楽園と金持ち女 ~湘南~
コンビニを出た律の目の前に広がる光景は目を背けたくなるほどの渋滞であった。
通常、信号渋滞といえば多少時間が経ることでやりすごすことも可能。
案外渋滞しているのは、なんらかの原因によって団子状となっているからということが多い。
しかし国道1号にそのような言葉など当てはまらない。
古来よりこの場所は人々多く行き交う道、かつても今も歩む者が行列を成すのは変わらない。
(ああ、まるで大名行列といわんばかりの車の量……これは尋常ならざる渋滞にござる……)
国道1号線、東海道と呼ばれるこの道はその本性を現し、律の肉体と心を噛み砕かんばかりにそのキバでもってかぶりつく。
その影響で心の中での口調がおかしくなる律。
溜息すら出ない状態のまま、再び1号に合流した。
渋滞に次ぐ渋滞。
それはそのまま続く。
しばらく進むとバイク用品店が見えたが、とてもではないが「そこに入りたい」と思えないほどの渋滞。
大量のバイクが駐車場に停車されているが、Uターンしてそこに混ざりたいなどとは思えないほどに上下線とも渋滞している。
そのままもうしばらく進むと、藤沢バイパスと海岸線沿いに向かう県道30号に別れる。
藤沢バイパス側からだと新湘南バイパスにアプローチできる。
この分かれ道、律は確かにその眼で確認した。
「30号」の方が多少空いている様子があることに。
しかし「新湘南バイパスに向かうし……」ということで、多少空いている134号線側をスルーしてしまった。
西湘バイパスを目指すだけならば、1号を進むよりかは県道30号とその接続先の国道134号線の方が実は信号が少ない。
そのため、新湘南バイパスなど使わず、あえてこちらで西湘バイパスまで向かう者が多い。
新湘南バイパスというのは、どちらかといえば小田原厚木道路や東名側へアプローチしたい者のための道路なのである。
西湘バイパスのために新湘南バイパスを使う者が少ない理由は律もすぐ理解することになった。
コンビニから20分以上かけて新湘南バイパス付近に到着した律は、その状態に戦慄した。
明らかにどちらも渋滞しているのだ。
実は新湘南バイパス、西湘バイパスとは別に東名方向では魔の渋滞地帯である海老名付近に接続する道路。
慢性的に混む。
また、西湘バイパス方向へも茅ヶ崎西あたりが、昼間は慢性的に6km~7kmほど渋滞する。
一方国道1号はこのまま西湘バイパス無料区間まで大渋滞し、そしてさらにそこから無料区間まで渋滞する日もあれば、無料区間終了の大磯が慢性的な大渋滞となる。
「どこへ行っても地獄」
助かる方法があるとすれば「諦めて東名に乗る」ぐらいしかない。
この時間帯の246も東海道ほどではないがそれなりに渋滞する。
律の選択は、目視での道路状況から、「そのまま1号を使って西湘バイパスまで向かう」という最悪の選択肢だった。
目線の先には新湘南バイパスの入り口方面まで渋滞する大量の車。
確かに数百円払ったのに渋滞に捕まるのは最悪だが、新湘南バイパスのほうがまだ流れは早い。
それでも、左側の1号側の車線の方が空いていたと見た律は、そのまま「東海道を継続」という拷問に自らチャレンジしてしまった。
一旦はスムーズに進みだすものの、再びすぐさま渋滞に捕まる。
「あーもうなんだよこれぇぇぇえ」
思うようにまるで進まないことで心を蝕まれていく。
律は段々と頭痛がしてきていた。
脳内では(こんなはずではなかった)という言葉が何度もこだました。
引き返したくなる思いにかられるが、引き返しても渋滞なのだ。
隣の車線すら渋滞していて流れが悪い。
神奈川県にて、律は東海道の本物の地獄を強制的に堪能させられることになるのだった。
しかし、ナビでその先の様子を見ると、3kmほど進んだ後、東海道から一旦外れるように指示している。
「何だ迂回するのか!?」
ゴリラは別段、自動ルート変更機能などなかったが、律はその通りに進むことにした。
それは(1号はもう駄目だ)ということを理解したからであった。
15分ほどかけ、横浜家系ラーメンを過ぎると、そのすぐ近くの交差点から南下。
突如としてスムーズに進める道路へ。
そのまま数分で国道134号線に入る。
「おお、海岸線沿いだ!」
潮の匂いがあたりに漂い、見えずとも海の近くであることがすぐわかる。
スムーズに進めることになってきたことで、律は海の姿もかすかに見えてやや落ち着きを取り戻す。
この時、彼は気づいていなかった。
恐らく湘南のライダーならこう言うことだろう。
「お前がさっき右側の車線入って、そのまま県道30号を進めば、その道に勝手に合流するんだがな」――と。
まるで無意味なルートを通ったのは、大通り大好きゴリラの脳筋的ナビゲートのせいである。
このゴリラ型司令官は「三桁番号なんて国道ではない」とばかりに、なぜか若い番号の国道を好むが、その理由はわかっていない。
走っている際、看板の多い大通りを選ぶことから「道を間違えにくい」とは言われるが、地元民なら「やめろ! その場所は!」なんて絶対にオススメしないルートを推奨する。
実はユピテルや大半のバイクナビも渋滞情報が掴めないものだと「とりあえず無難」なルートとしてこういう道を選択してしまう。
「地元民やそれなりの経験者なら選ぶ道」というのは、ビッグデータをアルゴリズム的に解析し、赤信号すら大嫌いな「Google」とかいう大先生ぐらい。
ちなみに彼のルートは時間帯によって246号などと平行して様々なナビゲートを行うが、1号側に入って渋滞があるとわかれば迷わず国道134号線にはいる。
理由は「信号がそれなりに少ない片側2車線道路だから」
通れると思えばヤツは「舗装すらないような農道小道」や「河川敷」すら平気で案内するのだ。
当然のごとく、このような「渋滞だらけ」のルートなぞ選ぶ理由がなかった。
134号線に合流した律は、先ほどとは逆に怖いほどペースの速い道路を走ることになってしまった。
実は134号線。
バイクがバイクを煽ることがあるぐらいライダーがよく通る道であり、トラックの運転手などもよく使う。
このまま道なりに進むと辿りつく西湘バイパスを通過する車も多いが、大半の者は西湘バイパスの無料区間までしか使わないため、片側1車線の1号線大磯付近に行くと「地獄の中の地獄」を見せられることになる。
しかし、律はすでに西湘バイパスにお金を落とすことに決めていた。
「なんだもう……ここいらの信号は矢印指示だらけで殆ど止まらない……1号線は一体なんだったのか……」
国道134号線の快走路具合に律は腰を抜かしそうになるも、そのまま律は突き進む。
すると左側に太平洋が見え、景色が良くなっていく。
漁港、海岸、車載動画にして公開したくなるほどの景色。
周囲の車はどんどんハイペースとなり、前の車についていくのに苦労するほどであった。
6速で3500回転は最低回さなければ後ろから煽られそうなほどである。
そんな状況で律のCB400SBを「おっせぇなあ」とばかりに右から次々にライダー達が高速で抜けていった。
律はそちらについていきたくなる衝動に駆られるが、「安全運転したいし、慣らし運転だし……」ということでこれ以上のオーバーペースにはついていかない。
CB400のエンジンは元気だが、律の右手はそれを上手く抑制していた。
そのまま真っ直ぐすすむと、有料道路区間を表す西湘バイパスが見えてくる。
ほぼ半々に分かれる形で1号へと再び向かう者と、律のようにそのまま突き進む者へと別れた――
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しばらく進むと西湘バイパス下りPAが見えてきた。
すかさず律はPAへと入る。
案内表示に従い、PA内の二輪専用駐車場を目指すと……
「えっ!? なんでこんなに!?」
そこには律にとって信じられない光景が広がっている。
尋常ではない数のバイクが錆びた柱の屋根付き駐車場に駐車され、ライダー達でにぎわっていた。
そうなのだ。
ここはこのあたりでのライダーの楽園もとい天国。
ここから「箱根」を目指す者。
「伊豆」を目指す者。
「静岡以西」を目指す者。
様々な者がひしめき合う拠点なのだ。
暑さと渋滞でフラフラとなり、左手にも握力が減退するのを感じてきた律は、ここで一旦休憩し、体力の回復を試みることにした。
二輪専用の駐車場へ向かい、サイドスタンドをまたがったまま立てて駐車する。
ヘルメットを脱ぎ、先ほどコンビニで購入したスポーツ飲料水を口にする。
水分を補充するとすぐさま体中に汗が浮く状態となり、潮風によって体が冷却される。
潮風はこの時期、まだ少し冷たい。
周囲を見回すと、若手ほど大型バイクらしきものに乗っている事に気づく。
実は大型バイク、信じられないことに6割以上が20代~30代が乗るものだったりする。
無論それは「体力がある時でないと乗れない」というからだが、
大型は400cc以上なのを考えれば、昨今の軽量ミドルと言われる650cc~750cc前後のバイクなら400ccとそう重量も変わらず不思議な感じがする。
しかし、リターンライダーなどはその殆どが250cc以下に乗る。
そのため不思議な図式が出来上がっている。
また、統計データ的には250cc以上に乗るライダー人口はゆるやかな減少をしているが、人口減少比率で考えると微増からやや増加という傾向を示す。
ライダー人口が一気に激減しているのは95%以上が「原付」が原因。
路上駐車禁止など相次ぐ政策による使い勝手の悪さが増加したことに起因するもので、元より「ライダー」として人生を送っている者は大きなジェットコースター式落下な減少を起こしてはいない。
路上駐車禁止については二輪の新車売り上げ年100万台維持しようとしている現政府の圧力により緩和される方向性ともなっている。(政府は欧州各国における二輪売り上げの動向を軽視していない)
その原動力たりえる憧れとなる存在が大型であり、その大型は意外にも四輪より減少ペースは緩やかだ。(四輪は軽という存在すらジェットコースター式落下をしているが、軽以上すら絶望的でトヨタ自体がカーシェアリングに手を染めねばならなくなっているレベル)
だから国内ではスズキ、カワサキ、ヤマハの3メーカーは最も収益性の高い「大型」を広く売ることで事業を継続していられるのだ。(3メーカー共に国内でも人件費などを考慮した売り上げ比率がボランティアみたいな逆ザヤのような状況ではなく十分収益を確保して事業展開が出来る状態)
ヤマハが「四輪ほど悲惨な下降曲線ではない」というのも、近年、それまで何とか若者の四輪購入を下支えしてきた「軽自動車」の20代~30代に対しての売れ行きが「原付並のジェットコースター落下」を示しているのと比較すれば「マシ」であるからで、
この状態を四輪、二輪双方の視点で見るスズキ会長は「やっぱ軽って貧乏人の乗り物で、若者はもう車買う金ないから四輪はカーシェアの時代になってしまった。だが、二輪は一定の層が絶対に残りそう」――と言うように、これからも二輪から手を抜かない意思を固める程に大型二輪という存在は「一定需要」というものがあるのだ。
しかもその傾向は不況に喘ぐ欧州や、まだまだ経済的には発展途上のアジア諸国でも同じものを示しており、そこから導き出される今後については、フランスやイタリアを例にすると、
「車は買わない」「移動手段として250cc以下のスクーターまたはバイクは買う」「大型二輪はまだまだ手が出せるので、保険や税金などを加味して1000cc以下のものを普通に購入していく」――これ。
ほぼ日本も同じ状況になると睨むのがヤマハとスズキで、カワサキはそこに「カワサキとしてのプライドであえてスクーターでは勝負せず、二輪を投げ込む」という姿勢である。
実際、日本政府と公安委員会のやりようによっては十分その可能性があるのは欧州諸国で示されており、「シティーモビリティー」としての二輪は新たな可能性を見出されているが、その「可能性」を示したのが他でもない「本当はガラパゴス」だった「ビッグスクーター」なのだから笑えない。
日本も今は人口が減ってはいるが、「もし人口がプラスに転じても格差社会が是正されないなら」恐らくこの微増は続くかさらに加速する可能性がある。
例えば、個人的にはありえないと思っているが「移民」などの経済的弱者は移動手段としてスクーターを好むわけだから、日本でも移民をやれば四輪よりも二輪のほうが売れるのは移民問題で喘ぐ国々がデータとして提示している。
このように、ヤマハやカワサキ、そしてスズキが厳しい状況の中で二輪を諦めない理由は、日本という国を諦めていないからだ。
そして何といっても、今律がいる場所。
ここを中心に愛知県と静岡県を入れ、北は福島県までを含め、
関東の東京、千葉、埼玉、群馬、茨城、栃木+山梨、神奈川、静岡、愛知、福島でくくると、
このエリアで「日本全国に存在する8割以上のバイク」が登録されているのをご存知だろうか。
つまり、「二輪とライダー」という存在の大半は、今、律がいる場所がちょうど中心地となって分布しているのだ。
特に、この湘南周辺は非常に二輪の登録台数が多く、伊達にバイク系不良漫画の舞台となったわけではないのだ。
などというと「なんでや!? 阪神関係あるやろ! 関西どうなっとんねん!」なんて大阪や兵庫から聞こえてきそうなのだが、大型バイクですら西に行くほど一旦需要が下がり、九州地方や中部でも広島などで再び需要が回復する。
数値的には「全国3位」の大阪だが、二輪禁止区域が大量のせいで二輪が完全に死んでいる奈良、京都、そして禁止区域はないが四国や東北のド田舎にすらバイク人口で負ける和歌山などが足を引っ張っている状態だ。
特に京都については人口比率から考えたらワースト1位。
京都の人間がもっと買うようになれば15万台以上の需要があると言われる。
最近大阪知事もそこそこ言うようになったけど、京都の道路関係のインフラに対するやる気の無さは異常。
それが二輪が極めて少ない原因。
はてさて、そんなことも知らずに下り西湘PAに到着した律だが、駐車されているバイクの中に1台心当たりのあるモノがあった。
律は「イルカに似たバイク」として記憶しているGSX-S1000Fであった。
過去、スズキワールドに訪れた際に遭遇したバイクと似ているのだ。
積載はパニアケースだけを装備し、タンデムシートにはネットで荷物をくくりつけたツーリング仕様。
以前見かけた際はナンバーまで確認していなかったが、色合いなどから「同一もの」というような気がした。
とても気が強そうな女性ライダーが乗っていたものである。
(関わったら罵声罵倒の嵐で何もかも全否定されそうだ……近づかないようにしよう)
律はいざこざは御免とばかりになるべく関わらないよう心に刻み込む。
しかし、バイクと距離をとればそのライダーとも距離を置くことができるなどということがないのが「ライダーの性」というものだった。
ライダーは「積極的に交流を試みる者が多い」と言われるが、彼女も例外ではなかったのだった。
「貴方、顔色がとても悪いんじゃない……」
律の背後からややドスの効いた声が女性の声が響く。
ジャリッ、ジャリッと、ブーツの靴底と砂がスレて刻む音の方向を振り返ると、距離を取ろうと心に決めた女性がいた。
あの時はヘルメットで顔が完全に隠れていたが、同じ革ジャケットを身に着けていて、手に持つヘルメットも独特な「AGV」と書かれた同じものであり、人違いではなかった。
顔立ちは整っている。ヘルメットを身に着けているにも関わらずウェーブがかかったそこそこロングの髪もなぜか整った状態となっている。
動物に例えると猫。
それも明らかに気が強そうなタイプ。
猫の色合いで言うと茶白の三毛といったような印象が浮かぶが……
いや全体的に整いすぎている。
スタイルについては、律もここに来てようやく理解してきたが「女性ライダー」というのは細身の者が多いが、太ももも細い者が多い。
彼女も例外ではなかった。
まるでモデル体系のようであるが、彼女からはその歩き方から「元モデル」というような雰囲気を漂わせている。
身に着けているアクセサリーからは高級感が漂い、薄くかけた化粧も「安物ではない」と言わんばかりものであった。
律はメーカー名をが特定できていなかったが、テキスタイルでそのスタイルの自己主張を隠さない革ジャケットやライディングパンツは実は彼女オリジナルのもの。
全て欧州の腕利きの仕立て屋に頼み込んだ、この世に1つしかないオリジナルである。
ヘルメットはAGV PISTA GP R。
律は「まさかカーボンなのか!?」と判断していたが、消耗品としてはあまりに高額な約20万円のヘルメットである。
SHOEIやAraiユーザーから言わせれば「ヘルメットは消耗品だと言われる中それでも俺らのヘルメットは高いと世界各国で言われるが、その3倍の額にもなる代物」という、「レーサーが使うヘルメットの正真正銘のレプリカ」という存在。
逆を言えば「え、レーサーが現場で使ってるヘルメットってSHOEIやAraiのフラッグシップの3倍程度なの!?」と思う人もいるかもしれないが。
そんな、明らかに「金持ち」という雰囲気を持ち、「青山あたりに住んでいそう」なイメージを持つライダーが、今、律の目の前にいる。
なぜ話しかけてきたのか律はわからず、しばし沈黙して言葉を選びぬいた。
頭痛によって想像力が減退し、言葉がよく思い浮かばない。
なぜここまで頭痛がひどいのか律には理解できかねていた。
「ちょっとここに来るまで渋滞に遭遇しまして……」
その様子から少なくとも20代のような雰囲気を持つことから、同年代の可能性やリスクヘッジを考慮し、律は敬語を用いてなるべく相手をいらだたせないよう心がける。
一方、女性ライダーは近づく間に律の車両をやや遠く離れた状態からくまなく見ている様子であった。
「ふぅん……新車の納車したての状況でここに来るなんて、中々見る目があるビギナーライダーではあるようだけれど……国道1号線を選んでしまったのね」
律に緊張が走る。
彼女は律の愛車と律自身の正体を見破っていた。
ジンジンと頭に血液が送られていく感覚とともに頭痛の痛みが増した。
「コーティングしていて確かに綺麗だけど……新車に見えるかな……?」
「ええ。そんなピカピカに反射するブレーキディスクとブレーキキャリパーとエンジンブロック、そしてゴミ1つ付着しないホイールに、まだイエローのラインが消えていない新品タイヤ。中古をどんなに磨き上げてもここまで綺麗に整えるのは不可能だと思うのだけれどね」
「確かに新車ではあるんですが……」
律はお手上げとばかりに両手をやや振り上げた状態でブランブランとゆする。
「それに、その大きく重たそうなリュックサックがビギナーの証拠。一体どこに行くかしらないけれど、その重そうな荷物はネットなどで車体に固定したほうがいいんじゃない?」
「……確かに軽くはないけど、タンデムシートにのしかかるようにしてるから……今の所はまだ……」
律はアドバイスは受け止めるが、現状では何とかやれていると誇示した。
「そのリュックが原因で汗を過剰にかいたせいだと思うのだけれど……貴方は今、中度の熱中症にかかってる。さっきから頭痛がして辛いんでしょ……体温が高くなっているから顔が赤いけれど、水分が足りないから発汗が殆ど無い。このまま対処せずに走ったら神奈川を抜ける前に救急車で運ばれることになる……私も駆け出しの時に周囲に迷惑をかけたことがある……多少なりとも経験年数が長い者の助言は聞いておきなさい」
心の底を完全に見透かされているようであった。
女性ライダーは律の様子だけで、律自身が殆ど自覚症状すらない体調すら見ぬ浮いていた。
発汗など以外にも、女性ライダーは気づいていることがあった。
・何度もその場で軽く地団駄を踏むような感じで直立を維持できない
・頭痛と軽い眩暈のせいで同じ場所に目線を定めることが出来ず、こちらと会話する際、目と目を合わせようにも目線がズレ、意識的にそれを無理して補正しようとしている。
それは完全に中度の熱中症である。
このまま強引な走行を続ければ間違いなく重度の状態に悪化することは間違いなかった。
言葉で直接ぶつけられたことで、律も現在の体調が非常によろしくないことを自覚させられる。
だが、律は諦めたくないというような、敗北を認めたくないというような表情を見せる。
「別に引き返しなさいと言っているわけではないの。引き返しても同じ時間を浪費して渋滞に苦しむだけ。後2時間もすれば上り路線はもっと大変なことになる……まずは寝て体調を整えなさい」
「……っても、どこで寝れば……」
熱中症によって判断能力が鈍くなっていた律は素直に助けを求めた。
「目の前に釣り人がいるのが見える?」
女性ライダーは波の音が聞こえる方向に視線を向ける。
「……海岸?」
律は言葉より察した。
海岸の砂浜なら休憩できるじゃろ?と促されていることに気づく。
「そう、男ならその近くの日陰で雑魚寝しても問題ないはず……今日は潮風が涼しいから、日陰でしばらく休めば体調も回復するはず……頭痛薬はないけれど、スナックコーナーにOS-1が売っているから買って飲みなさい」
「……わかりました……」
会話中も酷くなる頭痛に限界を感じた律は、女性ライダーの助言を聞くことにしたのだった――
次回「浜松の地にて」




