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スクーターガール

 契約を結んで帰宅した律は光に事の次第を報告した。

 すると、返答がくる前に即座に電話がかかってくる。


「――はい」


「何、CB買ったの?」


 光はいつものジョークすら飛ばさずに問いかけてくる。

 声色は真剣そのものだった。

 律もその様子からやや緊張する。


「そうだけど……」


「最初から随分高いものに手ぇ出したな」


「まぁ、ね……迷ったけど、やっぱ俺はある程度パワー欲しいし……ならいきなり大型取らないのかと言われれば確かにそうなんだけど……乗ってみたら、あっやっぱ違ったなって思うかもしれないけど……高速で苦労するようなヤツじゃ困るっていうか……大型取る前に大型並のバイクが欲しいというか……」


 階段に律が昇る足音が響き渡る。

 すでに両親が帰ってきているため、

 迷惑になりそうだと感じた律はリビングから自室に向かい、自らの部屋の椅子に腰掛ける。


「まー乗ってみたらいろいろ見えてくるが……スペック上のパワーが優れてるイコール高速飛ばせるバイクとは限らないんだが……それも経験のうちかな。高い勉強代になるかもしれんぜ?」


「いいよ。変に妥協して変に愛着持った方が諦めきれなくなったりした方が怖いしね」


「そうか――まーあれだ。納車したらウチにまず持ってきてくれ」


 予測していなかった光の発言に背中を椅子に押し付けるようにして背もたれに寄りかかっていた律は姿勢を戻す。


「えっ、なんで?」


「―ッフ、持ってきたときに説明してやる」


 光はまるで納車前のCBに問題があるかのような雰囲気を醸し出している。

 律もそれを察し、やや不安になる。

 しかし、律は最初に行きたい場所というのが別にあったのだった。


「わ、わかったけど……最初に行きたい場所があって……」


「納車後すぐに来いってわけじゃない。なるべく早くって感じかな? とにかく早い方がいいとは思う。最初のオイル交換前が理想かな」


「真剣に考えとく――それでなんだけど、これからバイク系の用品を集めるにあたって絶対にコレだけは必要っていうのあるかな?」


 律はこれまでにネットなどからある程度調べていたが、改めて光に問いかけた。

 バイク購入については結局先走って自分だけの考えで決めたものの、他の用品についてはいろいろ聞いてみようとは当初から考えていたからである。


「ジャケットと雨具。工具類とかは後から必要だと感じたものを最小限度で揃えりゃいい。ライダージャケットとヘルメットだけはちゃんとしたもの買っとけばいい。雨具は……なんでもいいかな」


「わかった」


 光の助言から律はジャケットを早いうちに購入する事に決めた。

 それ以外の用品については洗車用具などは律が必要に応じて自分に合うものを探して購入すべきだと光は伝える。


 律はその言葉に従うことにした。


「防犯は何が必要?」


「チェーンロック。自宅用は16mm以上、持ち運び用に軽いもの1つこさえとけば後は十分。U字とかワイヤーは使い物にならない」


「自宅はガレージだし大丈夫なんじゃ?」


「わかんねぇなー。あそこのガレージのシャッターは案外脆そうだし、本気出されたら終了だからな。まあ16mmチェーンで繋いでおけば大丈夫だろ」


 光の防犯意識はしっかりとしていた。


 ――防犯用具。


 特に屋外にてバイクを保管する場合に必要になる。


 これは余談であるが、防犯において最も効果を発揮するものは何か?と問われると、昔からこのようなネタが存在する。


 ――そりゃアレよ、スズキに乗るかスズキのエンブレム付けるか、スズキのエンブレム付いたカバー付けるのが一番効果あるわけよ――


 冗談かもしれないが、スズキのバイクは極一部を除いて極めて盗難率が低い。

 盗まれるのが嫌ならスズキに乗れよとは、割と真面目な考え方の1つ。


 ハヤブサやGSX-Rシリーズ、ビッグスクーターやスクーター、四気筒の旧車などを除くとスズキ車両の盗難率は販売台数や所有者数ベースでの比率でも明らかに低い。


 だからネット上では本気で「盗まれるのが嫌でスズキに乗っている」なんて人間がいる。

 悲しいがあのSのエンブレムはそういうのを遠ざける魔力のようなものがあるらしい。


 ちなみに光が16mm以上のチェーンを推奨した理由だが、16mm以上になると盗難を行うガキンチョ御用達のボルトクリッパーが使えなくなるからである。


 機材が上手く入らないためだ。


 無論、破壊は可能だが本格的な油圧式が必要となり現実的ではない。

 例えば防犯カメラが作動する駐車場にて油圧式カッターを持ち込んで堂々と作業できる人間がいるだろうか?


 この動作のためにはバッテリー類や発電機などが必要になり、どう考えても非現実的。

 今のところ、防犯を考えた場合は価格面も考慮して盗難保険に入りつつ、極太チェーンで防御するのが適切だと言える。


 U字ロックはパンタジャッキなどで簡単に破壊可能だし、ワイヤーロックなんかは見た目太そうだが実際は3mm程度のワイヤーでチェーン3mmなどと大差がない見てくれだけの存在。


 本当にバイクを守りたいというなら最強は律のようなガレージ保管がベストだが、それでも盗む者は盗む。


 それを考えたら、やはりバイクは犬のように鎖に繋げるしかないのだ。


 16mm以上のチェーンを1本以上使い、地球ロックと呼ばれる絶対に簡単に破壊不可能な地面と接する物体、例えば地面に据え置かれた鉄の柱などとくくりつける。

 それがベストアンサーである。


 律は自宅保管から安心だとタカを括っていたが、光の発言により意識を改めたのだった。

 その後、二人は何気ない会話をして1時間ほど過ごした。


 最後に光は律に気になる言葉を残して電話を切っていったのだった。


「多分土曜にまた綾華がそっち行くと思うから――」


 どうやら綾華はほぼ毎週単位でこちらに来るつもりがあるらしいことがわかる。


「こりゃあ、早めにアイツの部屋か何か用意してもらわないと俺の精神が保たないな……」


 律はこの間、律はかなり無理をして我慢していたので、理性が働くうちに綾華か自分の寝床を新たに作ってもらうよう母親に嘆願することにした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌日、6回目の教習を終えた律はその足でヘルメットを購入したバイク用品店へと向かう。

 ジャケットと雨具、その他諸々を購入するためであった。


 すでに昨日、寝る前にネットショップで出先用チェーンと自宅用チェーンとロックを購入していたため、チェーンをこちらで購入する予定はなかった。


 出先用チェーンはかてーなαとかてーなぽっけで迷い、密林がセールをやっていたのでかてーなぽっけを購入。


 一方自宅用は、こちらのメーカーはあまりにも高額すぎるので中野鎖工業より16mm新超硬張STUDチェーンを購入。


 メーカーをあえて分けた理由もあった。

 ネット上での評判がどちらもよろしかったが、どちらが性能が上なのかという点において不明だったためだ。


 律が調べたところ、「中野鎖工業の超硬張チェーンも衣川製鎖工業のチェーンも元が船舶用だから極めて錆に強い」とのことで、長期の使用に耐えうる頑強さを保ちつつ、前者は中国製、後者は日本製という違いがあった。


 しかし動画サイトの検証を見る限り、別段両者に大きな性能の違いは無い。


 冷静に考えてチェーンなどは「そこまで技術的に難易度の高い加工を必要としない」ことから、品質が中国製のため劣るとは必ずしも言えないものである。


 素材はきちんとしたJIS規格のものを用いていることは耐久検証動画などで証明済みであり、原材料の仕入先はどちらも日本で、製造加工のみ前者が中国であるということだが、やはり前者の方が「コスパがいい」と評判である。


 ちなみに律はロボットアームロックについても検討していたが、「錆びる」ということから排除した。


 長期の使用を考慮した場合、1年程度で錆びるようなチェーンは使いたくない。


 そういう意味では5年経過した両者のチェーンが傷こそあれど一切錆びていないことから、JIS規格をきちんと満たした超硬張鋼というものがいかに素晴らしいものなのかということがよくわかる。


 だから律はフェイルセーフの意味を込めて両者を試そうというのだ。


 また、評判のいいABUSのディスクロックも別途購入。

 これで防犯は十分だとという結論に達している。


 U字ロックやワイヤーロックの危険性についてもすでに調べて理解していたためであった。

 ディスクロックは出先でチェーンを使えないケースを考慮してのものだが、光は不要と判断していたものだった。


 それでも律は「不要と感じたらその時処分を検討すればいい」と購入し、これで一通り揃えた状態となった。


 そのため、今回のバイク用品店では「ジャケット」「雨具」の2点を購入する予定。


 工具は光より「何か作業するのに使うぅ? そんなもん当分は俺かドリームに任せりゃいい。慣れるまでヘタに触らない方がいいと思うぜ――」と現時点では不要と主張したので後回しにした。


 用品店に到着すると、この間とは異なり今日はライダーの客が少なめであった。


 様々なバイクを見てみたかった律はややテンションを落とすものの、その中に非常に興味深いものがあり、近づくことにした。


 それはスクーターである。

 美しい光沢を放つチタングレーとも言うべき色合いを持つボディ。


 しかし何かが違う。

 何かものすごく違和感がある。


 普通のスクーターとは違う何か。


 ソレに近づいてみた律はすぐさまその違いに気づいた。


 デカいのである。


 通常のスクーターより二周りは大きい。

 かといって、ビッグスクーターというほどの大きさでもない。


 ビッグスクーターと125cc程度の小型スクーターの中間とも言えるサイズ。


 後部に設置されたトップボックスが明らかに40L以上の大容量だが、形状が形状なので遠くから見ると普通のスクーターに見えてしまうぐらい自然な風貌。(装着されたトップボックスは純正の42L仕様だが律はそれが40L以上あることだけ見抜いた)


 ボディには輝くメッキパーツにて「VESPA」と記載されていた。

 速度メーターには140kmまで刻まれており、それが単なるスクーターではないことを誇示してくる。


(ベスパ……これが?……ベスパって小型スクーター以外も作っていたのか……何と言うジャンルなんだろうか)


「そいつぁ~ねー。ラージホイールスクーターっていうんだよ。お兄さん」


 後ろから突然声をかけられた律は驚いてビクッと反応する。


「おいおい、私の相棒に何か用かいブラザー?」


 振り向くとそこにいたのは女性であった。

 やや季節はずれと思えなくも無いデニム生地のハーフパンツに黒タイツ。


 そこにコートを羽織った女性。

 ロングヘアーを前に垂らしつつヘアゴムでまとめていた。

 足元はなんとハイヒールで、本当にライダーなのかといった姿であった。


「あ、いえその……珍しいスクーターだなと思って……」


 女性ライダーであったことで律は動揺した。

 変にストーカーやらなにやらと疑いをかけられたくはない。

 今の時代、妙な行動をすれば即疑いをかけられ、警察に突き出される。


 経験があるわけではないが、意識してそういうのを避けなければならない時代となっていることぐらい律も承知であり、通勤や通学の際には常に気を使っているほどだった。


 しかしそのスクーターがまさか女性ライダーのものだと思っていなかったので、迂闊な真似をしたと律は焦る。

 女性ライダーなど皆無と言う勝手な認識から油断していたことが裏目に出たのだった。


「ん~……おりょりょ?……君、どこかで見たことあるなぁ……」


 謝罪してその場を立ち去ろうとしていた律に対し、女性は近づいて顔を覗き込む。


「―って~音羽先輩じゃん。何してんのことんなところでさぁ~」


「……誰?」


 律はまるで気づいていない。

 誰なのかさっぱりわからない。

 少なくとも、名前を把握されているので他人の空似でないことだけは理解できる。


「あー、私ちょっと雰囲気かわったからなぁ~ホラ、これでわかるっしょ?」


 女性はおもむろに肩より下げたバッグに手を伸ばしたと思うと、メガネケースを取り出して眼鏡をかける。


 その上で前に垂らしていた髪を後ろにもっていく。

 律の頭の中にボヤーっととある女の子の顔が浮かんできた。


「もしかして……優衣うい松田優衣マツダ ウイちゃんか!?」


「あ~、覚えててくれた~。でも先輩にはもっと早くに思い出してほしかったにゃ~」


 松田優衣。

 律が活動していたジュニアリーダーに参加していた女の子。


 元々は中学時代に律がジュニアリーダーとして活動した際、小学生としてイベントに参加しており、その後イベント参加者からジュニアリーダーへと歩んでいった子であった。


 律自体は彼女とジュニアリーダーとして共に活動した期間は短く。

 大学生時代までジュニアリーダーとして活動した律は晩年の2年ほどしか彼女と共に活動したことがない一方で、イベント参加率ほぼ100%と極めて高い子供であったため、面識があった。


 おまけに小学校、中学校が同郷であり、自身の小学6年生時の担任と彼女の6年生の担任が同一という妙な共通点も持つ。


 小さい頃は大人しく、目立たず、そしてその頃から眼鏡をかけていて周囲の同年代からそれを弄られるキャラであったが、小学校中学年頃から現在のような明るくマイペースな性格へと変貌していっており、


 その変貌した要因にイベント参加によって年長のものと接する機会があったためであったりするが、律など、年長者達自体は特段「彼女を成長させた」というような意識など持っていない。


 一方で優衣自体は今の自分があるのは律といったジュニアリーダーと呼ばれる組織と人間のおかげだと考えており、自身がジュニアリーダーの活動を継続する理由も恩返しや憧れといった純粋無垢な感情によるものだった。


「結構いろんな人が寄ってくるんだよね~ソレ」


 優衣は自分の相棒に対して指を刺す。


「珍しいというか……高かったんじゃない?」


「うんにゃ? 中古で40万ってトコかな。わけのわからないビッグスクーターとそんな変わらんのよー」


「マジ? ベスパって高級車かと思ってたのに……」


 律の中で昨日のスズキに続き、価値観の崩壊が起こる。

 律の中ではベスパなど高級車の代表格という認識があった。

 そのため、100万は軽く超えてくると考えていた。


 実際に超えるスクーターも無いわけではないベスパだが、一応はイタリアの大衆車であり驚くほど価格差があるわけではない。


 というより、ここ最近の電子制御+無駄に高機能なスクーターがあまりにも値上がりしすぎていて、ABSなど必要最低限の安全装置だけであるベスパがほぼ価格据え置きで追いつかれたというのが事実。


 X-MAXの250cc2割増し程度の価格の理由はそこにある。


「新車でも乗り出し80万ぐらいだったと思う~」


 中古と言われた律は思わずもう一度車体を見た。

 その光沢は「中古」と言われて「中古である」と認識できるようなものではない。


(さすがはベスパ……イタリアの職人が今でもコツコツと作っているという話を以前聞いた事があったが……まるで手を抜いていない……良く見たらこいつもスチールモノコックじゃないか……)


 律が思うように、このベスパもまた伝統のスチールモノコックであった。

 残念ながら懐かしのハンドシフターではないCVT制御となっているものの、ボディやサスペンションはこれぞベスパといった仕様にきちんとなっている。


 プラスチックの塊と化したここ最近の国産スクーターと比較して、

 スチール全開でありながら塗装などに一切手を抜かない職人の手による外装の美しさに律は感心する。


「優衣ちゃんこれ排気量いくつなの?」


「300だよ。VESPA GTS 300 SUPER。先輩、この子ね、首都高だってブイブイなんだぜっ!」


 ビシッと拳を握り絞めて自慢する優衣にかつての幼少の頃の面影はなくなっていた。

 とても人生を謳歌しているといった様子が伺える。


「そっか……君に似合ってるよ、コイツ」


「おお、音羽先輩から褒められたわ~いいセンスでしょ~?」


「ああ、いいセンスだ……まさか君が二輪免許を取って乗り回してるなんて知らなかった」


 その言葉に彼女は一瞬キョトンとしながらも照れくさそうに口を開いた。


「いや~ね、大学のキャンバスが山間にあってさ~授業によってはそっちに行かなきゃいけないんだけど、そのために電車乗ると逆に高くつくし、コレでキャンプとか楽しもうと思ってさ~」


「キャンプ?」


「そう、キャンプツーリング! コレ結構荷物載るんだよヨ! 両サイドにソフトケース式のパニアケース付くしね!」


 実は優衣。

 ジュニアリーダーのイベントなど地域系のイベントに参加し続けたことでキャンプが趣味になっていたのだった。


 現在では休日になるとほぼ山側に向かい、そこでくつろぐのが趣味となっているが、

 キャンプ用の移動手段として車は極めてコストが高い。


 そのための、日常として、趣味としての足として選ばれたのがこのベスパだったのだ。


「へー……俺もそういうことやってみるか……」


「そういえば先輩もバイク買ったの? ナニナニ! 超興味あるんだけど~?」


「俺が買った……というか契約したのはCBだよ。CB400SBスーパーボルドール昨日契約したばっかで今免許取得中。それでここに来たわけさ」


「なぁんだ! なら私も一緒に付き合う!」


「へ?」


 突然の言葉に律は驚きを隠せない。


「これから帰りだったんじゃあ……」


「違う違う~今来たばっかだよ。これからそこで買い物。だから一緒に付き合う~」


「お、おう……」


 平日の真っ只中、律は懐かしい人間と信じられない出会いをし……そしてなぜか突然の買い物デートとなったのだった。

 後に何度もキャンプを楽しむ仲になるスクーターガールどの出会いである。

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