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見極め……そして教習第二段階へ

 日が沈み辺りも暗くなった時刻に律と優衣は自宅付近にまで到着した。

 彼女は律の家のすぐ近くの通りの先に自宅があるので、律の家の近くに停車してくれたのだった。


 優衣がVESPAから降り、その後に律が続く。


「これだけだっけ?」


 シートをパカッと開き、メットインからバッグなどの荷物を取り出すと律に差し出す。


「ああ。それだけ」


「そっか」


 律がバッグを受け取ると優衣はすぐさまシートを下ろし、再び乗車する。


「それじゃまったねー」


「ああ、またな」


 彼女に向けて律は軽く手を振った。


「あ、そうだ」


「ん?」


 一旦発進しようと前を向いた優衣は律の方へ再び振り向く。

 少し間を置いて何か考えた後、律に対し言葉を投げかけた。


「私も、もう、ちゃん付けで呼ばれるような歳でもないし呼び捨てでいーからさー!」


「えっ?」


「だから、下の名前だけでいいって~!」


 声がよく聞こえず、聞き返した律に対し、ヘルメットのシールドを上げ、口元に手をあてがい、メガホンのようにして律に伝えようとする。

 優衣は「優衣うい」と呼んでほしいことを律に希望していた。


「わかった!!」


 律は手を振り上げて応える。


「じゃあね~リッくん!」


「ああ! またな! 優衣!」


 律が呼び捨てにて下の名前で呼ぶと、優衣は満足した様子を見せ、VESPAで律の前から消えていった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 自宅に戻った律は大急ぎでネットの情報を探す。

 探し物は「ハイパロン」または「それに該当する素材」を使った合羽である。


「バカだな俺は……どうして最初からこれで探さなかった。用品店に行けばバイク向けにそういうものがあるなんて勘違いも甚だしい。今時の流行はゴアテックスに決まってる」


 頭の中に広がるのは今日の記憶。

 ゴアテックスとゴアテックスを目指して開発された化学繊維系透湿防水素材ばかりが溢れ、極一部にPVCゴムを蒸着させた合羽が安物として存在していたバイク用品店のコーナーの一角。


 望むべく品など「数寄者」が好むものなので、大衆向けを置くような店にあるわけがなかった。


 律はすぐさま「CSMゴム」の合羽を調べ、そして手軽そうな製品を探す。

 目指すは「CSMゴム+ナイロン生地」のもの。


 ポリエステル系ではないのは「耐熱、難燃」という特性をナイロンのほうが持つからだ。

 バイク系レインブーツカバーや、PVCゴム蒸着の合羽がこぞってナイロンであることから、


 律は「熱が及びそうな部分」にはポリエステルは危険とメーカーも判断していることに気づき、避けることにした。


 その結果見つけたもの。


 それはなんと光や綾華のいる地元から西へ50kmほど進んだ大垣市にあるとあるメーカーのものだった。


「富士ビニール工業」

 一般向けのCSMゴム製合羽を日本国産にて製造し、そして販売する数少ないメーカーの1つ。

 律はそこから「クールコート」を見つけ出し、即座に購入した。


 白はポリエステルだがネイビーはナイロンタフタ100%にCSMゴム。


 ツーリングユーザーの極一部も愛用する「地方の赤バイも使う合羽」であり、光や綾華のいる地元警察はこれの「白」バージョンの「クールコート 夜光雨衣」もしくはオールPVC素材の「レインストーリー1535」を官公品として独自に改良したものを利用していた。


 つまり「とにかく耐久性」や「防水性」が求められる現場にて使われる代物だということ。


 お値段約6000円。

 ゴアテックス製品の1/8であった。


 実際にこれが本当に「他の雨ガッパより優秀」なのは間違いないのだが、「ツーリング用途」として本気で活躍するかは未知数であった。


 しかし律はなんとなく「絶対に染み込まず、嵐すら耐え抜く防水性」と「価格」から、「まずはこれでやってみよう」と考えたのだった。


 勢いに乗った律はそのまま「バイクカバー」も購入しようと考えるも、そっちは綾華からオススメのものを聞いたほうがいいと考え直す。


 明後日には恐らく来ることが確定している彼女の知識の方が優れているのは間違いなかった。


 一方、各所で「便利」とされているカラビナロックに手を出すことにした。


 カラビナロック。

「無意味」という人間もいるが、あればあったで役に立つ代物。


 特にコストカットのせいで「ヘルメットロック」がついていない最近のバイクでは役に立つ。

 ヘルメットをハンドルなどに引っ掛けた後にヘルメットとハンドルをロックしたり、


 人によってはシートバッグとワイヤーを用いてシートバッグを盗難されないように仕込む者もいる。


 ただしカラビナロック、安価だが非常に種類が多く「どれがいいのか」全くわからない。


 しかも「同じ形」のものがなぜか様々なメーカーから出ている。


 ――――――――――余談――――――――


 ここでちょっと余談だ。

 最近、カメラマウントやカラビナロックなど、様々な金属製の小物が多種多様なメーカーから出ている。


 これらは「模倣品」や「パチモノ」の他に、下請けで製造しているメーカーが同じで販売メーカー名の刻印が違うだけというパターンなど様々。


 こういう場合、模倣品がメーカー正規品より品質が上回ることがあるのは「台湾」や「ベトナム」が「中国製」よりも製造能力があったりするからだが、大半の場合は「正規品」と「正規品の横流し」のノーブランド品が最も品質が高い。


 しかし「下請けしているメーカーが同じ」とかになるとみんな品質が同じで「安いほうがいい」となり、とにかく見分けるポイントが難しい。


(一般的に基本は重量。例えばカメラマウントの場合、重い製品は手回し式のつまみ部分が金属になっていて頑丈だが、正規品がプラスチックで不評だったのに勝手に改良されているケースがある)


 それで、カラビナロックについてもこんな違いがある。

 前述の通り「重量」の違いだ。


 全く同じ形なのに、現在は倒産してしまった「斉工舎」のものと「KOMINE」などの同一形状のものとでは2倍もの重量差がある。(前者が120g、後者が60gだが、両方所持している筆者としては前者の方が重量感があってまるで違うとここにて記しておく)


 この重量とは何かというと、「カラビナロック」に使われるカラビナの素材の「肉厚」によるもの。

 切断してみるとすぐわかるが、前者の方が肉厚、後者の方が肉薄。


 防犯上「見掛け倒しにしかならんやん」と言われる代物ゆえ、この手の製品は「軽くても意識してますよってアピールだけでよくね?」と言われるが、斉工舎のものは簡単に折れ曲がらないほど肉厚かつ重いカラビナを使っている。(初期ロットはステンレスカラビナ、後期ロットは肉厚アルミ、現在一般流通品の同じ形状のものは軽量アルミカラビナ)


 しかしロック部分の「ダイヤルロック」は完全に同じメーカーの商品。


 どちらを買うべきかというと、重さが気にならないのであれば斉工舎がベストだろう。

 ただし現在は入手難なので注意。


 かつて投売りされている時に4個購入したが、そのとき500円だったけど今は2000円近く。

 希少価値で随分値段が上がったが、ネット掲示板の防犯系のスレッドなどでも「無駄に重いが最も頑丈なカラビナロックだった」と評価されていた。(現在、これと同じレベルで頑丈なカラビナロックは無い)



 ――――――――――余談終わり――――――――


 律は様々な情報を調べた結果、防犯系の情報から「斉工舎」のものが最も優秀だということを知るが、同時に倒産している事も知る。

 しかし「斉工舎」のカラビナロックは随分高額だが現在でも入手可能だった。


 お金に余裕がある律は(頑丈なものは最終的に減価償却の観点からしてもリターンが大きいからね……)と判断し、斉工舎のものを4個購入した。


 それだけで8000円近くの消費である。

 後にとても役立つことになるものをこの時点で購入することになる律だった。


 ただし、律の購入予定のCB400は2018年モデルよりクレームが噴出していた影響で再びヘルメットロックが復活していた。(2014年から消滅)


 問題は形状が形状のせいでキジマなどが販売するヘルメットロックアシストのようなものがないとヘルメットが車体と干渉してしまい、まともに装着できないタイプとなっている点だ。


 律はこのヘルメットロックの存在には気づいていた上でカラビナロックを購入したが、ヘルメットロックアシストの必要性に気づいていなかった。


 しかしながら、「レインウェア」「チェーンロック」「ディスクロック」「ジャケット」「グローブ」「ヘルメット」、その他小物などが揃った影響で走るための装備は一通り揃ったことになる。


「土曜に綾華が来た際に洗車方法とカバーについて相談するかなあ……」


 独り言をつぶやきながら一連の作業を終えると就寝した。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌日の週末、律は1時限目と最終時限に予約を入れており、さらに綾華の来る土曜日の1時限目に予約を入れていた。


 見極めが終わらないと第二段階の予約ができないということで、予約はここで一旦終了。


 その日の1時限目の時に「そろそろコースにも慣れてきましたねー」と律にとっては初となる別の若手指導員から言われる一方、律自身もコースについてある程度暗記しており、見極めにとって危険なポイントはクランクだけとなっていた。


 そのクランクもまだフラフラながら何とかクリアできてはいる。


 なお、律はここに来て感づいてきていることがあった。


 ここの教習所が「とりあえず最低限卒業検定をクリアできればいい」範囲まででしかライディングについて教えない場所であることを。


 アドバイスを受けようとしても「まー公道に出れば慣れますから」と突っ返されるケースが増えてきたのだ。


 そのためニーグリップなどの感覚もまだちゃんと掴めない。


(もしかして、教習所選びに失敗したかな)と考え始めてきていた。


 実際、後にその予想は大当たりしてしまうことになる。

 近場にあるもう1つの教習所は「もっと細かく」教えてくれる場所であり、後にそこで「大型を獲得」することになるのだ……それはまだ先の話であるが。


 さて、午前中の教習を終えた律は近場のメーカーのディーラーもどきではない純粋なバイク屋に立ち寄ってみることにしたが、そちらは一見さん+購入意欲の無い人間お断りの場所だらけであった。


 あまりアドバイス等貰えず、整備等についても特段薦めてくることがない。


(バイク屋ってこういうもんかな?)などと思うものの、その後も周辺をブラブラして時間を過ごし、そして最終時限に見極め前の教習を受け、特に問題ナシと判断され見極め前最後の教習を終えた。


 課題については「一本橋」「スラローム」「クランク」の3つはいまだに危険な領域である。

 一本橋は一気に駆け抜けることで6秒程度で何とか通過可能で、失敗は1/8程度の確率。


 スラロームは同じく2秒足りずに通過可能だが、フラフラするのと1/15ぐらいでパイロンを倒してしうまう。


 クランクについてはほぼどうにかなっているが。1/7ぐらいで足をついてしまう。

 それでも「合格範囲内」ということで指摘は受けるものの「まだ時間はある」ということでそこまで厳しく練習させられることはなかった。


 他の坂道発進や急制動については元より車が仕事だった人間で、かつMT車両に乗っていた影響もあり、慣れもあってほとんど問題がなかった。


 そんな律に対し、最終時限の担当者であるベテランの指導員だけが「今まで一回も教習中にコケたことがないのが逆に心配だ」と釘を刺していた。


「コケる」という感覚を覚えていないというのが公道で不安があるという。

 律自身は(コケたら持ち上がらないからコケたくない!)と必死だったが、ベテランの指導員は「今しかまともにコケられないぞ! 3回ぐらいコケとけ!」とアドバイスを送っていた。


 ――その後、見極め前の教習は「見極め合格範囲内」として合格を貰い、いざ明日の見極めとなった。


 律は「これで大丈夫なんでしょうか……」と心配そうに問いかけると。


「まあどうにかなるだろう」と、他の指導員と同じ返答であった。


 結局、律がやや納得できないまま見極めに突入することになるのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌日、朝早く起床した律はランニングを行うことにした。


 日課にしようとこれまでがんばって起床していたものの、低血圧などが影響してフラフラでありまともに走れなかったのだが、リハビリを受ける病院などから「なるべく動いたほうがいい」といわれ、何度も心の中で「やろう。やろう」と考えていたものである。


 昨日はできそうな印象があったが二度寝してしまっており、本日からようやく開始となった。


 ランニングを開始した律は何度かダッシュを試みる。

 しかし体力の低下は尋常ではなく、全くダッシュできない。


 頭の中ではとあるテニスプレイヤーの回想録のドキュメンタリー番組が浮かんでくる。


 男子テニスにてウィンブルドンで16強まで残り、「諦めんなよ!」などの台詞が有名なとある男は、16強になる前の大怪我の際、同様に走れなくなりテニスを諦めかけたことがあるという。


 しかしそこからランニングなど、一歩一歩努力して体力を戻していったといい、律もそれを真似しようと考えており、まさに「彼の回想と同じだ」と寝たきりになることがいかに体力を落とすか実感したのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ランニングが終わった律は朝食を採り、そのまま教習所へ。

 教習所では見極めとなることになった。


 しかしここまで特に問題なく走行できた律は、今日とにかく体の調子がよく、特に無難な状態で見極めを突破。


 クランクについてはまだ怪しい挙動を示したものの、普段から自動車に乗っていたということから交通ルールの遵守についてはまるで問題が無く、割とすんなりと見極めに合格した。


「音羽さん。次回1発目はAT車に乗ってもらいます。第二段階はこういった様々な課題に挑戦してもらいつつ、コースを只管回ってもらうことになると思います」


 若い指導員は律の教習ファイルに見極め合格の印鑑を押しつつ、説明した。


 第二段階。

 俗に言う「応用走行」


 様々な条件を指定し、その状態を体感してもらう教習が中心。


 例えば「ブレーキ性能の体験」など。


 急制動とは別に、タンデム状態や前ブレーキのみ、後ろブレーキのみ、エンジンブレーキのみでの減速の体験などを行うもの。


 シミュレーターも第二段階から本格的に挑戦することになる。

 シミュレーターの名目は「法規走行」つまり、外を走れないバイクにおいて外と同じ環境を体感してもらうための走行。


 体験の中には普通二輪免許ながら、大型免許専門課題の「波状路」などの体験も含まれることがある。

 こういった応用運転の体験と、コース周回によるレベルアップが第二段階というものである。



 ――はてさて、ついに見極めに合格し、受付に戻ってきた律は再び予約が可能となったのだった。


 ここからは「1日最大3回」教習というものが可能となる。

 現在9回の教習が終わっているが、残りは後「8回」


 つまり、最大限利用すれば「4日(セット教習が実質2時限扱いであり、3、2、3という方法となるが、その場合だとその日の卒研の参加資格が得られないため。)」


 4日目の午前中、2時限までに卒研前の第二段階見極めを合格することができれば、この教習所では午前中に予約すれば正午のお昼休み時間帯が卒研となるため、そのまま卒研にまで突入可能だが、上記の方法だと最速攻略だと4日目は卒研オンリーとなる。


 さらに卒研が平日だと、この場所から車その他で移動できれば府中運転免許試験場にて免許まで即日発行可能となる。(北に向かい、東八道路を真っ直ぐ下り方向で進めば府中運転免許試験場がある)


 逆に午後以降の教習だと翌日となってしまう。


 律は握力の状態が上向いてきたことから、とりあえず明日は2連続教習とすることにした。


 3時限目については「いつも最終時限が空いている」ことから、当日予約で間に合うのであえて予約しないことにしたのだった。


 そしてややテンションが上向いた状態で律は帰宅していった――

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