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敵地(聖地)へと向うCB(後半) ~浜松~

「イツツ……」


 翌日早朝、痛みにより律は眼を覚ました。

 太ももの火傷部位だけでなく、全身が痛い。


 右手の手首、左手全体と手首、尻、ありとあらゆる部分が筋肉痛のような状態であった。

 特に尻については昨日は走行中かなり痛かったものの我慢できる程度だったのが翌日眼が覚めてからは我慢できないほどの痛みとなっている。


 座っている状態がこれほど辛いというのは律には初めての経験だった。


 このことに今の今まで気づかなかったのは初走行のためアドレナリンが大量に出ていたことで痛みが緩和されていたのと、頭痛でそれどころではなく意識が頭に向いていたことが原因だった。


 原因として考えられるのはCB400の乗り心地であった。


 新車の影響なのか跳ね上げが酷く、まるでスポーツカーのソレである。

 サスペンションが硬すぎる上で路面に敏感に反応しすぎている。


 道路に柔軟に対応できていたインパルス400とはまるで違っていた。


 律はこの時点では「サスペンションにまだアタリがついていない」と判断していたが、実はこれは仕様である。


 そのため、前後共にオーリンズなどに変更する者も多い。(余談だが前までオーリンズにするとなると相当額の出費となる)


 その厳しい跳ね上げは手首などに少なくないダメージを与えていたのだ。

 それは休む前までは特に気にするほどでもなかったが休んだ後に筋肉痛として律に遅いかかってきていた。


 東京から約260km。

 この時点でまだ全体の行程の約半分。


 中々に厳しい状況……に立たされる。


「バイクって……こんなものなのか?……いや、まだ新車だし……インパルスはそこまで辛くはなかった……」


 比較対象となるインパルスはジムカーナで酷使された一方、サスペンションは超一級品を装備していた。

 現状、6万km走ってガタガタになったインパルスと総走行距離260km程度のCBだと、エンジンパワーや充実した純正装備類以外勝る部分がない。


 価格差としてはインパルスは売り物にならないということだが、光は――。


「もしこれを売れといわれたら25万だな。コミコミでも30行くかどうかだが……近いうちにこいつは死ぬ。これを買い取ったヤツは+30万以上の出費は強いられることだろう」


 ――と主張していた。

 一方のCBはあくまで各部分にアタリがついていない慣らし状態。

 まだ評価を下すには早計。


 そう頭で理解している律は「まだ俺のライダー人生は始まったばかりなのに、こんなので諦められるか」――と己に気合を入れ、一先ず二度寝することにした。


 再び起きたのは8時過。

 この場所に訪れてから9時間ほど経過した。


 面倒なのでこの場所にて朝食を採り、その上で昨夜インターネットで予約したスズキ歴史館へと向う準備を整える。

 朝食には割とハードなスパゲッティなどを注文していた。


 栄養ドリンクかエナジードリンクが欲しかったものの無かったので無料のドリンクバーにてローヤルゼリー配合とものすごく嘘っぽい栄養ドリンクもどきを何杯も飲んで誤魔化した。


 炭酸飲料のため、中々腹にはハードなものであったが、OS-1よりキツくはなかった。


 その後、荷物をまとめ、着替え、歯磨きなどを整え、そのままネットカフェの支払いを済ませて店を出た。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 駐車場には静かにカバーがかけられたまま何も変わらない状態のCBが鎮座している。

 カバーを外し、それをカバーを突っ込む袋の中に押し込んでリュックにいれ、そのまま出発。


 目的地は信じられないことに6km程度しか離れていないスズキ本社の隣にあるスズキ歴史館。


 そう、CBは現在敵地にいるが、敵地の中の敵地に飛び込もうというのだ。

 ただしCBにとっては完全な敵地であるが、律にとってはそうでもない。


 インパルスという存在には乗っており、何気にインパルスのキーも持ち歩いていた。

 だから誰かに「貴様! ホンダの手先だな!」などといわれれば「俺にはインパルスがあるんで」などと言い返すことが可能なのだ。


 ――スズキ歴史館に到着した律は駐車場にて面白い看板を見つけた。


「……スズキ車専用?」


 それは短い時間のことではあったが律は焦った。


 確か別にこの歴史資料館は「スズキユーザーしか来ることは出来ない」ということはなかったはずであった。

 オロオロしながら右往左往しているともう1つの看板にて「一般駐車場」という存在もある事に気づく。


 実はこの場所、スズキユーザー用の優先駐車場があるのだ。(二輪は除く)

 会館時間直前に訪れた律はそのまま二輪駐車場へと向った。


 二輪駐車場には休日の朝っぱらということもあり、多くのライダーがすでに到着していた。


 無論、駐車場にいる大半は「SUZUKI」もしくは「S」のマークを纏っている。

 それ以外はヤマハ。

 ホンダは律のみであった。


 律にはなぜヤマハもそれなりにいるのか不明であった。

 無論それは「ヤマハにとってもこの浜松の地は聖地であるから」なのだが、知らなかったのだ。


 到着した律は重たいリュックをカラビナロックを用いてバイクに巻きつける。

 その際、周囲からの強いプレッシャーを感じざるを得なかった。


 律が停車させた隣にはGSX750SカタナとGSX1100Sカタナがそれぞれ1台と2台で計3台停車させられていた。

 そんな横にCBを置くというのは非常に危険。


 戻ってきたら翼のエンブレムがSになっている可能性すらある。


 しかし律は――


(このプレッシャーは! だが、そんな程度で引くことはできない……俺にだってここは完全な敵地ではないからな!)と無言のプレッシャーを放ち、周囲のピリピリとした空気に対抗する。


 そのまま歴史館の中へと入っていった。


 一方、律が去った後、カタナユーザーの者達は待ち合わせのためにまだ中に入ってはいなかったのだが、律のCBから只ならぬ気配を感じ取っていた。


 1100ユーザーの壮年の男が、同じく1100ユーザーの別の男へと語りかける。


「なぁ……現行CB400って立体エンブレムだったっけ?」


「ん? 1300じゃねーの?」


「いや、どう見ても400だろ……こんな小さくないしエンジンにフィンもついてないし……現行型のボルドールは1300ソックリだけんどよ……つかこれ新車じゃねーの? えっらいビカビカしとるやん」


 750乗りの40代の男は1100乗りの反応にすかさずツッコミを入れた。


「そういや1300は赤くて丸いエンブレムか……」


 先ほどCB1300と誤認した1100乗りの一人は750カタナの男の言葉から認識を改める。

 一回り大きいCB400の車格は750カタナと並べても遜色ない大きさであり、それが勘違いした原因となっていた。


「限定車両が立体エンブレムだったような……でもこれは純正カラーだよな……カスタマイズかなんかしてんのか? あの若ぇの、いい趣味してやがる」


「微妙にボディの形のシルエットがカタナに似てるんだよなーボルドールって……」


 カタナ乗りの者達は律のCB400を珍しがりながら、あーだこーだとカタリ合っていたのだった。

 律が感じたプレッシャーは「敵意」ではなく「興味」であった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 律が館内に入り、受付を済ませると目の前には先ほど駐車場に3台ほどいたのと同じバイクが出迎える。


(これがカタナ……なんかスズキイコールコレみたいによく言われるヤツ……)


 律でもその存在は知っているほどのバイク。

 GSX1100Sカタナがお出迎えした。


 しかも、よく見ると跨ることができるようになっている。


(これは貴重な経験だ。大型なんて今後跨る機会ないかもしれないし……)


 跨ってみると、足つきはCBやインパルスと殆んど変わらない。

 カウル形状は外から見ると律のボルドールと似ているが、いざ計器類に目を向けるとまるで印象が違う。


 ハーフカウルのようでハーフカウルではない。


 そんなネイキッドスポーツ、いやストリートファイターのご先祖様ともいうべきスタイルであった。


 ハンドルを握ると思いっきり前傾姿勢となる。


「これはキツイ……」


 それまで溜まった疲労のため、ハンドルを握った状態だと全身が痛みだした、他にも乗りたがっている人間がいたため、すぐさま降りる。


 その近くには軽自動車が停車させられていたが、現行のラパンであり特に興味がないのでスルーする。


 そして1Fを巡るとグッズコーナーがあった。

 オリジナルグッズを販売中と書かれている自動販売機がある。


(なんてシンプルなグッズ販売所なんだ……)


 そのスズキらしい「合理性」というものを体言した自動販売の売店に興味がわき、律は何が販売しているのか確認する。


 それはスズキ会長の本などから始まり、Tシャツや湯のみなど多数のものがあった。

 そんなグッズを眺めていた律に電撃が走る。


 それは郵政仕様のエブリィのトミカである。

 律が新たな仕事として乗り始め、たった2ヶ月ほどで鉄の塊になった存在の色違い。


 実はこれ、普通に通常版のベトナム製のものでこの場所限定販売のオリジナルのものではない。


 一方律は何気に日本製の限定版を持っている。

 仕事仲間より「仕事に使う愛車のミニチュアとか持ってると愛着が湧いて仕事に精を出せる」と言われ、トミカショップ横浜にて組立工場でその場で組み立ててもらい購入できるという、今や希少な日本製のものを持っているのだ。(メイド・イン・ベトナムと書いてあるが)


 それは外装と内装を3色から選べる限定仕様のものだが、9パターンあるうち、外装と内装をそれぞれ変更した3パターンを所有していた。


 それとは異なる赤の郵政仕様。

 つまり通常版だが気づいた時には購入していた。


 他にもめぼしいものがあるか探ってみると、Tシャツなどは興味ないが、湯のみというのが面白そうなので購入してしまう。


 スズキ乗りには「聖杯」などと勝手に言われている湯のみである。


 この湯のみ、販売しているのは復刻版でいつからか価格が値上がりした。

 また限定版がモーターサイクルショーにて販売されているが筆者的にはモーターサイクルショーの青+赤エンブレムの方が綺麗。


 ホンダの翼エンブレムが銀色の方がイカすのと同様。


 しかし律はとりあえず興味本位だったので、復刻版をそのまま購入したのだった。


 こんなところで突発的な買い物をしたことに、自分自身驚きを隠せなかったが、後に限定版にも手を出すほど湯飲みだけにハマることになるのだった。


(ハミガキの時とかに使えるか?)


 特に利点などはない単なる湯のみではあったが、実用することを検討した律であった。


 その後も歴史館の見学は続く。

 工場のラインを模した見学コーナーや、無料のミニカーがもらえる樹脂整形マシンのデモンストレーションなど、様々なものがある。


 他にもレース車両や往年の名車などが右往左往している。


 そこで律がなんとなく気づいたのは、意外にも変態と言われるほどキワ物の見た目のバイクはそんなに無かったことであった。


 それもそのはずだ。

 売れないバイクは淘汰される。

 一部の目立ったバイクだけ指してスズキを「変態メーカー」というのは難しい。


 特に2007年以降のスズキはよく言えば「合理的」悪く言えば「冒険しなくなった」ことで、デザインなどもそこまで逸脱するようなものを採用しなくなっている。


 その割に某バイク漫画ではやたらスズキがネタにされるが、新車が殆んどネタにされない原因はネタにしにくいぐらい至って普通のバイクしか2006年~2007年ごろを境にして出さなくなったからだ。


 全てはGSX-R600(2006年版)という次世代の象徴として繰り出した存在から始まっていると言える。

 だからその作品内にてグラディウスを出した際に「頑丈でリーズナブルなバイク――」などとかかれたわけだ。


 アレを正面から批判するなんて「おいおい国産車で最近のバイクのくせに燃料計がついてねーのかよ!」なんてヤマハにのってるワカメ頭に言わせるぐらいだろうが、それは言えないだろう。


 だってソイツが乗ってるセローについてないから。


 新車は殆んどネタにできないから古い車種だけでネタにされるスズキ。


 しかし律には極一部の車両以外そういうものは発見できず、むしろハヤブサ含めて最新鋭のバイクの方にスズキの誇りを感じ取るのだった。


 特に律が興味をもったのはグース350と呼ばれるバイクだった。

 ハンドル形状から乗車ポジションは前傾すぎてキツいものではあったが、倒立フォークなどを装備したそのバイクのフレームに興味を持つ。


 それなりにネット上でバイクというものを調べ始めていた律。

 今のスタンダードなフレーム形状は「鋼管トラスフレーム」ということぐらいは知っている。


 三次元CADなどによる物理演算から、軽量化しつつ最適な剛性に作りやすいトラスフレームは、コストがかかるといわれていた頃もあったが、これまた三次元的に溶接できるロボットアームの性能が向上した事により、それなりに量産できるものとなっていた。


 カワサキが今一番拘っているこのフレーム形状、ホンダ以外は非常に力を入れ始めている。

 奇しくもホンダは次世代グローバルモデルとして出したNCシリーズにて同様のフレームを採用しているが、このフレームは設計思想的にはやや古い(その一方、凄まじく頑強な作りでかつ重く、無改造でも過酷なオフロード走行も可能な高い剛性をもつ)


 そんなトラスフレームについてだが、律がグラディウスについて調べたときにも思った事だが、国内メーカーの中で最も早くから力を入れていたのはスズキであった。


 1991年。

 スズキは真新しいスポーツバイクを提唱せんがため、単気筒エンジンを搭載したロードスポーツバイクを世に繰り出す。


 そのバイクは設計思想において「売りたい」と思うような要素を入れてしまったがために逆にそれが中途半端になって売れず、すぐに消えていったものの、このバイクを形成する上で取り入れた技術は先進的なものを満載している。


 まずその美しいトラスフレームに目が行くが、律が気になったのは巨大なアルミブロックのピボットブロックというべきようなものである。


 フレームにアルミブロックがボルト止めされているのだ。


 そんな明らかにアルミ製のアルミブロックともいうようなものにスイングアームとシングルサスペンションが接続された構造。


 律をして、「これって当時の技術の限界がそうだっただけで、今の時代のいくつかの国外メーカーのバイクみたいにエンジンブロックにそのままスイングアームを直接接続する方式の走りなのでは?」と考えたものだが、


 実際は少々異なる。


 この手のトラスフレーム+エンジン直付けスイングアームという仕組みは後にそれに拘り続けるドゥカティが最も先に考案したもの。


 1989年に登場したSSまたはモンスターシリーズに始めて搭載される。

 ただし、このスポーツレプリカ車両は正直言って剛性的にはやや不足していた。


 その様子を見たスズキは同時期にレースにてこのフレーム形状の弱点に気づいている一方、その弱点を解消する方法を認知しており、そこで考えたのがこの手法である。


 このグースを商品化する前の段階にてレースにこのシステムを投入しているが、一方で後を追う形となったヤマハはTRX850にて別の答えを示す。


 それはピボットプレートと呼ばれるアルミのパネルでエンジンを両サイドから挟み込むようにしてマウントしつつ、エンジンとピボットプレートにて「スイングアームを挟み込む」ようにするという設計。


 エンジン、スイングアーム、ピボットプレートという順番でピボットプレートが配置され、ピボットプレートはメインフレームとエンジンをボルトで接続する。


 こうすると車両の全長をやや短く出来、ドゥカティの方式と大差ない状態でありながら高い剛性を保たせることが可能だ。


 後にBMWはここからさらに進化させるが、現在のトラスフレーム方式スポーツバイクの構造においてはヤマハが一番最初にスタンダードに近い答えを出したことになる。


 ただし、現代のバイクにおいては同じようにピボットプレートと挟み込む方式でも、メインフレーム側にも接続するようにしており、やや形状は異なる。


 カワサキはそれに対し、エンジンとスイングアームを接続させた上でメインフレームをピボットプレートのようにして覆うという構造にしたりするのだが、やはりこのメインフレームまたはサブフレーム的なもので覆うという手法が最も優れているという事なのだろう。


 ちなみに余談だが、この時、このドゥカティのマシンを設計した人間はホンダでもバイクを設計していた。


 その際、ホンダが「こんな奇抜なものではなー」ということで一度没案として捨てたものこそが後に「VTR」と呼ばれる存在として世にデビューしたもの。(VTRの設計者は別人だが、原案は同じ人ということである)


 しかもVTRが生まれた理由は「ゼルビス」と呼ばれたVTシリーズ最も後発モデルが大失敗し、このVTシリーズことホンダ製250ccVツインエンジンの生き残りを模索した結果、上記大人気マシンの性質から「日本でも評価されるのではないか」とまるで違う排気量帯なのに真新しいフレームを引っさげて出してしまった。(当時のホンダは……いや、今でもそうだが平然とエンジン設計思想に合わないダブルクレードルフレームを使っていた)


 売れるのではないかと考えた理由には「Vツインとか全長が長すぎ、小型化できないのかよ!」といった市場の声。


 丁度そこにトラスフレームの存在が合致し、ちょっと出して見ようかと考える。

 これが駄目だったらVツインを諦めると考えたホンダだったのだが、


 この時、ホンダは、ドゥカティ、ヤマハ、スズキが上記設計手法を特許化して独占された影響から、別方向にてアプローチせざるを得なくなった。


 そんなホンダがVTRで出した答えはエンジンに一部の応力などを負担してもらいつつ、スチール製のピボットアームを配置し、スイングアームの外側にボルト接続にて配置されたピボットプレートがさらにエンジンとボルト止めされるという形にまとめた。


 三者三様ともいうべき状態だが、いかに「一番最初にその技術を独占したらどうなるか」を表すエピソードだ。


 トラスフレームという存在自体はすでに公知技術となっていた一方、スイングアームなどの配置方法は上記3メーカーがそれぞれ全く違う方法にしたのは、そういう背景があったからである。(カワサキはもっと後の時代になってからなのでまた別の話)


 当然、今の主流はヤマハ式の改良的なものなのだが、信じられないことにTRX850は当時世界でも日本でも評価されず消えていった。


 270度クランク並列二気筒+トラスフレーム+上記スイングアームという組み合わせは20年以上経たあと、まるで特許切れを待っていたかのように相次いでそんなバイクが出てくるため、登場するのが早すぎた存在と言える。


 つまり、今、律の目の前にあるグース350もまた、スズキが挑戦した結果生まれた存在というわけだ。


 結果的に国内メーカーにおいてはカワサキが本格的にトラスフレームに力を入れる前まではVTRぐらいしか成功例がなかったものの、一方でトラスフレームの設計自体は各社「未来がある」と考え、それぞれ売れ筋ミドル排気量バイクに、ホンダはNCを、ヤマハはMT-07を、スズキはSV650を据え置いて今に至る。


 グース350はそんな挑戦の歴史にスズキが刻む立派なマシンなのだった――


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 律はそんなバイクに囲まれながら、そのまま1時間ほど館内を回り、受付にて湯飲みをゲットして外へ向う。


 駐車場へと向うと先ほどよりさらにバイクの数が増えていたが、ホンダの姿は1台もなく、スズキ8割に残りは2割近くがヤマハ、そして1台だけプレッシャーを放つ銀の翼の立体エンブレムを纏う律のCBがあった。


 律が愛車に向かい、出発の準備を整えていると――。


「その立体エンブレムの新車、いいセンスだねぇ――ホンダウィングへの強い思いが伝わってくるよ」


 声の方へ顔を向けると、優男というイメージがピッタリの30代程度の男性がいた。

 律は再び新車であることを見抜かれドキッとする。


「ホンダ車でここに来るとは珍しい」


「初めて公道デビューした車両がインパルス400でしたので……」


 律はスズキ乗りと予測して予防線を張った。

 ホンダというメーカーのくくりで批判されたくはなかった。

 律はポケットにつっ込んであるインパルスのキーを握り締める。


「そうなんだ。今までヤマハに乗ったことは?」


「いえ……?」


 何故その男がヤマハについて問いかけてきたのかわからない律は首をかしげる。


「ここにも初めて来た感じかな? 多分、免許取立てなんだと思うけど、よかったらヤマハもこの地を聖地としていて、コミュニケーションプラザという似たような施設があるから興味あったら寄ってみてくれ」


「どのあたりにあるんです?」


「ここから10kmほど沼津方面へと向ったところだ。そこに工場などと共にある。ヤマハユーザーとしては是非、君のような人にオススメしたい」


 男は沼津方面を指差した。


「……せっかくなんで行ってみます」


「フフッ、それでは失礼……」


 まるで律が非常に二輪好きまたは二輪ライダーとしてどっぷり漬かる可能性があることを見出したのか、優男風の30代の男性は手でシュッと決めポーズをとりながらスズキの歴史館へと入っていった。


 律はスマホでその場所を調べると、スズキ歴史館に全く劣らない場所があるではないか。

 まるで盲点だったことに気づき、「どうせここからなら多少遅くなっても夜には辿り付けるだろう」ということからコミュニケーションプラザに向って見学してから光の場所へ向うことに決めた。


 次回「ヤマハの歩みと道案内」

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