浜松の地にて 神奈川県→静岡県
助言を受け入れ、売店へと向かった律はOS-1とチョコラBBローヤルを購入。
栄養ドリンク系では唯一薬以外で「頭痛に効果がある」と言われる代物。
理由は他のものと異なり「鎮痛系」の作用をもつ成分が配合されているためである。
あまり知られていないが一部の頭痛薬と鎮痛成分の入ったチョコラBBを飲むと大変なことになるので併用には注意が必要だ。
頭痛持ちではなかったが、社会に出て様々な人と出会った結果教えてもらった困ったときに便利なものとして教えられていたものであった。
(今度からは頭痛薬もちゃんと常備しておくか……)
律は準備不足を痛感しながら、イートインコーナーにてOS-1を飲む。
「うぐっ」
一気に飲み込もうとしたため、思わず吐き出しそうになった。
チョコラBBも栄養ドリンクとしては不味い部類だが、OS-1はそれを超える「液体のような飲めない何か」だった。
実はOS-1。
ここ数年の異常気象により、その需要が大幅に上がり、売れ行きも好調な一方、
あまりにも不味すぎると不評で最近になって中身の成分を大幅に変更してリニューアルしたのだが、
以前の状態ですら「本当に辛い時に飲めない味」で、今現在も「ポカリスウェットに謎の粉薬ぶちこんで混ぜて作ってみた何か」みたいな味付けであり、かなり飲むのが厳しい代物である。(粉薬を水に溶かしたような味とも表現したほうがいい代物)
近年の運動部が常備するぐらい非常に効果的な飲み物なのだが、実はリニューアル前のOS-1についてはあえて非常に不味くしていたという。(常用飲料水ではないため)
医療系の人間がよく言うが、熱中症の際にコレを「美味しい」と感じるのは非常に重篤に近い状態で、各栄養分が失われ非常に危険な状態なのだ。
なので、メーカーのアンケート結果でもわかる通り、「なぜか体調不良の時に不味く感じなくなる」というような成分配合にしていた。
しかし、それでも不味過ぎるので需要に合わせて改良されたのである。
危険な状況の際にも舌の感覚に優れている者は「不味すぎて吐き出す」という本末転倒なことがあったためである。
改良されても尚「不味い」部類に入るのだが、律も状況はよろしくなかったものの、舌の感覚が優れているため、我慢しなければその場で吐きかねないほどの味の悪さであった。
ちなみに味については「ゼリーの方がマシ」ともっぱら言われるが、筆者的にはどちらも不味いと思う。
余談だが、様々な経験的、情報的な面で言うとOS-1とVAAMの2つ以外は熱中症に効果がない。
今日、その需要から様々なメーカーがスポーツドリンクを販売しているが、OS-1と同じメーカーであるポカリ自体も効果を体感できるほどの熱中症対策にはならない。
高校野球などの場では名将とされる人たちがこぞって選ぶ理由が「飲ませれば熱中症になる球児が減る」とのことだが、夏に外に出て何度も熱中症になった筆者的には「対症療法にはVAAMで、実際に熱中症の症状が出たらOS-1」という使い方をしている。
双方の存在はクーラーがない乗り物では役に立つことだろう。
さて、OS-1とチョコラBBを飲んだ律はそのまま海岸まで移動し、日陰を見つけると頭に濡らしたタオルをかけてそのまま休み、眼を閉じた。
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「ハッ!?」
再び気づくと2時間ほど経過していた。
起き上がった律は驚くほど体調が回復している事に気づく。
やはり熱中症だったのだ。
律は「寝た」というよりも、「一時的に意識を喪失した」という状況に陥っていたことに気づく。
まるで時間が経過したような感覚がない。
数秒ほど眼を閉じて気が付いたら2時間以上経過していたというような状況。
それは事故より目覚めたあの日のような感覚であり、自分の体調がまだ事故前までに完全に回復していなかった事を改めて自覚させられた。
起き上がった律は砂をはらい、防犯目的で持ち込んでいたリュックとヘルメットをもってバイクの下へと戻る。
駐車場を見ると先ほど以上にバイクの数が増えていた。
そして律が先ほどGSX-S1000Fがあった場所に目を向けると……信じられないことに未だにそこに鎮座され、やや沈みかけた太陽に照らされるイルカの姿があった。
(あの人……まだいるのか……お礼をいわないと……)
熱中症からとりあえず回復できた律は、なぜかまだいる女性ライダーを探そうとする。
その時だった――
「随分顔色が回復しているからもう大丈夫……」
初めて声をかけられたのと同じように背後から声をかけられた。
不気味すぎたので律は「幽霊の類ではないか」と疑うも、
「おかげさまで助かりました」――と頭を下げた。
「お互い様みたいなものだから……私もかつては何度も助けられた。貴方がどこかで誰かを助けることがあるように、世界は人の輪によって動いている。貴方が助けた人に私が助けられているかもしれない。ライダー同士なら尚更助け合うべきはずだから……」
女性はやや謙遜した態度をとる。
表情には出していなかったが、その声には安堵した様子が伺える。
一方、律は聞こうか聞くまいか迷っていた。
(この人……まさか俺のために待って?……まさかな……)
この狭いPAに2時間以上も待機する理由などなかった。
自分のために2時間も足踏みしたのなら申し訳ない。
だから律は謝罪もしたかったのだが……
「それでは、私はこれで……」
女性ライダーは律の様子を伺うとそのまま立ち去ろうとする。
「あ、あの貴方の名前は!」
律は「もしかして待っててくれたのですか!?」と聞こうとして聞けず、代わりに出た言葉がそれになってしまった。
言った瞬間に(何を言ってるんだ俺は?!)と女性に対してマナー違反だったことに恥ずかしくなる。
「ふぅん? 私を知らないの……か……まぁそんなに有名人というわけでもないのだけれど、声をかけてくれる人の大半が私を知っているから困っているほどだったのに…ね」
立ち去ろうとして声をかけられ振り向いた女性ライダーは、なぜかクスッと今まで見たことのない笑みを浮かべている。
こちらをあざ笑うというよりかは「自分をまるで知らないから嬉しい」というような態度であった。
その微笑は完全にそれなりに有名人でなければ出来ない表情。
律はその表情から頭の中を巡らすも、特に該当する人物は浮き上がってこない。
そのスタイルから「女優」か「グラビアアイドル」といったものを想像するが、顔つきはグラビアアイドルというようなものではなく、やや落ち着いた雰囲気をもち、「女優」というイメージが浮かんでくるが、律の知る女優の中に彼女はいなかった。
「……美鈴……小早川 (コバヤカワ ミスズ)。 名前くらいは1度は聞いたことがあるんじゃない?」
「えっ……」
小早川美鈴。
父は欧州の資産家、母は日本の女優「高末京子(本名:小早川京子)」で、本人はパリコレにも参加したことがあるトップモデルなのだが……
実はテレビの露出がやや控えめだったこともあり、ニュースなどで話題になるもそういった芸能ニュースなどにも興味がなく、雑誌なども読まない律は彼女のことを全くしらなかった。
「……高末 京子って聞いた事ない?」
あまりにも律がぼへーっと突っ立ったまま無言で無反応のため、美鈴は母親の名前を出した。
律は脳内のありとあらゆる回路を通電させ、思考を加速させるもののボンヤリとしかその存在が浮かんでこない。
「え、えーと……女優さんだった……かな?」
高末京子。
携帯電話のCMで一気に火がつき、そのままドラマに出演して超売れっ子女優として華を開いた女性。
律より10歳ほど上の世代なら「結婚したかった女性のトップ3に間違いなく入る」と言われるほどの美貌を持つ。
彼女はその娘。
しかし律はやや世代を離れており、最近本業に力を入れる一方で元よりバラエティ番組を嫌う事務所と本人の意向により、ここ最近のバラエティだらけのテレビ構成ゆえに露出が減った関係上、律はあまり認知していない人物だった。
しかしそれでも顔と名前ぐらいは知っている。
だが、突然出た名前と顔と彼女に一致するものが何1つない。
それもそのはず。
彼女自体は父がハーフで母がクォーターという混血児のため、顔つきがアジア系のそれらしくない。
まだ日系の血の影響か日本人と言われれば納得できる母親とはまるで繋がらないのだ。
彼女の肌こそ日本人っぽい色合いだったが、顔つきは日本人離れしておりやや彫りが深い。
「凄い人……この2つの名前が出て、そんな反応が出来る人がこの日本にいるなんて……正直言って驚いた……」
美鈴は、これまで街中を無用心に出歩くと様々な人間に積極的に話しかけられるので、なるべく人をさけているきらいがあった。
ライダーになった理由の1つに、ライダーは案外「そういうのを気にしない」ということで、美鈴という存在は知っていても身なりやバイクにだけ興味を示す者が多いので好印象を抱いていた。
一方、SAやPAでは不用意に歩き回ると車移動中のファミリーや学生から度々声をかけられて拘束されるほどの有名人であったため、これまで「まるで知らない」というキョトンとした表情をする者など出会ったことがない。
別に「己は有名人で、全ての日本国民は富士山レベルに知っているほどだ」というような自意識過剰な感覚など持ち合わせていないが、初めての経験に素直に驚いていた。
「あーすみません、ちょっとよくわからなくて……」
あっけに取られる美鈴に申し訳無さそうにする律。
その姿に思わずプッと噴出してしまった。
(この人……普通に笑える人なんだ……)
最初に話しかけられたときは明らかに話しかけんなオーラを纏わせつつこちらに話しかけるというような印象があった律は、どうしてそのようなオーラを漂わせているのかなんとなく理解できた一方、
未だに彼女と女優「高末京子」の接点は不明のままだった。
「高末京子は私の母。まあ、私の名前は後で調べればいいんじゃない? またどこかで会いましょう。じゃあこれで――」
なぜか少し嬉しそうな表情を見せた美鈴はそのままGSX-S1000Fへと向かい、ミラーにブラ下げていたヘルメットを被るとそのまま走り去った。
まるでその場に置き去りにされるかのように固まってしまった律だが、なんとなくだが(やはり自分のことが気になって待っていてくれたのでは?)と理解する。
実際に美鈴はリスクを覚悟でいざとなったら救急車を呼ぶ気もあったほど責任感が強かったのだが、律は先ほどの話から彼女が「有名人にも関わらず待った」という事を理解でき、やはり申し訳ない気分となった。
美鈴自体は急ぐ用事もないので、さほど気にしていなかったのだが。
(こばやかわ……みすず……)
口頭で言われたため、漢字すらわからない中、頭の中にはひらがなでその名が刻まれた。
しかし律は調べる暇もなく出発準備を行う。
日が傾いてきたためである。
(まずい……今日中に目的地に向かう予定だったんだった……)
気分を入れ替えた律はトイレなどを済ませた。
その上でいざという時のためにOS-1をもう1本購入し、その上で出発した――
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下り西湘バイパスPAを再び出発した律はそのまま有料区間を進んだ。
西湘バイパスの箱根口まで向かい、そこから再び1号線に合流。
途中「ターンパイク」なる文字を見かけたが、そのまま突き進んだ。
ターンパイクはコスパが悪いものの、有料道路だけにかなりの速度で箱根を通過できる。
しかし今は「箱根新道」が無料開放されており、さらに3年前に小田原箱根道路が開通し、西湘バイパスからこの場所へ一気にワープできるようになり、箱根口からの凄まじい渋滞を回避可能となった。
ゴリラナビは最初は「早く降りろ!」とばかりに指示していたものの、有料区間をすぎると今度は逆に「よし、箱根新道だ」とばかりに案内してくる。
無料で一気に抜けられることは流石にこの脳筋でも判断できた……というよりかはそっちに関しては敏感に反応できるのだ。
箱根新道に入った律はそのまま流れに身を任せ、魔の渋滞地帯を抜けた。
実は旧1号は未だに箱根口周辺で慢性的な渋滞を起こしており、以前よりはマシなものの再び渋滞につかまる可能性があった。
しかし小田原箱根道路という、箱根口から律が通過してきた区間に助けられ、なんとか神奈川県を抜けることが出来そうであった。
芦ノ湖をを抜けた律は神奈川県の西端を通過し、そのまま静岡県へと向かう。
夕日が正面に見える状況に、焦りを感じ始め「高速を使う」という選択肢も出てきたが、慣らし運転をするため何とか我慢した。
しかし静岡県にはいると、三島の渋滞にさっそく捕まってしまう。
律の中では「東名を使う」という選択肢が出てきていた。
三島市に入ってから、伊豆へと向かう者が使う国道136号線や246との合流地点あたりまでは上りも下りも慢性的に渋滞する区間である。
かつて信じられないほど渋滞したので、沼津市等と共同で国に要請し、立体交差工事を行ったほどの区間だ。
原因は伊豆半島へと向かう136号線と国道1号線が直接交差していることにある。
立体交差工事が終わった現在においてもまだ渋滞する。
どれだけ渋滞するかというと、今彼がいるこの周辺区間、ここが「日本で最も渋滞する下道」であることを律は知らない。
元々は「バイパス的なもの」として開通させたにも関わらず、信号の多さと他に道がないことからこの周辺では非常に渋滞するのだ。
「バイパスとして道を作ったら周辺に住宅街が出来て発展してしまった」という国が埋もれた需要に気づかなかった非常に珍しい例で、かつては「バイパス」と呼ばれたこの区間は現在「バイパス」という称号を剥奪されている。
そんな道に対し、律はその先は大丈夫のような気がして「まだ行ける」と己に鞭を打ち込み、さらに西へ向かう。
魔の渋滞地域、日本の地獄の底をついに突破した律は、2車線化したことで一気に楽になった。
ここから信号が徐々に減っていくのだ。
沼津バイパスに入ったのだ。
途中、何度か信号で停止させられることはあったが、東海道線の東田子の浦駅を過ぎたあたりの区間からペースが早くなっていき。
「あれ?」
いつの間にか周囲の車の速度は律が驚くほどハイペースとなっていた。
ナビの指示通り進むと、まるで有料道路区間のような場所に律は迷い込んでいた。
まるで……ではなく、かつて有料道路区間だった場所である。
富士由比バイパスに入ったのだ。
ここから、さらに静清バイパス、藤枝バイパス、日坂バイパスと無料の快走路が続く。
このあたりは「静岡のバイパス区間」ともいうべき場所で、旧国道1号の横に併設された区間。
旧国道は県道へと格下げされたものもあり、現在も道路は維持されている一方、バイパス区間は「一部が本線昇格、一部が共用で1号が2つ存在」という形で共存している。
静岡県が「俺たちのの地域は通過点ではないのだが!」と自身を皮肉りつつも、どこぞの日本一の観光地を自負しながらまともに道路関係に手を入れないのと対照的に、積極的に道路事情を国と共に改善させた姿を拝むことが出来る。
あまりに「道路優先」としたため、バイパス区間で1号との共用区間には周囲にガソリンスタンドすらまともにない。
これはバイパスでこそないが、過疎化によってスタンドなどが潰れまくっている岐阜や滋賀を国道1号を用いて通ったときも同様の感想を抱くだろう。
京都を過ぎた後、名古屋までまともにガソリンスタンドが無い。
このあたりもペースが速い一方、生半可な燃料状態や燃料搭載量の車両を使えばガス欠になる魔の地帯だ。
どこかで給油できるならしなくてはならないほどである。
一方、律がいるバイパス連続区間についても浜松まで「飲食店すら」まともにないという状況となる。
日本で最も混むとされる区間を抜け出した律には、まるで女神が微笑むがごとく「日本で最も混まない」とされる一般道と自動車専用道路が出迎えた。
しかし、出迎えたといっても高速道ではないので多少のペースアップしかできず、渋滞と体調不良による休憩によって、辺りはすでに夜となっており、律も空腹状態となってきていた。
そのまま無理を押して進むが、一方で「飲食店のチェーン店でもあったら入ろう」と考える律に静岡県は牙をむいた。
「そんなものねえ!」とばかりに何も無いのだ。
実は金谷や掛川などは、旧国道付近もまともに飲食店がない秘境のような地域。
電車マニアが大井川鐵道などを撮影や乗りに行くたびに「食べ物に困る」「餓死する」というが、実は東海道線も最近はコンビニのような施設がなくなってしまい、駅構内の売店に希望を持って向っても、「新静岡まで何もないっす(笑)」なんて駅員から本気でいわれるほどである。
周辺の新幹線の駅も殆んどが店を畳んでおり、掛川なんてとにかく悲惨だ。
最近東海道新幹線は「こだま」での車内販売をやめたので、何も知らずにこの周辺地域に向うと、タクシーのあんちゃんから「近場でも45分ぐらいかかるねぇ」などと言われる。
同様の発言は埼玉県の深谷などでも言われるが、日本一魅力のない県とされる茨城の方が食糧事情は良かったりするほどだ。
「お前ら魅力がないなどというが、ライダーと車キャンパーにとって茨城はすぐ食料が手に入る天国やぞ!」――と、茨城県のマスコットハッスル黄門くんが言うほどである。
そんな魅力のない県より酷い状況の区間に入った律は、一切食料が得られぬまま浜松へと向うハメになり――
ついに浜名湖の近くにて力尽きた。
「駄目だ、腹減ったけど全然飲食店がない……」
時刻はすでに20時を回っていた。
このまま強引に進んで名古屋周辺にまで行くのも手だが、どうも「準備不足すぎる」ことに気づきはじめる。
燃料もすでにゲージ1となっていた。
このまま、まるでスタンドもないような場所を突き進むのは危険すぎる。
律はスタンドを探した後、一旦、ネカフェやビジネスホテルを利用して一泊し、情報を集めて翌日再スタートを切る方が無難と判断した。
なのでとりあえず県道323号から浜名湖の湖畔に移動し、湖のすぐ近くの停車場所にバイクを駐車させ、疲れの影響もあり、地面にペタンと座りながら休憩しつつ、今後を考えることにした。
次回「敵地(聖地)に向うCB」




