岐阜の美少女とCB400と黒猫(後編)
翌日早朝5時。
朝目覚めると律は傍に暖かい何かを感じる。
綾華であった。
綾華は、慣れない通常のベッドのせいで寝返りによって転がり落ちていた。
一瞬ハルが戻ってきたかと勘違いした律であったが、すでに賢者モードに入っており、そのまま布団をかける。
肌寒かったのか布団自体はすでに半分奪われた状態であった。
そのまま起床した律は自室を出て階段を降りてガレージへと向かう。
昨日は夜のせいでよく見えなかった綾華の持ち込んだCBR400Rが気になった。
勇ましい顔つきは律をして購入意欲が沸く代物。
CBR400Rの周囲をスタスタと歩きながら犬が警戒するかのごとく見回す。
スマホホルダーが装着され、グリップヒーターなる存在も搭載。
センタースタンドも装備。
それだけではなく、トップケースも装着していた。
「んははっ……どこまでも行けそうだ」
律には幻聴のようにしてCBR400Rの声が聞こえる「よう、どこまで行こうか?」――そんな声が聞こえてくるほどに誇らしげな姿。
ツーリングなら任せろと言わんばかりの容姿。
(やっぱ免許取得と同時期に納車にしよう。でないとダメ。待ちきれるわけがない……)
CBR400Rを眺めていた律は確信する。
もう四輪なんかどうでもいい。
手に入らないものなど、どうでもいい。
免許や道具一式さえあれば、綾華に一言断った上でこいつでどこかに行きたくなるほどである。
足りないのは免許やヘルメットぐらい。
「そうだ……!」
ふと思い立った律はCBR400Rの左クラッチレバーを左腕で握ろうと試みる。
昨日からの筋肉痛がまだ響いていたが、握力が回復しているかの確認と「一般車両のクラッチの硬さ」というものを調べたくなった。
クニッ
CBR400Rのクラッチは思った以上にやらわかい。
しかしそれでも現在の握力では左のハンドルバーまで完全に密着するような状態にもっていくことが出来ない。
握力が回復しきっておらず、足りていなかった。
(こりゃ……いよいりよイカンねぇ……早めに母さんに相談して病院行くしかないか……)
そこまで落胆するほどではなかったが、市販車両のミドル級バイクのクラッチすら完全に制御しきれておらず律は不安になる。
これではマズいと。
足つきも気になった律はサイドスタンドをかけた上体のまま跨ってみるものの、普通にベタ足である。
しかしやや前傾ポジションなのと、バイクがやや小さく感じて違和感を覚える。
それもそのはず。
律の身長は174cm。
顔つきのせいで身長が高く見えないが普通に日本人平均身長。
そしてなによりも足がやや長いため、CBR400Rではやや窮屈な姿勢となっていた。
(むむむ……)
CBR400Rについてそこそこ理解できた律はCBRの傍を離れ、そのまま顔を洗いに洗面台へと向かっていった。
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その後、律はリビングで過ごし、1時30分ほどすると全員起床して久々の4人での食事となった。
本日は日曜。
両親も綾華も休日である。
毎日が休日の律でもさすがに曜日感覚は失っていなかった。
律は朝方CBR400Rに少し跨ったりしたことを綾華に伝えるが、綾華は「そういうための試乗車やし、このままこれにしてもええんやよ?」とCBR400Rをオススメしたが、律は「なんか窮屈そう」ということでやはり自分はCB400の方だと固持した。
綾華は「まあ、律くんが好きなのにすればええんよ」と笑っていたものの、内心は「多分、律くんはCBR400Rか400Xのどっちかのほうが相性ええと思うんやけどなあ」と感じていた。
そのまま午前中をワイワイと凄し、昼食を外食し、その後午後一番で綾華は帰宅。
夢が気を利かせ「夜になると怖いから」ということで、綾華は名残惜しそうに帰っていった。
その際、夢は綾華に合鍵を渡し、「もう一人で来れるんだしいつでも好きな時にいらっしゃい」と背中を押し、それによって何かが満たされた綾華は素直に東京の音羽家を後にした。
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綾華が帰宅した後、律はすぐさま自分の状態について両親に相談する。
後遺症があるかもしれないという不安をぶつけ、病院にいくことになった。
丁度、律がリハビリを受けて現在も通院を継続中の病院は本日も受付ており、連絡した結果、医師も本日きており相談を受けることになった。
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「ふむ……」
レントゲン写真を見た医師はしばし考え込む。
「レントゲンや筋電図などに異常ありませんね。しかし、これは後遺症認定は難しいですな……事故の影響なのは間違いありません。律くんの腕はそれだけの状態であることはお父さんにもお母さんにもご説明した通りでして……」
「後遺症認定が難しい理由とはどういったことでしょうか?」
同席していた勉は意思に疑問を投げかける。
「いえね、法的には事故によって握力が回復しないケースは握力10kg以下なんです。昨日はモノを握ることすらできなかったということで私も心配になったのですが、今、彼の握力は今18kgほどあります。恐らくは、入院時による筋力低下が最も影響しているとみられ、法的に認定される後遺症とまで及んではおりませんが、まあ医学的には後遺症の1つとして捉えることが出来る状態……と、ご説明すれば理理解していただけます?」
医師の言うとおりであった。
事故による後遺症認定を受ける握力低下は10kg以下でかつ「その状態から一切戻らない」といった状態。
これはもはや障害認定ができるレベルである。
しかし現状の律はその領域にまで達していない。
筋力の大幅な低下は各部で起きており、律は現在回復の真っ最中。
経過観察を行わなければ「後遺症」と認定できない状況であった。
「それじゃ、自分はまだバイクに乗れますか?」
律は最も重要なその言葉を聞きたく、医師に問いかける。
「律くん。もし本当に危険な場合は、手をまともに握ったり開いたりすることも困難になる。本当に奇跡としか思えないが君にはその兆候がなかった。だから早期の退院を許可しているんだ。君が二輪に乗りたい気持ちがあったとして、ドクターストップをかける状態には至っていない……リハビリと平行しながら握力を高めていけば問題ないはずだが、こればかりは実際に乗り出して見ないとわからない……というのが現状の状況だ」
医者は現時点での結論は性急すぎるということで、経過観察という形にすることを提案した。
今回の握力低下については、今まで持ち上げたことがないような重過ぎるものを突然持ち上げたことや、今まで使わなかった筋力を使ったことによるものだと判断したのだった。
医師は律と両親に「無茶はしないように」と伝え、ゆっくりと状況を見定めるよう促す。
「たった60日前まで君は200日以上寝たきりだった。それが今バイクに乗っているということに驚きを隠せないが、そういった挑戦しようという意欲、生きようと強く心に宿す力はどんな薬にも治療にも勝る力だ。医者として恥ずかしいが、私も何度もそういう力が起こす奇跡を見てきた。だからこそ言えるのは、やめるべきじゃない」
帰り際、かかりつけの医師は律の背中を押した。
律は思わず泣きそうになる。
まだバイクに乗れる。
また車に乗ってどこかに行く事ができる。
それだけが自分の今の生きる目的なのは事実であり、その可能性が残されていたからである。
その後、病院からの帰宅途中、律ら音羽家は握力を回復させるためのトレーニング器具をいくつか買い込んだ。
また、液体式の湿布や筋肉を冷却させるためのスプレーなども購入。
腕が軽い炎症を起こしていたためである。
処方箋で湿布を処方してもらっていたが、それに加えてのことである。
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帰宅した3人であったが、家の電話の留守録を聞いて驚く。
それは、ハルがいた頃、長い間懇意にしていた動物病院の先生からの連絡であった。
ハル自体を紹介した動物病院である。
18年前「この子を預かってくれないか?」と言ってハルを音羽家に託した先生は、あの時のようにまた、「黒猫をどうしてもそちらの家で預かって欲しい」と再び相談してきていた。
録音メッセージに残されていたそれをきいた音羽家は「と、とりあえずソイツの様子でも見てみるか?」ということになり、その日そのまま再び3度目の外出と相成った。
それこそが黒猫ウィラーとの出会いであった――。
次回「大苦戦」




