そして権利が舞い降りる。(後編)
教習所を出たVESPAは北へ向かう。
上北沢の駅を横切る形で甲州街道方面へ。
そのまま中央道ならびに首都高4号線の真下を通る分かれ道の方へ進み、環八を横切り、そのままさらに進むと突き当たりにたどり着くので、そこから一旦狭い道を走る。
ここをそのまま7分ほど進むと東八道路へと繋がる。
「そういえば府中運転免許試験場って二輪用の駐車場あるのか?」
しばし無言だった律は東八道路に入ったところでふと疑問が浮かんだ。
すでにあそこには2度足を運んだことがあるが、車の駐車場はあったが二輪の駐車場があったという記憶がない。
「あるよ~。ちょっとわかり辛い位置にあるけどね~」
「へぇ……」
「コイツで行ったこともあるから大丈夫。任せて~」
府中運転免許試験場には二輪用の駐車場がきちんとある。
建物を正面から見て左側。
とてもわかり辛い場所で、看板も小さい。
正面の門に対して左側、つまり道路進行方向でいえば建物の手前側の門だ。
西門と思われるが特に名称がない。
しかも門を入って奥に行かねばならないためこれまたわかり辛い。
しかも大型二輪も駐車できるスペースがあるのに駐車場に入るには策に挟まれた細い通路を進まねばならず、大型同士の交差は不可能なほど狭い。
ここで大型と相対することになった場合は車種によっては絶望する事になる。
律は優衣がなぜかVESPAで府中免許試験場に訪れた理由が不思議な気がした。
二輪を取ってからここに行く理由がわからない。
二輪を取る前の段階でバスなどで繰るならわかるが、二輪を取った後に来ているのである。
しばし考え込んだ後「ああ、四輪を取りに来たのか」と理解した。
一方優衣はここまで来るまでにスマホのナビアプリを時々見ながら走行していたが、謎が1つ解けた律はもう1つ気になっていた事について聞いてみたくなった。
交差点の赤信号をチャンスとばかりに問いかける。
「やっぱスマホのナビの方がいいんかね……」
「ん~?」
優衣は少しばかり律の方へ首を向け、耳を傾ける。
「実は俺、ポータブルナビ持ってるんだけどそっちとどっちがいいのかってさ」
律は綾華ではなく優衣に対し、少し前から悩んでいるナビについて疑問をぶつけた。
綾華に相談しなかったのは綾華だと「スマホ」という回答なのは間違いないと考えたからである。
しかし律は綾華に聞く前に他のライダーからも情報収集をしようと画策していたので、これを好機とばかりに捉えていた。
「どっちだろ~ね。私はスマホでいいかなー」
律の話を聞いていた優衣は青信号となったのでVESPAを発進させる。
「勿体無い気がしてさ……」
律がポータブルナビを所有していたのは仕事が関係していた。
配達の仕事用のエヴリィにはなぜかナビが設置されていなかった。
同業の者は大半の人間がスマホを使っていたが、なぜか律はセール品で見つけたポータブルのゴリラを買って用いていたのだった。
驚くことに、エヴリィがスクラップとなってもゴリラはほぼ無傷だったのである。
律はその件があった影響で何かこう説明できない魔力のようなものを感じ取っていた。
ご利益がありそうな感じがしてバイクに使おうと思っていたのだった。
そのため、その事情について事細かに話そうかどうか迷っていたが、優衣は運転に集中していたため、その件は後でもう一度触れてみることにし、後ろで静かに彼女の運転を見守った。
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教習所から約30分。
進行方向右側に府中運転免許試験場が現れる。
「四輪の時と大型特殊から数えて2度目だが……俺の自宅からこんなに近い位置にあるとは……」
「でしょ~? 電車じゃない方が楽だよ」
試験場の建物を通りすぎた先にあるUターン場所でUターンした優衣は建物がある手前の門の中に入っていく。
「こんな所に二輪駐車場が……」
「ね~。わかりにくいよね~。私も最初迷ったよ。あの看板小すぎじゃない?」
優衣は入る前に設置されていた小さい看板について怒りを見せていた。
実際、本気で小さくてわかり辛い。
しかも入ったら入ったでこれまた小さい看板に案内されるのだ。
両サイドを簡単な白い柵で囲んだ簡易的に作られた通路は狭く、とてもバイク同士が交差できるように作られてはいなかった。
奥に進むと逆に一気に開けてくる。
律は優衣に一旦降車を促されたのでVESPAから降りた。
優衣はエンジンを停車させ、そのままバイクを引きずる形で駐車場所まで持っていく。
二輪駐車場には大量のバイクが駐車されていた。
中には大型もかなり含まれれている。
「うおっ……あれハヤブサか……どうやって入ってきたんだ」
律が周囲を見回すとその巨体からまるで入ってこられそうになく感じるスズキのメガスポーツ、GSX1300Rハヤブサの姿があった。
「げぇっ……あれは確かVFR1200X……デカい……」
さらに見回すと一際大きい巨体を誇るバイクを見つける。
一見するとBMW R1200GSに見えなくもないが、翼のエンブレムと四気筒のエキパイからVFR1200Xであることを理解する。
ゴールドウィングに次ぐ巨体を誇るホンダの大型バイクである。
「あんなの乗れる気がしないよ~。あ、はいこれ」
パカッとメットインを空けた優衣は中から律の荷物を取り出して渡す。
「ありがとう。ところで以前から気になってたんだけど、どうしてメットインではなくいつもトップボックスにヘルメットを?」
トップボックスを開けて中からショルダーバッグを取り出し、それと交換するがごとくヘルメットを仕舞い込んでいる優衣に対し、律は以前から気になっていたことを伺ってみた。
「ああ、入らないからだよ。アレの中に入るヘルメットが知りたいぐらい中途半端な大きさだからね~」
OGK KabutoのAsagiを被っている優衣はヘルメットを仕舞い込むとトップボックスを閉めて施錠した。
「なるほど……使いにくい大きさだったわけね……」
律は大きさ的に十分な感じがしていたが、スペース的には実は半ヘルのようなものしか入らない。
容量的にはそれなりにあるが、横幅が足りないのだ。
そのことは国外のユーザーもネタにしている。
ギリギリ入らないスペースだが、それなりに縦の幅があるため、ボストンバッグなどが入るのだ。
優衣は趣味のキャンプツーリングにおいてはこの中にテントなどを突っ込んでいた。
「これで良しっ。さて行きますか~」
ヘルメットの積載や荷物の取り出しなどが済み、バイクをきちんと駐車させたことを確認した優衣は律に近づいて肩をポンと叩き、早く中に入ろうと誘う。
「あぁ」
二人は府中運転免許試験場の中へと入っていった。
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試験場内に入った律はまず受付を済ませる。
優衣はベンチに休憩しに行き、ここで一旦二人は別れた。
受付では顔写真など一通り持っていることを問われ、それらがあることを見せると、手続き用の用紙の記入と印紙の購入などを促され、それらの手続きを済ませた。
「それでは視力検査どうぞ」
手続き費用の支払いなどを済ませた律は次に視力検査へと向かう。
特段問題なく合格し、次は写真撮影へ。
写真撮影も特に問題は無く終わり、暗証番号の設定など一連の作業も終えた律は免許の追記の作業が終わるまで2時間ほど待つことになった。
優衣と再び合流した律は二人で地下の食堂へと向かう。
お互い昼食がまだであったためである。
律がからあげ定食を購入すると、彼女は蕎麦を購入していた。
二人はしばし食堂にて食事が出来るのを待ち、お互いほぼ同時に完成したため、席に着席して食事を採った。
そして食事をお互いに終えてしばらくした後――
律は先ほどのナビの件について再び詳細な事情を含めて優衣に話した。
件のナビは大切な商売道具の1つであり、その上で無事だったことで何か感じ入るものがあるのだということを詳細に語った。
「えー! それなら断然ナビはそっちの方がいいじゃんっ!」
優衣は驚いた表情を見せ、思わず手に持っていたスマホをテーブルに落としてしまった。
「そう思う?」
「そうだって! 私リッくんからその話聞いた後で事故の事についてもう一度調べたけど、あの状態で無事な道具があったという方が驚きだよ……本当にあの状態で生きてたのも奇跡だとは思うけど……」
スマホを拾い直しつつ、優衣はすこし顔が俯いた状態となる。
やはり話題としては話しにくい内容のため、律に気を使っている様子があった。
「あの事故でスマホから財布から何から何まで全部駄目になった。それでいてほぼ無傷だったアイテム……何かある気がする……多分」
律は仕事の際に周囲から「今はスマホの時代だ」と言われていたが、それでも「こちらの方が優秀なはず」と、わざわざ購入し、厳しい仕事の中一緒に時間を過ごした過去を持つナビを気に入っていた。
ケーブルを接続して車両情報をナビに送っていたため、それなりにナビは優秀に働いてくれた。
一部の人間がそれをバイクに搭載している事を知り、どうしても搭載したくなったのだ。
だから誰かに背中を押してもらいたかったのである。
「多分いろいろやればくっつくでしょ。5インチなんでしょ?」
「ああ」
「ならサイズ的にも大きすぎないし多分大丈夫だよ。親戚のバイク屋さんに相談してみなよ」
「そうするよ……ありがとうな優衣……」
「べ、べつにそんな顔してお礼言われるほどの事はしてないしっ!」
律の真面目な表情からのお礼に恥ずかしくなった優衣は顔を赤らめ、律から眼をそらした。
それはまるで年頃の少女の仕草そのものである。
「うーむ……ここに来てまだ30分か……案外時間が経過するのが遅いな……」
ふと時計を見た律はまだ1時間30分も待たなければいけないことにややテンションを下げた。
この場所にそんなに長くいられる雰囲気はないというような、単なる食堂であったためである。
「じゃ、近くの武蔵野公園に行こうよ。いい天気だしっ」
「えっ……(それじゃまるで公園デートじゃんか……でも…ま、いっか)」
優衣の誘いにより、二人は公園デートをすることになった。
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試験場を一旦出た二人は近くの武蔵野公園へと向かう。
優衣はこの間と同様、律の腕を自身の腕と交差させる形で組む状態にし、引っ張った。
それはもはや彼女のそれである。
律もややその状態に照れていた。
それなりの膨らみを持つ優衣のモノが当たったりするからである。
優衣の成長を感じると共に、男としての律が反応してしまう。
流石に下半身が硬くなるということは無かったものの、胸にザクッザクッと妙な感覚が襲う。
それは律がこれまでの人生経験にて、女性と付き合って何度か経験しているもので、
友達以上の関係の者から享受できる不思議な感覚であった。
女性が使う言葉の「胸キュン」とは違う、胸に響く何かである。
その感覚と共に優越感が後から体の奥底から湧き上がってくる。
優衣はそれなりに顔が整った美人であり、綾華に負けないスタイルの持ち主であった。
故にそういう優越感を得ることができるのだ。
――しばらく律はそんな幸せの時間をすごしながら優衣と武蔵野公園を歩いていたが、人気の少ない所にあるベンチを見つけた優衣は一緒に座ってしばらく時間を過ごすことを提案してきた。
律もその提案に乗った。
「――なーんかさー。変な感覚~」
優衣は律のすぐ隣に着席し、律と密着した状態ながら律の方を少しだけ向いて話しかけてきた。
顔をそのまま律に完全に向けるとお互いの顔面が触れるほどの距離である。
「ん?」
律も少しだけ優衣の方へ顔を向ける。
「いや、本当にリッくんは昔とあんま変わってないなって……なのに私はリッくんをずっと見上げてきたのに今はそんなに目線が変わらないんだもん」
「まぁ、成長した……よな」
初めて出会ったとき、優衣は律の腰程度しか身長がなかった。
優衣にとって律は常に見上げる存在だったのだ。
成長期に入っていた律はどんどん背が高くなっていくので追いつける様子がなく、
優衣は「このまま追いつけないままずっと過ごすのかな……」などと子供心に思うほどであった。
それが大学の頃あたりから律は174cmに達して以降身長が伸びず、その頃になると逆に自分が成長期に入り背が伸びた。
しかし成長しきる前に律と別れてしまったので律はまだ彼女の中では見上げるような存在だった。
だが、今隣にいる律は自分と近い、等身大の男。
昔と代わらない印象ながら自分が追いついたとばかりに近づいたことに優衣は幸福感のようなものを感じていた。
彼も普通に人であるのだと理解できた。
「な~んかさ。リッくんの方がが小さくなったみたいだよね~」
「まぁ、背伸びをやめてそういう印象になったのかもね。それは俺にとってはいいことだよ」
律は立場が同じとなったことにキャッキャッと喜ぶ優衣に対し、自分も背伸びをしていないことから同じ次元に立っているのだと自覚でき、その状態を嬉しく思っていた。
背伸びをし、道化となっていた頃の自分が気に入らないのだ。
本当の自分のほうを理解してくれる優衣にはとても感謝している。
そんな状況の中で律は思う。
彼女とは今後、どういう関係を続けていけばいいのか……と。
出来れば今の関係がいいと思った。
恋人未満。
やはりずっと成長を見守ってきた立場だけに、本気で大人の関係で付き合うのは様々な意味で気が引けたのである。
まだ10代である優衣とは彼女の18歳らしくはない、律のイメージでは中学生同士のような今の状態の付き合い方が理想的と考える。
これ以上の関係を求められると厳しいのだ。
とりあえず律は様子を見ながら優衣に嫌われない程度に上手く関係を保とうと結論を出した。
今隣に感じる彼女の暖かさはほしいが、それ以上までは求めない。
逆にあっちから求めてきた場合は状況次第で考えるということに。
特に一度決めたら説得が難しいので、決められないよう上手くボカせるかが勝負となる。
その後、その答えをまず出した律は、爽やかな笑顔を優衣に見せながら、優衣との何気ない日常会話を楽しんだ――。
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「おっしゃ見ろ! ついに免許ゲットだぜ!」
武蔵野公園で1時間以上過ごした二人は試験場に戻ってきた。
ちょうどタイミングよく免許が発行され、それを受け取った律は彼女に免許証を見せ付ける。
「お~……へぇ~律くんゴールドなんだ?」
「えっ?」
「いやだって事故したとか言ってたし、それにゴールドになるまで時間かかるっていうし……」
優衣は現実という壁にぶつかり、やや眼を細めてジト眼をする。
律が外見に似合わず案外年齢を重ねていたという事実を突きつけられたためである。
「事故は俺のせいじゃないし……免許は18で取ったら23にはゴールドだぞ」
「そういう優衣は免許がまだ緑色か?」
「え? 青いけど?」
「はい?」
律が不思議そうな顔をしていると優衣は財布を取り出し、ゴソゴソと中から免許を取り出して律に見せた。
(バカな……この子は18だ。ブルーなはずがあるわけ……)
しかし律の思いは見事に打ち砕かれる。
彼女の免許証は本当に青かった。
「なんでだろう……」
渡された免許を律はまじまじと見つめる。
いろいろ見たが上の部分は特段普通の記述。
そこで律は目を凝らして免許区分についてみてみる。
「普通自動車、普通二輪……大型二輪……だと……!?」
「あ~うん。せっかくだから車の免許と一緒に取ったんだ~。すごい~?」
優衣はテレつつもVサインで律に自慢する。
「なるほどな。原因はこれか」
実は運転免許。
グリーンから3年以内でも上位の免許を取得するとブルーになる。
普通自動車から中型などといったケースと、普通二輪から大型二輪などのケースである。
どちらも2年以内になるがブルーとなるのだ。
律はそのことを思い出し、ブルーの免許を優衣が所有している理由を理解すると共に、
彼女がMTの大型二輪を所有しており、この世の全ての二輪が乗れる状態に衝撃を受けた。
「まさか大型まで乗れるとは……引き起こしとか難しくなかった?」
「ん~? いや、なんか知らないけど合宿で取ったら引き起こしは最初の教習所の時よりぜんぜん楽だったよ~。なんかしらないけどちょっと軽かったからさー」
「マジ……か……」
律は知らない。
ホンダのNC750を使う教習所だとCB400より軽いケースがあることを。
燃料の積載量やエンジンガードなどの種類にもよるが、NC750はここ最近の重くなっていくCBより軽い。
なので大型はNC750の教習所ならさほど苦労しないのだ。
(俺も本気で大型考えるかなぁ……今の所は興味ないけど優衣に負けたくないなぁ……)
人に対し、劣等感のようなものを感じると妙な対抗心を抱く律は、優衣と同じ状況まで並ぶべく大型を取るべきか悩むことになった。
そして――免許を取得した律達は行きと同じく優衣の運転で自宅へと戻っていった――。
律はついに免許という運転を行うことができる権利を獲得し、音羽律のライダー生活がついに始まったのだった――。




