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初めての雨と…… 静岡県→愛知県→岐阜県

 国道420号は安元ヤスモトと名乗る福岡ナンバーのCB750Fに乗る男の指摘どおり、非常に快走路であった。

 道幅は狭く、車だと交差に支障が出るが二輪ではまるで問題がない。


 信号も少なく、まさに二輪向け快走路と言える。


(このまま何事もなく進めば、今日中に岐阜までいけそうだ)


 ナビの到着時刻から考慮しても、夕食の時間帯には光のいる地域にまで到達可能な様子だった。


 だが、何事もなく進めるなどということがないのがロングツーリングというもの。

 納車2日目にて律に試練が舞い込む。


 最初はパタッパタッとヘルメットに謎の音がしはじめる。

 走行中にキョロキョロと見回すが何も見つからない。


 そのうち、パタタタッタパタタッと音が連続するようになり、律も状況にすぐさま気づいてバイクを道端に一旦停車させた。


 雨である。


 走行中の音に反してまだ小雨であったが、空の雲の状態を見る限り、この先は明らかに雨脚が強くなりそうな雰囲気を漂わせる。

 黒く、分厚い雲が律の目の先にあった。


「まずいな……まずはナビが濡れないようにしなければ……」


 律はまずネットで調べた方法にてナビの防水を試みる。


 やや大きめのジップロックをナビに被せ、USBシガーチャージャーごと覆ってしまい、その上に輪ゴムを装着して外れないようにするのだ。


 装着位置はカウルより内側のため元より停止中でなければ濡れる要素が殆どないが、念のための処置である。


 作業を一旦終えると、リュックからレインコート一式を取り出した。


「ようやくコイツを試す時がきた。かつてハイパロンと呼ばれ、ゴアテックスと未だに比較される老練の力をみる時ッ!」


 全く信号のない快走路に、律はアドレナリンが存分に出ている状態であった。

 事前に購入した無地のCSMレインコートを上下で見に付け、何かに変身したような気分となっている。


 律の身に着けているレインコートはCSMゴムと呼ばれる、ゴム系レインコートでは高級品に分類されるもの。


 テフロンやナイロンなどで有名なデュポン社がかつて「ハイパロン」という呼称を用いて販売した素材で、同社のゴアテックスが登場するまで登山用レインコートといえばコレという存在だった。


 今やゴアテックスや類似する透湿素材の登場により、極限の環境でなければ用いられないような存在となってしまったが、現在でも愛用者がそれなりにおり、耐久性では他のレインコートに負けないぐらい優秀である。


 絶対に液体を通してはいけないような環境で使いたいとなると透湿系素材では不安なので、未だにそういう環境においては使われる関係上、国産品がまだ存在する。


 律が購入したのは、そういう特殊用途向けを主としつつも現在でも一般向けレインコートを作る富士ビニール工業の「クールコート」である。


 何気に頑丈でエンジン温程度では溶けない。


 それに加え、事前に購入していたSINPSONのレインブーツカバーも身に着ける。

 結果、作業員のような見た目となった。


 雨具を装備した律は、バイクが汚れるというのに嫌悪感を抱きつつも、進行方向を変えることなくそのまま進んだ。


 雨は次第に強くなっていく。

 しかし、このレインコートはまるでそれを意に返さず何も影響がない。


 元々、バイク用レインコートにも安物にはゴム引きがある。

 これはPVCと呼ばれるビニール系のもので、耐久性は非常に微妙。


 一方、CSMゴムというのはかつて「15年は劣化しない」と言われた登山系レインコートに使われたもの。

 現在でもそれは健在であり、「10年以上保つ」頑丈なレインコートとして今日でも評価されている。


 なんといっても雨水に強い。

 透湿性というものを完全に切り捨て、絶対的な防水性能を獲得したソレは、中からも外からも水という存在を遮断する。


 一方、袖口などから入ってくる風は、背中などに設けられた部位から蒸気を逃がすことができ、バイクの走行中に汗がレインコート内に溜まりビショビショになるというのを防いでいる。


 ゴム系レインコートが決してゴアテックス系に劣らないのだ。

 バイクの場合、走行中についた水滴はそのまま気化熱となって周囲の熱を奪い取る。


 そのため、夏でもそこまで体が高熱化しない。

 風呂から出た後に扇風機をあびるのと同じ状況となる。


 冬はそれが逆に危険な状態となるが、ゴム系レインコートは簡易防寒具になるといわれるように、それなりに高い断熱能力がある。


 風が入らないよう、グローブやブーツなどを調整してしまえばいいわけだ。


 律の読みどおり、別に無理してゴアテックスを購入せずとも、古くから伝わる優秀でコスパの高いCSMゴム系カッパを使えば7000円前後でゴアテックスに負けることがない、全く水が染み込むことがない快適な雨天走行となることが体感できた。


 一方で雨脚がどんどんどんどん強くなり、ヘルメットから滴る水が首などにかかるほどになってくる。


(むー……天気は雨ではなかったはずなのに)


 事前に天気予報を確認していた律は名古屋周辺が曇りのみであったために不安はあるものの降らないと考えていたが、山の中を通ったことで局所的な雨に遭遇してしまっていたのだった――


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 途中にある公衆トイレで休憩した律は、左手の握力が昨日にも増してさらに弱くなっている事に気づいた。


 昨日は約半日近く渋滞に何度も巻き込まれており、最初に教習した1時間でまともに手が握れなくなるほどだった頃よりかは握力に不安はないが、それでも教習車よりクラッチが軽いCBですら握力の低下が起きている事に焦りを感じる。


 もう1つ気になるのが両手の手首である。

 そこまで力を入れて走っているわけではないものの、とにかく車体の跳ね上げが酷く、手が痛む。


 自動車でいえば、まるで縁石に乗り上げたような衝撃を軽い道路の継ぎ目の状態で受けるという状況に、流石にサスペンションがおかしいのではないかと考え始めるようになった。


 これらの一連の問題は光の所に到着次第、光に見てもらうことにし、今回は無理をおして後100kmほどを移動することにした。


 幸い、この後も快走路が続き、完全に都市部を回避したまま美濃加茂に辿り着けることはスマホなどの情報からわかっている。


 無理せずなるべくクラッチを使わないようにして残りの区間を走りぬけねばと意気込み、両手で自分の頬をパンパンと2回たたいた。


 辺りはまだそれなりに雨が降っている。


 こうなったらもう行く所まで行くしかないのだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 愛知県豊田市の北に到着すると、420号の終着点となる。

 そこから県道355号にて再び北上。


 そして県道350号との交差点にて県道350号側へシフトし、さらに北上する。

 矢作川を越え、そのまま山の中を北上すると県道33号に合流するため、県道33号で北西の進路を進む。


 そのまま進むと戸越峠へと入る。


 深夜は危険走行を行う車両だらけとなる有名な場所で、景観が良く、地元のドライバーやライダーに人気のスポットの1つ。


 途中、いくつも休憩場所が設置されているが、夜になると自転車乗りやライダーなどがこのあたりで野宿している事もある。


 そのままさらに突き進むと東海環状自動車道の真下を潜り抜けることとなる。

 そこからは住宅街へと入っていくが、住宅街へと入ってすぐに県道22号との交差点があるため、そちらを右折し、再び北上し、岐阜県へと向うことになる。


 住宅街に入ると信号の数がやや増えていくが、信号の繋がりはとても良いのでまだそこまで困らない。


 ほぼ東海環状自動車道と同じ進路を進む県道22号をそのまま突き進むと、国道248号線へと合流する。


 国道248号線を再び右折。


 ここからしばらく進むと再び山の中へと入っていくが、30分~40分ほどで都市部へと入る。

 山を越えると岐阜県多治見市へと入る。


 多治見市内へと入ると一気に渋滞区間となる。

 交通量はそこそこといった所で、辛くなるほどの渋滞ではないが、ペースは遅くなる。


 そのまま都市部を進むと、ガソリンスタンドがあることに気づいた。


 インジケーターに目を向けるとゲージ2つ分。

 残り8L前後と思われる。


 律はここでガソリン補給を行うことにした。

 見えてきたのはシェル石油。


 ガソリンスタンドに入った律は、Vパワーの文字を見つけると、迷わずハイオクを選択してタンクの中に注ぎ込んだ。


(これでちょっとはタンクの熱が収まればいいんだけど……)


 ただでさえ、ここのところ割高となっているガソリン価格。

 それでいてさらに高額なハイオクの選択。

 財布に優しくないことは理解しつつも、やけどを緩和できるというなら入れるしかないのだ。


 心の中でグスンと涙を流しつつ、ハイオクを満タンにし、再び出発した。

 あたりには夕日が差し込み、夜へと向っていく。


 ふと律は今日は朝から何も食べていない事に気づき、突然の空腹感が襲う。

 運転に集中しすぎて空腹感が一時的に緩和されていたのだった。



 ガソリンを入れた後は適当な飲食店にて遅めの昼食を国採ることに決め、国道沿いの店を探すことにした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その後、国道沿いの適当なラーメン店にて食事を行った律は、岐阜は美濃加茂へと多治見の中心部を走りぬけ、そしてついに目的地である光のバイク屋へ。


 加茂レーシングへと到着した。

 時刻は19時30分。


 本来は閉店時刻。

 しかし閉店時刻でもバイク屋自体を片付けるため、20時頃まで明かりがついている。


 その独特なアイドリング音に気づいた光は店じまいの作業を一旦中止し、店奥より這い出てきた。


「なんだよ、CB? こんな時間帯に……ズッコけてブレーキかクラッチレバーあたりでも折っちまったか?」


 稀にではあるがそういう客が来ることがある。

 ステップ、ブレーキ、クラッチレバー、時にはミラーなどを破損した者達が助けを求めてくるのだ。


 光の店にはジャンク品も大量にあるため、その場しのぎの応急修理などなら時間外サービスも行ってはいた。

 近くにビジネスホテルなどもあるため、修理に時間がかかる場合はそちらに宿泊してもらい翌日回しで修理を行うこともある。


 そういった類の人間が訪れたのだろうと考えた光は目を疑った。


「へへ……こんばんは」


 泥で汚れた部分以外はビカビカと輝く黒いCB400SB。

 タンクには銀色の立体エンブレム。


 すぐ横に力尽きるように座った、上下カッパ姿の男は……紛れもない律であった。


「おっまっえ……いつ東京出たんだ!?」


 思わず声が荒ぶる光。

 東京から450km。

 初心者がいきなり走りこむような距離ではない。


 ましてや律はたった3ヶ月程度前までベッドに括りつけられて植物状態だった男。

 体はまだ万全ではないはずなのだ。 


「昨日……かな。思ったより1号が混んだ」


 律の目は明らかに生気に満ちていた。

 体や顔は疲れを見せるが、目は生き生きとしている。

 達成感に満ちた表情を見せていた。


 光はCBに目をやる。

 律とバイクの状態から明らかに下道を通ってきた様子があり、無茶苦茶なことをしでかしたのではないかという事が脳裏をよぎる。


 例えば納車直後にそのまま向かって納車日にこちらに出向いた……といった可能性があるかのような車両状態であった。

 タイヤにはまだ消えていない黄色いライン。

 間違いなく新車そのもの。


「……まさか納車して即きたのか?」


「そりゃあ、まあ……よくわからないけど、早いうちに来いって言われたしね……」


「危ない真似を……んな無茶な走りするなって……」


 憔悴した姿を見せる律に光はもう少し激しい言葉をぶつけようとも思ったが、律の次に出る言葉をあえて待つことにした。


「走りたいんだよ……俺は。 見果てぬ先にいざなわれてさ……だから走った。ちょっと他のライダーのお世話になっちゃったけどね」


「……はぁ」


 五体満足ではあった様子から、光は溜息だけ吐くと、手で中に入るよう促した。

 昔から律の姿勢は変わっていない。

 タイヤを2つ捨てただけ。


 きっと四輪を手に入れても同じように車を見せにくるのだろう。


 光るは思う。

 約3ヶ月前までベッドにくくりつけられていた人間の、今の生きがいがそれしかなかったら、その行動を批判できるのかと。


 そもそもが、この道に向かうことを危惧した律の両親による説得の希望を反故にしたのは他でもない己自身であった。


 しかも、早いうちに来いとも言ったのもまた自分。

 つまり、こうなる可能性は十分にあったにも関わらず、それに対する対応を怠った責任があった。


「ソイツは俺が運んどく。とにかく中に入れ。 夕食は?」


「まだ」


「事前に言ってくれりゃいいものを……」


「サプライズにしときたかったからね。もうそれなりに走れると証明したかった」


「言ってくれるぜビギナーめっ」


 律の頭をワシャワシャと撫でると、光は軽々とCB400を店の中へと運び込んだ。


「汗で臭うな……とりあえず風呂入れ。 綾華も、もう少ししたら帰ってくるんじゃないか?」


 光は律から漂う男の匂いに対し、清潔な状態になるよう指示した。


「ん? 随分遅いじゃん」


「今日はジムカーナだよ」


 ガチャッとサイドスタンドをかけ、光はCB400を停車状態にさせ、ハンドルロックをかけてキーを抜く、


「ほれっ、家の内部は昔から変わってないからわかるだろう。冷蔵庫の麦茶とかは好きに飲んでいいが、綾華の名前が書かれたモノに手を出すと後が怖いぞ……最近色気づいてうるさいんだよ」


 光るはキーをポーンと投げ、律はそれを受け取った。


「あははっ……おじゃましまあす……」


 ややフラフラとした足取りで律はバイク屋の奥の光の自宅へと入り込んでいった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ドタドタドタ


 風呂に入った後、調理場にて夕食を作る作業を手伝っていた律の所へ何者かが駆け込んでくる。


 ドガッと凄まじい勢いでダイニングルーム兼台所のドアが開き、律はその音に驚いて振り向いた。


「ちょっと、律くん来たんやって!?  どこっ!? どこにおるの!」


「帰ってきたらただいまだろうが……律はメタルスライムじゃねーんだぞ。逃げるかっての」


 包丁で野菜を切ってサラダを作っていた光は綾華の興奮した様子を一喝した。


「ご、ごめんなさい……ただいま…です……」


「あはは……おかえり…綾華」


 苦笑いしつつ、律は綾華に手を振った。


「律くん!」


 まるで猫だったら尻尾をピーンと上に向けたであろう状態である。


「一人で走ってきたん!?」


「こいつ……納車した日にそのまま下道で約2日で450kmも走ってきたんだぞ……何か言ってやれ」


「ほぇぇ!?」


 自分ですらスタミナ切れを起こしかねない危険な道筋を律が辿ってきたという話を綾華は信じられなかった。


 免許を取得してまだ1月も経過せず、しかもロングツーリングの経験も微塵もないはずの男が、納車したまま移動してきて2日程度でこの場所まで辿りついたというのだ。


 無茶苦茶どころの騒ぎではなかった。


「なんでそんな無茶を……」


 さすがの綾華も律に心配そうな目を向ける。

 疲れでやややつれた表情を見せる律だったが、てきぱきと作業を継続していた。


「……走りたかったから……かな」

 

 しばし考え込んだ後、律は綾華に顔を向けずそう口にした。

 フライパンの上でピーマンを炒める律は手を休むことなく綾華と応答する。

 ピーマンは律の大好物であり、律の影響で同じく綾華も大好物となっていたもの。


 律はヘナヘナにしなったピーマンが大好きで、綾華もほぼ律の影響で大好きとなっていたが、ピーマンによく火を通すために後から肉を入れるのが音羽家のピーマンと肉のチンジャオロースもどきなのである。


 このスタイルが定着したのは、野菜はヘナヘナにまで焼いてしまう律の母である音羽オトハ ユメの影響であるが、光はシャキシャキしている方が好きな一方、娘の影響で同じスタイルで炒め野菜を作るようになっている。


 律はキャンプで鍛えた影響でそれなりに料理が可能なため、今日は綾華の帰りが遅くいつもは二人で作るところ一人で作るという話を聞いたので「働かざる者食うべからず」の精神でもって、光の音羽家に奉仕しているのだ。


 無論、律の料理スタイルは母の影響が多分にあり、野菜の炒め物はヘナヘナとなる。

 コゲつかない温度に調整できるのが母親直伝の能力。


「まだ時間かかるから、先に風呂入って来いよ。こっちは律とやるから」


「えー、律くんと入りたかったのにぃ」


「もう入れる歳なわけないだろ! 冗談言ってないで風呂行って来いっ」


 光はシッシッと手で綾華を追い払った。

 綾華はもし仮に律がここで「じゃあ入ろうか」などと言えば本気で入ってしまうような空気を漂わせていたため、頭を冷やさせようとする。


「はぁーい」


 トテトテとダイニングを後にする綾華。

 しばらくすると階段を上る音が台所まで響く。

 音がギシギシと鳴り響き、昔と違い、それなりに体重が増えて成長していることを律は実感する。


「まったく……」


 自室に入ったことを音から理解した光は、綾華に聞こえないような状況で愚痴をこぼし、先ほどより強い力でザクザクと野菜を切り始めた。


「ははは……」


 その様子に昔から変わらないなぁと思いつつも、律はテキパキと料理を作っていく。

 メインはこのチンジャオロースもどきに、さらに山椒を使った律特製の麻婆豆腐もどき、さらにニラ玉と、中国風な和食である。


 サラダ以外、全て律がこさえた。


「お前……そんな特殊能力もってたのか……女子力高え!」


「そうかな? 最近の男は普通じゃないの?」


「出来るのと、良く出来るのは違うぞ、最近TVでよく出てくる料理が上手いお笑い芸人みたいだぞ。 今日から律えもんと呼ぼうか」


「芸人と比較されるのか……それは簡便して」


 芸人をならって律えもんと名づけようとする光に素直に喜べない律であったが、


 あまりにもスパスパと料理をこなしたせいで、光はサラダとデザートしか作ることができなかった。

 普段、綾華と料理を作る際の半分程度の時間で律は全ての料理をこさえてしまったのだ。


(綾華より料理できるんじゃないかコイツ……)


 初めて見た律のスキルに素直に驚きを隠せない光なのであった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~|


「ちょっ!? 何、この豪勢な料理は!?」


「律が短時間で作っちまいやがった……俺は殆んど何もしてない」


「そらわかるよ。光くん料理遅いし…………むー、律くんこんなに料理できたんか……」


 料理人といえるほどではないが、家庭料理として十分なクオリティでもって豪華な食卓を展開させた律に綾華は目を輝かせた。


「はよ食べたいんやけど!」


「だったら皿と箸出せよ……」


「ああ、いいよ俺がやるから」


 ホコホコと濡れた髪の毛から湯気を漂わせつつ、座ったまま何もしない綾華に光は注意したが、律がテキパキと小皿と箸を出して食事の準備が整った。


「それじゃあ、いただきます!」


「いただきまーす」


「いただきます」


 光の一言の後、綾華と律が続き、三人は食事を採る。


 3人だけでの食事はこれまで1度も無く、初めてのものだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「えー! 律くん国道1号ずっと使ってたん!?」


 デザートであるフルーツミックスの缶詰にゼリーを足したものをスプーンでほおばりつつ、綾華は驚きを隠せない。


「なんで甲州街道からこっち来なかったんだ……めちゃくちゃ混んだろ……」


「正直、熱中症で死にかけた……混みすぎだよ」


 すでに全て食べ終わった律と光はそれぞれ光はビールを、律は酒が飲めないので麦茶を味わいつつ会話に華を咲かせている。


「日本一混む道路だぜ? アレ以上なんてないんだからそりゃあキツいべ」


 光はつまみのピーナッツとビールを口の中に放り込んだ。


「そうなん!?」


「知らなかったのかよ、お前……」


 律の反応に光はガックリと肩を落とした。

 もっと道に詳しいと思っていただけに、あまり聞きたくない言葉だったのだ。


「まあ、途中から420号にシフトしたのは正解やったね。その福岡ナンバーのライダーの人がいなかったら、間違いなくもっと遅い到着になってたと思うんやよ」


「寝てたりして誰も気づかずに途方に暮れる展開だったかもな」


「いや携帯電話とかあるし……」


 律はビシッと手でツッコミを入れる。

 光には当たらなかったが、お笑い芸人のツッコミ役のようなジェスチャーを見せた。


「それもそーか、あっはっはっ」


(ビール1杯で随分酔ってんな……光兄……)


 律がドン引きするほど光は酔いが回るのが早かったが、その原因が律が来たことによる様々な感情の爆発であることを本人は理解していなかった。


 普段は結構酒には強い方なのである。


 3人はそのまま会話で盛り上がり、その後、夕食が終わり、律が一人で食卓を片付け、その間に光が風呂に入った。


 光のいる音羽家はここ数年でも信じられないほどワイワイと盛り上がったのだった――

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