000km走ったら「垂み」を見るぐらいで汚れを見ることは殆ど必要なくなる。
ここにDIDやRKといった国産メーカーのチェーンを使うと1万kmで初めてスプロケットちょっと掃除した程度なんてことも起こりうるほどだ。(元々、これらのメーカーのチェーンは伸びにくい)
ちなみにギネス世界記録ではホンダのVFR750が純正チェーンにスコットオイラーを装着し、7万6000km走ったという記録があったりする。
下らないギネスに思えるが、ライダーならこう言うだろう「それってチェーンより先にスプロケットが死なないか?」――と。
まあ日本でも平気でこいつを装備したバイクが5万kmぐらい平気でチェーンを保たせているわけだし、
日本国産チェーンを愛するカワサキ乗りの外国人曰く「チェーンよりもスプロケットに気が向くようになる」と言われる製品なのだが、
正直言おう、やや玄人向けの商品である。
販売されている専用オイルは高額かつやや粘性が高い。
しかし実際にはエンジンオイルを常用する人間と同じく粘性の低いサラサラしたものが適合している。
しかし粘性が低いオイルはオイルを垂らす間隔設定が難しく、ヘタするとホイール側面がオイルだらけになって死ぬ思いをすることもある。
これらはチューブの設置場所やバイクの種類、チェーンのメーカーなどによって大きく変わるため自分でセッティングしなければならない。
だが一度それが上手くいけば本当にメンテナンスフリーになる。
オイルが無くなればたまに補充してやればいいだけだ。
―――――――どうでもいい余談――――――――――
ちなみに筆者はチェーン嫌いなのにチェーンタイプのバイクばかり乗るものだから普通にこれを使っているが、言葉で表すとこんな感じだ。
「ホイールの駆動が軽い……こんな感覚ってはじめて……もう何も怖くない」
「不思議だ、この満足感! 市販のチェーンルブでは到底味わえない」
「メッキチェーンがこんなにも息吹を!」
「たまらない! こんなにもメンテナンス時間減少がツーリングに抑揚をもたらすのか?!」
「礼を言うぞ! よくぞこの喜びを俺に教えてくれた!」
「俺のチェーンはレボリューションだ!」
などと、二度と元の状態に戻ることができない模様。
――――――――余談終わり――――――――――
すでに販売されて40年近く。
たった1つの製品でずっと成り立っている会社。
信頼と安心のブランドというわけ。
無論、真似をする場合はチェーンルブにエンジンオイルを配合するなど、チェーンメンテに秀でた人間が周囲にいるとやりやすい。
一般的にはAZのチェーンオイルとエンジンオイルを混ぜる人が多いが、500円程度のAZのオイル1Lあれば2年保つ。
何気にコスパがいい代物でもある。
高いチェーンルブほど粘性が高い。
誰しもが「何度もチェーンメンテしたくない」と思うからそういう需要が生まれ、あれこれ配合して浸透能力が高く簡単にチェーンから飛ばないものになる。
だが、スコットオイラーの場合はシールさえ痛まないオイルなら何でもいい。
なので費用対効果は割と高い。
本体の価格が約2万円に対し、オイルは本当に安物にできるっていうか筆者は余ったエンジンオイルなどを周囲から貰って使っている。
微妙な量のエンジンオイルって処分に困る人も多いだろうけど、300mlを捨てるならそれで半年~10ヶ月は保つ量になるのでいらない人から分けてもらったり自分のエンジンオイル交換で余ったものなどをルブと混ぜ込んでスコットオイラーのタンクに使っている。
そんなスコットオイラーに律も到達してしまったのだ。
「これだ! いちいちチェーンメンテなんてやっていられるか! 俺はドリームにて即座に見積もりをとるぞ!」
自室で叫び声をあげたくなるほどの発見であった。
利用者の情報も上々。
ネット上の「雨の日でも汚れを遠心力で吹き飛ばすので安心」といった文言は魅力的だった。
「光兄にも相談してオイルについては考えよう……とにかく、バイクは車と同じくもっと楽に乗りたいんだ!」
その様子を近くで見ていたウィラーは何も言わなかったものの、(じゅあスクーターでいいんじゃないか)といったようなことを訴えかける目で律を見つめていた。
チェーンメンテの問題も解決した律はいよいよ積載について調べだす。
そんな時だった。
ピコーン。
メッセージが送られてきたのでスマホを確認すると――。
――リッくん、今度の土日キャンプ行こうよ――
律の知り合いの女の子からの誘いを見て全身が凍りつく。
「ま、まずい……早急に何とかしないと……テントを背負ってキャンプになど行けるものか……」
ワナワナと震え上がりながら律は部屋をウロウロと右往左往する。
そして考え込んだ末、光に電話することにしたのだった――




