川崎魂。
教習所を終えた律はそのままその足で吉祥寺へと向かった。
向かうは「カワサキプラザ」
2017年度の再編により、急激に国内販売網を構築する川崎の専門店である。
さて、まずは川崎のこれまでの販売網というのをご説明しよう。
メーカー保証が手厚く、中古車や逆輸入車すらメーカー保証している川崎。
実はこれまでディーラーとも呼ぶべき店舗は極一部しか存在せず、基本的にカワサキ車とは「正規取扱店で扱う」こととなっていた。
ようは個人経営のバイク屋が売っていただけということ。
よく例のネタで使われる「カワサキか……」という文言。
実はこれ、カワサキが特定のディーラーらしきショップをこれまでまともにもっていなかったことに起因するネタの1つだったりする。
個人経営店のホンダウィングプロスなどでは2018年の再編まで、割と満遍なくどんな車両も修理できていたが、その中にはカワサキ車両も含まれていて、余談ながら筆者が知っているとある地方のドリームなんかは「カワサキもヤマハも修理が可能だった」なんて店舗がある。(2018年現在どうなったかわからないが、ドリームにヤマハ車両を持ち込む姿は都内でも何度も確認したことがある)
これはもう本当に「カワサキの保証は製造メーカーが受け持つので、何か不具合があってもとりあえずバイク屋に預ければどうにかなる」からという実態があったからであり、
それはホンダ含めて他のメーカーでも可能。
なので、あのネタに使われる「ヤマハやスズキに持ち込む」というのは実際に可能だった。
逆に笑えないのは、川崎正規ディーラーとも言うべき存在は数年前まで存在しなかったので、カワサキに持ち込む方が難しいという実態があったのだ。
筆者からすると「カワサキに持ち込むとはなんぞや?」という話である。
カワサキ重視の店はあることにはあったのだが……
だが、2017年より川崎は全国において販売網を再編することを掲げ、今後ディーラーを全国120店舗展開へと拡大しようと試みている。
手始めに2年前頃より5店舗展開し、2018年の段階で1店舗増え、6店舗となった。
その最大の理由は「新規顧客を囲い込み、販売台数を一気に伸ばす」という目的であるのだが、その裏にはこんな事情があった。
「今現在、10代~30代に最も支持され購入されていくメーカーは他でもないカワサキである」ということ。
この世の全ての業界に言えることだが、最も重要なのは「世代交代」だ。
仮に少子化で需要が先細りするとわかっていても、世代交代がなけりゃ「売り込む人間がいない」のだ。
近年の川崎は、2007年に「空前絶後の半年納車待ち」と新聞でも一面を飾ったことがあるNinja250Rを筆頭に、多くの若者に支持されるようになった。
理由はなんといっても「掲示板ネタの優等生は今や川崎のためにある言葉」だったりするからである。
他メーカーがコストダウンに苦しむ中、川崎の最大の特徴は「製鉄からフレームやフロントフォークまでの製造まで自社のグループにて一括で製造可能」という、川崎重工ネットワークを利用したコストダウン手法が可能であるからであり、
今現在、国内で勢いがある家電製品メーカーなどのように「部品単位の製造を全て自社で行える」という形にしたことで「他社よりも製品クオリティを高められる」という「価格に見合った品質」というものを提供できるメーカーとしての力がそうさせている。
また、近年ではアジア需要の拡大によってとにかく頑丈なバイクを作るようになり、特に「利益と売り上げのバランスがとれる」と見越したバイクは国産とすることで高品質なものを製造し輸出するという、「世界からもトップクオリティ」と評価される手法をとる。
では、その力がどれほど勢いがあるのかお見せしよう。
http://www.zenkeijikyo.or.jp/statistics/2small-2700
2018年年度の4月スタートダッシュ。
経済新聞では「あのホンダが二輪で失速」と批評された一方、「川崎脅威のスタートダッシュ」と報道された。
その数字が上のデータだ。
完全に「先走って報道された経済新聞の話が事実」という他ない。
ホンダユーザーとしては「知ってた~」である。
小型二輪とは250cc以上のバイクのこと。
かつてここは「ホンダの独壇場」であったはずだ。
CB400など人気車種を筆頭に、様々なバイクが蔓延るホンダの独壇場。
それがなぜか「あの川崎に負けている」という驚愕の事実を突きつけられている。
この裏には250cc以上のバイクがホンダ専売になり、400cc~を購入するのが厳しくなった実情があるからだとは思うが、まぁ経済新聞では「ホンダが取り逃した客層をカワサキが丸々抱えた」と記事に書いてあったので、絶対ではないにしろほぼ「概ね正しい」んだろうなとは思う。
そして恐らく細かいデータが出てくるとわかるが、購入層は10~30代までが中心。
つまり川崎とは、「今最も勢いがあって」「今最も品質が高いバイクを提供できて」「今もっとも若者に好まれ」「国産バイクメーカーでは屈指の力を宿しつつある、国内メーカーの中でも稀有な存在」だということだ。
4大メーカーでもっとも若手需要を抱える川崎。
数字に表れた結果から自分たちの能力を過信せず、そのまま新規開拓を広げながら次の世代を囲い込もうとその勢いは加速する。
そのために「カワサキプラザを120店舗に増加させる」ということを宣言。
そして「様子見ではあるが、2020年を目処に大型車両は川崎プラザのみ販売」という方法に変更しようと目論む。
それを聞くと「既存の川崎車両を扱うバイク屋が死ぬんじゃないのか!?」と普通の人間なら思うことだろう。
しかし実はこの120店舗というのは「既存の川崎車両を扱うバイク屋の中で、大型を販売、整備できる店舗を川崎プラザに随時格上げ」という方法で増加させるもので、実質的に「川崎のディーラーみたいになっている」という多くの大型店をそのまま「本物」に昇華させてしまおうと考えているのだった。
よって、これまで川崎を支え続けてくれた実質ディーラー状態の大型店舗に融資し、設備等を整え、自らの枠組みに入れてしまおうというわけだ。
カワサキプラザ吉祥寺もそんな形で改装された店舗。
カジュアルで落ち着いた雰囲気のイメージへと改められている。
バスで律が向かった先は、吉祥寺なのであった。
このカワサキプラザ吉祥寺は、かつてウィンドジャマーズ吉祥寺と呼ばれていた場所だ。
なにがすごいかというと、「ウィンドジャマーズ自体はまだ存在している」という点。
府中や八王子、日野など西東京を中心に展開する。
吉祥寺のウィンドジャマーズは長らく川崎重視で展開していた店舗。
他の車種の展開もあったが川崎を中心とした取り扱いではあった。
つまり、川崎は立地条件の良さなどからこの店舗を格上げしたわけである。
運営実態はウィンドジャマーズのままであり、看板やサービス体系などが変更されたわけだ。
到着した律を「やぁ」とばかりに出迎えたのは250cc帯のバイクである、
Ninja250とZ250、そしてヴェルシス250の三車種。
こちらは全て試乗車。
免許さえあれば律も乗ることが出来る。
そしてその後ろに待ち構えていたのは……
「これは……」
赤い炎を模したタンクが目立つ、Z900RSの姿であった。
Z900RS。
川崎が初年度「今年2500台売ることが目標です」と主張し、本気で達成してしまった車種。
900ccという排気量はかつてカワサキという会社が傾きかけた際に生き残りをかけて国外で販売した車両である「Z1」に由来する。
この時のライバルはホンダ渾身の初代CB750ことドリームCB750(通称ナナハン……というか真のナナハン)
Z900RSの狙いは「ゼファー750などに現在も乗るユーザー」と「Z2こと750RSに憧れていたユーザーなど」に対しての後継車種的ポジションであり、デザイン的には750RSよりもゼファー750のイメージの方が近い。
特徴的なドロップタンクやカラーリングがそうさせている。
ただしフレームは「ダブルクレードル」などという旧世代の遺物ではなく、最新鋭の鋼管トラスフレーム。
倒立フォークにシングルサスにトラスフレームという文章だけでみたら「えーっと……ビッグオフロードかな?(すっとぼけ)」な最新、最強、最軽量の構成をしている。
ここに四気筒エンジンを組み込んで装備重量は「215kg」
恐らくは二気筒エンジンだと200kgを切る数字だと思われ、いかにフレームが軽量なのかがわかる。
どこぞのメーカーの1140ccの自称空冷ネイキッドや自社のガラパゴス1200ccネイキッドより40kgも軽いのだ。
見た目はオールドネイキッド風なのに完全に新機軸な装備には川崎の覚悟がみてとれる。
「ZRX1200DAEGのようなガラパゴス式ネイキッドなんぞもう作らん」という、最新技術を盛り込んでクラシックバイクを作ろうと試みる川崎の覚悟。
そこには当然「最新鋭の技術でないと無駄に重量が増大するし、製造コストも増加するし、かつての乗り味など再現できない」といった現実が排ガス規制によって存在するからだが、
軽量化された影響でZ900RSは脅威の加速力を持ち、「エンジンを回せば回すほど加速し、前輪が浮きかねない」と現代のハイパワーネイキッドらしい特性を持ちながらも「回さないとそれなりにおとなしく走れる」と低速も十分使いきれる万能さを持つ。
ちなみに国外での評価は「川崎の優等生」
5000回転まではやや大人しいエンジンは6000回転以上から唸りを上げる。
まるでどこかの400ccネイキッドのような二面性をなぜかもっている。
それでいて排気量2倍以上なのに重量が殆ど変わらない。
そんなZ900RS、カワサキは「オッサン向け」として出したのに、かつてのゼファーよろしく若者のハートを射抜いてしまったらしく、これといった特定の購入層がなく、全年齢に評価されてしまっている。
価格帯としてはヤマハのMT-09などと同じクラスではあり決して安くはない。
また、ハイオク指定なのに燃費はリッター20kmを切ってくるのでお世辞にも「コスパのいいバイク」とも言えない。
それでも、全年齢に幅広く購入層が広がったこのバイクは「今の若者も求める何かを秘めている」ことがわかる。
そんな魔力を感じ取りつつ、律は店の中に入っていった。
次に彼を出迎えたのはこれまた大型。
ZX-14Rであった。
ひそかに後継機と思わしき存在が登場したことによって影に隠れがちなカワサキのメガスポーツ。
メガスポーツとは何かと言うと、全盛期ともいうべき頃のホンダがかつて「誰でも乗りこなせる最強の存在」としてこの世に送り出したCBR1100XXブラックバードと、
それの対抗車種としてバイク好きでなくとも名前を知られるスズキの「ハヤブサ」が切り開いたジャンル。
これが登場する前までのフルカウル式スポーツバイクはあくまで「カーブを高速曲がれる」「そこからの加速が凄い」といったGPレース風の味付けがなされていた。
しかし絶対的な直線での最高速というものまで担保されていたわけでなく、また挙動はピーキーで少しでも操作を間違えれば死ぬという危険な代物。
そんな頃にカワサキはZZR1100という「直線番町に見えてカーブなどでも乗りやすいフラットトルクの大排気量フルカウルスポーツバイク」を出し、需要を開拓。(ZZR1100は自体はメガスポーツ扱いはされていない)
眠れる需要に気づいたホンダは本腰をいれ、メガスポーツ第一弾とも言うべきブラックバードを登場させるわけだ。
メガスポーツの条件としては、200km以上の超高速領域においてもその空力を意識したボディから「ライダーは殆ど何も感じないほど」洗練された空力特性にある。
前述のZZR1100はこのメガスポーツとして必要な要素に若干欠けていたためメガスポーツのプロトタイプ的なポジションで扱われる。
ブラックバードはすぐさま国外で大人気車種となり、ホンダは「史上最強の量産車」などと宣伝していたが、3年後に出てきた「ハヤブサ」によってその記録を塗り替えられ(300kmの衝撃が大成功)
これに対し、ZZR1100の設計思想をベースにこれら一連のメガスポーツに対抗せんとカワサキが世に送り出したのがZX-12Rであり、ZX-14R(ZZR1400)はその後継車となる。
まさにメガスポーツという巨体は律を圧倒したが、律からすれば「こんなの重すぎて乗れないよ」ということでZX-14Rからは早々に立ち去り、他のバイクへと向かっていった。
他には、このZX-14Rの後継またはZX-10Rの後継ではないのか?とされる、NinjaH2SXなども飾られていたのだが、一通り店内を回った律はここでようやくカワサキプラザの状況に気づくことになった。
それは「250cc~400ccのバイクが殆ど飾られていない」という状況。
Ninja400と思って近づいてみたバイクはNinja650であり、どれもこれも大型車種。
手に届きそうな車種が殆ど無かった。
そして気になったのは、商談中の若い男性と店員との会話。
「Ninja250は売れすぎて納車2ヶ月待ちなんですよー」という話が耳に入ってきた。
今、新車で手に入るバイクの中でかつカワサキで興味あるのはNinja250ではなかったが、どうやらNinja250は納車待ち2ヶ月以上で、Ninja400も次回入荷までしばらくかかるという。
念のため店員に見積もりと合わせて納車時期を聞いてみると「Z125とかZ250ならすぐ出せるですがねー」との回答。
しかし律は完全なネイキッドや原二に興味がなかったので、見積書を受け取ったまま回答保留で店を後にした。
「大型を取ったら……またここに来よう……」
川崎プラザは居心地が良い店ではあったが、まだその時ではない。
そんな感じを受けた。
天井や壁一面真っ黒な店は店員曰く「本来はコーティング作業などで傷などを見極めるためにこのように施し、傷などがわかりやすくなってしまうが、カワサキは絶対の品質を誇るためあえてこのような形に整えている」とのことで、品質に絶対の自信があることを伺わせた。
これは余談だが、良いコーティング屋と悪いコーティング屋の差は「コーティングの作業場の壁と天井か黒か白か」で判断できるという。
店員の言うとおり、本来はコーティング作業場は黒くして光の反射を減らすことを心がけなくてはならないが、新車販売ブースでは逆に傷や塗装剥離などが目立ってマイナスイメージを与えかねない。
つまり、「本当の意味で完璧といえる代物だからこそ」、あえて壁や天井を黒くしているのだという。
その凄まじい意気込みは感じ取れた律であったが、125cc~250cc帯のバイクは外に配置されていて試乗車となっており、免許取得前の律にとってカワサキプラザ吉祥寺はやや敷居が高かったのだった。
フレンドリーな店員、カジュアルな店舗、イメージとしては入りやすい。
だが「購入を意識した普通二輪免許取得前の状態」だとやや入りにくい印象があったのだった。
時間は現在午後を回ったばかり。
律はここから新宿へ向かうことにした。




