ビッグスクーターとシミュレーター(後編)
VRのシミュレーターは教習本で紹介が実際にあるんだけど、実物は見たことないんだぜ!
どこにあるのさ。
なので、又聞き程度の内容で書いてるので実物と違うかもしれません。
その手の情報が殆どないのになぜか教習本に書いてある。
確かにETS2ことEuro Truck Simulator 2はVRに対応してて、実際にそれを教習所のシミュレーター的な使い方をしている国もあるそうなんだけど日本国での実物はどうなんだろう。
受付に戻った律は教習ファイルを返却ボックスに入れることなくすぐさま次の受付を済ます。
「次の時間はシミュレーターになりますので、2Fの二輪シミュレーター室でお待ちください」
受付で作業する女性は受講した律に対しシミュレーター室の場所を提示し、教習ファイルを律に返却する。
律がそれを受け取り振り向くとニヤニヤとニヤけ顔の綾華がいた。
「律くん。あれやねー……律くんは慣れるのに時間かかるタイプなんやね」
遠まわしに不器用であると主張する一言であった。
綾華は律の苦戦する様子にあえて批判することも褒めることもなく、直感的な表現を用いて感想を述べる。
「今日が初めてだったからな……左手のブレーキレバーを使いすぎて混乱しただけさ……」
律はあえてなのか綾華がそういう性格なのか心境を読むことができず、無難な反応を示した。
「律君は背ぇが高いから羨ましいー。私と違ってエンストしてもバランス取れるもんな~」
「そう?」
先ほどの教習で律は3回もエンストし、2回バランスを崩したものの踏ん張ることで普通に倒さずに教習を継続していた。
実は未だに立ちコケが1度もないのが自身の中での密かな自慢であった。
綾華にそこを褒められたのは嬉しくないわけではなかったが、それはどちらかというと女性には手に入りにくい体格という生まれつき由来のものであるため、やや複雑な気分にもなる。
律にとってそれは律があまり好まない不公平なバランスの部分で自分が上回っているだけなので、努力で手に入れた力とはやや異なるものであり、素直に喜べない部分があったのだ。
律は才能やセンスという部分について褒められるのがこれまでの人生経験より好きではなかった。
――「だってお前の方が才能あるもんな!」――というのは努力を怠りたくない己にとって最も嫌う言葉なのである。
しかし体格はどう足掻いてもどうにも出来ないハンディみたいなものなので、そこは認めるざるを得ない「才能」のようなものなのだ。
特に車と違って二輪は背が低いことが全くもってアドバンテージとならない。
こと最近はいいバイクほど足つきが悪く、身長160cm以下は地獄を見る。
オフロード系バイクをそのまま純正で乗ろうものなら170cmは余裕で必要となる。
その部分において律は身長が174cmあるので優位である一方、綾華は女性としては背は高いほうだが170cm以下なので足つきの悪いバイクには苦戦していて律を羨ましがっている部分があり、律も綾華の言葉からそれを感じ取っていた。
「……まぁ、その分、男は短命だからさ……」
律は綾華に聞こえるか聞こえない程度の小声で自分を公平へと納得させようと独り言を呟いた。
「そうだ、ちょっと教習予約するから」
妙なことを口走ったことに少し恥ずかしくなってポリポリと指で鼻筋を掻いた律は、
シミュレーター室へと向かおうとしていたが、後をついてくる綾華に向かい言葉を投げかける。
「次はシミュレーターやもんね。体力的に今日3回やっても問題無さそうやねー」
「ああ。」
律は予約用端末へと向かい、予約用端末で空き状況を確認する。
やはりいつものごとく最終時限が空いていた。
そのまま急いで予約を済ませる。
「さて、じゃあシミュレーター室に行くか」
「外から見られるとええんやけどねー」
二人はシミュレーター室のある2階へと階段を登っていった
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シミュレーター室は外から教習が見える構造となっていた。
綾華は遠くからシミュレーター室の中が見える位置に長椅子があることを確認するとそちらへとトテトテと向かう。
「じゃ、私はここから見てるからがんばってなー」
「ああ……まぁ俺の運転に期待するなよ」
「あはははっ」
シミュレーター室へと向かっていった律に綾華は手を振る。
シミュレーター室の近くにはコンピューターによる模擬テスト用端末や、学科教習用の教室などがあり、周囲には人でやや溢れていたが、
何人かの男性が綾華と律の様子を見て「彼女持ちかよ」などと考えていそうな者もおり、律に嫉妬と憎しみのような黒いなにかが渦巻く視線を送る者もいたものの、
律はそれに全く動じる事無くシミュレーター室内に設けられた椅子に座る。
――しばらくそのまま待機していると、どこかで見たことがある女性が入ってきた。
(……小林さん……だったか? えっ……もう第二段階なの?)
それは小林と呼ばれる女性である。
律が第一回目の教習を受けた際、二輪の引き起こしが上手く行かず2度目の最初の教習を受けていた女性であり、律が受けたその時間帯の後半ごろにようやく引き起こしに成功していたが、その時点では律と大きな差のようなものが生じていた女性。
その女性がなんと律と並んでいたのだった。
「どうも……」
小林の方も律を覚えており、一言挨拶をする。
「あっ、こちらこそ」
それに対し、律もすぐさま頭を下げて応える。
(そういえば俺、ほぼ1日1回しか受けてなかったものな……この人は毎日1日2回以上受けていたりしたなら俺に追いついていてもおかしくない……)
計算上、特段ミスがなければ律より2回ほど1日2回以上受けていれば追いつくことになる。
それは裏を返せば「毎日2回」を続けていた場合であるが、小林は実際に短期間にて免許を取得しようと毎日キャンセル待ちまで使って通っていたのだった。
朝が弱いため1時限目以降に来ていたために律とは遭遇していなかっただけである。
そのまま二人は特に会話も交わすことなくチャイムが鳴るまで椅子に座って待機していた。
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始業のチャイムが鳴る前の段階で指導員が現れた。
律は今まで見たことが無い眼鏡をかけた小太りの中年に入りかけのベテランの指導員である。
指導員に促された二人は教習ファイルを指導員に手渡した。
「では始めましょう。今日が始めてのシミュレーターだと思いますが……シミュレーター見て何か違和感感じません?」
ベテランの指導員がシミュレーター機器に指を刺す。
そこにはバイクを模した模型のようなものはあるが……いや、それしかない。
(……あれ?)
「画面が……無い?」
過去免許を獲得するために教習を受けた経験がある律は、車のシミュレーターと違い、画面がないことにすぐさま気づく。
「そういえば……」
小林も同調した。
「ふふっ。実はこれ最新式のものを入れたばっかなんですよ。VRってね。最新の教習本にも書いてあるとは思いますが……最新式のシミュレーターはVRなんですよねー。いやーすごい時代になったもんだぁ。わっはっはっ」
自慢げにシミュレーターについて解説するベテラン指導員に対し、律はむしろ不気味がっていた。
(こんなん端から見たらサイコパスか新興宗教の教徒がなんか怪しい事しているようにしか見えないんじゃないの……)
律は割と冷静だった。
バイクを模した模型のようなものに跨って左右に振り回す自分の姿は、どう考えても「頭のイカれた新興宗教の教徒」のような様子がある。
しかも、頭には謎の機器を身につけているわけだ。
本日二度目の羞恥プレイをあろうことか綾華に見せ付けることになることに気がつき、顔が紅潮した。
「まー酔うって人もいるんで、気持ち悪くなったら言ってくださいね。ではシミュレーターですが、まあ簡単にぶっちゃけてしまえば路上教習や特殊な課題を行うためのの代わりなわけでして、今日はおふたりに天候による状況の変化とブレーキの違いについて体感してもらいますんでー」
ベテランの指導員は一通り説明すると、シミュレーターの電源らしきもののスイッチを入れる。
ブインという音が鳴ったと思うと、
まずバイクの模型のハンドルがが左右に動き、さらにガタンガタンとボディが左右に揺さぶられた。
どうもセンター出しの調整をしているらしいことがわかる。
その姿はあまりにも不気味である。
画面がないのだ。
何も知らずに真夜中にこの場所に来てこんなのを見たら間違いなくパニックになるだろう。
「じゃ、二人にはこれを身に着けてもらいますね。ちょっと見てもらえます?」
ベテランの指導員はVR用のゴーグルを手渡した。
律が促されるままに身に付けてみると……辺りは謎の異世界となっていた。
(マジっすか……これをどう綾華に後で伝えよう……教習所に来たら突如異世界にてバイクに乗ることになった件について……なんてな)
完全に独立した、3Dによる異世界が目の前に広がっている。
驚くのは模型のある位置にバイクが投影されていることだ。
つまり、VRゴーグルはバイクを認識しており、模型が完全に3D映像によるバイクに変化しているのだ。
(科学の力ってすげーー……って言葉がしっくり来る。そういえば後80年程度で青い狸型ロボットが登場するんだもんな……)
律はそのあまりにも完成度の高さに驚きを隠せない。
というのも、以前受けた合宿免許による教習所では、PS1よりひどい情けない3D映像による何年前のものだと言いたくなるシミュレーターで教習していたからである。
今目の前に広がっているのは確実にPS3~PS4レベル。
ビバ技術革命と言わんばかりのもの。
律から言わせれば「もうドライブとかこれでいいんじゃないかな」と言いたくなるレベルのものであった。
「そのまま画面見ててくださいねー」
どこからともなく指導員の声が聞こえる。
指導員の姿や小林の姿については確認できない。
VR上に存在しているのはバイクと異世界だけなので、律は一人世界に入り込みかけていた。
しばらくすると周囲に雨が降り出す。
「おおっ!」
思わず声が漏れてしまう律。
「へぇ……」
小林も関心しきりであった。
「じゃ、まず小林さんからバイクに乗ってやってみましょう。モードはオートにしてあるので変速の必要性はありません。今からまた晴れに戻しますが、このままウォーミングアップみたいにコースを回ります。危ないんでバイクに乗る際はゴーグル外して下さい。音羽くんはそのまま椅子に着席で。見ているだけの状態だと結構気持ち悪いんで、もしアレだったらゴーグル外して下さい」
律は期待に胸が膨らむ。
ガタッと椅子から小林が立ち上がる音がした後、足音が聞こえる。
そして次の瞬間、画面内のバイクが揺れた。
小林がバイクに乗った影響である。
「じゃ、そのままエンジンスタートして発進してください」
ベテランの指導員が促すと「エンジンをかけてください」と音声案内が室内に響いた。
バイクの模型近くにあるスピーカーからと思われる。
エンジンをかけると排気ガスの煙などと共にバイクが振動し、動ける状態となったが、律にはバイクしか見えない。
ブオオオアアアア
音と共にバイクが動き出す。
(うへぇ……)
先ほど指導員が述べたとおり、慣れないと間違いなく3D酔いをしそうである。
まるでそれはゲームのリプレイ映像をVRで見せられている状態だった。
目の前にあるバイクが走るのだが、バイクがカーブなどを曲がると画面の背景が回転するのだが、律の意思によるものではないので気持ち悪い。
たまらず律は椅子を移動させて小林を真後ろから覗き込む状態に移動した。
斜め後ろから見ていると吐き気がしてくるからだ。
バイクを後ろから覗き込む状態にすると今度はまともになった。
完全なリプレイ映像を見せられているような状態であり、バイクの動きに連動して背景が動くようになる。
よく見るとレンズフレアなど、3D演出がとても凝っている。
そんな美しい異世界の中、小林は音声案内に従ってバイクを動かしていた。
ガツガツと何度も道路端の段差などにこすり付けつつ、ミニ四駆のようにコースを進んでいく。
「はい、それじゃ天候をまた変えますー」
指導員の声と共に周囲が大雨の状況となる。
また、バイクの位置がスタート位置に戻され、コースレイアウトも変わった。
「ブレーキの状況変化と雨の際の走行です。では急制動みたいに案内にしたがってやっちゃってくださいー」
指導員の言葉の後に音声案内が出る。
このシミュレーションはようはブレーキの状況変化を体験するものだということを律は理解した。
雨の状況の中を走らせた小林は見事に派手にずっこける。
バイクが傾くと同時に画面も傾いた。
(いやー、ここ画面傾く必要性ないだろー)
ずっこけたことを体感させるために画面も横に倒れこんだが、律には理解できなかった。
「じゃ次、砂利道でー」
指導員の説明と同時に今度は再び晴れとなりつつも砂利道となる。
再び音声案内が入り、小林はその通りにバイクを発進させ、また見事に点灯。
「む、難しい……」
なれないハイテクシステムと挙動に小林は白旗を揚げた。
「まぁまぁ、体験なんでねー。では音羽さんと交代で」
指導員は降車を促し、ブレーキ体験を2回程行った時点で律に交代となった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
指導員に交代を促された律はゴーグルを一旦外してバイクへと向かい、
バイクの模型に近づいた律は再びゴーグルを身に着ける。
異世界へとログインした。
いつも通り、後方確認を二度行って乗車。
「ではシミュレーションスタートです!」
指導員の掛け声と同時にエンジンをかける。
エンジンスタートと同時にバイクが振動した。
(さっきは音だけでわけわからなかったけど挙動はかなり再現されているのか)
アイドリングの振動まで再現されている事に驚きつつも、音声案内に従い、すぐさまバイクを発進させる。
「左に曲がってください」
外周を一周した律は左折を指示され、ウィンカーをつけてバイクを傾けようとするが……傾かない。
「あれ?」
「低速すぎるとシミュレーターは殆ど傾かないんですよ音羽さん。もうちょっと速度を出したら傾けられます」
律が速度計らしき部分を見るとなんと時速5km程度だった。
思った以上に体感速度が速い。
律はややアクセルを入れて車体を傾けようと体重移動を行うと、今度はすんなりバイクが傾いた。
(なるほどな……低速だとハンドル操作でしか曲がれないわけか……オートってのは立ちコケしないという部分でもオートになっているのか……だから小林さんはまともに曲がれなかったわけだ。俺と同じ速度でハンドルで曲げようとしてもまともに曲がらんもんね)
CBよりもハンドルの切れ角が浅いシミュレーターでは、曲がる際にハンドルでまともに曲がるのは不可能に近い。
しかし体感速度が速いため、ある程度速度を乗せなければ前述する立ちコケ防止システムのようなものによって傾かず、やはり曲がらない。
綺麗に曲げるには速度を上げるしかなかった。
(うおおお、コイツは楽しいぞ!)
他の若者男性の例に漏れずゲーム世代である律は最新鋭のシミュレーターを見事に乗りこなす。
音声案内に従い、右へ、左へ、
また、標識などに目を向ける余裕もあり、表示された制限速度も守った上でバイクを操る。
そのまま一通り走行すると停車してエンジンを切るよう促された。
(もう終わりか)
時間を忘れるほど没頭し、律はウォーミングアップが終わるまでの体感時間が1分程度にさえ思えた。
「音羽くん流石ですね。それじゃ、ブレーキ体験いきますから」
指導員の声が聞こえたと同時に画面が切り替わる。
今度はなんと……雪である。
一面銀世界となり、路面は明らかに凍結していると見られる状態となっている。
「音羽くん。君は上手いんで先ほどとは違い、凍結路面の試験です……普通は乗らないですよねこんな環境下では……滑る挙動になっているので走行中も注意が必要です」
(面白い……やってやる)
エンジンをかけた律はすぐさまバイクを発進させた。
するとバイクは律に反逆せんとばかりに妙な挙動をする。
ハンドルを右に少しでも動かすとバイクの模型が右に傾くのだ。
それを補正しようと左に体重をかけると今度は後輪が滑ったような挙動を示す。
律はアクセルと後輪ブレーキを上手く活用してなんとか進んだ。
「そのまま進むとブレーキしてほしいと言われるのでブレーキでー」
指導員の声が響いてきたが律はそれに対して返事をする余裕すらない。
「ブレーキしてください」
音声案内と同時にブレーキをかける。
しかし急にではなくゆっくりと後輪から。
バイクが滑る挙動を示すのでハンドルを操作して何とかバランスを保とうとするもハンドルが重く、曲げたい方向とは逆に向こうとする。
各部分のモーターがそのような制動を行っているのだ。
しかし律はそのまま40km程度の速度からコケずに停止することに成功した。
「やりますねェ!」
「じゃ、次は大雨の不整地で!」
再び画面が変わる。
ただの雨ではなかった。
画面にフォグが強くかかり、前が良く見えない。
一方、地面は茶色。
フラットダートであった。
「そのまま音声案内に従って下さいー」
指導員の説明に律は首を縦に振って応じる。
音声案内に従ってエンジンをかけ、再びバイクを発進させると、バイクの模型はやや前後や上下に揺れた。
ハンドルも左右にブルブルと揺れ、明らかに不整地であることを感覚でもって伝えてくる。
しかし先ほどよりも制御は難しくない。
(大したことないな。前が見づらいだけだ)
街中ではないという理由もあり、対向車などもない事から律はどっしりと構えていた。
ある程度走らせると「停止してください」と音声案内がなされたので停止させる。
ズリュリュリュ。
妙な音と共にバイクが滑る。
前輪と後輪のブレーキを上手く生かして律はそのままバイクを停止させた。
「よしっ」
律は上手くいったことで思わず心の声が漏れる。
「流石ですね。では、ゴーグルを外して着席してください。シミュレーター状況についておさらいしましょう」
律はベテランの指導員に従い、バイクを降りてからゴーグルを外し、現実世界へと帰還してから着席した――。
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その後、指導員はどういう状況にてバイクがどういう挙動を示すか、二人の走行映像を見せて説明した。
走行映像はノートPCに映し出されており、それを見る形となっている。
その時点でどういう速度を出していて、どういう姿勢だったのか見ることが出来た。
驚いたのは真のリプレイ映像ではバイクの上に運転手がいたことである。
操縦していた際にはいなかった運転手がリプレイ映像では見れるのだ。
ただしただの乗っかっているだけのハリボテで首などが動くことなどはなかったが。
指導員は環境によるブレーキの利き具合や挙動について一通り説明すると、そのまま授業終了のチャイムが鳴ってしまい、シミュレーター1回目は終了となった。
「次回はコース内で急停車についてちょっとやったりしますんでねー。ではー」
いつの間にか指導員は教習ファイルに記載を終えており、律と小林の両名にそれを手渡した。
後は返却するだけの状態となっている。
「それではこれで……」
「お疲れ様です」
小林が先にシミュレーター室を後にし、律はそこに続いた。
出てすぐの所に綾華がいる。
「律くん……ニヤニヤしながら一体何やってたん?」
綾華はまるで何をしているのかわからないといった状況で律を心配そうに見つめている。
画面が一切ない教習のため、綾華は窓の大きさから律の姿は見えても具体的に何をしているのかよくわからなかったのだ。
彼女からは「ゴーグルを身に着けてニヤニヤしながら前後左右にゆさゆさ揺れる変態のような何か」しか見えていなかった。
「まあなんというか……異世界にちょっと出かけていてて」
「は?」
律の言葉に綾華はますます混乱し、律の額に手で触れる。
「熱はないみたいやけど……」
「VRだよ。最近ニュースとかでよくやってるだろう?」
「ああ!」
律の説明によって、ようやく綾華はシミュレーターの存在を理解した。
「そうかー……そうなんあるんかー」
「俺も初めて体験したぞ……これを言葉にするのは難しいね」
律は彼女にどうやって説明しようか考えつつ、二人は共に1Fへと降りていくのだった――




