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日本海の日没 長野→新潟県

 長野市内にて蕎麦を食した律は非常に大きなネットカフェへと入った。

 そこで現在の状況を確認する。


 やたらと頭や耳が痛み、キツく圧迫されたのか耳は赤く腫れ上がっている。

 手首は以前より緩和されたが、それでも痛い。

 尻がとてつもなく痛い。

 左腕の握力は限界に近い状態。


 わずか300km程度走っただけでこれであった。

 運転に集中していたのか、運転中はちょっと気になるといった程度だが、運転を完全に中断して休むと一気にこれらが襲ってくるのである。


 それも「どうして我慢できていたのか」というレベルであった。


 まるで運転中は麻酔でも打たれているように神経が鈍くなっていた。

 それだけアドレナリンが出ているということなのだろうが、反動が一気にくるのは精神的にもダメージが大きく疲労感が増す。



 その中で律が特に気になったのが尻であった。

 原因はいくつもある。

 1つ、サスペンション状況が完全に良くなっていない。

 1つ、CB400のシートは正直微妙。

 1つ、リュックサックという負担がのしかかる存在を未だに使い続けた分の疲労蓄積。


 尻に関しては我慢という形でどうにかしていたが、いざ気が抜けたネットカフェなどの宿泊地帯だとその痛みは一気に襲ってくるもので、まともに座っていられないほどだ。


「なんか改善する方法などないか……」


 フラット席にて寝転んだ状態でなければ辛いほどの疲労感が漂う律は、とりあえずパソコンで何か手立てが無いか探すことにする。


 すぐに出てきたのが「ゲルザブ」と呼ばれるものであった。


 シートによって尻が痛くなる原因は姿勢とシート自体とサスペンションなどによるものと言われる。全体に体重をかけるようになっていない場合などに血液の循環や筋肉の圧迫などが生じて痛くなるのだ。


 それらを緩和する方法としてはシート自体を変更したり、シート屋に新たな改良されたウレタンを入れてもらうなど方法があるが、最も安上がりかつ効果があると言われるのがジェル状の座布団を仕込むという方法だった。


 様々な製品が出ているが、その中で推奨されるのが最も最初に医療用ジェルで作ったバイクシート用座布団を販売した株式会社プロトのゲルザブであった。


 これらは痛みがやや和らぐだけで根本的な解決にならないという話もあったり、殆ど効果を体感できないという話もあるものの、それでもないよりはマシになるのだという。


 律は近いうちにゲルザブを入手する事に決める。


 もう1つ気になっていたのはリュックサックという存在である。

 やはりこれで2泊3日というのは無謀である。

 前回のロングツーリングでは1日と半でどうにか光の家まで辿り着いた。


 今回は前回のように途中で昼寝などせず突き進み、これまで以上に疲労が蓄積しているため、明日の出発が朝一番にできないほどに疲れている。


 しかし律はなるべく変なものをバイクに付けたくなかった。

 というのも、CBのテールにそういうものが合わないイメージがあったからである。


 もっとオールドクラシックなバイクならそういうのが装着されていても違和感がないが、あのかち上げテールの後ろにキャリアというのがどうしても微妙な感じがした。


 そこで調べてみるとシートバッグなる存在によってタンデムシート部分に巨大なシート装着型バッグを装着できることが判明する。


「うーむ……」


 様々なシートバッグを見て考え込む律。


 これなら純正のイメージをさほど崩さずに荷物をバイク側に積載してしまう事が可能である。

 ただし、律のリュックの中身をそのまま入れるには30L以上の容量が必要そうにも感じた。


(リアキャリアという存在を考えればもっと楽に積載とか全部済ませられるのか……光兄か綾華、もしくは彼女に一度相談してみるか……)


 ここで購入を決意するのは早計すぎる気がした律は、トップケースなど積載関係の情報をある程度調べつつ、現段階での結論は先送りする事に決めた。


 そして様々な情報を見た律は気づく。


(……手元にあるリュックや家にあるボストンバッグを紐でくくりつけるという手もある?)


 ヘタに専用品を使うよりも、走行中は殆どの局面で取り出すケースがないので汎用品を紐やベルトで固定するという考え方を思いつく。


 ただしそれを最も有効に活用させるためにはキャリアが有利とのことであり、さらに悩みは深まるばかりなのであった。


 その後、ネットカフェのシャワーを利用し、体を清めた律は眠りにつこうとする。

 しかしネットカフェ内の室内灯が明るすぎてどうも眠りにつくことが出来ない。


 前回は体力を消耗しきっていた事から意識を失うように眠りにつけたが、そこには室内灯がやや暗かった状態もプラスに働いたことを思い出す。

 そういう宿泊をある程度考慮したネットカフェと宿泊を考慮しないネットカフェがあるのだと律は気づいた。


(こりゃ、アイマスクか何か……あった方がいいな)


 何度もゴロゴロとあれこれ体勢を整えながら、律はやや浅い眠りのままネットカフェ内で過ごした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌日、結局半眠り状態のまま過ごしたため、体力が回復しきれなかった律は出発を遅らせ、朝食もネットカフェ内で採ることにした。


 現在時刻7時40分。


 握力も完全に体を休ませていないためか8分程度しか回復していない。


 2度寝がてら、走行中の際に眠気を覚ます栄養ドリンクやガムなどのグッズを求めて何気なくカウンターへと向かうと……


「あ、あははー……(あーあ)」


 思わず寝不足のテンションで笑うしかなかった。

 カウンターのアメニティコーナーにおいてアイマスクが販売されていたのだ。

 それも200円。


 とりあえず急場しのぎの消耗品として即座に購入する。


 購入した律は己の個室に戻り、すぐさま眠りについた。

 一番不快だった室内灯が覆い隠されたため、すぐさま安眠することができた。


 再び眼を覚ますと時刻は9時。

 そこそこ体力の回復を感じた律は朝食を頼み、そして歯を磨いた後にそのままネットカフェを出発した。


 時刻は10時10分。

 しかし上越はここから80km程度しかないため、そんなに急がなくても良い。

 目標は2泊3日のロングツーリングが現時点で可能かどうかと、今自分に足りない物を見定めるという所にある。


 ネットカフェの駐車場へと向かった際、それは起こった。

 いつものようにシートの上にヘルメットを載せて出発準備していた律はシートにヘルメットを置いていたことを忘れ、盛大に落下させる。


「うっわ!!! やっちまった!」


 疲労などから集中力を欠いたことが原因だった。

 見事なまでの傷をヘルメットに作ってしまう。


 通常、ヘルメットは出発するギリギリまで仕舞い込んだり、地面に置いておくのがセオリーである。

 その方が破損のリスクを回避できるからだ。


 律はこれまで一旦シートの上に置いておくことはあってもすぐ被っていたが、この日はナビの設定などでしばらくシートの上に置いたまま操作を行って準備していた。

 その結果、ヘルメットをシートの上に載せたままであることを忘れてしまっていたのだった。


「はぁ……」


 どんなに悩んでも取り返しはつかないので、後で修復タッチアップすることなども考え、とりあえずそのまま被ってネットカフェを後にした。


 ネットカフェを後にした律はひたすら国道18号を進むルートをとる。

 これは妙高市を経て上越市に向かうルートで、やや街中を向かうものの信号はそれほど多くはない。


 快走路ではないが、それなりにドライブを楽しめる道である。

 山側では片道1車線だが都市部では片道2車線となっており、2車線道路となると流れも早くなり、2時間ほどで上越市まで向かうことが出来る。


 ちなみにこの国道18号。

 埼玉の本庄あたりからこちらへずっと向かってくるルートであり、かの有名な「碓氷峠」を通る存在である。


 実は軽井沢に向かった際、18号の近くを通ったのだが、律は県道から146号へと向かうルートへと至っていた。


 もう少々寄り道する気があり、東へ戻る方向をとっていた場合、碓氷峠から一連の観光地に向かうことは出来たものの、上越のことばかり考えていて完全に回避した状態となっていたのである。


 また、国道18号をそのまま突き進んで上田市などを通過するような案内をナビもしなかった。

 理由は「上田や長野市に入るまでの区間は慢性的に大渋滞するから」であり、さすがのゴリラナビもそれらを無視できなかったのであった。


 長野市を過ぎると以降はパッタリと渋滞が殆ど発生しない道路となるため、長野市内に到着した途端に18号を案内された形となる。


 二桁台、そして交通量も多い国道18号線は、積雪の関係もあって道の状態もそんなに良くはなく、また長野県に入ると同時に周囲には雪がまだ残る状態となるような景色が続いていた。


 ただし気温はすでに氷点下になるような事はないので融雪剤などが撒かれることもなく、それなりに安定した状態を保っている。


 律は着込んでいたため肌寒さは感じつつもそこまで苦労はしなかった。

 気温は14度以上あるため、少し寒いかなといった状態である。


 こういう時は純正装備のグリップヒーターが仕事をしてくれていた。


 そうこうしていると妙高市に入っていく。


 妙高市。

 妙高山を中心とした観光地となっており、それ意外は寒冷地を活かした稲作を中心としているため割と「ツーリングがてらの観光にはやや不向き」な場所である。


 林道を用いたツーリングスポットがいくつもあるものの、舗装された林道でもガードレール等が一切ないため危険を伴い、初心者には推奨されていない。


 ただし妙高高原近くの林道は妙高市を一望できるスポットなどがあるため、自転車やライダーにとって人気のスポットとなっている。


 一部の場所では標高が高いため日本海を見ることも可能だが、地図ではわかりにくい道を通るので迷いやすく難易度は高め。


 律はそういった道が存在するという事も知らなかったため、上信バイパスをそのまま突き進んで妙高市を突破。


 ついに上越市へと入った。


 上越市へと入った律だが、ちょうど正午頃となっておりこの後の予定をどうするか迷っていた。


(日の入りの夕焼けを見たいが……どこかオススメは……)


 海岸線沿いの近くまで走ってきた律は一旦停車させ、スマホで周囲を探索する。

 すると道の駅「うみてらす名立」を発見。


 上越市においては最も海に近い海を眺められる道の駅だった。


 うみてらす名立。

 非常に珍しい複合リゾート施設型道の駅。

 というか「複合リゾート施設が道の駅を名乗っただけ」とも言える場所。


 温泉や銭湯が道の駅内にあるという例は関東でも珍しくはない。

 だが、「プール」+「ウォータースライダー」に「魚市場」までこさえた道の駅が他にあろうか?


 それだけではない、近くに来るだけですぐわかるシンボルたる巨大な風力発電の風車は、館内施設の電力をかなりの部分で補助しており非常に目立つ上にエコロジーを目指した未来的な場所として成立している。


 新潟県では非常に大規模な道の駅であるここは、休日ともなると多くの観光客で賑わう。


 風呂は午後21時までオープンしており、ここからキャンプ地へと向かうライダーも多い。

 なんといってもこの場所は日本海の景色も楽しむことが出来る施設という点でも特筆に価する。


 国道8号という、海を極限にまで楽しめる道沿いにあり、日本海を楽しんだライダーが中継拠点として利用するには優れた場所である。


 そんな場所に訪れた律もまた、巨大な風力発電施設に見とれるほどだった。


(こんな場所が上越にはあるのか……全く知らなかった……でもここから夕日は楽しめそうだ)


 二輪駐車場を探した律は二輪駐車場は見つけられなかったために、潮風があまり及ばなさそうな適当な自動車用の駐車場にCB400を駐車させたが、とにかく感動したのは景色の良さであった。


 初めてみる日本海は大荒れ。

 しかし天候は晴天で、美しい山と地平線が広がっている。

 道の駅は両サイドを海岸に挟まれており、写真スポットとしてはベストポジション。


 律は食事や温泉施設などを楽しみつつ、夕日に備えることにした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 昼食をとり、温泉に入り、しばし休憩室にて休憩。

 そんなことをしているとウトウトと眠くなり、いつの間にか意識が遠のく。


 意識が遠のいた先には暗闇が広がり、そして気づくと16時を過ぎていた。

 日がかげり、辺りの景色が一変する。


 休憩室から差し込む日差しは後2時間ほどで日没だといわんばかりにややオレンジ色がかっていた。


 着替えて外に出た律は、波が落ち着いていることから、夕日の反射が美しく、非常にいい写真が撮れそうだなと胸が一杯になった。


 そして――


 それは見事な夕日だった。

 近くの山である城が峰などの隣に夕日が並び、なんとも言えないカタルシスを感じ取ることが出来る。


 そのカタルシスに律は移動手段を手に入れたことは正解だったと気づくと同時に、しんみりとした気分となった。


 一体自分は、後何回こういうものを見ることが出来るのか。

 そもそも人は一体どれだけの夕日を無駄にしてきたのか。


 哲学的な思考に陥るほど、日本海の空と海というものは美しかった。


 一般的に、太平洋よりも日本海のほうが雲が美しいとされる。

 日本列島の山脈に激突してしまう太平洋側においては、雲の形が乱れ、山の先にある入道雲などが視界に入ってくる程度。


 一方、日本海側というのは生まれた雲がそのままの形状を保ち、こちらに向かってくる状態となる。

 無論、太平洋側でも太平洋の先に雲が広がっているなどという事は珍しくないが、


 こちらに圧巻とばかりに雲が押し寄せる光景は日本海側でしか見ることが出来ないのだ。

 季節風は東へと向かっていく。


 その雲の動きと太陽のきらめきは、東京で暮らし続けた男にはヘタをすると一生縁がないかもしれない存在である。


(今後、海と空を目指すなら日本海側だ……西に向かっても山陽ではなく山陰……九州以外ではとにかく北側に行こう……)


 胸の高鳴りと同時に律が感じたのは、見飽きた太平洋ではなく見慣れぬ日本海への強き拘りであった――。

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