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岐阜の美少女とCB400と黒猫(前編)

長くなったので分けます。

 教習ファイルを返却ボックスに入れた律は次回以降の予約を取ろうとする。

 現在時刻16時過ぎ。


 空き状況一覧を見ると本日最終の時間帯に空きがあった。

 しかし左腕はもはや限界。

 右腕や腰も痛み出している。


(気分は最高潮なのに……へなちょこめ……)


 悔しさから律は左手に力を込めるが、弱々しく指が閉じられてコブシの形が作られるだけであった。


 しばし予約用端末の前で考え込み、そして中1日を入れて新たに予約を埋めた。

 本当は今すぐまた赤タンクのCBに乗り込みたかったがどうなるかわかったものではないので諦める。


 その先も1日に1回ペースで予約を生める。

 予約は前日まで何度でも変更可能。


 とりあえず第一段階は1日1時限にするか、朝1番目と夜最終という方法も考える。


 予約を確定させた律はそのままトボトボと教習所を後にした。



 ~~~~~~~~~~~~


 烏山までの帰り道、律には眠気が襲ってきていた。

 普段は1日5時間以上車を運転してもなんてことがない自分が、10ヶ月ぶりに現実世界へと帰還してみればこのザマである。


 バイクというのがそういうものなのか、自分がそれだけ弱くなったか、とにかくそれは今の状況において自分がどう置かれているのか理解することになり悲しくなった。


 しかし悲しんでなどいられない。

 短時間でも乗れたという事実が律を奮い立たせる。


 そのまま眠気を抑えるのに必死になりながら家へと戻った。


 自宅に戻ると、ガレージにバイクが1台置いてあった。


「はっ?」


 思わずその一言が出ずにはいられない。

 いかにも「速く走れます」といったような風貌のバイクであった。


 ガレージにあるのは2017年式CBR400R。

 律の知らないバイクであった。


 側面には「CBR」とだけ記載されたレッドの美しいボディ。「まさにホンダ! これがホンダ! 私は信頼と安心の本物のホンダ車両!」と主張するレッドカラーにあわせ、タンクにも「HONDA」と描かれているが、翼のエンブレムもきちんと描かれている。


 しかし全体像はいかにも「レース向き」といったような印象を律は受ける。


「……CBR……見たこと無いモデルだ……これは……CBR1000RR……なのか?」


 実は律の知識は2012年頃で止まっていた。

 そのためCBR400Rという存在は認識できたが、カウルデザインが大幅に変更され勇ましいフォルムとなったCBR400RをCBR1000RRと誤認した。


 実は本気で誤認されることがあるほど、カウルが新規形状になったCBR400Rはイケメンとなっている。


 すこし前のボテッとした情けないフロントフェイスはどこへやら、本家CBR1000RRよりも戦闘向きといったスタイルの顔つきとなった。


 実態としてはNinja400などと同じ「スーパースポーツ風のスポーツツアラー」という存在であるのだが。


 ―――――――――――――――――余談――――――――――――――――――――


 余談だが、このCBRは日本人デザイナーではないとされる。

 日本人が考えたデザインはCBR250RRの方。


 CBR400Rはタイホンダの人間が考案したが、余談ながら筆者は個人的に「圧倒的にCBR400Rのが格好いいんだが?」と考えている人間の一人。


 2018年に鮮烈なデビューを果たしたCBR150Rと合わせ、「タイ人のセンスって普通に日本人より上じゃないの?」と思わずにはいられない。


 理由としては他にスズキのGSX-Rシリーズの中排気量帯の250Rなどがこの手のアジア人デザイナーであるが、これらは「王道すぎてスズキらしくない」などとわりと酷い理由で良い意味で批判されるほどのデザインだからである。


 ホンダのここのところの日本人デザインの車両といえばX-ADVやCBR250RRといった「キワモノ」といったデザインが多い。


 いや実はデザイン画で見るとこれら2台は凄く格好いいのだが、空力を考慮していないので実物として世に出るとやぼったいデザインになる。


 両者はコンセプト画が非常にイケメンなだけに「うーん……」といった感じだが、最初から実車として考案するにあたりパーツ単位で緻密な計算をおこなってデザインを起こしたタイホンダのバイクはかなり整ったイケメン顔である。


 ちなみにタイホンダデザインというとスーパーカブC125、モンキー125もそうである。

 両者共に「日本人が考案したもの」ではない。

 今後のデザインはタイ人に任せた方がいいのでは?


 ――――――――――――――余談終わり――――――――――――――


(まさか……俺のために誰かがバイクをプレゼントしてくれた……いやいや、1000RRなんて乗れんだろ……誰かが家に来たんだ。ってことは光兄ヒカルニイか)


 一瞬、自分への退院祝いと新たな門出のための贈り物ではないかと錯覚してしまった律だが、直ぐにそんな高価なものを送る知り合いや親戚などいないと自らに湧き上がる幻想をかき消し、リビングへと向かっていった。



 ガチャッ


「ふぅ……ただい――」


「あっ……」


「んん……!?!?」


 いつも通りリビングに入ると、リビングの食事用テーブルに腰掛けた女の子がすぐに目に入った。

 若い。

 明らかに若く、そしてかなりの美人である。


 少女はモジモジした姿を見せ、何を言おうかと言葉を選ぼうとしていた。


「あ、あの! 律くん私なんやけど、覚えてる!?」

(か、かっこいい……律くんってば、こんな顔つきやったっけ……?)


「…………誰?」


 律はまるで誰かわからない赤の他人と認識し、全身に力が入れる。

 そもそもなんで家の中に見知らぬ女の子がいるのかが理解できない。

 これは夢なのか。


「わたし、私!」


 自分の顔に指を刺して自己主張する少女は、耳まで赤くなっているような状態であった。

 律は硬直する。


 全く誰だかわからない。

 自身の知り合いの大半はすでに20代以上。


 明らかに10代といった印象をまだ匂わせる女の子に覚えが無い。


 可能性があるとすると、大学時代にバイトで働いていた学童保育のバイトで顔なじみの子供達ぐらいであった。

 しかし彼女達の中の1人がわざわざ家に来るだろうか。


 例えばお見舞い目的などで代表者として……嫌われ者ではなかったがそこまで人望もあったとは思えない。


 律は混乱しているが、目の前にいる少女は綾華である。

 朝4時過ぎに中央道に乗った彼女は、休憩も挟め、4時間ほどかけて律の自宅に到着していた。


 朝早くからハルの供養に出かけた律とは完全に入れ違う形となった。


「何緊張して身構えてるの……綾華ちゃんでしょう」


「母さん!? なんで家に!?」


 普段は働いていて絶対にいない夕暮れ時の時間に母親が台所から突然現れ、律は戦慄した。

 そして母親の言葉から綾華の方へ再び目を向ける。


 それは律の知っている綾華ではなかった。

 律が知っている綾華は0~8歳頃までの綾華。


 ちんちくりんで、性差も殆どなく男とも女とも言えないような見た目の幼女。

 当時、バイクレースの影響で邪魔になるのでショートカットにしていた影響もあり律は綾華を女の子などという視点で見たことが無かった。


 そのような記憶しかいない律にとって……「これ……誰だ?」と言葉にしたくなるような姿に綾華は成長している。


 特徴的なブルーの光沢を持つ黒い髪色以外何1つかつての印象が残っていなかった。


 身長166、背中にまでかかった長い髪を後ろで結ったその姿はまさに「女の子」といった様子であり、律の知らない何かである。


 綾華について律は大切に思っていたものの、ここ6年ほど会っていなかったため第二次性長期によって一気に成長した姿に違和感しか感じなかった。


 最後に見た姿は写真で、それも成長期に入る直前の姿。


「あ、ああ綾華!? 綾華なの!?……うっ」


 たじろぐ律を肘で小突く母親の夢。それは「ちゃんと挨拶しろ」と促す母親故の行動である。


「あ、えっとお、おかえり?」


 始めましてといいたくなる容姿であったが、かつてそうであったように暖かく家の中に迎え入れようとする。


「おかえりはこっちが言う言葉やよ……昔と変わっとらんね。コホン、律くん、久々やね! 私こんなにおっきくなったんよ!」


 一瞬戸惑った綾華であったが、すぐさま気持ちを入れ替え椅子から立ち上り、律に近づいてくる。

 身長も背伸びすれば律に届きそうなほどであった。


 華奢で非常にほっそりと無駄な肉が一切無いそのスタイルに律は驚きを隠せない。

 目の前にいる綾華からはとてもいい匂いが漂ってくる。


(なんなんだこれ……)


「り~つ~。いつまでそうやってるの。貴方が退院したっていうからお見舞いにきてくれたというのにもう……」


 まだ戸惑うばかりの律に母親がフォローにはいった。

 音羽家は律が入院する前の明るさを取り戻しつつある。


「それよりも母さん……仕事は?」


 律は恥ずかしさのあまり綾華から目線を外し、母親の方を見る。

 それでもまだ助け舟が欲しいといった様子であった。


「綾華ちゃんが来るっていうから早退したに決まってるでしょ。今まで買い物なりなんなり忙しかったんだから。それで……教習はどうだったの?」


「教習? 律くんもうバイク乗ったんか! はやいなぁ」


「貴方、引き起こしは上手くできたの?」


 母と綾華の言葉攻めと、綾華のあまりの気迫に律は彼女から1歩下がらざるを得なかった。

 下がった所で背中にはリビングに入るためのドアがあり、背水の陣といったような状況となる。


「ま……まあそれらはちゃんと今から話すから……綾華、よく来たね。とりあえずどうぞ座って」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


「そう、引き起こしはできたわけね」


「普通に走った」


「それじゃ律くんもこっちの世界に来たわけやね!」


 綾華を椅子に再び座らせた律は母が持ってきたお茶を囲み談笑した。

 綾華は見た目が大幅に変わったことと、声の印象がかなり変わった以外はやはり綾華のままであり、律は時間の経過と共に安心してくる。


 律は左腕が痙攣を起こしているのを隠すため腕を組んで話していた。


「それじゃ私は夕食の支度があるから」


「あ、私も手伝います! 家では光君と一緒にやってて――」


「いいのいいの。久々なんだし律と少し話でもしたら?」


「あ……はい」


 母親は夕食の支度のため、席を立ち二人きりの会話となった。


「今日は1時限だけやったん?」


「ちょっと疲れちゃってね」


 綾華の詮索を律は回避する。

 病み上がりで実はもうかなりシンドイことを悟られて彼女を不安にさせたくなかった。


「そういえば、ガレージのアレ、もしかしてアレに乗ってきたのかい?」


「うん! CBR400Rやで! ウチの看板商品の1つで試乗車なんやよ! 律くん欲しいなら言うたって。安くするよう光くん説得するから」


「CBR……400……!?……」


「どうしたんよ?」


 綾華は律の反応に思わず両手に力が入る。

 自分は特に間違ったことを主張したわけではないので律がワナワナと肩を震わせていることが理解できない。


「あれ400ccなのか……でかいんでCBR1000RRだとばかり……」


「えぁ……400cc以上やったら、私乗ってこれないんやけど……」


「そういえばそうか!」


 右手でこぶしを作り、律は左手に向けてポンと小突いた。

 なるほどといった反応である。


(大丈夫かいな律くん……私の年齢もわからないようになってしまったんか……)


 その姿に綾華は事故の影響を心配した。

 とはいえ、単純にまだ混乱しているだけということを考慮した綾華は話を切り替えようとする。


「あ、それで免許を手に入れたら何を買うかもう決めたん?」


「ああ、決めた。CB400にする」


「うへ……ホントに?」


 律の顔を覗き込んだ綾華はその本気といった顔にやや気を落とした。


「どうかした?」


 律はその様子を見逃さなかった。

 特に自分は妙な発言をしたわけではなかったはずであるがCB400を選ぶということが何か綾華にまずいことなのだろうか。


「長くなるかもしれんし、後でちょっとその件について話そ」


 一方の綾華はその件についての話を先送りしようと律に促した。

 律もそれに同意する。


 そこまで勘の鋭い律ではなかったが、「CB400を買う」ということに何かハードル的に高いものがあることだけは理解できた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その後は律ら、勉を大黒柱とする音羽家から綾華が離れた後にどういう人生を歩んだかという世間話で盛り上がった。


 その話は食事の時間にまで及び、


 光がオートレースに挑む傍ら展開するバイク店舗が2店舗になったことや、綾華が大学は東京を目指していること、CBR400Rというバイクについてなど、多種多様な話題で盛り上がる。

 加えて綾華は翌日も休みであることから宿泊を希望した。


 律の視点からすると妹という感じで昔の音羽家が戻ってきたというような印象を受けた。


 父親は夕食の終わり頃に帰宅し、綾華との思い出話に花を咲かせた。


 その後、律が先に風呂に入ることになり、律が着替えをとりに自室にむかった時のことである。

 律の後ろに母親の夢がついてきた。


「どうしたの母さん?」


 部屋に入る前の廊下で律は母親に話しかけた。


「綾華ちゃんの今日の寝床なんだけどね……アンタの部屋がいいと言ってて、私もそれがいいと思っているの」


「わかってる。俺が物置になってる部屋で寝ればいいんだろ?」


 普段、親戚などが泊まりにくることがあるが、その際はちょっとした物置になっている部屋に折りたたみベッドがあり、そこで寝ることになっていた。

 しかし綾華はそれでは可哀想ということで母親は律の部屋をあてがおうとしていた。


 しかし次に母親から出た言葉に律は凍りつく。


「いや、一緒に寝たいんだって」


「は?」


 確かにかつては綾華と律は一緒の部屋であった。

 ダブルベッドの上段が律、下段が綾華。


 幼すぎた頃は両親と綾華が一緒に寝て、律は今と変わらない自室に寝ていたが、そこに綾華も加わる形で子供部屋を二人で利用したのである。


 律は、綾華が当時より自身の年齢に合わせてレイアウトが変わった現在の状態とはいえ、馴染みのあるかつての自室を選ぶことぐらい予想できていたのだが……


「いやそれマズくない?」


 流石の律も年齢が年齢だけで一旦拒否する。


「結局は貴方次第だから。私は別にいいと思うけどね、本人が希望するのだったら」


 母親の夢は昭和の人間故、そこまでそういう行為を不健全だとは思っていなかった。

 というよりも不健全になるかどうかは、そういった行動を起こす可能性が低い律にかかっており、ボールは律にわたっているとでも言いたげな様子で律に問いかけているのだった。


「夜中に事故の影響で突然襲うとかそういう可能性が……」


「ないない。そういう勇気よりも強すぎる自制心の方が圧倒的に上回ってるでしょ貴方は」


 母親が自身の性格を見抜いて発言することで律は妙な気分になった。

 ただし夢の今の発言の意図は「自制心があるんだろう?」と煽って文字通り自制させようとしての意味であった。


「わかった。わかったよ。さっき何か話したいことがあると言ってたし、恋の相談か何かあるかもしれないし……いじめとかの相談の可能性も捨てきれない以上、付き合う」


「じゃ、貴方が布団ね。今から運んでおくから風呂に入っておいで」


 夢はそう言うと布団が仕舞ってある物置となっている部屋に向かっていった――

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