アライとショウエイ(前編)
大苦戦が響いた律であったものの、それでもとりあえず規定の時間をほぼ何とか乗り切ったことが多少の自信となり、帰り道の足取りは軽やかだった。
前回とは異なり、右腕に違和感を覚えるような状態にも陥っていない。
家にたどり着いた律は、すぐさま自室へ駆け込むと、ここのところ日課となっているバイクについて調べ始める。
無論、自室にあるPCを利用してのこと。
雑誌などに手を出そうかとも考えたが、現代の若者にとってはこれがもっとも頼りになる辞書であった。
後は自身によるトライアル&エラーによって何が正しい情報で、何が誤った情報なのか取捨選択選択することこそ、インターネット上の正しい情報の利用の仕方であるが、律はそこそこ英語が出来るので日本だけではなく国外の情報も利用することを心がけていた。
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「ヘルメット……か…そういえばバイクを買うにあたって絶対に必要なのに、どれがいいのかさっぱりわからない」
PC画面を覗き込みながら独り言のように呟く。
近くにはウィラーの姿もあった。
ウィラーは律の様子を遠くから伺うようにして休んでいる。
ヘルメット。
最も重要とされる装備品で、かつジャケットなどと並んで最も酷使する存在である。
誰しもがライダーなら口を揃えて言うことがある。
「――ヘルメットだけはいい物にしておけ――」と。
実際、今の時代便利になったもので、諸外国、特に途上国ほど粗悪品や偽物が出回っているので、それを実証試験したりする動画があるが、粗悪品はハッキリ言って「何の効果も期待できない代物」であった。
律も動画配信サイトなどでその手の検証動画を見ているが、ハンマーで殴っただけで1発でそのまま発泡スチロールのライナーまで届くような代物が粗悪品。
一方、本物の欧州や日本製のものは、.25ACP弾程度ならはじき返してしまうものもある。
ようはそれだけ差がある代物ではあるが、ただ帽体が頑丈で硬ければいいというわけではないのでヘルメットは奥が深い。
重要なのは「衝撃を逃がし、頭部へのダメージを最小限とする」インナーライナーにあり、いかに外装を頑丈にしても衝撃が分散しないならばまるで意味がないのだ。
「むむむむ……うぬぬ……」
様々な情報によってどのメーカーのヘルメットがいいのかわからなくなり、思い立った律は光に電話することにした。
スマホを弄り、連絡先から光を選択し、そしてかける。
この時間帯、光は店にいるので電話には出られることを律は知っている。
「あっーもしもし。光兄?」
「うおっ、突然だな律! 俺はまた倒れて運ばれちまったのかと思って一瞬ドキッとして電話に出てしまったぞ!」
出だしは半分ジョーク、半分本気のいつもの光のペースで始まった。
「もう十分回復してきてるから……それでちょい相談というか、聞きたいことがあるんだけどさー」
「無論、バイクの話題でいいんだよな?」
光はここ最近の周囲からの情報から、律が二輪に染まってきていることを知ってはいるが、綾華などに対するクレームなども考慮し、改めて伺う。
綾華の行動に問題がなかったか。などという点はずっと気にしていた。
「いやーヘルメット買おうと思ってるんだけどさ……どこのメーカーがいいのか正直わかんない」
「どこ買おうと思ったんだ」
「OGK……ってのがコスパいいって……」
「ガチで俺が返答するならAraiかSHOEI。それ以外選択肢はない」
「えっ……」
いきなり全否定されたような気分に陥った律は言葉に詰まる。
「確かに、OGK kabutoはここにきててようやくフィッティングサービス導入し、製品品質も上げてきているが、それでも俺は他人に薦められるかと問われれば、OGKはやや厳しいな。そりゃあ、OGK kabutoと並んでHJCなんかもオリンピック競技で使う人間がいるぐらいのヘルメットメーカーだが、やっぱどこかチープで怖いんだよ。例えばシールドとかさ」
「ふーむ……」
律は腰掛けた椅子に大きく寄りかかり、体重をかけた。
「ま、買うならフィッティングサービスを受けられるショップ行って調整してもらうことだな。そうでないとAraiとSHOEI購入しても、それだけの価値を感じることが出来ないから。フィッティングサービス受けて、完璧に頭にフィットさせりゃ、二度と他のメーカーなんて使えなくなる」
光の喋り方は冗談交じりではなく、素の常態の偽りの無い返答であった。
そこそこ冗談を交えて笑いをとりにくる光ではあるが、ことバイクに至っては本気。
まるでジョークというものが存在しない。
つまりそれは本気で「Arai」か「SHOEI」から選ぶべきだということを伝えようとしていることが律にも理解できる。
それらの会話を聞いていたウィラーは長く真っ直ぐな尻尾をパタパタと左右に振っていた。
「そっか……もうちょっと調べてみることにする。ありがとうね。あ、今日電話したのはちゃんと生存してるってのも示したかった意味合いもあるからっ」
「綾華がここ数日ものすごく機嫌がいいってだけでお前が昔どおり生きているってのはわかってた。それでも、声が聞けて嬉しかったぜ。ありがとうな」
「じゃあ、また」
「おう!」
律は普段なら長話をして光とどうでもいい日常会話に勤しむところであったが、今日はそういう気分ではなかったのですぐさま切り上げた。
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光の助言に従い、しばらくの間「Arai」と「SHOEI」について調べる律。
段々と光の発言の意味が理解できてくる。
Made in Japanだからというだけではなく、徹底的に安全性を求めたこの二社のヘルメットは値段が高いらしい。
にも関わらず国外でも愛用者が非常に多く、圧倒的な支持率の高さを誇る。
特にハイエンドモデルは一切の妥協が無いとのことだった。
だからこそ、ネット上ではこのような評価がされていた。
「金に余裕があるなら迷わずこの2社のどちらか」
ようは、お金に余裕がない場合、コスパなどを鑑みてランクを落としていくのが正しいとのことだった。
しかしOGK kabuto自体はそこまで評価も悪くなく、現在伸びてきているメーカーであることは事実である。
(もしかして……値段の違いが質感の大幅な違いになって現れているんじゃないのか……)
意を決した律は、ついに「バイク用品店」に足を運ぶことに決めた。
現在まだ正午過ぎ。
これからバイク用品店に足を運んでもまるで問題が無い時間帯。
すぐさま律はPCで近場のバイク用品店を探す。
自転車でがんばれば三鷹東八道路付近に1店舗あったが、残念ながら律の自宅には自転車が無い。
正確には1台あることにはあるが、その1台は母親のマイカーであり使われている。
そこで、多摩霊園まで電車で向かい、そこから歩いて直ぐの場所に向かうことにした――




