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ブーツとブーツカバー

 ブーツコーナーへと辿り着いた律と優衣。

 すると彼女は律の腕を引っ張り、レディースゾーンへと誘い込む。


「ねぇ? どれが似合うと思う~?」


 その言葉と表情はもはや彼氏に向けるソレである。

 律は内心(これが浮気行為ではありませんように……)と願うのだった。


 自分自身にその手の人間はいないが、あっち側に男がいたら困るのだ。

 優衣が美人局だとは思わないのだが、世の中何があるかわからない。


 律はネガティブ思考ではないものの、時代が時代ゆえに店を出た瞬間に殴られるような展開を想像して心の中では常に身構えていた。


 だが、その様子から優衣は何となしに自分と同じバイクと言う趣味を持つ人との繋がりが希薄なのではないかということが推測できた。


 優衣はテンションを上げながらレディースコーナーを歩き回る。

 欲しいのは皮製ブーツであり、いかにもライダーですといった外側にプロテクターを配置するオフロードブーツやスポーツ系ブーツといったものに目を向けない。


 実際に手に取るのも皮製ブーツであり、手に持った重さを気にしている。


「優衣ちゃんは普段着がジーンズのイメージがあるから、その場合は明るめの茶色かな。ロングブーツはダサいと思う」


 優衣がいくつかロングブーツに手を出していた様子を見た律は、ロングブーツに否定的な見解を示す。


 個人的に膝あたりまでくるロングブーツはなんというか「性別問わずライダー的には非常にコーディネートが難しいものではないか」と考えていた。


「あ~確かにそうかもね~。それで、先輩はジーンズがブーツインする状態と、ブーツアウトするような感じのショートブーツ、どっちがいいと思う?」


 優衣は律の意外にもスパッとした否定的見解に特に不快感は感じなかった。

 いくつか手に持ったブーツを履いた自分の姿を想像すると見西部のガンマンか何かが馬に乗るのかといったような感じであり、


 スカートなどを身に着けないライダー的服装においてロングブーツは極めてアンバランスになりそうなのである。


「断然ブーツインだね。それにやっぱ紐が少ない方が……おぉ? これよくない?」


 棚に並んだ大量の革ブーツを眺めていた律は1つ取り出して優衣に差し出した。

 それはALPHAのショートライディングエンジニアブーツであった。


 非常に明るいブラウンに黄色い糸のステッチが施された中々に女の子向けな可愛いデザインのものであった。

 黒いジーンズやカーゴパンツなどに特に似合いそうなデザインである。


 ところが――


「ってどうした……?」


 キョトンとした表情の優衣を前に思わず焦る律。


「い、いやぁ~先輩が意外と服装センスあるって知らなかったから……」


 恥ずかしさによって優衣は律から目線を外し、手で顔をやや隠した状態にした。


 優衣が知る律の普段着は実用性一辺倒だった。

 そのため優衣が知る律は「服のセンスは無いのではないか」というのがコレまでの評価。


 格好いいものよりもシンプルで無難でかつ「丈夫そうな」ものを選んでいる印象がある。


 しかし無機質でシンプルな物自体はそれなりに着こなしている印象もあった。


 優衣はそれまで知らなかった律の側面にやや驚いたことと、恥ずかしさから顔をやや赤らめつつ、そのブーツを履いてみることにした。


 ブーツは現在の身なりにも似合うものであり、律のセンスが光る。


(うーむ……それなりに考えてチョイスしたとはいえビックリするほど似合ってるな……)


 片足だけ突っ込んだ常態であったが現在の黒いハイヒールシューズよりも明らかにALPHAのショートエンジニアブーツの方が似合っていた。


 細い足に黒タイツという状況から、黒に黒よりも明るい色調のブラウンの方が合うのである。


 現在見につけているサイズはやや大きいと思われややアンバランスであるが、適切なサイズであればさらに引き締まって合うことは間違いなかった。


「よーし。これにしよっ! ありがとね先輩!」


「値段それなりだけど大丈夫なん?」


「うんうん。予算範囲内だよ~。私バイトしてっからねぇ~お金はそれなりにあるさ~」


「そうか……」


 彼女もすでにバイトするような年齢になったことで律はいろんな意味で成長というものを実感した。


 律がそのような思いをしながら黄昏ている中、


 近くを店員が通ったので優衣は自分に合うサイズを在庫から出してもらうことにした。

 店員は優衣からサイズを聞いて「在庫があるのでもってきます」といってその場を立ち去る。


 一方の律は白昼夢のようなものを見ていた。


 優衣は小学校2年から中学2年ごろまでの間ずーーっと見てきた子であり、現在の姿は最初こそ戸惑ったものの、しばらく過ごすうちに面影のようなものが垣間見られていた。


 まるで走馬灯のように彼女の成長していく姿が脳裏に浮かぶ。

 そして良い方向に向かって育ってくれたことに安堵していた。


 小学校の頃は明らかに「引き篭もりとかになりそう」な雰囲気があったためである。

 ただやはり「女の子」から「女性へ」と成長もしていた。


 特に胸部は中学時代よりかなり肥大化している事を見逃さなかった。

 巨乳というほどではないが、それなりに出っ張っていることだけは現在の服装からも理解できるほどである。


 サイズにしてC~Dのあたりといった感じであり、やはりアウトドア派特有の細身で引き締まったそれなりの細身でありながらその部分がやけに目立っていた。


「――これでピッタリ!……って、どしたの?」


「あ、いや……あの小さかった優衣ちゃんももう大人だなぁと思ってさ……」


「ん~? まぁいいや。会計行こうよ」


 ややボーっとしていた律に対し、優衣は心配になり声をかける。

 その影響で律は現実に引き戻された。


 律の言葉に頭にクエスチョンマークが浮き出てきそうな表情をするも、そのまま二人は会計へと向かおうと歩き出した。


 その時である。


「ちょ、ちょっとまって!」


 会計に向かおうとする優衣に一旦引き返すよう律はお願いする。

 律はメンズ向けブーツの棚の近くにあったソレを見逃さなかった。


 すぐさま近づいて商品に目を通す。


「レインブーツカバー……だと!?」


「んー?」


 それはブーツコーナーにある、ブーツカバーコーナーであった。

 またの名を「オーバーブーツ」または「オーバーシューズ」という。


 ブーツまたはシューズの上に身に着けるもので、軍用や化学系工場などの特殊用途、他にも登山などに使われる存在であった。


 律は登山用として1つ所有していたものの、「ライディングシューズ用」という存在があることを知らなかったのだ。


 ブーツカバーと呼ばれるものは極めて雨に強く、それでいて防寒用途としても使える。


 特に律が興味を持ったのはSINPSONのレインブーツカバーだった。

 極めて分厚い頑丈なナイロン生地の裏にゴムが蒸着されたゴム引きレインブーツカバーである。


 他の製品が薄いポリエステル生地やナイロン生地の中、こちらだけ明らかに質が飛びぬけて優れていた。


「これはいいもんだ……試着は出来ないないみたいだけど……」


「試着用あるみたいよー?」


 優衣が棚の真下の箱の中にある試着品の存在に気づき、1つ取り出して律に差し出す。


 Lサイズのそれは現在の律のスニーカーにピッタリであった。


「よし、これを買おう。絶対に役に立つぞ」


「あ、じゃあ私も買う!」


 優衣は律に便乗する形で試着品を試し、Mサイズが自身の購入したブーツに合うことを確認すると購入することにした。


 律は黒のL、優衣は白のMを選択。


「SINPSONレインブーツカバー」

 ナイロン生地では他のものと比較して圧倒的な頑強さを誇るオックス420Dのものをメインの生地とし、PVCゴムを蒸着させたもの。


 なんといっても優れた点はオックス420Dという、非常に頑強な生地を使っている点にある。



 オックスとはオックスフォードの略で、特定の織り方を意味する。

 数字は糸の太さ。


 つまり数字がでかければデカいほど「丈夫で破れにくい」ことを意味する。


 他の製品はナイロンであっても100とかそんな程度あるかどうかで表記すらない中、SINPSONのものには堂々と「420D」という記載がされているが、それだけ自らの商品に自信があることを伺わせる。


 明らかにSINPSONのものだけ頑丈そうな生地なのは律も他の製品と外観から比較するだけでわかるほどであった。


 ナイロンオックス420Dとなると、頑丈なスポーツリュックや登山リュックに使われる数値。

 とにかく頑丈さが求められ、さらに耐水性なども多少は求められてくるような存在に使われる極めて頑丈な製品に使われるような存在だ。


 律はそれを生地の外観から一瞬で見抜き、商品の原材料を改めて確認してこれが「非常に高品質なもの」であることを理解していた。


 後に大活躍するレインブーツカバーを入手した瞬間である。


 その後、二人は周囲を見渡して他にも掘り出し物がないか探すものの、それ以上のものなど見つからないので、そのまま会計にまで向かうことにした。


 会計では律の倍の額を優衣は請求されていたものの、特になんの反応も無く支払う。

 諭吉二人分以上の消費であったが、カード支払いしていた。


 不思議なことに優衣は新しいブーツを身に着けたまま購入しており、そのまま帰る様子だった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ほれっどうぞ」


「あ、ごちになりまーす……」


 会計を終わらせて外に出た二人は少し休憩してから帰ることにし、律は暖かい飲み物を購入して優衣に手渡した。

 彼女が好きなココアである。


 律はすでに座っている優衣の隣のベンチに腰掛けた。


「そういえば最近先輩を見なかった気がするけどー、どこか行ってたの~? いつも着てた春と夏の祭りにも来てなかったしさー」


「死にかけてた」


「はえ!?」


 律の真剣な表情の言葉に優衣はたじろぐ。

 優衣は律が大事故に遭遇し、8ヶ月間も眠っていたことを知らなかった。


 律はそんな様子の優衣に対し、左腕と額の傷をみせ、事故について説明した。


「ウソ……じゃあ、あのトラック暴走事故で植物状態になった青年って……」


「ああ、俺のことだ」


 あまりに衝撃的なことを聞かされた優衣は両手で鼻と口を覆った。

 多少息が荒くなっている。


「大丈夫……だったの?」


「ごらんの通り生きてる。周囲が君に話さなかったのは優衣ちゃんのことを案じてのことだと思う……恐らくジュニアリーダーメンバーには誰も知らされてないはず……報道でも俺の名前は徹底的に伏せられていたから加害者しかみんな知らないはずさ」


 両手を広げた律は自らの存在と生存をアピールした。


「本当に無事でよかった~。先輩死んだなんて聞かされたらしばらく立ち直れないよ」


 優衣の目は真っ赤になり、涙こそ流してはいなかったが後一歩で泣きそうといった状態であった。

 鼻をすする音から悲しみと喜びの感情の双方がぶつかり合い、複雑な心境となっていることがわかる。


「俺もみんなに謝らなきゃいけないね……最近必死すぎて何もかも周りが見えなくなってた気がする……本当は無事だってみんなに知らせなきゃいけなかったのに……今日の出会いはそうしろって差し向けられたのかもな」


 そんな優衣の姿と優しさを嬉しく思いながら、律はここ最近の自分の行動を省みて反省した。

 少々駆け足気味だったかもしれないと。


「今日は優衣ちゃんに出会えてよかった。いろいろ昔の事も思い出せたしね」


 律と優衣はしばらくの間昔の思い出話に花を咲かせた。

 特にジュニアリーダーを自分が任期満了に近い形で離れた後の4年間について興味があり、その話を中心に優衣から様々なメンバーの情報を得たのだった。


 そしてなぜか所属していた女子メンバーの恋話になり、なぜか優衣は自分自身がまだそっち方面は未経験であるという情報を律に与え、律を別の意味で安心させたのだった。


 少なくとも優衣の彼氏が突然登場して悲惨なことになるという展開は無くなったことになる。


 また、優衣は律と連絡先の交換を求め、律は優衣とアドレスや電話番号などを交換した。

 ジュニアリーダー時代には彼女は携帯電話を所有していなかったが、手に入れてからずっと律らの世代と交換したかったそうである。


 その際、律はSMS利用も殆どなかったため、主要SMS内で律を探しても見つけられなかったのでずっと燻っていたことを優衣は吐露した。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 しばらくそのようにして過ごした後、優衣はベンチから立ち上がる。


「よっしゃ、じゃあ帰りますか」


「ああ、じゃあ俺はバスに乗って――」


「何を言っているのだね律センパイは! そんな遠回りせずとも、すぐそこに移動手段があるではないかぁ!」


「へ?」


 優衣に合わせて立ち上がった律は思考が停止して硬直した。

 そしてすぐさま脳内コンピューターは再起動して情報を処理する。


 恐らく彼女は「タンデム走行して一緒に帰るのだ」と言っているのだということを理解した。


「いやいやいやいや、俺まだ免許持ってないから!」


「それさっき聞きましたよ~? 私の後ろにセンパイが乗るに決まってるでしょうが!」


「……本気?」


「モチのロン。一時停止中は先輩が両足で車体支えてくれたら普通に行けるって」


 律は彼女の目が本気である事に気づく。


 昔から優衣には意外と頑固な時があって、意思が硬く一度言い出したら説得するのにとても苦労するのは過去の経験より熟知していた律は戸惑う。


「た、タンデム走行の経験は?」


「あるよ、大学の女の子の友達で何度もね~」


「俺、男だけど……」


「問題なっしん! そのバッグの丸く膨らんだそれ、ヘルメットなんでしょ~?」


「くっ……」


 教習帰りにバイク用品店に直接来ていた律はGT-Airを持ち込んできていた。

 つまりそれは「ヘルメットが無いから」という言い訳を使って逃げることが出来ないことを意味する。


 ぐいぐいと律に一緒に帰ることを要求す売る優衣に対し、

 腹を括って人生初の公道でのタンデム走行に乗り出すしかなかった。


 なによりも律が恥ずかしいのは女の子の後ろに自分が乗るというシチュエーションである。

 後ろに女の子を乗せるではなく、その逆なのだ。


 一方で、VESPAという存在を体験してみたいという思いも無くは無かった。

 免許を取ってから少し乗せてもらいたいなとは思っていたが、まさかこんな形でそれが実現するとは思っていなかったのだった――


 次回「密着走行」

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