OEM品に潜む罠
用品店の中に入った二人は早速互いに何を購入するのか確認を行う。
律はジャケットと雨具、一方、優衣はブーツを買い求めてきていた。
「何かオススメのメーカーとかある?」
そんな律の質問に優衣は「どこがいいのか全くよくわからないけど、大半のメンズ物のジャケットってメーカー名がデカデカとかかれててダサいよね~」と女性らしい至極全うな反応を示す。
その笑顔には「先輩はそのようなものに手を出さないよね?」という希望と強制というものが混ざり合った感情を爆発させていた。
一言でも「え、よくない?」などと言えばすぐさまヒステリックな切捨てによって全否定されかねない印象を律に与える。
その様子に律は――
(どうしよう……メーカー名が入ってる方が格好いいと思っていたのに……)――と価値観の転換を迫られてしまうのだった。
しばし相談した後、律の方が時間がかかりそうなため、優衣と相談の上でまずジャケットを選びに行くことにした。
ジャケットコーナーにはデカデカとゴールドウィンの看板が掲げられているコーナーがある。
実はこの店舗、数少ないGOLDWINのEUROロードマスターシリーズを扱う店舗。
EUROロードマスターシリーズとは、ゴールドウィンのフラッグシップジャケットなどのシリーズのことであるが……
「……」
「あははっ0が1個多いね~~」
あまりの衝撃に言葉を失うほどであった。
律ですら手を伸ばせないその価格。
ジャケットは定価17万円~。パンツは10万円~。
文字通り0が1個多い代物。
EUROロードマスターシリーズとは何かと言うと、簡単に言えば「映画スタントマンがスタントシーンで選ぶことがあるジャケット」と言えばわかりやすい。
職人が1つ1つ手作りする代物で、防弾チョッキにしか見えないHONDAのレーシングスーツ用硬質胸部プロテクターをカジュアルジャケットながら装着可能にしているなど、安全面も配慮した代物。
ただしその価格はさすがの律も購入不可能な額に達していた。
それもそのはずである。
周囲にブラ下がっている通常のゴールドウィンのジャケットは精々3万円程度。
SINPSONやELFといったジャケット類も5万円以下で購入可能。
そういった割と高額なジャケットの3倍など、どう考えても「一生もの」でなければ買えるはずもない。
そもそもデザイン自体が律が好むものではなかった。
律が求めるのはゴールドウィンで言えば「GSM22713 ゴアテックスマルチフーデッドジャケット」のような飽きのこないシンプルかつスッキリとしたフード付きデザインのパーカー。
ただしオールシーズン運用はこの時点では考慮していなかった。
ネットで自身が調べた知識から、とりあえず夏と他3季節運用がベストだと考えた律は今回、春夏用のジャケットの安物を購入しようと企んでいた。
セール品で、型落ちでいいと。
先ほどの商品はゴールドウィンが好むゴアテックス仕様だが、ゴアテックスにも興味がない。
それは律の人生経験によるもの。
――ゴアテックスなんか信用に値しない――
今隣にいる優衣も一緒によく参加していたキャンプにおいては、登山なども含めた割と子供にはハードなものが多かった。
その経験からゴアテックスは「高くてすぐダメになる」という記憶しかない。
原因は、安物ゴアテックスによくある「剥き出し状態によるもの」だからで、実際には非常に高い物なら長期の使用にも耐えられるのだが、律が用いたものはライダーグローブなどによくある安物のゴアテックス製品の「剥き出しのメンブレン」タイプしか使ったことがなく、
「雨具はゴム引きが最強」という認識しかなかった。
元々ゴアテックスは、キャンパーや登山が趣味の者たちが口をそろえて言うように「メンブレン剥き出しのラミネート加工生地は詐欺商品」と言われる。
理由は「まともに蒸着しないのに無理して蒸着させているから実質数回の使い捨て」になっている点で、ライダー系ツールにおいても評判の悪いゴアテックス製品はほぼ90%以上がこの手のタイプ。
本物は「優秀な他の化学繊維生地を何枚も積層し、剥離を許さない」構造とさせており、これらは安いものでも6~8万円ぐらいする。
かの「山舐め」なんて言われた漫画、並びにアニメ作品においては、ここなちゃんさん以外全員この手の高額な代物を身に着けていて、
余談ながら作者は「その7万円のジャケットプレゼントする相手は金持ち側の主人公じゃないだろ。その隣の貧乏人の方だろ」などと、とある回を見ていてツッコミを入れたくなったていたりするほどだ。
あのアニメオリジナルの貧乏人設定のせいで主人公勢4人の中でメーカー不明品ばかり身につけさせられる彼女は超人設定すぎやしないだろうか。(漫画版は割とコスパ重視ながら本格的な装備)
律はガチキャンパーでないので、これまでに「本物」という存在に触れてこなかった。
故に、近代文明が発明し、現在においても一部ライダーから熱狂的に支持される「ゴム引き」を好んでいる。
実はゴム引き、意外にも「高級品」だったりする。
安物は「ビニール系の化学系フィルムなどを蒸着」させたもの。
現在は100円ショップなどで販売される代物。
本物は天然またはケミカル系ゴムを蒸着させたもの。
こいつは未だに日本製が存在し、値段が何気に6000円~8000円ぐらいする。
一体どこで使われているかと言うと「水を大量に被るような極限の環境にて作業をしなければならない場所」向け。
警察や自衛隊、消防など、大量の雨や風、波などを被るような状況にて作業をしなければならない者達にとっては「ゴアテックスなんて使い物にならねぇ」ということで、現在も官公品などとして求められる存在だ。
特に消防用は耐熱性があったりしてある意味では万能。
一方、ゴム引き故「中から湿気などが逃げる余地すらない」のが最大のネック。
性能としては日本製の特徴として「継ぎ目やシームテープ部分などが殆どない芸術品とも言えるゴムの蒸着方法」のため、対水圧については「微少ながら存在する一部の隙間から染み出す数値」だけが10000mm~15000mmとなっており、合羽表面は化学薬品でも使わなければまともに通さないような代物。(表面の対水圧は25000以上とされている)
ちなみに化学薬品が溢れているような環境向けも存在する。
地下鉄サリン事件などで雨などでもないのに合羽を身に着けていた警察官が目撃されているが、この手の製品は何も「雨水だけ」を防ぐものではない。
緊急時において簡易防護服として使えるものも存在するため、現在においても純日本製メーカーがあるわけだ。
ついでに言えば、防護服自体がこの手の製品の究極の姿といえる。
つまり、官公品などは防護服を作るようなメーカーが作った雨具ということだ。
律が好んでこれまで使っていたのはそういったゴム引きのものであった。
しかし、これらの合羽はツーリングユースを考慮しているものではない。
キャンプ系商品などにおける流通商品名はデュポン社が販売していた「ハイパロン」と言い、現在は純正のハイパロンの販売が終了しており、巷に出回っている日本製のものは現在「東ソー」が製造した日本が同じ品質で販売しているもので性能に差はない。
別名「CSMゴム」という。
耐久性の高さから軍用ゴムボードなどにも使われる代物で、自衛隊などが使うゴムボートの素材を卸しているメーカーなので信用性は十分であり、現在でもCSMゴム製のキャンプ用レインコートなどを販売する国外メーカーがデュポンのハイパロンの代替商品として求めるほど高い品質と需要を誇る。
需要の拡大から2010年に新たに工場を拡大したほどだが、高耐久性というのは世界各国から需要がある一方、日本国の最新式のゴミ処理場のように高熱で燃やさなければダイオキシンを発生させるという事から、軍事や警察組織など処分方法を指定できるような環境下でなければ利用できない国もある。(欧州や欧米の一部の州など)
現在でも老練な登山家はゴアテックスよりこちらを好み、「ハイパロンかゴアテックスか」なんて熟年向け登山雑誌ではよく議論になるものの、
日本製に特段ブランド名はなく「CSMゴム」とされており、ハイパロンはブランド名であり生産終了に伴って俗称となってしまっているのだが、「バルカン」「キャタピラ」「ジープ」と同列の存在で、かつては大々的に宣伝されていた影響で熟年は好んでこのネーミングを使うわけだ。(中古製品の購入を勧める場面や長年愛用しているという意味で使われていることもあり、そっちは正しい言葉の使い方)
最大の特徴は「真の日本製は15年間は劣化しない」という長期耐久性にあった。
中古で販売されるモンベルの純正ハイパロンレインウェアは、20年経過してもまるで劣化していないと評判で、とある登山家は1995年製モンベル商品が未だに現役だったりすることから、「大事に使えば30年使える代物」と評判である。
今日においてもモンベルが評価される最大の要因は大体この手の一生物の耐久力を持つ製品によるところが大きいといえる。
実は律は大学時にキャンプ用としてネットオークションにて購入した最高級品の「本物のハイパロンレインウェア」が何気に手元にあったが、「エンジン熱」などを考慮してどうなのかということで、新しいライダー向けのものを購入しようと考えていたのだった。
つまり、律にとっては「雨具」と「ジャケット」は別で用意すべきであるし、「耐水性」なんていうのは律から言わせれば「飾り程度」の代物なわけである。
そんな律は「うーん……うーん」と悩みながら、ジャケットコーナーを散策するのだった。
「どれがいいのかさっぱりわからない。ネット上じゃコミネがいいって言われてるけど……ウィンタージャケットしかないじゃんか……」
律が口にしているコミネとは、コストパフォーマンスに優れたライダージャケット類を販売するメーカーである。
ハードプロテクターを装備している製品が極めて多い一方で、価格は控えめ。
圧倒的コストパフォーマンスから若手などから絶大な支持を受けるメーカーである。
頑丈さに定評があり、長く使えることも信頼性と支持につながっているが、装着者を俗に「コミネマン」などと呼んだりする。
ネット上での愛称だったのだが、いつの間にか公式も使うようになった。
詳しくは「コミネマン」などで検索するとすぐわかる。
周囲を散策することで律は気づいたが、冬物セールが始まっている一方、春夏物は新製品しかなく、型落ちがなかった。
ウィラーによる必死の誘導によって検索するとコミネばっかり引っかかるようにさせられていたことに律は気づいていなかった一方、「コミネはいいものだ」という認識を持ったため、狙いをコミネに定めていたのだが、3月に入るギリギリ前の2月現在、コミネの春物はまだ新製品販売前だった。
また、コミネはその製品品質から「安くなったら即買う」ユーザーが多く、型落ちで次の年まで店に在庫として置かれ続けるパターンが殆ど無い。
故に買うべきは現時点では「冬物」だったりするのだが、律はそれを知らなかったのである。
「まだ寒いよ~春夏物でいいの?」
「レインウェアは防寒具になるから寒ければそれ身につければいいはずだしね。とりあえず安物で済ませたいんだが……おっとこれは……」
しばし歩いて目に留まったのはその用品メーカーのOEM商品であった。
シンプルなデザインのハーフメッシュパーカーである。
手に持ってみると非常に軽いが……なぜかハーフメッシュパーカーにも関わらずゴム引きである。
製品の内容を示す札には「耐水性0」と記載されている。
そりゃそうである。メッシュ部分は剥き出しである。
メッシュパーカーにて耐水性とは一体何なのか。
にもかかわらず、なぜかこのハーフメッシュパーカーはPVCゴムをメッシュ部分以外に蒸着させていた。
プロテクターはソフトシェルである。
「ね~ね~、こっちにも似たようなデザインのあるよ~?」
優衣がトテトテと律から離れて向かった先にはもう1つの同じデザインのパーカーがあった。
1万7800円のソレは、外観が全く同じにも関わらずハードプロテクターで、かつ生地は薄いナイロン製であった。
PVCゴムを蒸着させた方はセール扱いで9880円である。
「うーん……OEM品はちょっとデザイン変えてんのかな? 安いしこれでいいか」
律は試着したり、プロテクター部分の詳細な構造も一切見ることなく、そのままそちらの方に手を伸ばしてしまった。
これが後に大失敗と気づくのはもうしばらく先のこと。
律が手を伸ばした商品は「OEM品のパチモン」である。
元々、この用品店のプライベートブランドはコミネのOEM品を主としている。
律のグローブがそうであるように。
だが、ここ1~2年、非常によく売れるようになったためになぜかこの用品店は「コミネのパチモノ」のようなジャケット類を「コミネと混ぜこぜにして」完全独自ブランド品として販売するようになった。
コミネのOEM品は素晴らしい品質である一方、パチモノは後に明らかになるように「非常にチープな代物」であったりするが、律は同じコミネのOEM品で少しばかり内容を変更したものと勘違いし、ソレを購入してしまったのだった。
ジャケットをカゴの中に入れた二人はそのままレインウェアのコーナーへと向かう。
レインウェアへのコーナーへと向かう途中、律は今更になって気づいた。
いつの間にか優衣が律に対し、手を組むような形で腕を交差させていたことに。
お互いの距離こそやや離れているが、周囲から見ると完全に恋人同士である。
なぜ優衣がこのような行動をしているかわからなかったが、ヘタに否定したりするのも違和感あるし……ということで特に気にしないことにした。
ただし彼女の温もりは腕や熱気として伝わってくる。
それは久々の感覚であり、(まぁもう18だから大丈夫だよね!)などと勝手な解釈でそのぬくもりを享受している自分がいることに気づいたのだった。
レインウェアコーナーに向かうと、怒涛のゴアテックス推しである。
といっても、推奨商品として一番先頭に展示されたものは本物の方のゴアテックス製品であり、価格も4万円以上する代物だった。
「ゴアテックスってどうもいい記憶がないんだよな……」
「私使った事ないなぁ~~……あれ~?でも、音羽先輩のモンベルのやつは違ったの?」
「俺のはハイパロンだよ。ゴムの方」
「ナニソレ」
優衣は聞きなれない単語に表情を崩す。
男の子大好きなパワーワードかな?といった面持ちで、その製品における長話は聞きたくないなと考えていた。
「ゴム製の中で一番いいヤツ……と言われてた代物。今じゃ希少価値がついて美品はすごい値段かもね」
「へ~」
相槌を打ちつつも、律がアッサリと話を終わらせたことで優衣はやはり律は昔から変わらない男だなと再評価する。
昔から女の子に対してはわかりやすく完結に話を終わらせる男であり、そこが律を好いていた部分であった。
一方、理論派で知的探究心に富む者に対しては徹底的に語りつくす男でもあったが、それはそれで嫌いでもなかった一方、このお店という環境下にて演説を聞く気分ではなかったのである。
人前で演説を聞くなど辱めであるも同然なのは若い女の子共通の認識であろう。
そこは律もある程度配慮していた。
「ワイズギア……ヤマハねぇ……」
陳列棚を見ていた律は、どれも基本的にゴム引きではなく通気性などを確保した化学繊維を用いた一般製品であることに気づいた。
ゴム系はPVCゴムであり、安物で微妙な品質。
一方、レインウェアにおいてはコスパがいいと推奨されていたヤマハ製ことワイズギアのレインウェアも1万円前後する代わりにゴアテックスでもなければCMSゴムでもないという、よくわからないポリエステル系のものだった。
「こりゃ、もうちょっとネットで調べなおすか……」
「えー? 買わないの?」
「ああ。この手のものって2年も使えば水が染み込んでくるじゃない?」
「あー確かに。私のもスグダメになっちゃって困るにゃー……」
自身の経験から律はここらにある製品にコスパに優れたものは無いと判断し、
優衣と共にブーツコーナーへと向かうことにした。




