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荒船山を越えた先の先 埼玉(秩父)→群馬→長野(軽井沢)

 道の駅「あしがくぼ」を出た律はそのまま国道299号線を下っていく。

 しばらく進むと対向車線からは何度も二輪車が走ってくる姿が見える。


 律がそこで気になったものは、稀に左手で謎のサインを送ってくる者達であった。


 なんだか良くわからないがとりあえず右手や左手で挨拶し返すが、右手を差し出した際に随分慌てた様子を見せるライダーがいた。


(確かにアクセルだが後ろに車がいるわけでもなし、ちょっと離した程度で慌てる程減速はしないんだけどな……)


 律自体はさほど気にしていなかった一方で、念のためクラッチなどを入れていたため特に問題なかったが、右手でのハンドサインは推奨されてはいない。


「Yaeh」こと「ヤエー」。


 元々はインターネット発祥のスラングである。

 とある全盛期の巨大掲示板にて「Yeah」と入れる所を「Yaeh」と入れてしまい、なぜかそれが定着した。


 元々特に特定の単語がなかったために雑誌などでも使われるようになった結果、50代ぐらいのオッサンも普通にその言葉を口にする。


 それらに無反応はのはその年代以上のライダーであろう。


 ライダー同士というのは妙に絆深いというか、出会いを大切にする者が多い。

 それは全盛期の頃から変わらないのだという。


 理由は恐らく、殆どの場合でバイクは一人で乗るものだからであろう。

 二人乗りも出来なくはないが大半の者達が常に孤独と戦うことになる。


 そうなるとそういう絆のようなものを求めてしまうのだろう。


 律もそれを感じていないわけではなかったが、今の彼にとっては「そんなのより道路の先に何があるかだ!」というような状態であり、ビギナーゆえの高揚感が孤独など完全に吹き飛ばしていた。


 元々自分のペースで走るのが好きな男のため、マスツーもあまり好きではないという側面もあったが……


 はてさて、そのまま299号を走り続けた律の左側の視界に不思議な山の姿が露となった。


「うわぁ……(なんだっけこの山は……)」


 山頂から3合目あたりに該当する部分が削り取られたその山の名は「武甲山」である。


 やや近くから見るとピラミッド建築途中のように見えるが、元々は列記とした普通の山である。


 1940年。

 コンクリートなどに使う石灰岩のために採掘が開始されたこの山は、80年過ぎた現在、もはや原型などわからないような状態となってきていた。


 この山の採掘はあと70年ほど続く。


 その頃には恐らく山自体が無くなっているのだろう。


 こんな状態の山であるが実は登山できる。

 山頂には神社などもある。


 えぐれた方角から秩父を一望する事もできるが、その反対側などからは奥多摩湖などの美しい景色を拝むことができるのだ。


 この山を人間のエゴの象徴という者は少なくない。

 ただ、同年代に開発が始まった多摩丘陵の状態から考えればまだマシだ。


 過疎化が続くあの周辺は一体どれだけの山が削り取られたかわかったものではない。

 大昔の写真と一致しないほど地形が変えられてしまった。


 そのあたりは、つい先日亡くなったアニメ映画の監督作品でも描写されている。


 そういう意味では現在進行形で削り取られ、山肌の地が露出したこの状態は、人類というものが現代生活を営むにあたって犠牲にするとはどういうことなのかを如実に証明したシンボルであるのだろう。


 余談だが、とあるアニメ「コードギアス」の富士鉱山こと富士山の姿のモデルの1つである。


 他にもいくつかこのような地域はあるが、なまじそこそこ大きな山なだけに国道299号を通るとまず目に入る。


武甲山ぶこうざんというのか……ちょっと近くまで寄ってみるかな」


 299号を進む律は、武甲山の見栄えから寄り道がしたくなり、県道53号を一旦南下する。

 この道は上手く進むと都市部を回避して奥多摩湖方面の道へと繋がっているが、ナビを拡大表示しないと気づくことはできないであろう。


 山を中心に近づこうとする律はそのまま県道73号へと入っていった。


 しばらく景色に見とれつつ進むと、謎の湖に出た。

 秩父さくら湖である。


 そのまま進むと信じられないほど巨大なダムに行き着いた。


「これは……」


 一旦一時停止させた律はスマホで現在位置を確認した。

 近くの巨大建築物は「浦山ダム」と記載されている。


 浦山ダム。

 重力式コンクリートダムとしては日本で2番目の高さを誇り、関東では他の建築方法も加味した場合でも2番目の高さを誇る巨大ダム。


 ただし「高い」=「貯水量が多い」というわけではなく、貯水量だけでいえばもっと量が多いダムは多数ある。


 このダムはその道のファンから言わせれば重力コンクリート式にて都心部からそれほど遠くない場所にて圧倒的な「高さ」を体験できるところにあるらしく、ダムマニアの中でもファンは多いそうだ。


 特に春ごろになると湖周辺に桜が多く、秋になると秩父の山間の紅葉により多くの観光客で賑わう。

 近年はインスタグラムなどの登場によって観光客は増加傾向にあるという。


 春前の平日である現在、さほど観光客は見当たらなかったが、ダムの真下の無料駐車場へと向かった律は、見上げる状態となったその姿を写真を撮ってしまうほどに、これまで見たダムの中でも巨大なものに見えた。


 実際、巨大なのだが。

 ちなみにこのダムの放流された水はそのまま近くの荒川を通り、都内へと流れていくのだ。


 ダムの見学をしようか迷った律はとりあえずエレベーターでダムの最上へと向かっていく。

 その展望台が美しいと評判だったからである。


 展望台へと向かうと秩父の景色が一望できた。

 武甲山のほうが秩父の景色は美しいのだが、それでもそれに負けないぐらいの景色をみることが出来た。


 展望台を15分ほど堪能した律はそのまま浦山ダムを後にする。

 まずはガソリン補給である。

 秩父市の街中へ入っていき、やや割高なれどENEOSにてハイオクを満タンにようと考えたのだ。


 そしていざスタンドに入ってみると、なんとここのガソリンスタンドは今日一般的なセルフ式ではなかった。

 そこで律は驚くべき光景を目にする。


 従来、律はガソリンタンクの奥までノズルを突っ込んでガソリンを入れていた。

 ノズルが自動停止するまで入れる、その繰り返し。


 その結果いっつも300km前後で燃料切れ間近となるので「燃費が悪すぎる」と感じていた。


 しかし店員はさも当たり前のごとく「溢れない」程度の所でノズルを支えつつ、一気に入れた後は慣れた手つきでチョロチョロと少量にて燃料キャップを閉めても溢れ出てこない程度の限界までガソリンの量を入れる。


 律はその様子からふと顔を右に向け、ガソリンスタンドの軽量機の数値を見る。


 なんとなくだが、18L間違いなく入っていると断言出来る。

 実際には18.3Lきちんと入っていたが、律にはまだ理解できていなかった。


 律からすれば「こんなに入るのか!?」といったぐらいにCB400は燃料が完全な意味での「満タン」となった。


 キャップを閉める前、律はどの程度まで入れたのかを見逃さない。

 (そうか……こうやって入れるのか……)


 それまで、自動車における満タンとはノズルを差し込んで強制停止するまでが満タン。

 そこからあえて燃料キャップギリギリまで入れる必要性などなかった。


 バイクにおいては現行車ではスーパーカブとCB400のみ給油が面倒な燃料タンクとなっているが、他はもっと楽。


 CRF250Rallyなどで燃料補給を体験しておく機会があればCBがおかしいとすぐさま理解できたが、現状ではそれを知らぬ律は店員に心の中で感謝しつつも、旧来のガソリンタンクによるガソリン補給方法を身に付けた。


 そしてガソリンスタンドを出た後、どちらに向かうか考える。

 国道140号に入って甲府方面へと向かうか、国道299号を突き進むか。


 考えた末、国道299号に再び入ることにした。

 国道299号へと入った律はそのまま北西の方角へ向かう。

 そのまま進めば茅野へと入る道。


 しかしここで段々と体に違和感を感じ始めた。

 それは肩への極度の疲労感である。


 原因は今までにないぐらい険しい山道に対し、重すぎるリュックにあった。

 先日岐阜に向かった際はそこまで険しい山道ではなかった。


 しかし国道299号はアップダウンが激しく、それなりに車体を振り回さねばならない。

 バイクに段々と慣れてきた律はバイクをやや傾けて曲がるようになってきていたが、

 当然そこに7kg以上もの荷物が入ったリュックも曲げる方向へ傾くわけであり、肩に負担がのしかかる。


 単なるカーブではなく、緩くないそれなりの上り坂のカーブ。

 それも周囲のライダーの影響でかなりのハイペースとなっている299号線によって、信じられないほど体力を消耗してしまっていた。


 律は思い出す。


 思えばドリームの店員が「キャリアなどを装備した方がいいのではないか」としきりに説明していたことを。


 それは単なる売込みではなく、律のツーリングスタイルに合わせた助言なのではないかということを。


 そんなことを考えていてもどうにもならなかった。

 すでに秩父より40分以上進んできており、引き返すのも空しいのと、秩父に休憩場所があるのかどうかわからない。


 この先に道の駅か何かあるのではないか……そう考えた律はそのまま我慢して突っ切った。


 すると「ようこそ上野村へ」と書かれた大きな看板が目に入り、すぐさまそこにある待避所にバイクを停車させる。


 大きな地図を見上げると地図上にて「道の駅上野」と書かれたものが現在地よりすぐ近くにあることを知り、すぐさまCB400SBを走らせた。


 10分ほど進むと道の駅「上野」が見つかる。


「群馬なのに上野……変な感じだ」


 などと、律は名前の由来も特に調べることなく駐車場へ入っていった。


 上野村。

 魔境と言われる群馬にて「最も人口が少ない」とされる地域。

 どれほど少ないかというと1000人少々しか村民がいない。


 平成の大合併で市区町村が大量に吸収されて消えていく中、川場村などと並び生き残りを模索した地域。


 関東No.1の売り上げを誇る道の駅「川場村田園プラザ」を保有する川場村に対し、こちらは抗い続ける一方で年々人口減少の一途を辿り、このペースだと半世紀以内に消滅するとされている地域である。


 しかしこの道の駅「上野」はそれなりにライダーが行きかうため、あちらほどキャパシティがなく利用客はそれほど多くはないが、川場村と遜色ないほどに多くのライダーが近くの道を通過する姿を目にすることになる。


 平日でも数台は必ず二輪が駐車されているが、土日においては道の駅「あしがくぼ」ほどではないにしろ大量のバイクが駐車されることになる。


 この道の駅の特色は何と言っても地元の伝統工芸である木工品である。


 木工品だけでなく大変品質の良い木材などが道の駅で販売されているが、休日となると「DIYで家具を自作する」といったような人らが木材を購入してくる姿をよく目にするほどであるが、端材などを安価に販売しており、中々手に入りにくいようなものが手に入ると評判である。


 筆者はここでスーパーカブに大量の木材を積載した姿を目撃したこともあるが、二輪で買い付けにくる者もいるほどだ。


 販売されている木材、木工品は全て国産であるというのも特筆に価する。


 駐車場から道の駅に入った律もまた、店内が木工品だらけでお土産コーナーのスペースが非常に小さいことに驚きを隠せなかった。


 1/3が木工品コーナー、1/3がレストラン、のこり1/3のスペースを休憩場所やトイレなどで構成し、饅頭やら何やらの道の駅によくあるお土産品コーナーのペースは小さい。


 レストランではやや割高ながら地元産の材料を使った料理が提供されており、味は抜群。

 

 これは個人の感想であるが、

 よくライダーが利用する道の駅「どうし」は正直食事に恵まれていないように思う。


 道志ポークカレーは美味だが、それ意外は冷凍食品のスパゲッティなどしかない。

 そのため、土日のライダーは出店の三菜の天ぷらや道志ポークの串焼きなどを食している姿を目撃する一方、


 レストランを利用するライダーは少ない傾向にある。


 これは道の駅「あしがくぼ」でも同上。

 この周辺にてライダーが多く集まる中で料理の質が高いのは道の駅「上野」の方ではないだろうか。(値段も高めであるが)


 まあ、大半の人はここまで来ると「ここからもう少し進んだ近くの川の駅のほうが良くないか?」という人もいるだろうが、道の駅だけで考えた話である。


 個人的に料理系だとやはり群馬では関東No.1と言われる川場村田園プラザが圧倒的だとは思えるが……


 そんな美味しそうな料理を目撃した律は、道の駅「あしがくぼ」にて「そば」というものを頼んでしまったことを上野村にて後悔した。


 料理の値段はやや高い道の駅プライスであるが、それに対してクオリティが高く量もやや多目。

 拠点としては落ち着きもあり、律はこちらの方が好みに感じた。


「(今度くる時には迷わずこちらで何か食べよう……)」


 早まった行動を反省しつつ、律は30分ほど休憩する事にした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 30分休憩と考えながらも小腹が空いた律は、結局料理に手を出してしまった。

 ただしレストランではなく、パン屋の方である。


 休憩中に飛んできた香ばしい小麦の焼ける匂いに我慢できなくなったのだ。


 リーズナブルな価格ゆえ手を出しやすく、また購入したパンはレストランで食べることが出来るというのでメロンパンなどの菓子パンに手を出し、レストランで食した。


 そして食した後に30分ほど休憩して歯を磨いたものだから、1時間20分ほど道の駅「上野」で過ごすことになった。


 時刻は午後15時。

 日がやや傾いてくる頃合である。


 律は歯を磨き終わるとすぐさまCB400へと向かい、再び出発した。


 そのまま国道299号を進んだ律は凍りつく。


 そこには「通行止め」の文字が。

 つい最近の土砂崩れにより、通行止めになっていたのだ。


 これにより、299号線をそのまま進んで茅野に向かうことが不可能となった。

 近くには「県道45号で迂回せよ」という表記がある。


 ナビは通行止めを認識できていなかったので、律は渋々北上することにした。


 北へ向かうとナビはそのまま下仁田方面へ向かうよう指示してくる。

 そのまま北東の進路を進み、道の駅「オアシスなんもく」を通過。


 西上州やまびこ街道へと入った律は下仁田に入り国道254号線へ。


 信じられない遠回りに眩暈がしつつも、再度西に進路をとる。

 国道254号線をひたすら西に向かうと……


 しばらくして巨大な岩山が目に入ってきた。


 まるでそれはオーストラリアのエアーズロックである。


 ナビに目を向けると「荒船山」の文字。


 荒船山。

 関東のエアーズロックなどと言われる岩山。


 かつて戦国の世にて武田信玄が好んだ山で、遠征に向かう際の目印などにも使っていた。

 それぐらい目立つこの山は、国道254号線に設けられた待避所から非常に雄大な姿を拝むことができる。(撮影スポットとして設けられている)


 律もその待避所に向かうと、周囲には巨大なレンズを構えたカメラマンが多くいた。

 誰しもが目に入ると足を止めたくなる。


 ここは内山峠。


 実は近くに国道254号の旧道もあり、標高差330mを3.3kmで駆け上がるという、このあたりでは屈指の急坂。


 この急坂は当時から残る街道であり、その昔はここを馬なども行き交ったという。(鉄道が全くないので戦前の昭和の頃にここを通る馬や牛車などの写真が残っている)

 

 現在律がいるのは新道であり、トンネルを通過した後の場所である。


 初めて目にする雄大な岩山に眼を奪われた律は「こういう所でコーヒーでも飲みつつしばしゆっくりするのも悪くないな」と思いつつも、日がかげってきたこともあり、何枚か写真を撮るとそのまま再び出発し、長野県は佐久市へと向かった。


 内山峠は新道だとそこまで「峠」というような道ではなく、非常に快走路である。

 そのまま佐久市に入ると、看板には「松本」「諏訪湖」の文字。


 律はここに来て初めて自分の進路に気づかされた。

 北西の進路をとり続けたにも関わらず、このまま進んでも上越などに向かわないのだ。


 律のイメージでは上越や金沢などの北陸の方面に向かっていたような気がしていたが、まるで孫悟空が釈迦にしてやられるがごとく、長野県の南部へと向かっていた。


 実は律の認識はあながち間違っていない。

 方角的にはそうである。


 実際に佐久から諏訪湖はやや南下する形になる。

 だが、道路がややこしいので「上越」という表記が出てこないだけなのだ。


 アルプスなど山脈に囲まれている影響で、道路はややこしい形で繋がっている。

 最も楽なのは軽井沢から北西へ向かう進路であり、これだと都市部を回避して上越まで行けるが、


 律の現在いる佐久市からだと国道をいくつも介して行かねばならず、大半の国道が長野市など都市部に向かってしまう。


 ここから406号を使って山側へ一旦向かっても須坂市などに着いてしまう。

 山だけで上越方面に向かうならば浅間山より東側から移動しなければならない。


 律はそこに気づいていなかった。


 しかし諦めの悪い律は今日の最終目的地を上越市と入れてしまうのだった。

 するとナビは面白いことに「一旦戻って軽井沢から北へ上がれ」という進路を示した。


 渋滞を回避しないゴリラナビではあるが、ゴリラ的にも都市部をいくつも通過するのは問題アリと感じたのであろう。


 律は一旦東の方角をとって軽井沢へと向かい、そこから上越市へ向かうことにしたのだった――

筆者は冬季の封鎖以外にいつ行っても299号が通行止めなんだけど、国道の割に道幅が狭すぎて通行止めが多すぎる。

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