高尾と山梨の蛇の道(後編)~山梨ツーリング~
石川PAの下りの食堂にて朝食を済ませた二人は、そそくさと出発する。
律は本当はもう少し休憩して歯を磨きたかったが、綾華に催促されてそのまま出発することにした。
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ヴァウィィィィイイイ ヴォァァァァァ ヴァオオオオオオ!
「あっ、またっ!」
石川PAから出発してから合流レーンを入る際、律は先ほど高速で合流レーンに入った時よりもさらに鋭い加速を見せる。
綾華の助言に従った方法によるギアチェンジによってシフトアップの速度が大幅に上昇したためであった。
クラッチレバーとシフトチェンジペダルは見事に連携して動き、一気に加速していく。
3速でも100kmに到達できたが、音の変化を楽しみたいがために4速に入れつつ100kmまで加速して左レーンの走行車線に合流。
そこから6速までギアチェンジする。
その音は完全にスポーツカーのソレである。
ヨシムラのサイクロンにより、この400cc四気筒バイクは、1.5L~1.8Lの1990年代を代表するスポーツカーと同等クラスの咆哮によって律の満たされなかった心を満たした。
ブレンボとナイトロンにこのエンジンサウンド、そしてGT-Rなどと180km付近までなら普通に勝負できる加速はまさに律が求めていたスポーツカーと同一の何かである。
座った状態ではなく跨った状態で風も強いが、そこは妥協できるものであった。
「バカめ、エンジンサウンドを楽しみたいだけならタイヤ2つなどいらぬわ!」とスズキが律に訴えかけてきたような気がするほどである。
怒涛の加速をみせる律を綾華は必死に追いついてくる。
(うぅ……私も400ccにすればよかった……)
なるべく愛車に乗りたかった綾華は今回バイクを輸送するトラックにて光と東京へと向かってきていた。
それまで律の自宅へは400ccバイクを選択して向かってきていたが、今日はそこまで本気の走りはしないと考えており、できれば愛車がいいと思っていた。
CBR250RRは高速でもそれなりに速いものの、さすがにこの排ガス規制前の全盛期の頃の四気筒400ccネイキッドには追いつけるものではない。
加速だけでいえば「コレは速いぞ」ともっぱら言われるCB400SFにすら負けないのである。
律がただのビギナーで大して加速させないであろうと考えていた綾華にとって、これは完全な誤算である。
綾華は勝手に「高速に入ったとしてもさすがに初心者の律くんならバイクだと怖くて出せんやろ」と70km~80kmでフラフラとゆっくり移動するものとばかり考えていた。
しかし律は法定速度が120kmならそれを出さんばかりの怒涛の加速を見せている。
しかし一方で律も100km走行には、ややヤセ我慢している部分があった。
それはバタバタとバタつくジャケットがまるでドS女王からのムチ打ちのようで痛いのだ。
中に長袖を大量に着込んだとはいえ、バイク用品店のOEMジャケットでコミネのパチモノのソレは胸部プロテクターなどが足りておらず、一方でサイズはコミネと同じという完全劣化品であり、高速でバタついてしまう。
それが律に少なくないダメージを与えていた。
80kmまでなら問題ないが100kmが辛い。
それでも風を感じたい律は100kmを維持しようとする。
アクセル全開ならそのまま200km近く出せそうな印象があるが、120kmから先の世界が怖いほど100km時点での風が強い。
風は律のジャケットにへばりつき、バタバタと音をたてながらゆれている。
そのバタつきの音は綾華にすら届くほどである。
(これがネイキッド……俺をドMにさせる気か……痛すぎるぞ!)
律はまだ失敗した選択であることに気づいてはいなかった。
だが、「ジャケットとはもっと高速が楽になる代物なのではないか?」という疑問は生じていた。
そう安くない金額を投資したが、そのリターンを得られていない。
そうこうしながらしばらく走行していると圏央道のある八王子ジャンクションにたどり着く。
「律くん! 高尾で降りるよっ」
「えっ……あ、うん」
綾華の声が届く。
急いで律は左の圏央道側へと入っていき、そのまま高尾ICにて降りた。
高尾ICで降りた綾華はそのまま国道20号へと入っていこうとする。
「さーここからは大変やからオーバースピードにならんようにねッ!」
「どこに行く気なんだ?」
再び先行し、元気いっぱいの声で話しかける綾華に対し、律は目的地がわからずやや不安となる。
ナビに目を向けている律には目の前に蛇が現れたことを理解していた。
国道20号においても非常にキツイカーブが多い地点を綾華はあえて進もうとしていた。
このまま上野原あたりまで中央道を進むのもいいが、律のペースについていけないためである。
高尾IC付近の交差点の信号が青になると綾華はそのまま右折して国道20号へ。
東京の西側にある蛇の道へそのまま突撃していく。
「いきなり難易度高すぎない!?」
「ははははははっ」
不安がる律にさっきのお返しとばかりに加速しながらハイペースで綾華は突撃していく。
律は蛇の攻略を強いられた。
しかし、ここで律は気持ちを切り替える。
音楽をかけてテンションを上げることにした。
世代的にはやや離れていたが、車好きの律は当然全ての作品を見ており、そのアニメ内で流れる音楽集を気に入って集めていた。
ユーロビート「Back On The Rocks」をスマホでかけ、Bluetoothにてその音源をヘルメットまで飛ばした。
テンションの高まるBGMがヘルメット内にこだまする。
「っしゃあ!」
意気込んだ律はアクセルを開いて綾華の尻を追いかける形で坂を上っていく。
五速の状態でも全く問題なくインパルスは坂道を駆け上がっていく。
最初のカーブは問題なく越えていくことができた。
周辺にあるラブホが目に入り律は恥ずかしくなる。
しかしそのまま気にせずに突き進む。
エンジンサウンドの影響で完全に峠に車できていた気分であった。
そのままS字状態のカーブを入ったときにはドリフトしたい気分にかられるほどである。
正面に車の姿はおらず、綾華はかなりのハイペースで律を突き放そうとするが、インパルス400はそれを許さなかった。
それはインパルスによる「たかが並列二気筒のニーハン風情が舐めるなよ」といわんばかりの加速。
四気筒のスムーズな加速とトルクは上り坂でも十分に力を発揮。
しかし最初の急カーブにて腕の差をみせつけられることとなった。
綾華は殆ど減速せずそのまま突入。
一方の律は「曲がりきれない」と直感で理解した。
頭にピキューンという音とともに電撃が走ったかのような状態へ。
すさかず後輪ブレーキと前輪ブレーキを併用して減速。
40km以下に落ちたインパルスはとくに傾かない姿勢でカーブを攻略。
カーブの出口で綾華が大きくリードしていたため、すぐさま加速する。
(くそっ。追いつけん! 怖くてだめだ! どうしてあんな速度で突っ込んでいける……何が足りないッ!)
負けず嫌いな律は後ろを追いながら綾華の姿勢や視点を確認して走行方法を真似しようとする。
次のカーブでは先ほどよりややスピードにのせた状態でイン側にラインをとって綾華を観察しようとした。
しかし「スローインファストアウト」などという言葉が存在しないのかとばかりに、綾華はバイクをすさまじい勢いで傾けてカーブを間切りきり、カーブの終盤から加速して律を突き放す。
律には怖くて同じように傾けることができない。
教習所でもそんなに傾けて曲がった記憶がなかった。
カーブにおける律の状態はまさに安全運転そのもの。
ボオオオオといいう一定速の回転を示すエンジン音でもってゆったりと優雅に曲がっている。
普通に考えればこれで十分なのだ。
危険性が何1つない。
恐らくカーブ内に砂が撒かれていたり、オイルがあったとしても律ならそのまま突破可能。
綾華はあの世行きになりかねない。
しかし律はもっと格好つけたかったのと、綾華に負けたくなかった。
綾華はそこまで飛ばしているわけではなく、40km程度であったが、カーブで一切減速しない。
カーブ時に原付並みに速度が落ちる律をあざけ笑うかのようにブレーキングする様子もない。
スピードが遅いのでそのまま突っ込んでエンジンブレーキと姿勢制御だけで曲がっているのだ。
しかし律にはバイクの挙動が掴めず、それが出来ていない。
原因は未だにまともにニーグリップできていない点にあった。
律は最低限の能力で教習所を突破していたため、ジムカーナで限界に挑戦する綾華とはRPGのレベル換算でいえばLV3とLV70ぐらいの差があった。
その差は、高速道のような場所では、殆どニーグリップが影響するようなキツいカーブなどがないためマシン性能差によってカバーできていたが、高速で優位に立てていた自分の「インパルス」によって施されたメッキは高尾の地にて見事に剥がれる。
「ふふっ。バイクの醍醐味やカーブやからね! 山を走り続ければいずれ律くんもそれなりに走れるようになるよ!」
綾華は息を切らすこともなく律に向けて声援とも自慢ともとれる言葉を投げかける。
その間、律のヘルメット内に流れるBGMは「Night Of Fire」に切り替わっていた。
ミュージックはもっとテンションと速度をあげろと律を急かすが思ったとおりに操りきれない。
「くっそう……」
律は素直に敗北を認めるしかなかった。
綾華とは10年以上もの経験値の差がある。
3歳の頃からポケバイにてバイクという存在に触れていた綾華は、やろうと思えばハングオンして膝を擦りながらカーブを曲がることも可能。
だが、そんな恥ずかしい真似を公道でやるつもりはない。
それでもリーンウィズにて、バイクを大きく傾けてカーブを曲がっていく。
その姿に、律はCBR250RRより「RRの称号は伊達じゃねぇんだよヘボ野郎! 伊達にホンダのスーパースポーツだけが名乗れるRRの看板背負ってるわけじゃねぇ」という言葉をぶつけられているような気がした。
ややトルク不足ず坂道で厳しいといわれるCBR250RRの能力を完全に発揮させた綾華はヒラリヒラリとカーブを曲がり、相模湖へと突入してく。
「おお……綺麗だな……」
まだ新緑には早い時期であったが朝日によって反射する湖面は非常に美しく、律に宿った黒いなにかを拭い去っていくには十分であった。
律はあえてペースダウンし、湖面を見つめながら進んでいく。
しかしすぐさま相模湖の湖面は見えなくなった。
「もう疲れた? このまま上野原の方まで行くんやからねー?」
「ちょっと見とれてただけだいっ」
フフンと鼻で笑いつつも、上から目線で律を気遣う綾華に対し、律は強がりではないとばかりに元気一杯の声で言い返した。
蛇の胴体をそれなりの状態で見事に制覇していく。
そのまま20分ほど走り上野原へ。
とにかく信号が少なくスイスイと行けるためツーリングしているという気分にさせる。
「そこの看板に書いてある都道30号にはいるからなー」
ガソリンスタンドを越えたあたりで見えてきた看板を左手で指さしつつ、綾華が誘導する。
今日の目的地の1つである都道30号を使うのだ。
そこでどうしても律に見せたい景色があった。
都道30号のある地点から騒然と現れる、日本人が100%知っているはずの山を見せるために……
坂を下りつつ進むといきなりヘアピンカーブが現れる。
「うへっ」
緊張し、ハンドルを強く握ってしまう律であったが、なぜか綾華はハザードを炊きながら道路の右側に寄って行く。
「どうした?」
後に続いていた律もフラフラとした足取りで何とかインパルスを道路端に停車させた。
その様子を確認した後で綾華はヒョイと降りる。
そしてサッと右腕を伸ばした。
律がそこの方向を見ると、巨大な山が目の前に現れる。
「ッッ!!」
律は驚きつつも言葉を失った。
冬の綺麗な空は、誰のためなのか……今日、この時間帯にて、その山を覆い隠すことをしなかった。
山に囲まれた先に山頂が顔を出している。
「ここからもっと富士山の綺麗な場所まで今日は行くんやけど、準備できとるね?」
「あぁ……」
やや言葉を詰まらせつつ、律は表情の変化を綾華に気取られないようにして再びインパルスに乗りこむ。
県道30号上野原大月線。
旧甲州街道である。
かつての甲州街道であるため、このヘアピンの先には宿場町の名残がある。
昔はこの道を先人が通っていったのだ。
きっとこの場所からそれを眺めていた者がいたのだろうと思うと言葉が出なくなる律であった。
そのまましばらく県道30号を走る二人。
律は感極まって無言となり、黄昏ている。
綾華はその様子にあえて何も語りかけなかった。
しばらくすると綾華は左折して中央道の真下を通る。
「どこへ行くの?」
「休憩しよっ」
「(……この近くにそんな場所あったかな……)……わかった」
綾華の行動に違和感を感じたが、彼女の言葉に従ってついていくことにした。
中央道を過ぎたあとすぐさま再び左折し、坂を少し上っていく。
すると衝撃の看板が目の前に現れる。
「だ……談合坂サービスエリア!?」
律は何がなんだかわからず混乱する。
談合坂サービスエリアといえば「中央道」の有名な大規模サービスエリアの1つ。
その看板が目の前にある。
ナビに目を向けるとたしかに目の前に「談合坂SA」と表示されている。
しかしこちらはただの一般道。
ただの下道から談合坂SAに入れるようになっているのだった。
「あー。やっぱ律くん知らなかったかぁー。最近開かれたんよ。こっちから談合坂SAに入れるんやよー」
綾華はそう言いながら談合坂SAとかかれた門をくぐってバイクのまま中に入っていく。
これぞ日本道路公団が大幅黒字化にもっていっている原動力の1つ。
以前から言われていた「SAをオープンな場にしろ」という経営陣の主張により、民営化後にいくつものSAがこのように下道といわれる一般道から入れるようになった。
ここ最近、SAはサービス向上という形でとてつもない資金が投入され、どこもかしこも大規模な改修が行われている。
一見すると「大赤字になり高速道路料金が上乗せになる」というような恐怖感を感じる。
しかし実はむしろ「高速道路料金値下げ」も考えるほどに大幅な黒字化を果たしていたりする。
その原動力がSAとPAであり、民営化されたNEXCOの者達は「お金をかけたらかけた分だけのリターンがくるが、根本的にはSAの利用に高速道路使用者に限定させる理由などない」として談合坂などを一般開放しているのだ。
上野原の20号周辺には過疎化により飲食店もさほど多くなく、店も減ってきている今日、談合坂SAは地元の「道の駅」に代わる新たな拠点となっている。
高速道の利用者は人口減少に伴い減り続けているが、談合坂などの一般開放型SAの売り上げはウナギ上り。
なんとドッグランすらここから行くことができる。
休日には犬をつれた家族連れだけで無料側ともいうべき一般開放側の駐車場は満杯。
殆どが山梨ナンバーの地元勢である。
この売り上げは、それが再びSAの施設拡充へまわされ、一般道から道の駅の代わりという用途で利用するファミリー層などによって、SAの施設がさらに拡充されるという「正」の循環を生んでいる。
その「正」の循環を享受できる貴重な場所が、この談合坂SAなのである。
GoogleMapで見ればわかるが、県道30号から入っていく形になるのだ。
その人気っぷりから「あまり宣伝されるとキャパシティがさほどないので困る」ということで、立派なわかりやすい門はあつらえつつも、すでにキャパシティーオーバーのせいで談合坂の一般開放無料駐車場はあえてそこまで宣伝していない。
他にも似たような場所があるが、ここは「知る人が知る」場所となっているものの、地元向けとして解放しているため、開く際には地元でのみ「宣伝」された。
現在でも地元を中心に宣伝されており、都民は殆ど知らないだろう。
だから山梨と相模などのナンバーだらけなのである。
綾華は、光の教えによってそれを知っていたためここを休憩所として案内していたのだった。
特にここはSAなのでトイレがきちんとしており、周辺でも屈指の拠点。
何が凄いかというと駐車場は下りにしかないが、上りの談合坂SAにも入れるようになっている点だ。
つまり下りだけが混むというのを回避しようと試みている点。
「上りだけにしかない店も利用したいよう」という需要をきちんと理解している。
周辺の近場に道の駅がないことを考えると、この場所は絶好の休憩拠点の1つと言えるだろう。
ちなみに余談だが、海老名なども同様に入れるようになっているのだ。
元は業務用の出入り口を一般開放したものである。
「SAを利用したい」がために高速道に入ってるそこのアナタ、「ぷらっとパーク」で検索し、入れるかどうか調べてみよう。
高速を使わなくとも済むかもしれないぞ!
道の駅が近くにないが催した時など、特に小より大をしたい時に困らないぞ。
もちろん使ったらSAに寄付のつもりで売り上げに貢献してあげよう。
談合坂SAの一般開放スペースの駐車場にバイクを停車させた二人は談合坂SA内へと向かう。
「もうすぐ光くんもくるから、ここで待とっ」
「なるほどね」
すでに朝食後なのでどういう理由で入ったのかわからなかった律はトコトコ歩きながら伝える綾華にウンウンと頷く。
光がこちらに向かってくるというのを綾華はスマホでメール受信して知っていたのだった。
スタスタと先行する綾華の後を追いながら、「ぷらっとパーク」の言葉をスマホで検索し、海老名など多数の巨大SAが開放されていることを知り(こういうものがあるのか……覚えておかねば……)と頭の中に刻み込んだのだった――




