大苦戦(後編)
「音羽さん。昨日はS字とクランク、スラロームなんかはやられました?」
教習に入った律に、若い指導員が問いかける。
「四輪用とクランクと一本橋を1度……」
「では、今日は二輪用クランクとS字、スラローム、これらを一通り行いましょう」
待機室のガレージにて、若い指導員は律に対し、本日のプログラムを事前説明する。
一通り説明を聞いた後、律はすぐさまプロテクターを身に着ける。
プロテクターを身に着けて気にしたのは左腕の様子である。
握力は回復しつつあったが、筋肉痛は完全に癒えてはいない。
しかし、筋肉痛が回復するまで待っていると感覚を忘れそうなほど間が空くので、そんなことばかり気にしていられなかった。
Araiと描かれたLサイズのヘルメットを手にすると、指導員に促されてCBの下へ向かう。
今日もあの赤いタンクのCBが律の教習車であった。
昨日体感したことにより、律は素早くCB400を駐車場より出すと、そのまま最初のウォーミングアップのための発車位置にバイクを降りたまま取り回して停止。
サイドスタンドを一旦下ろし、後方確認を行い、サイドスタンドを再び上げ、再び後方確認、そして乗車。
キースイッチをONにし、ランプ類のチェックをし、その後エンジンをかける。
ミラーを調整し、準備完了。
右にウィンカーを出した状態で待機する。
「2回目にしては手馴れてますね。ではチャイムが鳴ったと同時にウォーミングアップで時計回り三周行きますよ!」
律の後になる形で青いCBを引きずり出した指導員は同じくすぐさまエンジンをかけた。
チャイムが鳴ったと同時に発進する。
まずはギアチェンジについて改めて確かめる。
律は一昨日、綾華から受けたアドバイスを思い出していた。
「律くん。クラッチ全開なんてしなくてもええんやよ? 半クラッチでええんよ。ギアチェンジはな~。まずはシフトペダルにやや力を込める、そしてその状態でもシフトペダルは動かん。その状態のままクラッチを引く。そうすると半クラッチでギアチェンジできるんやて。バイクはそうやってギアチェンジするんやで」
綾華はわざわざCBR400を用いて丁寧に律にギアチェンジのコツを教えてくれた。
綾華のアドバイス通りにギアチェンジすると シュコーンという音と共にギアチェンジに成功した。
一昨日よりも少ない力でギアチェンジが可能となっていた。
そのまま二速、三速とギアチェンジしてスピードを乗せていく。
「音羽さん! ポンピングブレーキでカーブに進入してください! その方が減点になりにくいんで!」
減点はブレーキランプの点等で見定める指導員は、試験時を考慮し、また教習所内で推奨されている方法でもあることからポンピングブレーキを推奨した。
絶対必要というわけではない。
だが、その方が「ブレーキをしている」ということを確認できることもあって律に説明する。
律はポンピングブレーキを普段から使うタイプの人間であったので、迷わずその方法でカーブに進入した。
昨日よりもかなり速度が乗った状態である。
エンジン回転数は2000程度。
グオアアアアァァァァ
――とカーブが終わる手前で再び加速。
NC39のCB400SF-Kは車体年齢などものともせず鋭い加速を見せる。
三周のウォーミングアップが終わると、いよいよ本日の課題に入った。
「じゃ、まずは二輪のクランクから。失敗してもいいですし足をついてもいいですが、パイロンにだけは当てないように心がけてコース取りを体に覚えさせつつ進入してください」
そう言うと指導員は、待機場からキビキビとした動作でコースに侵入していく。
律もそれに続いた。
コースを約1周して右折。
二輪用クランクはそこにある。
カーブ終わりまでにウィンカーを出して右に寄らねばならない。
いよいよ右折するかといった場所で若い指導員は一時停止する。
「試験の際、クランクは右折進入するにせよ左折進入するにせよ同じ方向へ進入していきます。ここは入り口で、出口ではありません。ようは、このクランクは絶対に逆走することにならないと覚えておいてください。後6回ほどやると見極めですが、この見極めの際クランクとS字、坂道発進は完璧にこなす必要性があります。では参りましょう」
若い指導員はそのまま先行してクランクに入っていく。
「音羽さん! 半クラッチを併用してスピード調節を!」
「うっ!」
コースに侵入した律はフラフラとした足取りでクランクに進入した。
やはりバランスをとるために足が開いてしまう。
綾華からは「ニーグリップ」なる単語を聞いていたが、それが何なのか未だにわからない。
彼女から聞いたアドバイスは「ギアチェンジ」だけであった。
低速のCBは「オラオラオラオラァ!」とばかりにその重量を律にかけ、律は重さに振り回される。
「音羽さん、アクセルを煽って半クラッチしつつ進んで! 前ブレーキなんて使うとコケますよ!」
あたふたしながら前輪ブレーキなどをしていたので、指導員がすかさずアドバイスを律に対して投げかける。
が、律はそれどころではない。
とりあえず半クラッチを用いて速度を制御、左腕に負担がのしかかる。
半クラッチの維持はできるものの、左腕はプルプルと震えた。
「にぃ……!」
歯を食いしばったが、結局2回ほど足をついてしまった。
それでも何とかコケず、エンストも無くクランクを脱出した。
「ここからは左折です。ウチの教習所においてクランク出口からは絶対に右折することがありません。進入時は逆方向から左折することもあります。今回は右折しましたが右折、左折の違いは試験時のコースの違いですが、出口から左折というのはどちらも同じ。右折はあまりにも角度が急すぎるためです」
クランクの出口はそのまま交差点と直結していた。
ここから右折しようものなら160度ばかりUターンするかのような形となってしまう。
正面の道路は道幅が狭く、非常に厳しい。
左折の方がまだ楽であった。
「四輪が進入してくることはあります。その場合は出口で一旦停止してください。試験時には左右の確認のために一旦停止しても減点にはなりませんが、車が来ていない時はそのまま進んじゃってください」
「わかりました」
律はきちんと情報を受け取れていることを指導員に証明するため、返答した。
「では次はS字です、ここから左折し、坂道の手前で右折、そして一時停止、左折、そのまま外周コースの内側を走り、すぐさま左折でS字へ。こちらも入り口、出口の関係は同じです。逆走はなく、S字の場合は左折侵入のみとなります。覚えておいて」
そう言うと指導員はすぐさま発進する。
とにかく四輪と比較して教習時のペースが速かった。
律は大急ぎで指導員の後を追う。
まずウィンカーを出して左折。
左折すると目の前に信号つき交差点、信号は青、そのまま直進しつつ交差点を超えたあたりが30mと思われ、指導員はウィンカーを出しつつ右に寄せたのでそこに追随、次の交差点を右折。
右折した先は左折なので左に寄せたまま左ウィンカーを出す。
一時停止。
「音羽さん、試験のコースではこの付近には何度か来ることになります。昨日一本橋をやったそうですね。一本橋の隣にコーンが置いてあるのが見えますか?」
指導員は一本橋の奥を指差した。
「はいっ!」
「アレがスラロームです。8秒以内に通り抜けることになります。スラロームの後S字というのが試験コースですが、今回はスラロームは後回しにS字だけやりましょう。S字をやったらそのまま一周してきて、スラロームをやりましょう」
「了解しました」
律は特に意見を述べるまでもなく、指導員に従う。
指導員は左右確認を行った後、四輪が周囲にいないことを確認し、左折。
そしてスラロームをスルーし、S字の方へ左折していった。
「スラロームはクラッチ無しで一気に抜けちゃってください!」
スラロームに侵入しながら指導員はクネクネと走りつつ律を指導した。
スラロームにもパイロンはあったが、クランクよりよほど簡単であった。
指導員はスラロームの出口付近で停止していた。
律もその場所に向かい、そこで一旦停止。
「ここ気をつけてください。試験時は四輪、二輪は同時に行いますが、四輪の試験では左側の坂を下る四輪や二輪、左側よりコース外周を進む四輪や二輪などと鉢合わせしますが、見てのとおり視界が悪いんで。それで出た後は障害物があるので、左ウィンカーで出たらすぐさま右ウィンカー出してほしいのですが、気をつけて欲しいのが四輪が外周コースを進んできた場合です。乗用車では絶対に車線がハミ出るので障害物手前で一時停止しますが、我々は車線にハミ出ず回避できるのでそのまま直進します。ただし、外周を進んできた車が右折しようという場合は一時停止してください」
理由は接触回避である。
交通ルール的には右折優先ではないが、右折する場合四輪は右車線に大きく寄る。
車線ギリギリを通る二輪は、通常であればそのまま通過するが、右折しようと試みる車があると危険である。
その場合は道を譲らなくてはならない。
二輪のほうがそういう意味では試験時の難易度が高くなっていた。
「止まればいい」という判断がやや難しいのだ。
四輪は「来たらとりあえず止まれば良い」だが、二輪は「右側に寄せた場合は停止」ということでより柔軟な判断が要求される。
「ではこのまま障害物を越えてコースを周回し、スラロームに参りましょう!」
律に悩む暇など与える間もなく、若い指導員は左折してコースを進ませていく。
即座に右ウィンカーを出し、視界で確認。
車線をはみ出さずに進みつつ左ウィンカーを出す。
律もそれに合わせて進む。
そのままコースを回った律はスラロームへ。
スラロームの所に来ると一時停止を求められた。
「一旦エンジン切って降車しちゃってください」
若い指導員はスラロームのスタート地点手前で停車し、降車することを求めた。
「実際の試験では8秒以内ですが、8秒以上で不合格ということはなく減点です。なのでそんなにギリギリのラインを攻めないで下さいね。無理せずに行ってください」
「じゃ、まずお手本を見せますが音羽さんは私の後ろに乗ってもらいます。赤い方のCBで後ろに乗りながらスラロームで私がどういう姿勢で進んでいるか、アクセルやクラッチなども見ていただいて、それからやりましょう」
若指導員はそう説明すると、テクテクと律の乗っていた赤いCBに向かう。
タンデムスタンドを出していつでも二人乗りできる状態にさせた。
「二人乗りはちょっと危ないんでスタンドは下ろさずにしますが、気にしないで下さい」
そう言うと、サイドスタンドをかけたままCB400に跨り、そしてCB400を水平の状態にする。
「では、左足でタンデムステップに足をかけつつ乗車してください」
その言葉どおり、律は左足に体重をかける。
CB400は水平を保ったままであり、指導員の身体能力の高さを実感する。
そしてそのまま右足をタンデムステップに置きつつ跨った。
「怖いとは思いますが、両手を私の肩に手を乗せたままにしてくださいね」
指示通り律は肩に両手を乗せた。
サイドスタンドをあげた指導員はすぐさまエンジンをかける。
「では行きますよ!」
「おおっ!?」
スタートからいきなり右に傾くCB。
振り落とされそうな状況を必死で堪える。
堪えながら状況を見ると、なんと指導員はクラッチを一切使わず、二速で進んでいた。
クラッチレバーは軽く手を添えているだけである。
アクセルを煽り、スラロームを余裕の様子で進んでいく。
CBは右に、左にとグイングイン傾き、傾く度にアクセルを煽っている影響でグオオン、グオオンと唸りながら軽快にスラロームを進んだ。
スラロームが終わると指導員は右ウィンカーを出して右折、そしてすぐさまそのままスタート位置に右折して戻ってきた。
「どうですか? 今のでなんとなくわかりました?」
「クラッチは使わないんですか?」
「大型はスピードが乗りすぎるので使う人もいますが、中型はいらないかと思います。スピードが重要なんで。まぁS字もクランクもそうなんですがカーブを曲がる時は左手を添えてくださいね」
「ブレーキについては?」
「後輪ブレーキは使いますね。クランクもそうですが、前輪は使わないで下さい」
律は知らないことだが、カーブ途中に前輪ブレーキを使うとカーブを曲がれなくなる。
実際はカーブ手前で前輪ブレーキを踏み、前輪に加重をかけるのは基本テクニック。
しかしスラロームでそのようなことをしようものならアウトかインに寄り、コケるかパイロンを落とすか、制御不能な状態でコースアウトする。
教習では後輪ブレーキのみ推奨されるが、上手い人間は前輪ブレーキをも使い、さらに小回りさせる者もいる。
「今回は1回目なんでタイム気にせずやってみましょう」
指導員はそう言うと、サイドスタンドをかけ、CBを傾ける。
まず律に降車するよう指示し、律が降車すると自身も降車した。
その際、忘れずにタンデムステップを元に戻していたことを律は見逃さなかった。
律は再び乗車、いよいよ緊張の瞬間である。
CBを発進させ、そしてまずは左側にバイクを向ける。
フラフラした状態ながらそちらはパイロンを倒さず成功。
そのまま右側に姿勢を制御し、2つ目のパイロンも走破。
しかしながら2つめのパイロンに近づきすぎてしまったため、左側に回りこむのが難しく、大きく左回りする形で3つ目へ、
アクセル操作はラフになっていて、指導員のような方法で試みることができなかった。
3つ目を通り過ぎた時であった。
大回りした影響でバイクは大きく左側にそれる進路となっており、右側にシフトしようとするとかなり傾けなければならずコケる。
律はそう直感した。
「無理ならコースアウトしていいですから」
すかさず指導員がフォローし、律はコースアウトを選択した。
「もう1回やってみましょう。右折してスタート地点に戻ってきてください。
「はい……」
失敗したことを気にしている間もなく、2度目の挑戦を行う。
2度目の挑戦。
今度は1本目2本目もどうにかなったが、やはり3本目が上手くいかず、3本目は先ほどと異なり内側に入り込んでパイロンに接触、そのまま4本、5本は上手くいった。
(……これは……)
律は2度走ったところで気づき始める。
(もしやパイロンの間隔は等間隔ではないのか?)――と。
等間隔に錯覚しているから同じ感覚で行こうとすると3つめで異常な進路となる。
その通りであった。
よく見るとパイロンは等間隔ではない。
試験課題のスラロームは「不等間隔」なのだ。
バイクを制御するための試験のため、あえてそうしている。
だから、同じように曲がって同じように通り過ぎるということはできない。
1本目、2本目を同じ感覚で行くと、2本目から間隔が変わっているので3本目が上手くいかないのである。
失敗のしわ寄せをリカバーできるほどの腕が現時点の律にはない。
「うーん、まぁこれは慣れるしかないですね。ではこの後、坂道発進をやりましょう」
パイロンにはぶつけこそしたものの、今回は初挑戦ということでそれで十分と考えた指導員は次の課題へと進ませることにした。
律に右折を指示し、そのままコースをほぼ一周する形で進む。
「音羽さん。坂道発進についてですが、これはクランク、S字と違って逆側から侵入するケースもあります。コースによりますが、どちらからでも後方確認してからスタートし、その後はそれぞれ右折するのか左折するのかは試験時のコースによりますんで」
若指導員はコースを周回する傍ら、律へ言葉を投げかける。
律は「はい!」と声を振り絞って応えた。
坂道に入ると黄色いポールがあった。
そこが四輪、二輪用の停車位置であった。
指導員はポールの先で一時停車し、律にポールの目の前で一時停止することを促す。
「音羽さん。後方確認したらそのまま発進し、発進後右折します。ウィンカーを忘れないで下さい。それと、四輪の対向車が来た場合はそこまで右に寄せなくていいです。彼らも教習中なんで思いっきり右側に寄った状態で入ってくることあって危ないんで。ちなみに接触しそうになったとしても無理に回避しないでください。試験時含めてあっちの指導員が停めます」
試験時も含めて。
その意味合いはつまり「試験時において右側によって二輪に接触しそうになり、受験者がそれに気づかず侵入を続けた場合は減点ではなく「失格」を意味していた。
無論そこに気づいて一旦バックするならば減点2程度で済む。
少しゾッとする話であるが、それはお互い様であった。
MT車で慣れていた律は坂道発進についてはほぼ完璧に成功させていた。
というか、クラッチ操作については左腕の筋力だけしか不安がない。
四輪と同じであり、エンストも現時点ではしていなかった。
坂道発進はもっと怖い状況で何度も日常的にやっていたので問題がなかった。
発進した赤いタンクのCBは先道を駆け上がりつつ二速にギアチェンジし、そのまま右に寄せつつ下り坂を降りてくる。
そしてそのまま右折した。
「よし、それでは今日のうちに急制動もやっちゃいますか!」
律がギアチェンジに問題を抱えていなかったため、テンポが良く課題が進んだ指導員はついに最後の課題である「急制動」をやることにしたのだった。
坂道を右折した律は、急制動を行う場所に案内され、降車させられた。
「これが急制動を行う場所です。手前に2つのコーンがあります。ここまでに40km以上で進入し、そこの黄色いコーン2つからブレーキをし、ここの3つのラインのどれかに止まってもらうわけですが……」
「雨の日以外はライン2つまで……でしたよね?」
事前に教習本を読んでいた律はその部分について理解していることを指導員に主張した。
「ええ。今日は1回目なんで3本目を目指しましょう。1回目から3本目までに停止できれば十分ですので」
「わかりました」
「じゃ、音羽さん、ここからこのまま一周してしまいましょう」
一通りの説明を終えた指導員は外周を一周させ、急制動を走るためのスタート地点に律を導く。
律はここで左腕が気になり始めていた。
握力が弱まってきていた。
それでも懸命に指導員の後に続く。
ほぼ一周する形でコースを回った2名は、急制動のスタート地点に辿り着いた。
「さて、急制動時ですが、左ウィンカーをつけて走ってもらいます。教習所によってはハザードの場合もあるんですがコイツハザードないんもんでね……」
CB400はモデルにもよるが、教習用にはハザードがないモデルもある。
NC31には装着されていなかった。
そのため、左ウィンカーを出しての急制動となる。
「外周コースの内側をずーーーっと走ります。外周コースの内側に大量の黄色いコーンが並んでいますが、その黄色いコーンの内側が急制動の際の走行ラインです。今日の時点で40km目指しちゃってください。止まる位置は3本目を目指しつつ、その先で構いません」
指導員はブレーキを行うための黄色いコーンの手前に大量に配置されていた黄色いコーンを指さした。
2mほどの道幅しかない場所を真っ直ぐ進めということを律は理解し、顔が青ざめる。
(こんな狭い場所いけるかな……)
少々自信は無かったものの、逃げることなど出来ない重要課題。
やってみる他なかった。
「では停車地点で待ってます」
若い指導員はそう言うと、すぐさま青いCBを発進させ、先ほど律が立ち寄った急制動の停止場所の広場のような所まで向かっていった。
そちらに向かうと手で合図し、「いつでもスタートどうぞ」とサインを送る。
そのサインを見た律は意を決してCBを走らせる。
一速からすぐさま二速へ、二速から三速へ繋げ、アクセルを入れる。
CBは一気に加速し、40kmまですぐに到達。
そのまま40kmを維持。
(む……案外普通に走れたか!)
狭い場所ではあったが、カーブではなかったので普通に走れて仕舞った。
改めて二輪の機動性に感動する。
そしてブレーキ開始位置の黄色いコーンを少し過ぎたあたりでブレーキをかける。
前輪にブレーキをかけすぎると大変なことになるということを事前に教習本で学習済みの律は後輪ブレーキを強めにかけつつ前輪レーキをかけた。
その時である。
ギャキキキキ
後輪がロックしてしまった。
(しまった滑った!)
車体がやや横に向く。
ドリフトしているかのような状態。
しかし体が硬直し、ブレーキを緩めることが出来ない。
必死になりながら前輪ブレーキもかける。
CB400はやや傾いた状態で3本目のラインを少しすぎたあたりで何とか停車した。
しかし、頭が真っ白になったことで停車時にクラッチを入れ忘れたCB400はエンストを起こした。
「危なかったですねえ……前輪が2、後輪が8といったところでしょうか。後輪ブレーキからかけるのは間違ってないですが、もっと前輪にもブレーキかけちゃって大丈夫ですよ」
急制動の理想は4.5:5.5で後輪が強めなのがいいと言われている。
4:6でもいい。
前輪ブレーキが強すぎると横転すると教習本などから学習していた律は、ジャックナイフなどの怖さから後輪を強くかけすぎたことで後輪がロックしていまっていた。
その時である。
終了のチャイムが鳴ってしまった。
「ふーむ、急制動は1回だけで終わりか……仕方ありませんね。それらについてはまた次回ということで」
チャイムが鳴ったため教習は終了となった。
律は指導員に促され、バイク置き場まで向かう。
そして駐車場の目の前で降車し、手で押して駐車場にCB400を入れ込んだ。
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「音羽さん。ギアチェンジはそこそこ出来ているみたいなんで後はニーグリップですね」
「ニーグリップ……」
指導員は律の教習ファイルに印鑑やサインをしながら語りかける。
「ええ、タンクに膝を押し付ける形でバイクを挟み込みます。それでバランスを取るんです。今まで見ているとカーブで足が開いちゃってます。これではバランス取れません。それが出来るようになればクランクは大丈夫でしょう。アクセルとかクラッチ操作はMT車に乗っていたんじゃないかな? 結構きちんと出来てますから」
若き指導員もまた、律がMT車に乗っている経験があることを看破した。
というのも、実は律のギアチェンジは車のギアチェンジ、それも貨物車両や大型車両向けのギアチェンジそのものだったからだ。
通常、バイクのギアチェンジの場合は一気にアクセルを開いてギアチェンジする。
その方がシフトペダルはスコンと入ってくれる。
しかし律はラフなアクセルにさせたくないため、アクセル開度が弱い。
そのため、まるでトラック車両がギアチェンジするかのような音をを奏でている。
ブオオオオオ グオオオオと、エンジン回転数が低いのでバイクのそれではない音になっている。
一方指導員達は生粋のライダー、ギュァァ ギュウァァンと一気に回転数を上げてキビキビとギアチェンジした。
減速時のシフトダウンもお手の物で、余裕を持ってブリッピングまでしている。
しかし律は半クラッチをしながらアクセルを少し入れてシフトダウンするため、ブオワァァァンとまるでレースカーがシフトダウンするかのような音である。
指導員がシフトダウンする場合は ギュワン ギュワンとすぐにエンジン回転数が下がるが律にはそれができていなかった。
だからわかりやすい。
「この者はMT車経験はあるが、二輪経験が無い――」と
しかし指導員はあえてそこについて細かく指導することはなかった。
そういうのは慣れの問題であるので、ここではまずギアチェンジが出来るかどうかの方が重要。
そっちは出来ているからだ。
「さて、じゃあこれでこの時間の教習は終わりです。プロテクターは指定の場所にお願いします。あ、それとそこの冷蔵庫に麦茶あるんで良かったら飲んでいってください。はい、ではこちらを忘れずに」
「ありがとうございました」
指導員から差し出された教習ファイルを受け取りつつ、お礼を言って律はその場を立ち去った。
指導員はそのまま指導員用の机に座って次の教習に備えていた。
それは二輪教習だけの特典であった。
風雨に体を晒す二輪においては体内の水分を多く失う。
そのため脱水症状を起こしやすい。
よって、大半の教習所にお茶、水などが供えられていて自由に飲むことが出来る。
ここまで朝から何も特に飲んでいなかった律は冷たい麦茶を飲むことにした。
プロテクターを片付けた後にお茶を飲む。
まだ2月の寒い季節ではあるが、運動を行ったのと同じ状況故、今のほてった体には心地よい温度であった。
「ふぅ……」
一通りお茶を味わった律は一旦休憩所に戻る。
左手を握ったり開いたりして筋力を確認する。
「まだダメだ……」
一昨日よりマシであるものの、本日の教習は不可能となっていることを理解する。
握力はかなり低下している。
そのまま教習ファイルを返却した律は、また中1日で予約を入れ、予約可能枠を全て埋めた。
(しばらくはこれで行くしかない……)
1日1回。
それでも毎日バイクに乗れる。
今はそれで十分。
自分を納得させる。
そのまま教習所を後にした。
次回「アライとショウエイ」




