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納車は地獄の入り口だった 東京→神奈川県

 そうこうしているうちに三週間が過ぎた。

 綾華は何やら忙しくなったのか、パッタリと土曜日に来なくなった。


 律はその後も2日に1回程度のペースで街乗りを楽しんだ。

 走行距離は30km前後。


 今、律が己の足で最も遠くまで行ったのは大月までの往復140km程度。


 そんな律はついに愛車の銀の翼を纏うCB400SBの納車日となった。

 このCB400SBは、1つ前の年のモデルに、限定仕様車の立体翼エンブレムの燃料タンクを純正グラファイトブラックに塗装して搭載した「カスタムペイント車両」である。


 ホンダドリームがドリーム一本化のために元来は一部でしかやっていなかった「車両カスタム」サービスを直営店においても行い始めたもの。


 装備はEパッケージに、センタースタンドとメーターパネル、シガーソケットチャージャー、プロスマンのTypeAエンジンガードを装備。


 さらに後付けでパナソニックのゴリラを搭載できるようにステーとスタンドを装着。


 ネットショップにて事前にUSBシガーソケットチャージャーを購入した律は準備万端の状態となった。


 一通りの納車説明を終えた律。


 店員が「結構間が空いてしまいましたが大丈夫でしたか?」の問いに「無問題」と応え、いざ出発へ。


 この時の律の格好。


 ライディングジャケットにスリムな黒のチノパン。

 そこに、愛車(四輪)のため、いつか来るその時のために温存しておいた黒のビンテージブーツを身に着けている。


 背中に背負った巨大なリュックの中には、レインコートの他に、バイクカバー、シリコンスプレーとチェーンルブ、そして、なぜか出先用のチェーンである「かてーなぽっけ」にABUSのディスクロック、カラビナロック4つに、タオル類やマイクロファイバータオル、歯ブラシや歯磨き粉、二泊三日程度の着替え等が入っていた。


 大量の荷物を入れて自室においていた際、飼い猫の「黒猫ウィラー」が何度もガリガリガリガリとリュックで爪とぎし、なんども鳴いて何かを訴えていたが、律はウィラーが届かない場所にリュックを置いて、非常に珍しいその行動を無視した。


 その総重量「7kg」オーバー。


 周囲にアドバイスをもらうことなく、律は「必要な物を全て詰め込んで」出かけようとしている。


 あまりにも重たそうなリュックを見につけていることに店員は何かを察し、

 納車の際には「バイクはとても疲れるんで、無茶しないでくださいね」とハッパをかけるも。


「はい! がんばります!」と、律には店員の忠告ともいうべき言葉が届いていなかった。

 律がここまで何かに焦っている様子を見せるのには納車に時間がかかりすぎたことが影響している。


 当初予定より2週間も遅れたことで、注文から1ヶ月と2週間もかかっていたのだった。

 バイク自体は注文後3日で届いていたので、店頭に訪れても眺めるだけの毎日。


 各種パーツが届くまで指を咥えて待つしかなかったのだった。


 グラファイトブラックのCB400SBは、ガラスコーティングが施され、非常に美しく周囲の風景を鏡のように反射している。


 そんな律が向かう先は岐阜は美濃加茂市。

 光のバイク屋である。


 初ツーリングにて片道400km。

 危険極まりない旅を、光に何も告げず、「サプライズ」として企画していた。


 恐らく光がその話を聞いたらゾッとする行為を、3週間楽しんだインパルス400でのショートツーリングと、史上初のツーリングの経験から慢心した律は断行しようとしている。


 この先に待つ、地獄など知らずに……


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 納車し、ドリームを後にした律はまずはじめにバイクに行う儀式があった。


 それは「ガソリン給油」である。


 四輪などと異なり、二輪はガソリン満タンで引き渡すということがない。

 そのため、ゲージ点滅のリザーブ状態か、それより多少マシな程度でしかない。


 前年度モデルとはいえ新型のNC42のインジケーターには5段階表示+点滅という形で燃料表記されているが、燃料ゲージは点滅の状態となっていた。


 すぐ近くに昭和シェル田園調布サービスステーションがあったため、律はそこにガソリンを補充しにいく。


 一旦左折し、一方通行の道路を進み、再びサービスステーションの所で左折して入った。


 田園調布の昭和シェルはセルフ。

 そのため自分で給油しなければならない。


 しかしそこは四輪自動車で運送業を多少経験した男、特に問題なくこなしたが――


≪レギュラー≫を10L。


「18L入るはずなのに少ないな……」


 明細を見た律は不思議がった。

 店員から「4L入っている」といわれたが、タンクには10Lしか入らなかった。


 実はこの時、律は自動車と同じような感覚でタンクの奥までノズルを突っ込んでいた。

 これだと、目の前にガソリンがきたら自動停止してしまうため、きちんとした容量まで入らない。


 タンクの中には16Lしか入っていなかったがそれに気づかなかった。


 ガソリンスタンドにてナビ設定を改めて行う。

 ゴリラには「距離重視」という形で設定を行っていた。


 そのゴリラが示した経路は「このままちょっと進んだら1号に合流すっから、そんで多摩川越えて、しばらくずっと東海道進んで」というもの。


 生まれてこの方「国道1号」など走ったことがない律。

 美濃加茂市まで向かうのにゴリラの指示が正しいと断定する。


 無論これは大きな間違い。

 それに気づかない。


 仮に同じ経路を普通の渋滞も考慮するナビならば「甲州街道から上って降りて駒ヶ根方面から都市部を一切回避して岐阜へ」


 もしくは「国道246号線を利用し、御殿場あたりから1号線に入る」のがまとも。


 なぜゴリラがこんなルートを案内したかというと、西湘バイパス無料区間などを使えば速いと思ったからである。


 無論「渋滞」などまるで考慮なんてしていなかった。

 実は律の使っているゴリラ、「渋滞」という存在を感知できない。


 また、ゴリラはその仕様から「大通り」をとにかく選択し、「横道に逸れる」というのを信じられないほど嫌う。


 その結果、246すら使わず1号線を使うことになぜか拘る。

 そして「無料区間」など早く移動できると思えば、優先順位が「渋滞しにくく流れの速い法定速度60kmの道路」よりも上回ってしまう。


 このため「距離」という考え方なら中央道方面を駆使した方が3kmほど短いにも関わらず「中央道方面を使う」という優先順位がなぜか低いため名古屋方面には東名側を優先的に使い、


 さらに「246は距離が10kmほど遠くなる」というだけで国道246号線の下りの方が楽に厚木から御殿場あたりまで移動できるにも関わらず、絶望の大渋滞地帯へと誘い込むのだ。


 地獄の片道切符を手に入れたことも知らない律は、ガソリンインジケーターが最大値まで示したことで意気揚々とそのまま昭和シェルを後にした。


 この時に律はもう1つミスを犯していた。


 律が下道を利用したのは「慣らし運転に最適」とネットの情報を見ていたのと「お金を節約したい」という思いからであるが、


 厚木まで向かえば小田原厚木道路、そして西湘バイパスを用いることで多少は渋滞区間を抜けることが出来る。


 ただ、通は「いやこのあたり通過するだけなら246でいいから」となるが、1号をひたすら進む「拷問のような何か」よりはマシである。


 また、246の終わりからは静岡県となっているが、ここの1号線は元有料道路で現在無料道路区間。

 凄まじい速度で車が行き交う場所となっており、ここから名古屋までは快走路。


 というか名古屋市内ですら区画整備がなされており、国道23号などを使えば割とすんなり名古屋市内を通過できる。


 大阪を目指したいなどといった場合、23号から再び1号線に入って名阪国道を使うのがセオリーであるほどに。


 今回のルートは岐阜なので南側は通らず、途中から北側へシフトしていくものの、信じられないことにナビは名古屋市内をまるで大阪にでも向かうがごとくつっきって行こうとしていた――




 ――ヘルメットの中に流れる音楽に合わせ鼻歌交じりに南下した律は、そのまま国道1号線に合流しようとする。


 ここでいきなり試練が訪れた。


 多摩川前の渋滞である。

 橋の手前から橋の奥まで続く渋滞に一旦停止することを余儀なくされる。

 

 アイドリング音が空しく響く中、落ち込む気持ちに律は活を入れる。


「……まあ多摩川を越えるのって下道だとかったるいしな……」


 CB400は絶え間なく水冷用ファンを回し、熱気が律を脛のあたりを襲った。


 何とか突破するものの、橋を渡るだけで10分以上もかかってしまった。

 周囲には律を追い抜くスクーターの姿があったが、律はすり抜けなどしないと決めていたため、渋滞をトロトロと進む。


 10kmほどCB400SBに乗った感想は「低回転でも驚くほどパワーがある」というものだった。

 NC42はインジェクション化された影響と低回転での燃料を濃くしているため、想像以上のふけ上がりを見せる。


 実は、排ガス規制がされた現在において、むしろ過去の状態よりもパワーがあるというのはある種CB400という存在の恐ろしさであり、価格を生贄にして「排気量帯らしからぬパワー」というものを手にしているのだ。


 現在においても尚、「こいつあったら大型なんていらなくない?」という評価は健在なのである。


 ただし、パワー以外に犠牲にしているものが多数あるので「いやそんなことないわ」というのが若者の意見で、20代からの支持が大きく減少してしまい、売上げがここ6年ほどで3分の1になってしまったのだが……


 ところで、心配していた低回転でプラグがかぶるというような症状は見せていない。


 だがここまで走ってきた律は違和感を感じていた。

 いや、違和感というよりかは「確かにこの感触はCBなのだが……」といったものである。


 教習所内でのギアチェンジでは、「ガシャコン」「ガシャコン」とやたらうるさい音を響かせていた。


 一方、インパルス400は2速に上げる際に「スチャッ」――っと、たまにうるさい程度。

 今乗るCB400SBは「ガチャァン」「ガチャン」とクラッチが壊れているんじゃないかと思うような音である。


 これ普通にCB400の仕様であるのだが、インパルスの影響によってスコンスコンとヌルッと入って行くギアシフトに慣れていた律は「教習所のアレは強化クラッチだから」と勝手に勘違いしていた。


 ガッチャンと入るクラッチとシフトペダルの感触については正直「なんか自分がヘタクソになった気分」というものを感じていたが、実はこの音がやたら煩いのには「エンジン回転数」も影響している。


 エンジン回転数を高めに維持すればそれなりにスコンと入るのだが、律は「慣らし運転中」ということでエンジン回転数2500ぐらいでギアチェンジしていたのだった。


 問題はここからだ。

 慣らし運転においては「レブリミットの半分まで」といわれている。


 CB400は1万3000回転がレブリミット。

 よって「6500回転」


 一般的には4バルブとなる「ハイパーVTECが入らない範囲」までなら回してよい。

 別に6300回転以上回していいが、そこから一気に回転数が上がってしまうため、大半の人間は「その前の段階」に抑えようとするであろう。


 恐らくメーター読み的に6000回転までが理想であろう。


 慣らし運転については「そもそも必要なのか?」と言われるが、CB400シリーズについては旧車。

 他の新車と異なり、CB1300、1300のエンジンの流用の1100と並び400もまた「慣らし運転が必要」とドリームの人達が主張していたため、律も行っている。


 しかし本来ならそこまで回していいところ、なぜか彼は一般の四輪乗用車レベルにしか回していなかった。

 やはり「低速でやかましい」バイクというのは律は好きではないのだ。


 正確には「回したい時には回すが、それ以外のとき唸ってほしくない」というのが彼の考え方。


 普段の3000回転程度の「ボオォォォ」という低音が結構好きだが、高速の合流などで咆哮を響かせる姿も好きである。


 ハイペースに上り坂を登る際なども回転数は上げたい。


 しかし、落ち着きのある場所では素直でいてもらいたいのである。

 ましてや渋滞で爆音など響かせれば迷惑なライダーというイメージを増徴させかねない。


 だから4000回転程度を上限にしか回していなかったのだ。

 そしてその範囲内でしか回さない事でクラッチはさらにガチャガチャと音を立てるようになってしまっていたのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 多摩川を越えた律は再び渋滞に遭遇。

 横浜市内である。


 みなとみらいあたりまでの慢性的な渋滞も割と有名なのだが、知らないのだからイライラは募る。


「まあ都市部だしね……仕方ない仕方ない……」


 ヘルメットのなかでそう呟きながら、段々とストレスを溜めていった。

 周囲の美しいビル群や施設などはまるで目に入らなかった。


 都心部に馴染みがある律にとって、こういった景色は珍しくないのだ。


 ここまでも大幅に時間をかけており、結局みなとみらいまで40分近くかかってしまったものの、何とかみなとみらいを通過することができた。


 一旦東海道線をくぐり、東海道線が右を走るような位置を保ちつつ、西へと向かう。


 そのまま戸塚の方面へと向かうも――少し進むとすぐさま再び停止させられる。


 ある程度スピードに乗るため、その度に6速から1速、そしてNに戻すのが非常にかったるい。

 ギアチェンジ方式においてバイクは車のように一気にシフトアップやシフトダウンが出来ないことがジリジリと体に響く。


「ちょっと信号多すぎじゃないの!?」


 都市部を過ぎたと思った律であったが、1号線の信じられない信号の数に流石に赤信号にてワナワナと手が震えてきた。


 なんといっても信号のつながりの悪さが酷い。

 1つ青信号になって進むと1つ先が再び赤信号。


 というか車の量が多すぎる。


 車はズルズルと制限速度以下でしか進むことができない。


「なんだ……一体どうしてこんなにペースが遅いんだ……事故なのか!?」


 当然、事故も感知できないナビでは何もわからない。

 原因は横浜新道の出口である戸塚との合流地点のためである。

 ここも慢性渋滞地帯。


 夜でもなければ素直に進めない。


 みなとみらいを抜けたから空いてくるなどという幻想など1号線にはない。

 しかも、まだ律は本当の地獄すら体験してないのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「くっ……なんなんだこれ……」


 律の体全体に汗が滲む。

 春前のこの時期にしては異例の暑さとなった日、律は上着をある程度着込んでいたせいで進まない道路の排気ガスによる熱による蒸し風呂で外気温の体感温度が28度ぐらいの状況となっていた。


 戸塚の横浜新道合流の地点の慢性的な渋滞につかまり、CB400もウィィィィーンと水冷用のファンが全開となる。


 このファン、信じられないほどの高熱が律の膝あたりをずっと襲い続けていた。

 インパルス400とは比較にならないほどの高熱であり、ヤケドしそうなレベルに「熱い!」


 それだけではなかった。


 ジワジワと高熱化していく、もう1つのものが律を悩ませる。

 それはガソリンタンクであった。


 徐々に高熱化してきている。

 まだニーグリップできないほどではないが、まるで暑すぎる風呂を下半身で抱いているようなのだ。


 これにより実質的にサウナ状態となっていた。


「もうちょっとすれば湘南の方へ行けるし……少しは空いてくるハズ……」


 段々と息遣いが荒くなってきた律は海側へ抜ければどうにかなると我慢して進むことにした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「な……なん…なん…だ……」


 律はヘルメットに手をあて、頭を抱えた。

 何とか横浜新道との戸塚の合流地点を過ぎたが、そこからまた渋滞なのである。


 時刻はすでに12:40分。


 さすがに疲れてきた律は辛抱たまらず、目に入ったコンビニエンスストアに入った。

 位置は藤沢バイパスの手前。


 ちょうど近くにバイク用品店もあるがその手前である。


 コンビニエンスストアに到着した律はすぐさまトイレに行き、その後で飲み物を購入する。

 すでに軽い脱水症状による頭痛のようなものが起きていたため、ここでしばらく休憩することにした。



 イートインに入った律は飲み物をのみつつ項垂れながら嘆いた。


「……まだ30kmちょいしか走っていない……どういうことなの……」


 スタートから約30km少々で2時間以上消費。

 律の頭の中ではすでに藤沢方面まで到着している感じであり、海側を走って優雅にツーリングという予想が、「都市部すら出られない」という凄まじい状況に陥っている。


 冷静に頭の中で状況を分析するとしっくりきた。


 この周辺、横浜あたりは東名でも大渋滞する区間。

 つまり「混んでて当然」の場所。


 ナビがどうしてこのような場所のルートを通れといっているのか不明だが、とりあえずゴリラを見ながらでしか進めない現状、このまま1号線を進む以外ない。


 しかしスマホで少し調べた律はこの先も渋滞区間が続くことから、我慢の限界に達し、「新湘南バイパス」から「西湘バイパス」に入り、そちらのパーキングエリアを目指すことにした。


 昼食休憩などの一時的な休憩にピッタリのような気がしたからである。


 そこが「二輪の天国」といわれている、ライダーなら誰でも知っていて、平日も二輪車だらけの場所なのも全く知らずになぜか近くだからと誘い込まれていた……


 次回「楽園と金持ち女」

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