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ヤマハの歩みと道案内 ~浜松~

 スズキ歴史館を出た律は逆走するかのような形でヤマハ コミュニケーションプラザへと向う。

 スマホで調べた限りでは、かなり大規模な展示施設とのことで、向わない理由がなかった。


 そのまま30分程度で到着。

 二輪駐車場には大量のヤマハ製バイクが駐車されていた。


 律はCB購入時に迷ったセローやXJR400やSR400、XSR700、XSR900ぐらいしかヤマハのバイクを知らず、現行型以外は殆んどの車種がよくわかっていない。


 わかることはただ1つ。


 スズキと異なり、ここは敵地の中の敵地ともいうべき場所だということである。


 二輪駐車場にCBを駐車させた律はそそくさとコミュニケーションプラザ内へと向った。

 スズキ歴史館と異なり、こちらは予約不要。


 施設に入ったばかりの律は目の前に現れた存在に目を輝かせた。


「これはッ!!!!」


 小走りで近づいてしまうほどの存在がそこにあった。

 律はここに来るまで、すっかり忘れていたことがある。


 それは「ヤマハは二輪だけを作っているわけではない」ということ。


 ヤマハ。

 正確な名前は「ヤマハ発動機株式会社」

 つまり本当にメインで作っているのは「エンジン」である。


 そのエンジンを搭載した名車の中の名車、「トヨタ2000GT」が堂々と1Fの施設のど真ん中に展示されているではないか。


 トヨタ2000GT。

 律はその車両を実際に目にするのは初めてであった。

 写真や映像でしか見ない存在に息が詰まるほど興奮する。


 そのまま周囲をクルリと見渡すと、ピアノを中心点に、ボート、ジェットスキー、自転車、音響システムと並んでいる。


 つまりこの中心地は「ヤマハとはこういう会社だ!」ということを狭い範囲で説明している場(公式名称:シンボルゾーン)なのであった。


 さらに施設の奥の方を見ると二輪の展示数が凄まじい。

 実はこの場所、販売したものとレースで活躍した二輪の大半が展示されている。

 むしろ「何が足りないのか」を探す方が大変なほどである。


 四輪の方は残念ながらレクサスLFAと2000GTとその他はエンジン程度のみであり、どちらかというと先ほど出会った優男風の男性が言うように「二輪」をメインにしている感じである。


 とはいえ、LFAのエンジンである1RGUEなど、未だ四輪から抜け出していない律にはヨダレが出る代物が展示されている。


(車体がまるでないな、なんて考えてたけど……そもそも車体は作ってないんだから、エンジンばかり展示されていて当然だよなあ)


 美しいV8や直四のエンジンなどを堪能した律は車体はトヨタが作っているということを忘れかけていたことを反省した。


 最初のインパクトのあまりの大きさから、「全て見なきゃ損」と考えた律は施設案内のパンフレットを見て全部回ることにするものの、


 そのあまりのボリュームスケールに対し、


(なんで昨日二輪関係で検索した際にこの場所が引っかからなかったんだろう……)


 ――とあっけにとられるほどであったが、まずは1Fから攻略していく事に決めた。


 1Fには製品紹介ということで現行車種などを中心としたバイクやスノーモービルなどが展示されていた。

 足早で向かうとヤマハのバイク屋ことYSPでもここまで並んでいるかどうかというほど大量のバイクが並んでいる。


(これがヤマハ製のバイクかあ……なんかデザインのイメージはホンダともスズキともカワサキとも違うなぁ……)


 現行車種を中心とした展示に律はヤマハのデザインというものに改めて触れることが出来た。

 トリシティなどをはじめとするスクーターやTMAXなど、ヤマハの現行ラインナップともいうべきバイク達だけでなく、四輪バギーなども展示されている。


 そんな律の目に入ってきたのは……


(サウンドシミュレーター……YZF-R1か!)


 バイク用のシミュレーターであった。

 シミュレーターといっても振動するようなものではなく、音だけを堪能するもの。


 誰も乗っていないので簡易説明を見た上で早速試してみることに。


 YZF-R1。

 ヤマハのフラッグシップスーパースポーツ。

 こちらでは「最高速度約280km」時の音と速度イメージを体感することが出来る。

 振動などないので大したものではないと主張する者も多いが、迫力はそれなり。


 跨った律は、CBより小ぶりに感じる車体に驚きつつも、キツすぎる前傾姿勢に戸惑う。

 初めてのスーパースポーツはまさに「速く駆け抜けるためだけの道具」といった感じであり、自分には合わないような気がするほどであった。


 しかしそのエンジン音は四気筒だけあって律を十分に堪能させ、ヤマハらしい甲高いサウンドを響かせていた。


 シミュレーターを体験した律は「試乗」という程度の形なら一度乗ってみたいなと考えるようになるほどであった。


 ――その後、1Fを堪能した律は2Fへと向う。


 2Fは製品の歴史コーナーということで、古から続くバイクの系譜ともいうべきラインナップで展示コーナーが設けられていた。


 オフロード系やアドベンチャー系なども含め、ほぼ全ての車種がここに揃っている。

 そんな律の興味を引いたのはFJR1300とV-MAX、そしてもう1台の謎のバイクであった。


 なんと跨ることが出来るのだ。

 これはいい機会とばかりにさっそく跨ることにする。


 FJRは謎の青いランプが付いており、白バイ仕様にも思えたが白バイ仕様にしては装備が足りていない。

 計器類がまるで違うので「白バイ風」なのか国外仕様なのか不明であるが、その巨体に魅せられる。


 跨ってみるとポジションは、通常よりさらにアップハンドル仕様にしていたインパルスに似ている。


 無論それはクルーザーだからである。

 FJR-1300。


 価格帯的にはライバルが不明瞭なクルーザーとなってしまったが、ヤマハのスポーツクルーザーともいうべき大型のバイクである。

 簡易型のセミオートシフトチェンジシステムなどを搭載し、DCTほどではないが自動でシフトの切り替えを多少してくれる。


 基本はクイックシフターに似ているが、シフトダウン操作などがセミオート(Nにならず1速まで自動ダウン)


 現在は同価格帯にアフリカツインASのLDが出たことで妙なライバル関係となっている。

 というのも、FJR1300はYZFなどのスーパースポーツ系を基盤としたクルーザーで、アフリカツインはCRFというだけあってデュアルパーパス系のアドベンチャーバイク。


 だが、LD版の姿勢ポジションなどはソックリなことから、ホンダが明らかにこの部分の層を取り込もうとした様子は伺え、それなりに売れている様子である。


(ボタンが多すぎるな……走行中に操作できるんかな?)


 ハンドル周りを見た律はそのボタンの多さに1980年代の戦闘機のイメージをもった。

 走行中に操作するには慣れが必要という感じである。


 次に隣にあるV-MAXに跨る。

 ヤマハのメガネイキッドスポーツともいうべき存在。


 バンク角65度の「V4」エンジンを搭載する化け物。


 それはもはや「鉄の塊」や「鉄の馬」といった表現が正しく、ボテッとしたボディにはV4というホンダゴールドウィングの水平対抗6気筒と並ぶ異次元のエンジンが搭載される。

 出力とトルクはまさに化け物だが、乗った人の感想としては「意外にも乗り出すと軽快」と言われる。


 理由は何気にこのマシンの母体はYZF-R1であり、スーパースポーツの設計思想を応用して作ったことによるもので、カーブでの反応性は優秀。


 これによって「エンジン」という存在を除外すれば「カウルのないメガスポーツ」に分類することが出来、国外、国内共に扱い的には「メガスポーツ」として分類されている。


 姿勢ポジションもクルーザーであるFJR1300よりかはかなり前傾的になり、CB400に近いやや前傾姿勢の状態は他のフルカウルであるメガスポーツに近いものである。


 跨っただけで感じる重量感から律は――。


(あ、これ乗れないな)


 ――と一瞬でその巨体を制御することが現状では不可能だと悟った。


 誘ったと同時に降車し、次のバイクを試す。

 それは律にとっては謎過ぎるバイクであった。


 車種名が書かれたプレートがないその車種に律はとりあえず先ほどから継続している写真撮影を先に行ってから乗り込むことにし、その写真は光あたりに見せて車種名を特定しようとした。


 律が知らぬそのマシンの名は「MT-01」

 ヤマハのニュージェネレーションを掲げたMTシリーズの第一号である。


 しかしハッキリ言おう、このバイクは「どこぞの某バイク漫画にて唯一スズキ好きのキャラがヤマハをバカにできる」変態すぎるバイクである。


 売れなさ過ぎた影響でMTシリーズは1度凍結されてしまうほどだ。

 ヤマハユーザーをして「DN-01と同じレベルの何か」と言わしめるその存在は、


 XV1700という対ハーレーとしてヤマハが発売したVツインのアメリカン向けのエンジンをYZF-R1等の技術を応用したアルミフレームに突っ込み、Vツインネイキッドとして販売した異形の存在。


 しかしコイツ自体で得られた各種データは後にV-MAXを作る際に大いに活用されるため、新型V-MAXの母体となった存在とも言い換えることが出来る。(一部では失敗作なプロトタイプV-MAXとも言われている)


 だが、V-MAXや他の大排気量ネイキッドバイクと比較した場合は、


・ネイキッドとしては振動が強すぎる。(アメリカン向けVツインを搭載してしまった)

・やや低回転型のエンジンでかつ最大トルク発揮の回転数が低すぎて回す心地よさがない

・燃費が非常に悪いのにタンク容量15Lという少なさ

・YZF-R1並みの信じられない前傾姿勢で乗りにくすぎる


 正直、どこへ向けて、誰に対して売り込みたいのか不明すぎたバイクであった。

 MTシリーズ自体は、ヤマハが今後主流となるであろうトルクを重視した低回転からハイトルクで加速してくマシンという意味で「マックストルク」を略したものであり、今後は「こういうばかりになるんじゃね?」なんて出してみた存在であるが、見事に失敗。


 挙動はメガスポーツでもなく、ジャンル分類すら不明の何かとなってしまった。


 このためMTシリーズは一時的に凍結され、その方向性が見直されることになる。

 後に登場するMT-07とMT-09では見事に軌道修正に成功するわけだから、いかに「次世代」というイメージをMTシリーズにて作り上げたかったかがわかる。


 余談だが、軌道修正した際に「Max Torque」から「Master of Torque」という略称にMTの名称を変更し、その名称を冠したCGアニメも作ったのだが、そこに「MT-01」がハブられているのでMT-01を愛車としていたバイクの雑誌ライダーが批判したりしていた。


 ――――――余談――――――――


 ただ、余談の余談だが、主人公がパニア装備だったり仲間がシートバッグ+ソフトパニアケース装備だったり、ツーリングシーンの殆んどが「現代風ツーリング」だったり、ツーリング場所が246で東京からこの場所の近くまで向うという評価できる点は評価できるんだけど、近未来が舞台のせいで大半はブラスレイターそっくりなよくわからない内容すぎてなんかMT-10がミサイル発射しそうで正直微妙。ツーリングだけでいいだろ! でもツーリング自体もヒロインがあざとい行動と声なのでやはり微妙。話では2030年ぐらいらしいけどMT-10さんお前10年後にそんな見た目絶対してないだろ!とか突っ込みどころ満載なものだが、このコミュニケーションプラザでも全話視聴可能だ!


 ――――――――――――――――


 実はこれはあくまで噂程度でしかないが、現在MTシリーズを牽引するフラッグシップであるMT-10を出す際、MT-010と表現することも考えたこともあるという。


 あまりにMT-01が失敗しすぎたので、「これが本当の1番目」というイメージを作ろうと考えたらしいのだ。


 いくつかの雑誌ではMT-010と紹介されていたのは恐らくこの名残なのだろう。

 この時期、スズキやホンダ、ヤマハは次世代型のVツインエンジン搭載バイクについて力を注ぎ込んでいたものの、ヤマハとホンダは見事な失敗作とも言うべきどこに向けて売り出したいのか不明瞭すぎるバイクを出し、以降Vツインへの積極的姿勢がやや失われた状態となっていく。


 一方、堅実なSVで成功したスズキはV-Stromなどでもそのまま力を維持し、4大メーカーでは珍しい存在となった。


 そして実はMT-01の「最大トルク発揮の回転数が低い」というのが次世代のバイク設計思想として正しいことはホンダが後に世に送り出したことで、その思想が間違っていなかったことはある意味で証明した。


 NC700によってだ。


 ただしそれは「程ほどのパワーで十分」という意味合いを世界的な動向調査にて理解したホンダが中排気量にて「最大限にエンジンパワーを使い、移動手段として最も優秀なバイク」として作り上げたNCシリーズによるものでまるで設計思想が異なる。


「回さずとも楽しめる」というイメージはMT-01でも作り上げたかったようだが、あんなバカみたいなハイパワーなど不要だったわけだ。


 FZ-1といい、ヤマハはどこか惜しい部分で未知の需要を開拓しかけている点がある。


 まぁV-MAXは良く売れたし、MTシリーズは大成功したわけだし、たまには必死になれるような、「次に成功を収める土台としての失敗作」というのを世に送り出すのもアリなのかもしれない。


 そんなMT-01であるが、ヤマハは妙に拘りがあるのか、V-MAXと横並びで跨れるよう配置しているのだった。


 別途、製品の歴史として展示されるMT-01も展示ブースにかなり力を入れていることから、MTシリーズの祖としてこのバイクに相当入れ込むものがあった様子である。


 それを知らない律はいざMT-01に跨ってみるものの……


 YZF-R1と同レベルの前傾姿勢に不安になるレベルである。

 しかし実際はR1の軽量化技術により、意外にもこの車体はCB1300より軽い。

 よって案外乗れてしまうのだ。


 どこの需要へ向けたかわからないというのは、その殆んどが「エンジン特性」に由来しており、振動の強さや加速が強すぎて怖すぎるという点を除けば、カーブにおける回頭性は非常に優れている。


 そこは一切、手を抜いていない。


 欧州や欧米の二輪系のライターの言葉を借りれば「エンジンの選定に失敗した」というのが正しいのであろう。


 実際、その後展開されたMT-09やMT-10は「エンジンを見直した」といって過言ではなく、フレームやスイングアームやサスペンション等の基本設計思想はMT-01とさほど変わらないのだ。


 例えばもしヤマハが1から90度バンクVツインを1000cc程度でつくり、コレに搭載して販売していたとしたら……もしかしたら今頃MTシリーズはVツインだらけだったかもしれない。


 惜しい所まではきていたのである。


 MT-01をほどほどに堪能した律はそのままレースの歴史へと向い、ほどほどに見学した後、3Fはカフェテリアとなっていたため特に興味がなかったのでそのままコミュニケーションプラザを後にした。


 ~~~~~~~~~~~~~~


 駐車場へと向かう律は、いざ出発の準備を整え始める。

 ちょうどその時、1台のバイクが隣に停車した。


 非常に大きなロケットカウルのようなフロントカウルを装備しており、律のバイクより一回り大きく、カウルには「HONDA」と書かれた四気筒のバイクであった。

 エンジンなどは形状が非常にソックリで、まるでCB400の兄貴分といったような印象がある。


 律ですら直感で(俺のCBと何か血縁のようなものを感じる)と理解できるほどであった。


 律がそのバイクに見とれていると、ヘルメットを脱いだ男性が話しかけてくる。

 30代程度の見た目の男であった。


「おおっ、こんなところで東京のナンバーついたCBに合うとは奇遇っちゃね~」


「あ、こんにちは」


 男はニカッと笑いながらこちらへ顔を向けてきたので律は丁寧に頭を下げて挨拶をする。


「えっと……見たことない車両なんですが……なんていうバイクなんでしょうか」


 それは非常に興味を引くスタイルであった。

 律が教習所で試験する際に乗った通称CBXカラーと似たようなカラーリングを纏うバイク。

 フレーム、エンジン形状、そしてカウル、間違いなく同じ血を引いていると言える何かがある。


 漂わす空気ははっきりと律にそう感じ取ることが出来るほどのものがあった。



「ああこれ、CB750Fインテグラっちゃけど……結構珍しいバイクやけん、君みたいによう声かけられるとよ」


 CB750Fインテグラ。

 かつてカワサキでバカ売れしたZ2への対抗手段としてホンダが送り込んだ刺客。


 特にこのCB750Fには限定車両として律の乗る存在の親元となった「ボルドール」の名を冠したものがある。


 これは基となった車両のCB900Fの限定仕様に特殊なカラーリングとカウルを装着し、「ボルドール」と名乗らせたもので、日本版のCB750Fにおいては「ボルドールⅡ」と名づけられていた。


 このCB900Fボルドールにはフロントカウルが純正装備され、「ボルドール」というイメージを形作る一方、日本版においては「カウルはオプション(みんな装備してた)」となっている。


 その後、この好評だったボルドールスタイルはCB750Fにて「インテグラ」と命名されて販売、カウルは限定販売以降オプションとして用意された一方で、純正装備車種も併売となった。


 隣に停車されたCB750Fはその「インテグラ」の方であり、「ボルドール2」ではないものの、CB400SBことスーパーボルドールの祖となった存在およびスタイルであることにかわりない。


 そのスタイルから直感で血縁があると判断した律の考えは、ある意味で間違っていない。

 なぜなら、BIG-1プロジェクトにて新たなCBシリーズを生み出す際、最も参考とされたのがこのCB750F並びにCB900Fだったからだ。


 そのスタイルや思想はBIG-1プロジェクトにて大いに活かされ、CB750(RC42)などと共にCB400SFが登場する。


 CB750F(CB900F)についてはドリームCB750という「ナナハン」の代名詞となった存在と、今も続くBIG-1プロジェクトのネイキッドバイク達の橋渡し的存在となったが、これが出る前、そのあまりに先鋭的スタイルには本田宗一郎をして「ちょっと奇抜すぎないか?」と難色を示すほどであった。


 結果的にその奇抜すぎるスタイルは利にかなった性能優先のための実用性一辺倒なスタイルであったために非常に好評であり、そこにさらにカウルを搭載したインテグラは……そこそこ売れた。


 頭文字Dで有名な作者が描いたバイク漫画であるバリバリ伝説ではカウルを纏わないCB750Fが主人公の愛機となっているが、劇中やたらめったら頑丈に演出されていた表現は誇張ではなく、CBシリーズの中でも特に頑丈だと言われる。(次の作品で超人気作の主人公マシンである86の方がよっぽど貧弱なスポーツカーもどきである)


 そんなバイクも時代の波から後継車に立場を譲り……


 そして……20年以上を経てCB400、CB1300シリーズの新たなスタイリングとしてスーパーボルドールとして蘇り……今では逆に「ネイキッドの方が売れね」ってなことになってしまった。


「――ってことで、ようはそのお隣のスーパーボルドールくんの基になった存在っちゃね」


 男は律に対し、そのような経緯を語りかけ、律は一瞬時間すら忘れてしまう。


(バリバリ伝説って……どっかで聞いたことがあるな……頭文字Dの作者の前の漫画だったかな……ふむ)


「そんな貴重な存在にこんな所で出会えるなんてビックリしました……今日は、まだスズキとヤマハのバイクしか見ていなかったので……」


 律が目を横に向けると、周囲にはギラギラと光るSやヤマハ車両の独特のエンブレムが装着されたバイク達がにらみをきかせていた。


 もし彼らが独自の意思を持ち、勝手に行動できるならば、間違いなくアクセルで煽ったことだろう。

 もの言わぬバイクからなぜかそんなビリビリとした圧力を感じるほどに大量のヤマハ車両とそれに準ずるスズキ車両で溢れている。


 律も二人でホンダ車について妙な会話しているだけで気おされてしまうほどの圧力だった。


「あっはっはっはっ。そらここらはその2つの独壇場やけんねー」


 男は律の真面目な一言に腹を抱える。


「ところで、まだ初心者に見えるっちゃけど……どこ行く予定と?」


 インテグラに乗る男は周囲の雰囲気すらまるで関係なく、落ち着いた様子を見せ、

 律の初心者丸出しの姿が気になり、行き先を伺った。


「ああ、岐阜の美濃加茂です……親戚にバイク屋がいて……」


「美濃加茂? 加茂レーシング?」


 律はドキッとする。

 それは光のバイクショップで間違いなかった。


「ええ、そうです!」


 光の知り合いと出会ったかもしれないことに嬉しくなり、律は胸が躍る。


「おお、あっこのオーナーの親戚さんか……岐阜なら結構大きいバイク屋やね」


「行ったことあるんですか?」


「いんや? けどこういう古い車体けん、何があるかわからんとよ。それなりに整備できそうなバイク屋は全て頭の中に記憶してるっちゃ」


 男はCB750Fのタンクをトントンと叩き、そのバイクがもはや旧車で非常に整備に難があることを仄めかした。


 期待しすぎたことで律は心の中でもう一人の自分が踊り狂っていたものの、期待を裏切られたことで上がりかけたテンションが元に戻った。


 すでに30年以上経過したこのバイクも紛れもなく旧車。

 まだ維持は出来なくもないが、年々厳しくなりつつあるのだ。


 律は男が万全を期すといった状態を常に作ろうと心がけ、その上で光のバイク屋を頭に入れているということに逆に妙な妄想をしていた自分が恥ずかしくなり、ついつい1歩下がってしまう。


「そーかそーか……んーそれなら、国道420号と国道248号を使ったほうがよかね」


「国道1号だとマズいんですか?」


「まずいっちゅーか、名古屋は初心者にオススメできんねー。1号と23号併用で行けるっちゃ行けるっちゃけど、何があるかわからんと」


 東京出身。

 明らかに真面目そうな男。


 そんな人間の運転スタイルは名古屋市内でどう否定されるかわからない。

 特に乗りなれない二輪で、乗りなれない道路で、ペースが速く交通量が多い名古屋都市部周辺は、あまりにも危険すぎた。


 そういう所に向かって何かあるとよろしくないと考えた男は、男はスマホを弄りだした。

 2分ほどパタパタとタッチパネルを弄る。


「ほれ、このルート。航空写真みればわかると思うっちゃけど、殆んど都市部は通らんから危なかったら後方の車に道譲れば楽に進めるけん」


 インテグラに乗る男は、地図の次に航空写真を示す。

 それは徹底的に愛知県を迂回するときに使うルートの1つであり、豊田市の北を都市部を回避して岐阜まで向うルートだった。


 道の途中、ガソリン補給などに不安はあるが、岐阜までほぼ信号も無く一気に突入できるルートの1つ。


 新東名のさらに北を進んでいくルートである。


「実は自分……ナビがポータブルナビのゴリラでして……」


 律は連動機能や互換性などがないと考え、頭に手をやり、わしゃわしゃと髪を弄る。

 ゴリラナビのルート設定ではどうしても都市部を通過しようとし、どうにもならなかったのだ。


 同じコースをインプットする方法が思いつかない。


「あー大丈夫。中継地点入れればこっち案内してくれるはずやけん、ちょっと貸してなー」


 しかし男の方が上手だった。

 ゴリラだけではなく、全てのナビゲーションシステムというのは「中継地点」とか「通過地点」「立寄地点」といったものを入力できる。


 リルート機能がなく、大通りばかり通るナビの場合、大通りに戻れないような中継地点をいくつも指定すればきちんとスマホと同様のルートを通れるのだ。


 男は律にゴリラを貸してほしい旨を催促したため、律は手渡した。

 インテグラの男は起用に中継地点を入力することで見事に道筋を補正し、420号ルートを入力する。


「これで大丈夫。名古屋はもっと慣れてからで遅くないっちゃ。今度また寄るとええよ。ほいじゃあね」


 ピコピコと3分ほどで入力を終えた男はナビを律に返却する。

 ナビは見事に軌道修正されたルートを示していた。

 中継地点を6つほど入力して無理やりそっち方向にコース誘導させたのだ。


「ありがとうございます! あの、良かったら名前を教えてもらってもいいですか?」

 

 コミュニケーションプラザへ向かおうといそいそと準備しはじめた男に対し、律は名前を聞こうとした。

 どこかで再び会った際に困るからだ。

 また、SNSなどをやっていればそこからお礼コメントを入れることも出来るため知っておきたかった。

 


「ん? ああ、俺の名前は安元やすもとっていうけん、今度またどこかで会ったらよろしく!」


 そのままコミュニケーションプラザへと向おうとする安元と名乗る男に、何度もお礼の言葉を投げかけた。

 コミュニケーションプラザでの偶然の出会いにより、律はややまともなルートを進むことになった。


 1号をこのまま進んだとしても、名古屋はきちんと道路整備されているが、名古屋は「本当に慣れていなければ渋滞していたほうが安全」と言われるぐらいの修羅の地。


 律が進むのは非常に危険であった。

 国道420号と248号を使うことになったことで、それらの危険性はかなり薄れることになる。


 ライダーとはどういう存在なのかを体感した律は、「いつか自分が逆の立場になれるように努力しよう」と昨日と今日の出来事をその心に刻み込んで出発した――

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