表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/149

洗車とバイクカバー

 律が家に戻るとガレージにはこの間とはまた異なるバイクが置いてある。


「綾華か……この間とまた違うバイクだな……」


 周囲にはウィラーがおり、グルグルと見回すように回っていた。


「気になるの?」


 律の声かけにウィラーは「ン~」と喉を用いたような声で返答する。


 それは見た目はまるで欧州のバイクのようであった。

 ネイキッドであるが、日本製というよりかは「ピアッジオ」なんて言葉が出てきそうなバイクである。


 しかしタンクのエンブレムを見た律はそれが日本製であることを再確認した。


「スズキ……」


 特徴的すぎるエンブレム。

 このデカデカと銀色の輝くエンブレムは、盗難しようと試みるものを何故か追い払う魔力を持つ。


 調べてみるとグラディウスという名前であることが判明した。


 SUZUKI グラディウス400。


「バイクはやはりVツインだろ!」という声から、スズキが欧州向けに作った650ccVツインスポーツバイクの兄弟。


「VツインならSV650があるではないか?」と思った人。


 アレは日本向けに日本ばかりやたら評判のいい丸目にしてガラパゴス化させたバイクだ。

 いわばこっちは欧州向けストリートファイター。


 実際には兄弟車種というかほぼ同じ存在である。

 このバイクはそのグラディウス650の日本免許区分仕様ボアダウンバージョン。


 ちなみにグラディウス650自体は基本的にSV650とほぼ一緒ではある。


 よってボアダウンされただけのこいつもまたエンジン以外は基本SV650と同じと言い換えることもできるマシンであり、パーツを流用して現在も十分に修理可能……なばかりか、がんばってしまえばコイツを丸目にしてSV400なんて存在を作れなくもない。


 ただし、ガラパゴス化したSV650とは大きな違いがある。

 それはコストカットのためにメーター類を欧州仕様のままにしたことで、律が拘っているギアポジションインジケーターは存在するが「燃料計」が無い。


 SV650は両方搭載しているという点でグラディウス650とは大きく異なっている。


 一応、燃料計に代わって燃料ランプなる存在が点滅などを行って燃料状態を知らせてくれるが、「正直わかり辛い」と日本での評判はよろしくなかった。



 ――――――――余談――――――――


 ここで少し燃料計について説明しよう。

 欧州においての燃料計は基本「100kmで何L燃料を消費したか」という数字を表すモノで、今どれだけの燃料状態であるかを表すものではない。(国産車の国外仕様がこうなってるケースも多々ある)


 確かにほとんどのライダーは愛車に乗りなれると瞬間燃費の状態や挙動の状態などから「ある程度」は燃料状態を知ることができるようにはなる。


 しかし、体力などを消耗した長距離運用においてはこの限りではない。

 にも関わらず、欧州においては今尚この仕様が主流なのだ。


 彼らにとってはその数値とリザーブタンク切り替え表示ランプだけで十分だというのだ。


 実はこれ、確かに一理ある。

 例えばBMWなど、リザーブが3L以上あるバイクは「リザーブに切り替わってから」ガソリンスタンドを探せばいい。


 リザーブに切り替わるあたりのタイミングは先ほどの計測装置ともいうべき表示にて理解できる。


 問題は「リザーブがないバイクが増えてきた」今日においては、突然のガス欠が発生しうるので正直言って「欠陥品」のシステム。


 特に日本車はリザーブなんて搭載しないのが当たり前なので、グローバルモデルなどと言ってこの手の仕様にされたらたまったものではないが、逆輸入車やグラディウス400のように日本で販売しているがコスト的な問題で国外仕様みたいなタイプが存在するわけだ。


 グラディウス400で言えば、燃料ランプが2段階で表示方法が変わることでギリギリ許せる範囲ではあるが、正直それでも使いにくいバイクと言える。


 ちなみにリザーブタンクについての余談なのだが、その昔の日本のバイクのスペック表記で「22L(リザーブ4L)」と書かれていれば18Lタンクにリザーブ4Lという意味あった。


 だが国外にて「20L(リザーブ4L)」などと表記されていた場合は「計24L」のガソリン容量を意味する。


 初BMWにて20Lしかないと思ってガソリンスタンドに行ったら23L以上入って「タンクに穴空いてる!?」なんてパニックになったのは筆者だけだろうか。


 つまり、20L入しか入らないはずのこの世にて最強とされるアドベンチャー車両の航続距離が実際は500km近くあるのはリザーブ4Lもあるからだ!


 アフリカツインより6Lも多く入るんだからそりゃよー走るわ。

 むしろ18Lちょいで460kmとか走ってたアイツも相当なのだが。

 ――――――――余談終わり――――――――


 ガレージからリビングに入ると綾華の姿は無かった。


「……まさか」


 嫌な予感がした律はすぐさま自室のある2階へと駆け上る。

 ドコドコとまるでVツインエンジンのアイドリング音のようなものが家の中に響き渡った。


 ドカッ


 やや強めに自室の部屋を空けると、案の定綾華の姿があった。

 長距離移動で疲れたのか律のベッドで寝息をたてている。


 この間とは別物のだがライディングジャケットと長袖のスポーツシャツウェアを脱いでおり、キャミソール姿となっており、


 自己主張せんばかりにそのスタイルを見せ付けつけるような姿となっていた。


 律の足音やドアを開ける音ですら目覚めないほど深き眠りにつく姫君の姿に律は頭を抑えつつ、ため息を漏らした。


(その姿でうろつかれるとやせ我慢せにゃならなくなるのがなあ……)


 やはり女性としての魅力は十分にある。

 そう自覚させられる。


 本能が彼女の体を求めようとするのを押さえつけなければならない。


 その際に生じる嫌悪感が相当のものであり、律としては「どうにかならないものか」といった状態であった。


(免許さえあればグラディウスに勝手に乗ってしまうんだが……)


 免許がないことで逃げ場がない律は「よし、来週の土曜までには確実に免許取ろう」と意気込むのだった。


 仕方ないので律は物置から簡易宿泊部屋と母親が改装したばかりの部屋で寝ることにした。

 朝からランニングなどで適度に運動した上でバイクに乗ったために律も疲れていたのだった――


 ~~~~~~~~~~~~~~~~


 午後、律は目を覚ました綾華に起こされる。

 律は第一段階を突破したことを報告すると綾華は――


「なに。じゃあ免許までもうすぐやない?」と第二段階より一気に加速することを認知している反応を示す。


 それに対し律は「次にお前が来る頃には愛車は無いかもしれないが、免許はある状態にしとくさ」と言い切っていた――


 そのような状態でしばしこのような日常会話を交わすと突如綾華は話を切り出した。


「それより律くん、タンデム経験ないんやない? バイク系のモノ買いに行こっ。まだいろいろ足りてないんやろ?」


 突然の話に律は戸惑う。

 綾華は目を輝かせており、どちらも経験済みですとは言えない雰囲気がある。


 たしかにまだ足りないものは多数あり、それについては綾華に聞こうかと思っていたところではあったが。


「あーえっと……タンデム走行はつい先日したというか……」


「ふぇ!? 誰と!?」


「お前も知ってる子だよ。優衣だよ。松田優衣。俺がジュニアリーダーん時に一緒にイベント参加したりしていたの覚えてない?」


 その言葉を口走った瞬間、律には間違いなく綾華にまるで電波のような静電気のようなものが頭にほとばしる幻覚が見えた。


 見えるほどの何かを感じた。


 それはまるで「律の家に近づくまでに感じていたプレッシャーは奴のものか!」と言わんばかりである。

 残留思念同士がどこか遠くの世界で戦っていそうな雰囲気すらあった。


「へ、へぇ~そうなんか……松田サンが……ねぇ?」


「あ、ああ……彼女も二輪取っててVESPAに乗っててな」


 律の額に汗が流れる。

 それはまるでライバルの登場と、ライバルに先を越された事に対して燃え上がるようであった。


 目の奥に炎が見える。

 怒りというよりかは「これ以上は先を越されてはならぬ」と自分に言い聞かせて心の中に炎が灯った様子である。


 無論、そこまでの関係は律と優衣にはない。

 しかし律自体は(今後もう少し仲良くなったら友達以上恋人未満ギリギリにはなりそうな感じ)という感じはしていた。(実はあちら側も似たような感情をもっていた)


 綾華はそこに割って入りたくて仕方なかった。

 いや、割って入らねばならぬというべき方が正しい状況であった。


「まーあれだよ、俺もほしいのあるのは事実なんだけど、買いに行くっていうよりかネットショップでいいっていうか」


「何?」


 綾華の声が1トーン低くなっていたことで律は思わず一歩下がってしまう。

 綾華の顔には「なんで事前相談もなくタンデム走行をしたの!?」といったような文字が書いてあるように律には見えるほどであった。


「今必要なのはバ、バイクカバーと洗車関連についてで……特に洗車方法には困っているというか……」


「ふーーーん?」


 綾華は律に近づいて顔を覗き込む。

 やや上目遣いになり、律の顔を通して優衣が何をしたのか様子を伺っている。


 女に可能な探りを入れるというものである。


 男の表情やしぐさからどういうことがあったか読み取るのだ。


「タンデムした件については改めて後で事情を聞かせてもらうとして……バイクカバーについてやね」


「な、難燃性のあるものの方がいいんだろう?」


 律は綾華の勢いに押され、壁に押し付けられる状態となっていた。

 綾華は右手を差し出し、ブラブラさせる。


「停車させる場所によって、目立つ色にさせるか目立たない色にさせるかで迷うんよ。オープンな駐車場やと目立たない色にさせるとな、車とかに激突される恐れもあるんやよ?」


 なるほどと律は首を縦に振る。

 運用において想像力が足りてなかったことに関心する。


「目立たなくさせたい場合は自宅駐車場とかのためか」


「そやねー。家の中に入れたら外から見えないようにさせたほうが盗難されにくいはず」


 綾華は少しずつ声のトーンが戻ってくる。

 表情も落ち着きを取り戻しつつあった。


「俺の場合は出先などでしか使わないから……銀色とかの方がいいのか?」


「そうやろね。難燃性の必要性は律くんやとよーわからんなあ。いたずらされる場所に長時間駐車させる予定ないなら普通のでええんやない?」


 綾華が難燃性のバイクカバーを推奨しづらそうにしているのは理由があった。

 ベンチレーションや防水性その他を考えると難燃性系素材は性能的に微妙だからという側面がある。


 無論いたずらに関してのリスクから難燃性のものを選ぶのが屋外駐車の基本。

 だが、それでも選ばない人間が結構いる背景には「それ以外の性能が微妙で錆びやすくなるなどカバーそのものとしてみた場合の性能が微妙」という所に起因する。


 マフラー部分にだけそういう耐熱素材を蒸着させるなんていうカバーが少なくないのもこれが理由だ。


 防火や難燃といった性能を満たす素材は防水や透湿などに優れないのだ。


 どれを選ぶかはその人におかれたバイクの運用環境によるわけである。


「例えば耐熱性が無いバイクカバーでオススメとかある?」


「車体に傷が多少ついてもええならポリエステル生地のテントに使われるような頑強なものとかええんやない?」


「へー。そんなのあるのか」


 いくつかの人気バイクカバーには生地を二重とし、オックス300Dクラスのポリエステル生地などを用いたバイクカバーがある。


 こちらはバイクに傷がつきやすいという弱点がある一方、カバー自体の性能は非常に高い。


「あとはヤマハのバイクカバー……やな。ホンダドリームでも使ってたりするぐらい優秀なんやよ?」


 ヤマハバイクカバー

 特徴的すぎる青または緑色のストライプの入ったバイクカバーである。


 とにかく「スズキ」「カワサキ」「ホンダ」問わず、バイク屋でよく目にする。


 都内のホンダドリームでは三ヶ所確認できるぐらい優秀な「バイク屋が選ぶ」バイクカバー。

 こちらのバイクカバーが人気の理由は、耐久性の低下が目に見えてわかる点にある。


 雨がやや染み込み始めたあたりでいきなり破れるのだ。


 消耗品のバイクカバーにとってはヘタに頑丈で「いつ交換すればいいのか」と迷うことがよくあるが、「5年程度で破れる」という消費期限切れを表すバロメーターが存在するため、そこが買い替え時期となる。


 大体その頃になると防水性がガタッと落ちるので交換時期となるわけだ。


 破れたら交換と考えれば3~5年は保つためそれなりに頑丈で、かつ総合的に極めて優秀なのである。


「ヤマハか……ポリエステル系か……」


「ヤマハなら使い古しが光くんのショップにあるで。ちょっと破れてるけど補修したのが。いつものパターンやとあと3ヶ月程度使えるから使ってみる?」


「使う!」


「なら今度もって来るな~」


 律はバイクカバーについてひとまずヤマハの物を光よりゆずってもらい試してみることにした。


「それで洗車についてなんだけど……」


 洗車。

 都心部に済む者なら非常に苦労することであろう。

 水が使えないなんて当たり前である。


 洗車場が減ってきた上、洗車場が「二輪利用禁止」なんてことも多い。


 二輪禁止になった原因はオフロード系バイクが泥などでギトギトに汚したことが原因。

 二輪禁止の場所は同様に「4WD系」なども都内の洗車場は使用禁止にされている。


 律の家の付近の洗車場も禁止となっていた。


「私は水で洗車はめったにせんな」


「は?」


 律の思考が停止しかける。

 水で洗車しなければ一体何で洗車をするというのか。


「洗車って洗うってことだよな……水で洗わない?」


「ちょっとこっち着て」


 綾華は手で促し、律と部屋の外に向かう。

 行き先はガレージであった。


 ガレージに向かうとグラディウスに装着されているシートバッグからスプレー缶を取り出す。


「ケミカル系の溶剤がいくらかあるんやけど、私は油洗車とかスプレー洗車と呼ばれる方でやってる。やっぱ機械に水をかけるのは億劫になるんやよ……私はエアコンプレッサーとスプレーだけしか今のところ使ってないんやけど……」


「こいつもそれで?」


「ああ……うん。これうちの試乗車兼レンタルバイクなんやけど、光くんからセッティングを頼まれてて、その調整で今日持ってきたんやけど……うちのレンタルバイクの洗車は基本、同じ方法なんやよねー」


「へー……変な意味じゃないけど綾華にセッティングを任せる車両もあるのか……」


「まあ弄り易いバイクやからね~」


 律がバイクを近くで見ると、バイクはまるで新車のごとくビカビカしている。


「ガラスコーティングってのも……してるのかな?」


「しとるよ~綺麗なほうが借りやすいと思うし」


(ガラスコーティングってこうなるのか……こんなビカビカしてなくてもいいんだが……)


 初めて見たガラスコーティングに律は少し違和感を覚えた。

 綺麗は綺麗だが、なんと言うか飾ってあるバイクのようであったからだ。

 しかし、水洗いせずとも十分に綺麗になるということは目の前にあるグラディウスを見るとよくわかる。


「スプレーって何使ってるの?」


「これはコーティングがCR-1やから、CR-1CURE2やったかな……カウルはそっちで磨いて、他はCURE6-66やワコーズのラスペネなんかを併用して……面倒ならシリコンスプレー1本でもええかな?」


「いろいろあるんだな……」


「プレクサスもええんやけどガラスビーズ系は洗浄力強すぎて剥がれてしまうから……」


 見慣れない単語から律は勉強が必要であることを理解する。

 どこに何のスプレーが適切なのかさっぱりわからない。


 とりあえずそちらは後で調べることにした。


「それで、律くんは他に必要なものとかないの?もう全部買った?」


 美しく磨かれたタンクを撫でながら、綾華は律に「どこかに行こう」と誘いをかける。

 その様子からタンデム走行は絶対にしたいと考えている綾華の意思のようなものを感じ取った。


「チェーンルブとかどうしようかなとは思ってるが……」


「なら買いに行こっ! 今すぐ行こっ! ヘルメットあるんでしょ?」


「まああることにはあるが……」


 やや引き気味の律であったが、必要なバイク用品はあるので、綾華と一緒に出かけることにした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「うえぇ!? GT-Airやんか! またすっごいモン買ったなぁ……」


 出発直前、律が持ち出してきたヘルメットに綾華は驚いていた。


「いいモノだって言われて……さ」


「最初からそんな高いの買ったら、落としたとき悲惨やないの? 最初の頃は本当によく落とすんよ」


「まだ落としたことはないけど……そうなの!?」


 律はヘルメットを眺めるようにして傷を確かめる。

 手荒く扱ったことは無いが、やや汚れており、その部分を擦るようにして汚れを落とそうとした。


「ああ! そんなマット塗装を擦ったら剥がれるで! もっとヘルメットの扱い方は丁寧にしないとッ律くん!」


 その様子を見た綾華が静止した。


「SHOEIフラッグシップの……マット塗装にいきなり手をだすなんて律くん漢やね-(これはいろいろ教えないとアカンなぁ)」


 綾華は律の知識不足による危うさを感じ取り、バイク用品に向かいつつ、そこで改めていろいろ指導することに決めた。


 次回「湾岸線と夕日……そして免許獲得へと挑む」

後数回で本編開始です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ