そして権利が舞い降りる。(前編)
長くなったので分けます。
NC54は4バルブ固定であるという話がずっと言われているのだが、確証を得る情報は無し。
ただし、これまで通りならNC42から教習車だけ型番がNC54になるのは確かにおかしい。
4バルブ固定CB400が2018年に出るという情報はずっと出てたが、NC54の方がパワーあるという話なんで4バルブ固定という形で劇中では表現します。
翌日。
律は最大3時限取れるところ、あえて2時限としていた。
理由は1つ。
「卒業検定前に1時間受けて感覚を失わないうちに合格」――これを狙うためだ。
すでに最終段階の教習では徹底的にコースを回り、問題がある部分だけ洗い出すというものだけ。
律が最も不得意なのは低速時のコーナリングぐらいであり、指導員は基本的に口を挟むことが少ない。
しかし助言がほしい律にとっては苦しい思いを胸に抱く。
スラロームは9秒~10秒。
一本橋は6秒。
クランクは6回に1回程度大失敗。
「まるで運便りだ」などと誰かから言われそうな状態であった。
すでにコースは暗記済みのためそちらの面では特に苦労しなかった。
コースについては暇な空き時間を有効活用して頭に叩き込んでいた。
何日か二時限目が終わった後、最終時限まで時間が空くということがあったがその際の空き時間を利用していたためであった。
つまり、各種課題だけが問題なのだ。
それも坂道発進などMTに慣れれば大した事が無いような課題ではなく、二輪だけの特性が壁となって襲い掛かるクランクやスラロームが怖い。
それでも時間は過ぎていき、結局この日の教習は終わってしまった。
明日の1時限目の見極めで問題がなければそのまま卒研となる。
律は自信など全く無い状態のまま教習所を後にした。
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――優衣へ。早ければ俺も明日免許を取れそうです。――
――自信はまるで無いけど、卒研合格したら府中に行って来ます。――
律はメールを優衣に送信する。
免許が取れたらメールがほしいと以前からのメールのやり取りで言われていたからであった。
ピコーン
ものの数分もしないうちに返答が届く。
――じゃあ、府中まで送っていくよ!――
「は?」
何がなんだかわけがわからなくなった律は一瞬ショートしてしまう。
すぐさまスマホを打ち込み、返答を行う。
――別にそんなことしなくていいぞ。遠いだろ?――
ポチポチとタッチパネルに指で叩く音が律の自室内に響く。
近くにはウィラーの姿がいた。
ウィラーはなぜか律にいちばん慣れていた。
餌がほしいときは律の足の甲を甘噛みして知らせる。
それ以外は特に反応を示さず律の部屋の中で寝ていることが多い。
なぜかバイクが好きなのか綾華がバイクを持ち込むとその周辺をウロウロしたり、律がPCでバイク関係の動画を見ていると近くに見に来ることがあった。
律はその姿から「くくっ。お前の前世はライダーかっ」――と笑いかけたことがあったが、その時のウィラーはものすごく緊張した顔つきで目をまん丸に開いて耳を後ろに下げ、舌をペロペロとしており、本気でそうなんじゃないかと少しばかり考えていた。
流石にそんなファンタジーやメルヘンのような話があるとは律も本気で考えていたわけではなかったが。
返答を送った律は何気なくウィラーの方を見る。
ウィラーはパタパタと尻尾を大きく振りながら目をつぶっていた。
ピコーン。
再び優衣からの返答がくる。
――府中の免許センターはね、東八道路進めば20分ちょいだから送っていくよ!――
電車とバスで1時間かかると考えていた律はその返答を見て急いでPCで地図のサイトを開く。
車で経路設定してみると……確かに30分程度で行けることがわかった。
都内だとよくあることだが、電車に挟まれた北と南の中途半端な位置にある施設に向かおうとすると車の方が圧倒的に早い。
例えば自由が丘から荻窪までなどが一例だ。
ここを電車で行こうとすると50分ぐらいかかるが、車なら15分少々。
そんな程度の距離しかない。
電車があるから車は要らないとよく言われるが、シティーコミューターともいうべきスクーターなどはバカに出来ないぐらい便利なことを知っているのは今日では少なくなってきている。
――じゃあ お言葉に甘えて……――
律は優衣の一度決めたら頑固になる性格を理解していたため、素直にその言葉に甘えることにした。
彼女の場合はタンデム走行可能なだけ年数を経ているため特に気にすることはない。
気になる部分といえば免許を手に入れても帰りに自分が運転するというようなことが出来ない点であるが、それは元より諦めている点であった。
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翌日。
見極めには特に問題なく合格してしまった。
律は納得できなかったので。
「大丈夫ですかね?」と若い指導員に尋ねたが。
「まあ70点合格だから大丈夫ですよ」と普通に教習ファイルを渡され、これより3ヶ月以内に卒研に合格しなければならない状態となってしまう。
しかし3ヶ月以内なら取れる自信があったのと、
「駄目ならまだ受け直せばいい」と気持ちを切り替え、受付にて卒業検定の受付申請を行った。
卒業検定の受付申請を行って驚いたのは本日の卒研受験者である。
名簿には律含めて2名の名前があったが、その1名の名前が見られる状態となっていた。
そこに書かれていたのは「小林」の2文字。
信じられないことに小林も律とは遭遇しない中、最速で教習を済ませて今日に漕ぎ着けていたのだった。
なぜか若干の敗北感を味わう律。
別に勝った気ではいなかったが、必死で努力を重ねた者に追い抜かされた気がしてならない。
自身も努力をしていなかったわけではないのだが、最初の教習の際には結構な差があると思われた小林は律と同じ状態にまでもってきていたのだった。
(こりゃ負けたくねーな……)
律の中の闘争心が燃え上がる。
彼女が合格し、自分が不合格となる情けない姿となるのは絶対に嫌だった。
二人で合格。
これが理想。
己の体温が上がっていくのを律は感じる。
闘争心は体にも影響を及ぼしていた。
受付を済ませた律は時間まで教習所内で過ごすことにした。
教習所の卒研は昼休みの時間帯。
昼食は合格後に府中で免許を申請手続きを済ませてからにしようと考えていたのだった。
体が妙に火照ってきた律は自動販売機でスポーツドリンクを購入して冷却を試みる。
徐々に緊張感が体を蝕みつつあった。
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午前中の教習が終了するチャイムがなると、すぐさま卒研の者達が集められる。
2Fの教室にて事前説明を受けることになり、そちらの教室で待機。
2Fの試験待機室に向かうと座る座席が指定されていた。
3つの机にそれぞれ、MT、AT、二輪という形で着席することになっているらしく、
入校時に割り振られた教習番号の札が机に貼り付けてある。
律は教習セットに記載された教習番号の通りに着席。
隣には小林が座ると見られていた。
しばらくすると小林が律の隣に着席する。
「どうも……」
いつものとおりやや低いテンションで律に挨拶をしつつ着席した。
「よろしくお願いします」
律も頭を下げて対応した。
札がついていた座席に全員着席すると、すぐさま高齢の指導員が現れた。
律にとっては初めて目にする人間であり、四輪を専門としているか事務職になっている者と思われた。
彼は黒板に注意事項を張り出し、試験に対しての事前説明を行いだす。
「説明が短い二輪から説明します。説明終わったら、今から渡すゼッケンもって待機室へどうぞ」
指導員はそう言うと試験用のゼッケンを律と小林に手渡した。
「えー、二輪は四輪より条件が厳しいんですが、コーンを倒したらアウトなのは四輪と同じです。ですが倒さなければ減点で済みます。まぁバックが難しいんで殆どの人が倒すんですがね……特にスラロームは時間制限あるんでコーンに接触してどぎまぎしていたら減点でアウトになると思います。なのでスラロームでは無理せず走行してください。10秒~12秒程度でしたら他が問題なければ合格できます。一本橋も6秒程度なら許容範囲です」
まるで自分に対して助言をしているかのようであった。
重要なのは合格であり、無茶をするなと訴えかけられているようであった。
律の手に汗が滲み出す。
ここの教習所ではバイクのライディングが上手くなるよりもまずは合格を第一としていたのだった。
だからこそ、ここまでの教習はあくまで「最低限」の教えにとどまっており、現在の説明もそこに準拠している。
律はそこに確信をもったと同時に「これでは駄目だ……」――と合格しても己にさらに磨きをかけなくてはならないと自覚させられた。
「1発アウトはコーンを倒す以外では一本橋ですね。一時停止無視も検定中止ですが、まぁ、お二人は免許取得済みなので大丈夫でしょう。ええぇと、急制動のみ2回目のチャンスがあります。エンストは4回すると不合格。縁石への接触は20点限定になるんで一本橋やスラロームが不得意の方は特に注意してください」
その後も指導員の説明は続く。
大きな減点となる注意点は他にいくつかあった。
パイロン自体への接触も20点減点。
一部低速ではない状況での、おおきなふらつきも同上。
他には同時に試験している四輪の試験車両と適切な距離を保っていない。
スピード違反。(5km以上、つまり45km以上だが実際はそこまで厳しくない)
相対する試験監督が進行を促さない状況にて、優先道路との関係で優先状態を無視する。(試験中、二輪は試験監督が随伴し、四輪は助手席に座るが、状況に応じて四輪側または二輪側が優先関係を崩して優先させる場合がある)
最後のものは四輪が試験中多数行きかい、坂道発進などの課題項目が重なってしまう場合に発生する。
坂道は優先道路ではなく、坂道発進の課題にこれから進む方が優先道路にいるが、
坂道を下ってくる四輪または二輪がいると、相対するこれから坂道発進を行う側の方の試験監督は先にこちら側に坂道より出るよう促すケースがある。
四輪が適切に曲がれず接触したり、坂道発進の課題を行うためのスタート地点に適切に入れない場合などがあるためである。
こういったケースでは「促される」のを見てもそのまま発進などしたりなどせず、自身の試験監督が「先に向かいましょうか」と宣言するのを待たないと減点対象となる。
ただし、絶対に優先関係を死守しなければならないということはない。
他にも減点項目はあるがそれらは10点減点ということで、むやみにホーンを鳴らしたり、外周カーブなどを進む際にブレーキを片方しか使わなかったりなど、普段どおり乗れば問題ない項目ということになっていた。
「ああそうだ。急制動についてですが、今までの教習ではスタートラインで一旦停止してましたね。卒業検定では周囲に車の走行がなければ停止せずにそのまま急制動に移行します。止まっても構いませんが、試験監督が促すと思うのでそのまま止まらずウィンカーを点灯させて進んでください。以上。それでは二輪の方は先にどうぞ。」
高齢の指導員は思い出したように、はっとした顔になって最後に説明をした。
説明が終わったため、小林と律の二人は待機教室から出て、二輪の待機ガレージへと向かう。
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プロテクターやゼッケン一式をいつも通り身につけ、ヘルメットを被る。
ここまでくると律は己の体調変化に気づいた。
左手がとても冷たい。
血の気が引いている。
握力はあるが、緊張してそうなっているであろうことはわかる。
(くそっ……ここに来て……がんばれ俺の左腕!)
律は左腕のマッサージをしながら試験までを過ごすことになった。
ふと身につけたゼッケンを見る。
(……俺が1で小林さんが2……つまりこれは……)
自身の胸には漫然と輝くローマ数字の「1」
これは間違いなく「お前が最初だぁあああ!」ということを表していた。
しばらく待つと試験監督が現れる。
真面目そうな眼鏡をかけた小太りの中年指導員である。
これまた今まで一度も指導を受けたことが無い者であった。
「説明はある程度聞いているとは思いますが、試験は1人ずつ行います。コースは2つあるうち1ですね。お二人とも同じコースでやってもらいます。順番は音羽さんが最初で、次が小林さんですね。バイクはすでに試験コース用の発着点に停車されています」
指導員の説明を聞いて律が目を向ける。
そこにはなにやら赤だの白だの黒のラインだのいろいろ混ざった謎の色合いのタンクのCBが停車されている。
俗に言うCBXカラーのものである。
(はいぃぃぃい!? うっそだろマジっすか。 もうだめだ……)
信じられないことに試験用のCBはこれまでずっと乗ってきた「赤タンク」のものではなかった。
実は教習所では試験車両が「一番新しく無傷なもの」な「試験専用車両」であることが多い。
この教習所でもそうであった。
このCBは最新型のNC54モデルだった。
律が普段慣れ親しんだNC31からは3世代も先のバイクとなる。
特徴は「4バルブ固定」
VTECは無い。
だが、NC31のように「VTECは無いがパワーが調整された」ものではなく、「最大級のパワーを搾り出した」最強の400cc教習車。
一部では「燃費を犠牲に本家CBよりパワーアップさせた代物ではないか」といわれているが、スペックが公開されていないので不明である。
なんと周り回ってNC31とほぼ同じ仕様に戻ってきたバイクだった。
56PSの4バルブ固定。
39PSの4バルブ固定の律がこれまで乗ってきた赤タンクのCB400とほぼ同じ高性能車両。
CB400の試験車両はNC39が最も性能が低い。
NC42はエンジン回転数のれ部リミットなども通常のNC42と同等。
タイヤサイズなどがNC31と同じなだけである。
NC54はNC42から上記仕様に変更したしろもの。
性能的には最強かNC31と同等クラス。
いうなれば「試験的には別にマイナス面は殆ど無い」……バイクに乗りなれた者ならば。
だが律にとっては不安材料しかなかった。
「では音羽さん。さっそくいきましょう。準備はいいですか……?」
「えっ……は、はい……」
律はか細い返答を行い、ついにその時となってしまった。
迷う暇すら試験監督たる指導員は与えなかった。
「もうヤケだ! やるしかない!」
律はドカドカと緊張して千鳥足になりながらCBXカラーの試験車両へと向かっていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ついにその時となった。
「では、試験を行います」
「1番。音羽律です。よろしくお願いします!」
「それではバイクに乗車してください」
試験監督となった指導員は手でCBXを指し、乗車を促した。
(いつも通り……いつも通りだ)
律は深呼吸を一度してからバイクに向かう。
いつも通りまずは後方確認。
それからサイドスタンドを上げる。
再び後方確認からの乗車。
乗ってすぐにミラーを確認。
次にキースイッチをオンにし、Nであることを確認する。
そしていざエンジンをかける前に気づいた。
「……へ?」
「どうかされました?」
「い、いや……ウィンカースイッチとホーンの位置がなんか逆のような……」
それまで何とか平静を装っていた律は緊張で右手も冷たくなってくる。
「もしかして赤いガソリンタンクのCBで教習してましたか?」
指導員がガレージの律が普段乗るCB400を指差した。
「え、ええ……」
「古いCBは通常の配置なんですが……最近のCBはスイッチとホーンの位置が逆となってまして……多少のかすかな音のホーンの間違いなら減点対象としませんが、ホーンを鳴らさないようがんばってください」
(がんばれって……それだけ……?)
知っている者は知っていると思うが、ホンダはいつからかホーンの下がウィンカーというふざけた配置になった。
これは慣れれば慣れたでいいのだが、ホーンを誤爆することが多々ある。
元々ウィンカーの方がよく使う関係上、ホーンが下に配置されているのが一般的。
なぜホンダが嫌がらせのようにホーンを上に配置したのか不明だが、ホンダいわく「パニック時にすぐ押せるから」とのことだ。
実際はどうだろうかというと「んなことねぇよ戻せ」がホンダユーザーとしての筆者の本音。
パニックになった際、一番近くにあるのは通常、ホーンでなければならないのは事実。
だが、その際、力が入るのは親指だと思われる。
しかし親指といっても、ハンドルを握っていたら力が入ると下方の位置に力を込めることになるはずだ。
その位置には現行のホンダ車種は「ウィンカー」しかない。
ホンダは右側の、そのような親指が来る位置にハザードをとりあえず持ってきているにも関わらず、ホーンは上下で反転させてしまった。
慣れた現在でも「ホーン」を意識的に押すのが面倒な位置にあり、「元に戻せ」と思っているのは筆者だけだろうか。
本気で危険なときに自然に力が入る部位にウィンカーってどうなんだろう。
――律は緊張から泣きそうになるぐらいショックを受けたが、もう進む以外の道はなかった。
Nの状態は確認していたためセルを回す。
キュル ブァァァオオオオン。
(む……)
それはどこかで聞いたことがある音だった。
律は思い出す。
そう、初めて向かったバイク店にて聞いた音。
現行型CBのレースカーのような甲高い四気筒エンジンサウンドである。
その音によって律はやや平静を取り戻す。
(この音は……そうだ……こう考えて落ち着け……今俺は……納車されたCBで試験をやっているのだと!!!)
律は何度も頭の中で繰り返す。「こいつは納車されたCB!」という言葉を。
その状態のまま10秒ほど経過した。
すると試験監督がその様子を見て一言発する。
「問題なければ発進どうぞ」
試験監督のその言葉を聞いた律は右にウィンカーを出し、後方確認をして発進しようとする。
クラッチを少しずつ放し、エンジン回転数を高めながら……
そしてNC54のCB400はゆっくりと動き出した――




