難しいのはクランク一本橋と……
ギアチェンジの練習を終えた律は、センタースタンドの解除の仕方を教えてもらい、センタースタンドを解除し、発着場でCB400を押して向かった。
まだフラフラしてあどけない状態である。
「はいサイドスタンドかけて」
壮年の指導員の指示を受け、サイドスタンドをかけて一旦駐車状態とさせる。
「ギアチェンジが問題なく出来るんで、今日からもうコース内に入ってもらうから。まず1つ覚えてもらいたいのが、後方確認の後にサイドスタンドを外し、もう一度後方確認をしてから跨ること。後方確認は2度必要だ。ここ、四輪とは違うんで気をつけてな」
バイクの仕組み上、安全を考慮した場合は後方確認が二度必要となる。
車と違い、二輪は小型で見えづらい。
そのため、後方から車が突入する恐れがある。
一旦後方を確認しつつドアを開いてそのまま乗ることが許される四輪とは違うのだ。
「で、ここからはオフレコのアドバイスだから実際には教習所内でやらないこととわかった上で聞いてくれ。本当に安全配慮するなら正しくは跨った後にサイドスタンド解除の方がバランス崩さなくていい。ただ、教習中はそれを認めていない。認めていないが構造的に一部のメーカーはそれ考えた構造にしてしまってるし実際解除して跨ると稀に右側に倒すんで外じゃやってないがっ……あくまでオフレコの話な?」
壮年の指導員は律が本気でライダーを目指していると聞いて、ちょっとしたアドバイスを律に説明した。
youtubeなどのモトブログを見てみるとわかるが、実際には9割ほどの人間が「跨ってからサイドスタンドを解除」する。
これは「完全にサイドスタンドが解除されていないとエンジンがかからない」などの安全装備があって解除しないまま発進するというケースが現代のバイクにおいては無いからということと、
足つきが悪く、解除したまま乗れないバイクがここ最近は当たり前になってきたこと、加えて解除しないまま乗ると右側に倒すリスクが割と低くないことなどが影響している。
教習所では「減点対象」とされるが、実際には「サイドスタンドをかけた乗る」という点においては殆どのライダーが行っていることであろう。
ではサイドスタンドをかけて降りるというのはどうかというと、これについては五分五分である。
バイクの種類にはサイドスタンドを跨ったままかけることが難しいものがあるためであるのと、中途半端にかかって左側に倒すリスクがあるためだ。
そうでなければ降りられないバイクでなければ降りた後にかける人は少なくない。
余談だが、CB1100のような一部のマシンは「ストン」とバネの力で半自動で完全にスタンドが降りるタイプがある。
こういったタイプのバイクは「スタンドを中途半端にかける」というケースが極めて少ないと思われるので、この手のバイクに乗る人ほどスタンドをかけてから降りることが多い。
こういった点について壮年の指導員は理解しており、律にオフレコという形で説明した。
「じゃ、後方確認2回してサイドスタンド上げて騎乗してくれ、キースイッチONにしてシフトがNに入っているのを確認後、念のためクラッチ全開のままエンジンかける、エンジンかけたら右にウィンカー出して次の指示まで待って」
壮年の指導員は既にベテランの領域であり、必要な情報を素早く細かく一気にわかりやすく説明し、律にどうするかを促した。
その言葉どおりすぐさまエンジンをかける。
きちんとシフトはNの表示となっていた。
グオオォォン
実は律と年齢が近いNC31の赤タンクのCB400は「まだまだ行けるぜオラァ!」とばかりに唸り声をあげる。
ここで律はようやく気づいてきた。
(どうも、俺が知ってるCB400とエンジン音が違うよな……なんかもっとペネペネペネペネって機械音みたいなアイドリング音と、排気音もウィーンってなモーター音みたいな感じだったような……CBってこんなバイクバイクしてる音だったっけ? 教習車ってこれなの?)
律は自身が乗るCBが普通と違うのではないかということで故障を疑う。
特に、そう思った理由は、同じくエンジンをかけた青いCB400で先導をする壮年の指導員の排気音とエンジンの音は律が良く知るソレだったのだ。
なんとなく律はアクセルを煽ってみるが、「ボロローン、ボロローン」とまるで違う音である。
その振動も含めて(俺の知ってるCB400となんか違う)と思う律であったが、とにかくまずは乗ってみようとそこは気に留めながらも今は乗ることに専念することにした。
「よし、じゃあこれから構内を周回する。見てのとおり他にも教習者はいて殆どが車。日常の光景とほぼ一緒となるな。俺が出発したら後からついてきて、後方から車がいない所を出発するから気にせずそのまま後ろについてきてくれりゃいい。いざとなったら後ろの車止めたまま出発するんで、変に体でもって後ろ向いてスタート時に倒れるなんてリスクは負わず、右ミラー見ながら確認しつつ発進!」
そう言うと壮年の指導員は何度か再びアクセルを煽り、そしてフォォーンとゆっくりスタートしていった。
先ほどのギアチェンジの練習で半クラッチも十分に出来ていたので、大丈夫だろうということでその手の話を指導員は行わなかった、律は四輪車と同じく、ゆっくりとアクセルを開き、クラッチを話して半クラッチの状態を作っていく。
ボロロロロロという音と共に、ついにCB400は前に進みだした。
そしてそのままコース内に入り、律は急いでウィンカーを解除する。
「よぉし! そのまま加速するぞ! 3速まで入れろ! カーブでは2速に落とすか3速そのままで行くか自分で判断して曲がってくれな!」
指導員は後ろを向きながら律にそう指示すると、すぐさま加速していった。
律も負けじと加速する。
グオオオオオオォォァァァ ガシャコーン ブオオロロロロ
律は加速が弱いのですぐさま二速に入れる。
CB400は「まだまだ!」とばかりにさらに加速。
普通に乗れていた。
本当に普通に、自然に乗れていた。
まるで誰かがものすごい勢いで自転車を引っ張っているかのような感覚。
押してもらっているというより、引っ張ってもらうという感覚だった。
(うわぁ、俺乗れてる……普通に乗れてるぞ! 200kgをものともせず乗れている!)
感動のあまり、ブレーキすることすら忘れてしまっていたが、
そこまでスピードを出していなかったこともあって普通に曲がっていた。
体重をすこし傾けるだけでカーブを自然に曲がってくれる。
「カーブ前は減速するつもりがなくとも、ブレーキやらないと減点な! 気をつけてくれ!」
旱魃入れず、壮年の指導員は注意を促す。
「カーブ、交差点、いろんな所があると思うが減速は基本中の基本だ! 公道では適切な速度ならバイクは当たり前のように案外曲がれてしまうが、ここは教習所だということを忘れるな!」
「はい!」
指導員の適切な説明に律はここに練習と免許を獲得しにきていることを思い出し、気分を入れ替える。
(それにしても何て楽しいんだろう。っていうかCBってなんてパワーがあるんだろう! これで39馬力? 本当かよ。絶対39馬力なんてウソだ……こんな加速力あるのか?)
カーブ終わりに加速していた律は気づいた。
指導員の加速に律の情けないギアチェンジを加えてもCB400はなぜかついていくことが出来る。
明らかに指導員のCB400よりもこちらのCB400の方がパワーがあった。
あちらの方がエンジン回転数が高く感じる音だったからだ。
こちらにはまだ余裕があり、とても39馬力とは思えなかったからだ。
実はそれは律は馬力とトルクの関係で少々勘違いしていた。
CB400の教習車シリーズにおいては、パワーが落とされているのはNC39の一部のみ。
NC31とNC42については、どちらも「馬力を下げた分トルクを底上げし、さらに運転しやすくする」というカスタマイズがなされている。
加速力を担うのは馬力ではなくトルク。
つまり教習車仕様CB400は、低速の加速力において本家CBに劣ることがない。
NC31は750にも負けないトルクを持ち、NC42についてはVTECが外されていない。
律のCB400が指導員のCB400に追いつくのは、指導員のCBがNC39であることに起因している。
トルクについての理解はある律ではあったが、「馬力を下げたらトルクも下がる」と勘違いしていた。
実際には馬力が下がるかどうかはトルクどうこうではなく排気量やエンジン回転数などによるのだ。
よってエンジン回転数に制限がない教習仕様は、街乗りでは中排気量最強クラスのトルクをもっていた。
無論それは「エンスト」しにくくさせて教習をより楽にさせようとする開発者による設計思想によるものだ。
さて、律は指導員の後ろについたまま、コースを3周する。
「私はこのまま彼女の所に行くが、もうしばらくそのまま走ってて!」
そう言うと指導員は途中で離脱していき、律は一人になる。
そのまま突き進んだ律は、とりあえず加速力をもっと体感したいため、あえてカーブで1速に落としてカーブの終わりに一気に加速した。
検定時には40kmまで出すことと義務付けられていたが、すでに自動車で普通に走り回っていた男にとって狭いコースにおける40kmまでの加速などまるで大したことがない。
律にとっては、「こんなのよりも首都高の4号線の新宿の加速曲線の方がよっぽど怖い」ということが理解できていた。
ウォォロロロロロ。
アクセルを開いたCB400には感動した。
とにかく、「速い」「軽い」
それもそのはずである。
今まで乗ってきた車は660ccで1t近くの重量を持つものとか、1300ccや1500ccで1.5tとかの鉄の塊。
400ccで200kgしかないバイクが加速で負けるわけがなかった。
アクセル全開にしたらどうなるかわかったものではないが、とにかく楽しいのだ。
そして律はここで目覚めてしまう。
(スーパーカブC125で俺は満足できるのか……最低限この加速がないと満足できないんじゃないのか……39馬力以上が俺には必要なんじゃないのか……)
加速と減速を繰り返し、コースを周回する律に魔の手が忍び寄っていた。
CB400の呪いである。
この呪いにかかると、CB400に取り付かれ、CB400のことばかり考えるようになり、CB400に乗ったら後はCB400に乗り換え続けるという凄まじい負の連鎖を起こす。
周囲から「CB400よりも大型の方がコスパいいぞ!」と説得されてもまるで声が耳に入らない状態になる。
NC31という、CB400の中でも最もパワーが大きいタイプに乗ってしまった律もまた、この呪いがかかろうとしていたのだった。
(CB400だ……最低限CB400以上じゃないとダメだ……)
時既に遅し。
コース内を6週ほど周回した律はものの見事に「CB400の呪い」にかかってしまったのであった。
その後、7週目に挑もうとした際、指導員のいる方に目を向けると小林さんと呼ばれる女性がついに240kgの鉄の塊を引き起こすことに成功させていた。
その方法は律の模倣といって差し支えなく、どうも律がやっているうちにアレでいけるのではないかと考えたらしいことがわかる。
指導員はそのまま8の字の練習をさせようとしていた最中だった。
目の前を通りかかった際、指導員は律に声をかける。
「音羽くん、もう一周したら合流しよう。そしたら交差点とかクランクとかやるから!」
荒々しい大声でエンジン音に負けないばかりの声量でもって律に指示を送る。
「はい!」と律も負けじと返答した。
そのまま7週目を終えた際、先ほどの場所に戻ってみると女性はギアチェンジの練習に移っていた。
8の字なども成功した模様であるが、ギアチェンジはどうも全然上手く行っていない様子である。
指導員はCBに乗り込んで律が来るのを待っており、自分の後方に停止させようと手で促していた。
その指示通り、綺麗に一時停車させる。
「やっぱMT車に乗ったことがあるのとないのでは違うな。彼女はまだコース内には出せそうに無い。後15分ほどあるが、ここからは次回以降のための練習に入っていくが、今回は終わりまでに交差点と右左折、左周回、四輪車用のクランクと二輪酔う一本橋までやってもらうから。じゃ、行こうか」
ギアチェンジのあまりにもギクシャクした状態を目にした律は「AT免許持ちかな?」といったことを想像しつつ、発進した指導員の後ろについていった。
コースを進むとすぐさま右にウィンカーを出し、バイクを右に寄せて指導員は右折する。
律もそれに従った。
カーブ直前に2速に落として右に右折。
速度が乗っていた影響なのかそこまで苦しくはなかった。
その先に交差点があり、信号があって赤信号、指導員の停車に合わせて一時停車する。
「左折についてだが、試験ではほぼ脇に沿うように曲がってもらう。が、今日はそれやると間違いなく倒すので曲がれると思う角度でまがってくれていい」
青信号となり、指導員はそのまま発進。
律もそこに合わせ、左右確認して発進。
そのまま真っ直ぐ向かうとコースレイアウトからいって左か右どちらかに曲がらねばならない。
当然のように指導員は左ウィンカーを出し、律も左ウィンカーを出して左に寄せる。
そして交差点にさしかかる。
律は低速になることを予測し、1速にあらかじめ入れた。
エンストが怖かったからだが、エブリィに乗っていた際にエンストしたからである。
実際には2速で十分なのだがその時の律にそのような考えなどなかった。
右側を向いて車が来ていないことを確認。
指導員はすでに左折をすませていた。
律も左側に左折。
なるべく小回りをしたい。
しかしCB400はヨタヨタ揺れてバランスが取れない。
思わず足が開いてしまう。
「うわっ!」
思わずフラフラして左側に倒れそうになるも、アクセルを入れつつアウト側に向かうように大回りするようにして何とか回避。
二輪におけるの低速運転の難しさを体感した。
「よくリカバーできたな……さすが車に乗ってるだけはある。今のだと減点4になるから忘れないでくれ。最後の最後にちゃんとできればいいから今は気にしないでついてきて。
左折した先で一時停車していた指導員に合わせて同じく一時停車させた律は、指導員の話に耳を傾けるも、落胆などすることがなかった。
人間誰しも最初からできるわけがないということを理解できた年頃となっていたからである。
「じゃクランク、左折で入るけど大回りでいいし、危なかったら足つけていいんで倒さないことだけ心がけて。足付かない方がいいが、今日は初めてだからまだ気にするな」
指導員は時間が惜しいとばかりにどんどんペースをあげて次の課題に進めていく。
そして二人はそのまま直進しつつ左折で四輪のクランクに入ることになった。
ここでも律は足が開き、フラフラとしてまともにカーブを曲がれない。
低速の制御が極めて難しい。
体だけでどうにかしようにも、突如としてCB400は牙を向いた。
「くっ、重い!」
思わず弱音が出る。
それでも何とか足を着かずにクランクを制覇した。
クランクの出口で指導員は一時停止する。
「今のが四輪用のクランクな、二輪用はあっち」
停車させたまま指を指された先をみた律は眩暈がしそうになった。
今しがた苦労して通ったクランクの半分程度しかないクランクが二輪用だった。
「アレが本番の課題。パイロン倒したら試験終了だ。慣れると簡単だが気を抜くとパイロン倒してしまうからな。倒しそうになったら足つけて停車して後退させた方が減点だけで済む。ん? まだ気負うなよ~。教習は始まったばかりで、音羽くんは今日そいつに乗ったんだぜ? よく乗れてるほうだ」
やや青ざめていた律に対し、指導員はフォローに入る。
「じゃ、ここから右折して、突き当たり左折。一本橋を1度だけやって、内側の半時計回りを2週ほど回ったら今日は終了」
そういうと指導員はすぐさま左右を確認し、先行して右折した。
律もそこについていこうとする。
その時だった。
左腕に違和感を感じ始めた。
「思うように力が……」
急激に握力がなくなっていくのを感じる。
律は理解できていないが、原因はクランク走行にあった。
左右でバランスをとろうとして腕に力を入れすぎたのだ。
事故から体は完全に回復しきっておらず、CB400より先に律の体が音をあげた。
そのまま右折し、左折に差し掛かるも、次の交差点には一時停止の表示があった。
一時停止の際、律はエンストしかけてしまう。
握力がクラッチを抑えきれていなかった。
そのまま何とか左折し、一本橋の方に入った。
指導員がすでに所定の位置についており、律にここに停車せよと手で合図している。
一本橋を目の前に、白い線を目の前にして律はバイクを一時停車させた。
「これが一本橋。普通二輪はここ7秒。今日は体験なんで落ちて構わない。落ちたら同じく試験中止だから本番では気をつけて」
「はい……」
律はやや息がきれかかっていた。
指導員はそこを見逃さない。
律の震える左手を一度見ていた。
しかし教習は中止せずそのまま続ける。
「好きなタイミングで行け~」
ブオオオンン
その言葉をスタートの合図とばかりにすぐさま発進させる。
しかしフラフラでまともに一本橋を乗ることができなかった。
「ん。よし、じゃ、左折して左回りを2週して、今日は上がりだ」
律は先ほどより指導員の声のトーンがすこし落ちた事に気づいた。
~~~~~~~~~
そのままコースを反時計回りで周回した。
すでに律の握力は限界であり、左手のみではクラッチを切ることができない。
そこで右腕に思いっきり力を入れてハンドルを引き、左腕の指の力でもってクラッチを切るという強引な手法でシフトチェンジした。
シフトチェンジするたびにCBがフラつくが、何とかシフトチェンジ可能だった。
右腕に思いっきり力を込めるために急激に右腕も痛んでくる。
2週ほど回ると、最初に未設で入った交差点に左折で入り、交差点の突き当りを右折。
そしてバイクを仕舞う所定の位置へ案内される。
小林さんと呼ばれる女性はまだギアチェンジに奮闘していた。
「他の教習所だとそのまま突っ込んでしまうんだが、ウチはボロいんで壁を突き抜ける可能性あってな、だから途中で停車させて押して入れる。教習本と違い、シフトはNのまま、キー差し込んだまま、車体に描かれた番号がかかってるのと同じ場所に駐車させてくれ。それで終わり」
すでにチャイムが鳴っていた。
バイクから降車した律は大急ぎでCB400を駐車させる。
すでに左手の握力は限界であった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
待合室であるガレージに向かうと、壮年の指導員が律に近づいてくる。
「音羽くん、ちょっと左手で俺の手を握ってみ」
意図は理解できないが、律は無言で握り返す。
「んー、連続講習は厳しいな。3時間ほど休憩した方がいいかもしれない。今連続教習やったらまともに動かせないだろ?」
ベテランの指導員は律の状態を完全に察知していた。
教習に支障が出かけていたものの、課題は可能であったのでそのまま継続したが、すでに律が次の教習が連続して受けられない状態なのを見抜いていた。
「後遺症……ですかね」
俯いた律は自身にハンディがあるのかと不安になり、指導員に伺う。
「どうだろうな……寝たきり状態による筋力低下か、腕に事故の影響が及び後遺症となっているか、専門家ではないのでわからないが……現状の状態での教習がよろしくないのは確かだ。まあ、教習仕様はクラッチかなり硬いんで最新のバイクだったらまだ大丈夫だとは思うが、だったとして二輪に乗れないという事はない」
指導員は自分は専門家ではないと断りつつ、冷静に状況を説明する。
「まー今日一度もエンストさせなかったから、バイクへの適正はある。腕については病院で見てもらったほうがいい。それで教習を受けさせないなんてことはしないよ。今日、最低限50分は保った。引き起こしなども影響して酷使していると思うから、次回以降は大丈夫だとは思う。今、この私が拒否するとしたら君がその状態で連続教習を受けたいと申し出したら、立場上断ることになる」
律に対し、真面目に受け答えしつつ、律の教習ファイルに印鑑を押していった。
こんなものお手の物だとばかりスラスラと一切ミスなく必要事項に記入していく。
「よし、今日必要な教習課題は全部終了。次回はS字や本物の二輪クランク、スラロームなどもやる。今日は体休めて、気を落とさず明日以降がんばれよ。うっし、じゃ次は小林さんな―」
「はい……」
指導員より教習ファイルを受け取った律は、プロテクターなどを外し、そのままガレージを後にした。
(難しいのはクランクや一本橋だけじゃない……ギアチェンジだ……いやクラッチ制御だ……まさか左腕がこんなになるなんて……)
すでに左腕はまともに物がつかめなくなっていた。
左手ではファイルすらまともに握れない。
そんな状態に改めて自身が病み上がりであることを理解したが、その上で湧き上がってくる感情があった。
CB400と共にした時間。
風になった自分。
そんなのを諦めきれるわけがない。
「絶対に、絶対に短期間で終わらせてやる」と心の中に火がともる。
それだけのものをNC31から与えられたのだった――
「次回、岐阜の美少女とCB400と黒猫」




