スズキワールド
新宿に向かう道中、律はスズキに行く意味について若干掴みかねていた。
というのも、スズキは400cc帯の車両を殆ど販売しなくなってしまったからだ。
スズキ。
四輪、二輪を通してスズキのイメージというと「コスパ重視」で「やたら性能に拘る」という姿勢。
四輪では軽自動車が64PS馬力規制を生む原因を作り、
二輪では欧州などで300km規制というものを生んだ。
また国内での二輪では250cc帯の馬力規制が生まれる原因となる2ストスポーツレプリカバイクを出している。(400ccの馬力規制もスズキの影響)
では性能だけを求めたバイクメーカーなのかというと違う。
本当に必要な要素以外はそぎ落とし、それ以外では潤沢なものを採用して圧倒的コストパフォーマンスを誇る車両をいくつも投入しているスズキは世界からも評価される二輪、四輪メーカーであり、
二輪車両においては2017年度、ついに国内でも黒字転換に成功するという経営能力も高い優秀な日本の自動車製造メーカーである。
その殆どは現鈴木会長の手腕によるところが大きく、殆どの経済有識者は「彼亡き後のスズキは存続できるのか?」とボヤくほどだ。
そんなスズキの二輪であるが、正直言って「合理的」そのもの。
国内においては最低限需要がある50ccの車両を数種類展開する以外はハッキリと「利益が取れる所だけに選択と集中」という姿勢であり、「基本は125cc帯」を重視し、その上は大型車種ばかりが目立つラインナップである。
125cc超~250cc帯においてはVstrom250、GSX250R、ジクサー、バーグマン200の3種類。
そのうち純粋な250ccは何と前者2つのみ。
400ccはバーグマン400のみ。
後はそれ以上の排気量を持つ大型のみである。
これは会長が明言するとおり「大量に売れることで利益を確保しやすい125cc帯」と「基本的に国内二輪事業にて稼ぎ頭となる大型」を中心に軸を据え置いているからであり、
これまで赤字だった原因は「利益は大きいが損失も大きい大型の在庫処理がダブついていたから」というハッキリとした原因が存在していた。
そこをビッグデータの活用などによって乗り越えたことで黒字化した一方、ラインナップが大幅に減少したことについては会長自ら憂いていて、「今後は他メーカーに負けない新規車種を随時投入」と主張している。
大型第一弾としては次世代のハヤブサが投入予定であった。
しかしハヤブサなどのメガスポーツに興味がなく、現状は普通二輪免許区分のものしか乗れない律にとってスズキは「何に乗ればいいん?」という状況だった。
例えば大型をとると途端に視野が広がってくるのだ。
SV650というスズキお得意のVツインエンジンをこさえた大型ミドルスポーツ車両から始まり、
カタナの再来となったGSX-S1000シリーズの750cc版で、かつ「GSX750S」とは違い失敗作ではなく純粋なサイズダウン車両として成立し、これまた欧州で人気車種となっているGSX-S750。
他にも輸入車としてはGSX-R600やGSX-R750など、それぞれ欧州で高い人気を誇る車両が目白押しだ。
律はとりあえず「視野を広げる」というのを主目的にスズキワールドに向かうことにした。
一応GSX250Rは気になっていたものの、それ以外に特に気になる車種がなかったためであった。
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スズキワールドに到着すると、丁度整備か何かが終わったバイクが出てくる姿に遭遇した。
そのバイクはまるで「イルカ」のような顔つきをしている。
(……確か……GSX-S1000F……だったかな)
パニアケースをつけたGSX-S100Fは整備士と思わしき人間より外に運び込まれており、その後ろからゆっくりとした歩幅で女性が姿を現す。
(うおっ……あんな子がこんな大型乗ってるのか?!)
ジーンズに革ジャン、そして手に持ったヘルメットから間違いなくその女性はライダーと思われるスタイルをしていた。
整備士と見れる男より説明を受け、これからこの店を離れようという常態なのだろうと律は推測する。
「定期点検は特に問題ありません。タイヤはあと3000kmぐらいですかね。しかし随分走っておられますねー」
「そうね……偏磨耗が気になっていたのだけれど……問題ない?」
「大丈夫ですよ。ちょっとタイヤのヒビが気になる程度です。いつも高速か何かで走ってる感じですか?」
「そうだけれどね……知らなかったの?」
若い店員の質問に対し、女性はやや不機嫌そうな態度を見せた。
いつも預けている店なのだから、お前も知ってるだろうといわんばかりの様子である。
(気ィ強そ……近づかんとこ……)
律はやや離れた所から様子を伺うことにした。
「あ、ああすみません……自分まだ入りたてなものでして……」
「そう……それじゃあまた3000kmほど走ったらオイル交換と合わせてタイヤ交換に来るからよろしく……」
まるで寝不足気味のようなテンションでそう答えると、女性はヘルメットを被り、出発の準備を整える。
店員は走り去る姿を見送ろうとその場に待機した。
律は女性よりもバイクの姿が気になり、同じく離れた場所に留まる。
(ぬぬっ!……おいおい……ブレンボってバイクにもあるんか? アレは社外品なのか純正品なのか……どっちだ!?)
バイクの姿を見て律が気になったのはフロントフォーク付近に輝く「BREMBO」の文字であった。
現在の30代~40代……いや、車好きであれば、そのブランドは有名だろう。
40代付近の車好きなら「ブレンボキャリパー」を見かけただけで興奮するほどだし、
20代ではあるものの律から言わせれば「頭文字Dの描写で気に入らないのはGTR使いがブレンボ自慢をしないことだ……」とあるぐらいその道では有名なブレーキ関係を製造する専門メーカー。
とにかく世界屈指の品質を創業時から現在まで保ち続ける不動のメーカーで、トップクラスの性能を持つ高級車にこぞって採用されるものである。
かの有名な日産スカイラインGT-Rも一部グレードが装備するなど、装備しているだけで「うおおおおおお!」と周囲から叫ばれるような代物。
実はバイクでの採用例も基本は外車が多い。
これは余談だが、そもそもブレンボを採用しながら乗り出し120万のGSX-S1000なんかは「ブレーキだけで車体の1/5は占めてるんじゃないのか?」と言われる代物だ。
つまり、こいつはお高いのだ。
そんなものを装備していた律は「これで純正だったらいくらなんだ!?」と思わずにはいられない。
当然にして律も車好き故にブレンボについてはそれなりに強い憧れがある。
にも関わらず二輪用が存在している事を知らないあたり、いかに四輪のことばかり考えてこれまで生きていたかが伺える。
(そうか……ブレンボキャリパーは二輪にもあるのか……仮に純正でなくともいつか愛車に絶対装着してやる……)
律はそう心に決めた次の瞬間。
ヴァァァァンという音と共にGSX-S1000Fが吼えた。
そしてそのままGSX-S1000Fは発進し、街中へ消えていった。
店員は「ありがとうございました!またよろしくお願いします!」―と姿が消えるまで頭を下げつつ、彼女を見送る。
遠くから様子を伺っていた律も今のうちにとばかりにスズキワールド新宿の店内に入っていった。
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スズキワールドに入ってみると、律はスクーターに囲まれた。
レッツやアドレス110というスクーター郡である。
入り口付近にはスクーターなど、大衆向け車両が展示されていた。
1Fの奥を見るとGSX-R1000の姿が見える。
案内表示を見ると2Fが「新車・外車」となっており、そのまま2Fへと足を運んだ。
そこで目に入ってきたのは、まるで倉庫の一角のように大量に並ぶバイク達であった。
スズキワールドは他のメーカーの実質的ディーラーともいうべき店舗とは異なる点はここにある。
種類が少ないという点もあるだろうが、スズキワールドは基本的に「その車種の色を全色取り揃えて店内に配置する」という特色がある。
そのため、まるで中古のバイク屋のごとく大量にバイクが並ぶのだ。
これはホンダ、カワサキ、ヤマハでは見られない特徴である。
全色取り揃えているということは逆に言えば「実物が見られる」ということである。
全ての車種が絶対にそうだというわけではないが、大きな店舗ほどそのような形で配置しているので色味などを判断する時に楽なのだ。
実物と写真の色身が大きく違うなんていうことはバイク業界ではザラにあり、写真では明るい赤なのが実物はものすごく落ち着いた赤だったりなんてことがある。
そういうのを回避できるよう努めているのがスズキなのである。
2Fに到着した律をまず出迎えたのはGSX-Rシリーズであった。
600、750、1000、全て存在している。
律が注目したのはブレーキであった。
全て「ブレンボ」である。
「マジ……か……」
律の中で価値観が崩壊する。
(こんなに当たり前にブレンボって装備しているもなのか?)と。
価格はGSX-R600が約130万円(勢抜)で、750が約140万(勢抜)1000Rは200万円を超えていた。
しかし律はこの前提示されたCB400の価格から「ブレンボ装備してこの価格なのか!」と驚きを隠せない。
何しろCBの価格+20万+αでブレンボ装着型フルカウルスーパースポーツが手に入ってしまうからだ。
排気量が1000近くになると高くなるのは当然のことと理解している律はGSX-R600の価格に驚く。
そしてもっと驚いたのは、すぐ隣にあったGSX-S1000を見た時であった。
「え……純正?……え?…新車?」
思わず二度、三度値札を確認する。
中古価格ではないのかといいたくなった。
しかしそれは紛れも無い新車。
ブレンボを装着しているにも関わらず、その値段111万。
税込み120万以内みたいな事が書かれていた。
律のCBとほぼ変わらない価格である。
もし大型免許をもっていたら「買います」と叫んでいたかもしれない。
そのぐらいの価格設定である。
これこそがスズキ最大の魅力である。
最高品質の存在を最小限度の価格で。
国内ではやれ「変態メーカーだの」「意味不明な構造ばかり挑戦したがる変なメーカー」だの「カタログスペックばかり追い求める」だの言われるが、
現在のスズキは割と「堅実」なバイクを作るようになっており、その上でコストが低く手に入れやすい価格設定にして評価されている。
見た目もここ最近は昔ほど芸術的ではなくなっており、一部では「没個性になった」などと叫ばれるが、
裏を返せば「無難で安くて支払った価格なりの納得感を得られる」バイクを販売するメーカーといえる。
惜しむらくは「大型重視」となった現在の姿勢であるが、これについてはもう国内4メーカーみんなそうなので、「免許制度が悪い」といわざるを得ない。
律はその価格とブレンボなどに対する品質から「スズキが生き残っていたワケ」を十分に理解することが出来た。
そしてGSX-Rシリーズの周辺を見渡していると、ようやく目当てであったGSX250Rを見つけた。
残念ながらそちらはブレンボは装着していなかったが、律が驚いたのはラジエーターコア部分である。
なんと、コアガードが装着されているではないか。
隙間はやや大きく、虫などは防げそうにないものの、小石は十分はじき返しそうなものを装着している。
純正でオプションとして用意されたバイクはそれなりにあるが、この手のコストパフォーマンスがさらに重視されるバイクにて「コアガード標準装備」というのはありがたいのと同時に、作り手のバイク作りに対する思いの強さを享受できるものだ。
律はフロントフォークガードが大きい点についても「これは……」と興味をもった。
ボディに覆われる形となっているフォークガードは、雨や泥などに対してきわめて強そうな設計である。
そういう所まで神経を回して設計するというのはそれだけものづくりに対する愛がある証拠である。
全体的なカウルなどの素材はチープな印象を持つものの、フロントアンダーカウル部分のフロントタイヤ付近の部分には頑丈な素材を選んで飛石などを弾こうとしているところなど、各部分の設計にまるで妥協がない。
唯一気になったのは馬力が低いことだが、トルクの数字からこのバイクが「加速重視」のセッティングになっている事を理解し、加速力が高いと言われている理由をすぐさま律はつかんだ。
一方、コストダウンの面影が随所にあることも律は気づく。
なんといってもマフラーがスチールなのだ。
最近ではこの手のバイクもみんなステンレスなので極めて珍しい。
こういう「どうせお前ら交換すんのやろ?」みたいな部分はあえて安物を使うのがスズキらしいと律は感じた。
そうこうしていると店舗奥より店員が近づき、どんなバイクを望んでいるのか聞いてきたので、律はいつものとおり、免許取得中で400ccまでのスクーターではないバイクを求めていることを説明する。
その上でとりあえず今回興味があるのはGSX250Rである旨伝えると、店員はキースイッチをONにして見せてくれた。
そこで驚いたのはGSX250Rにはちゃんと「ギアポジションインジケーター」が標準でついている所。
今でも250cc帯では装着されていない新型が平然と登場しているのにちゃんとついている所は高く評価できた。
店員の薦めによって跨ってみると、見た目が小ぶりなだけあって、律の身長ではベタ足であった。
(250cc帯だと、第一段階として乗るならCBR250RRよりこっちの方がよさそうに感じるな……)
律は知らない。
実はCBRにはCBR250Rという、これのライバルが存在していて、かつては日本でも販売されていたことを。
そちらは現在のモデルでLEDなどを装備し、価格もそれなりでこのバイクの十分なライバルとしてアジアで戦っているが、日本にはCBR250RRのためにバッティングするからと販売終了してしまった存在があることを。
CBR250RRは低排気量スーパースポーツとも言うべき存在であり、そっち方面を求める人間のバイクであって非常に高価。
これと比較するのは適切ではないが、確かに「今後大型へ向けて成長するためのはじめの一歩」として選ぶなら間違いなくNinja250と並んでこちらであろう。
むしろNinja250より安いことを考えると、こちらの方に分があるほどだ。
それを証明するかのように、2018年における販売データではかなりいい数字を出しており、ジクサーと並んでスズキの隠れた人気モデルだったりする。
GSX250Rを堪能した律は次にV-Strom250の場所へと案内された。
加速が悪すぎて高速などが厳しいと評価されたそれは購入対象外であったがものの、
律がなによりもそそられたのはバイクではなく、箱だった。
純正パニアケースである。
「とにかく頑丈」と評価されるV-Strom250のパニアケース。
何しろこれは「サイドガード」の役目も果たすぐらい頑丈に設計されているのだ。
頑丈と聞いていた律は、どうして頑丈なのか現物を見てすぐさま気づいた。
容量が少なくなるのと引き換えに、分厚い二重構造になっている。
いかにも「頑丈でございます」と言わんばかりの構造である。
また、パニア自体も重かった。
このパニア、本家アドベンチャー系バイクとも言うべきBMWユーザーが金具を自作して装着するほど頑丈で、200kg以上の車重がのしかかっても破損しないという。
元々V-strom250自体にそれぐらいの重さがあり、それに耐えられるのだからある意味では当然。
価格もそれなりなのだが、それなりの価格に見合う頑強さをもっている点に律は、「光兄に相談してコレを未来の愛車に装着できるようにできないかな」と考えてしまうほどであった。
ただ、やはりパワー不足は各所から指摘されているらしく、律が店員に対し「パワーとか加速はどうですかね」と尋ねると「ちょっと厳しいんですよねぇ……航続距離に対して犠牲になったというか……」――と、やはり加速に関しては厳しい状況があることを認める。
100kmは出ることには出るが、高速の追い抜きなどは非常に厳しいとのことだった。
それはある意味で怖い。
跨ってみると一応両足はつくもののベタ足とはいかなかった。
足つきはやや悪いらしいことがわかる。
踵が少し浮いたような状態である。
なによりも気になったのは重量で、感覚が教習所のCBと殆ど差が無い。
何しろ装備重量は188kg。
XSR700の方が2kgも軽いという状況であった。
メーターはGSX250Rと同一なので、表示機能に優れていることは理解できたものの、やはり対象外車種だなと改めて律は感じたのであった。
スズキワールドには他にもハヤブサ等が展示されていたものの、ハヤブサに興味がない律はV-Strom250の説明を聞いた後は中古車ゾーンを少し見学したあと、そのままスズキワールドを後にした――
次回「銀の翼を纏う者」




