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旅の準備とトップケース ~岐阜美濃加茂~

 人生は一度きり。

 平均寿命80年と言われるこの時代に、ライダーはいつまでライダーであり続けることが出来るのか。


 その男は戦前に生まれ、そして戦後をホンダと共に歩んだ。

 ドリーム号と共に夢を掴み、その後は金の翼に拘った。


 最後に、その車両に乗ったのは死ぬ数日前。

 享年84。


 物心がついた時に、日本は終戦。

 幼子だった自分を抱えながら必死で育て、戦時の影響で一人身となってしまった母親を助けるために取得した原付免許。


 カブとの出会いがホンダとの出会い。

 以降、新聞配達などで家計を助け、二輪と共に人生を歩み、


 自身の息子がある程度育った時に出会ったのが750ccを大きく超える排気量を持つGL1500であった。


 以降はGLシリーズ以外に乗る事なく、最後までライダーを押し通して最後の日を迎えたのである。


 特段何も用意していなかった律は、光から彼が高校時代の頃に購入したスーツを借り受け、49日の法要に参加した。


 最初は自分がなぜ参加すべきかわからなかった律であるが、彼の弔いに集まったライダー達を見て、状況を理解する。


 自分にとって、本当の意味で初めての大型車両たるGL1800の前オーナーの法要だったことは、集まったライダー達の愛車がGLシリーズのようなクルーザー車両ばかりだったことで気づくことが出来た。


 和風な佇まいの邸宅とも言える田舎の家の門に掲げられた「高村」という苗字にも聞き覚えがあった。


 彼らの中には律が前回加茂レーシングに訪れた際に来店してきて見かけた者もおり、他にも光の店の常連らしき者が少なくないことは、光に対して挨拶を交わす際の会話内容から推察できる。


「山本さんによろしく」といった言葉から、光の店だけでなく、光の師匠たる山本がお世話になった人物もいることがよくわかったが、


 山本本人は前オーナーとの関係がないため、この法要に参加してはいなかった。


 山本から言わせれば「パーティやるんじゃねんだから、本当に親しい仲だったモンだけ集まればええんよ」とのことであり、参加を促されても参加する気はなかったと思われる。


 律と三輪となったGL1800のオーナーとの関係はそこまで深いものではなかったものの、光は一人でいくのが億劫だったので律を参加させた。


 こういうことにあまり慣れていないためだった。


 実は律本人は割と人の死に目に遭遇するのでこういうのは熟れており、きちんとした礼節でもって対応していたが、光は終始、緊張してカチンコチンに固まっていた。


 法要では昼食が振舞われたが、ライダーやドライバーが多いため酒は出ない。


 食事の頃になると緊張も解れた様子で年配の者達と笑い合っていた一方、律は若手ライダーということで質問攻めされて立場が入れ替わるがごとく萎縮してしまっていた。


 現役ライダーは律がCRF1000を二輪免許取得から3ヶ月で選んだ理由について気にしていたが、


 燃費とパワーの両立を好む様子や、どんな道も向かいたいという律の受け答えに、


「ああ、俺が君と同い年頃の60年代にも少数ながらいたな。今の君と同じような事を言いながらハンターカブとか乗り回してた奴らが……今でもよく覚えている」と、


 律に質問を投げかけていた老練なライダーはあの頃においても少数ながら存在したタイプのライダーが、現在も日本人の若手の中にそれなりに分布して存在いることを知り、


 シミジミとしながらコップに注がれたウーロン茶などを飲み干して感慨深そうな様子を見せる。


 律はカブシリーズには乗ったかどうかを問われ、つい最近クロスカブに乗ったということを主張すると、「どうせならハンターカブに乗ってほしいねぇ」と言われるものの、


 副変速機付きはすでに生産終了から10年以上経過、そうでない日本版と同じようなタイプでも2012年生産終了で8年経過と、乗る機会に恵まれてはいそうになかった。


 律は「あはは……」と営業スマイルのようなものを見せながら年配のライダーに対応し、夕方頃に光と共に普段光がトランポとして使っているレジアスエースで帰宅。


 光は途中で酒を飲まされてしまい、行きと違って帰りは律の運転となったのだが、律は普通に車の運転も問題ない男だったので、光は元より帰りは律に運転を任せようと考えていた。


 そんな帰宅の最中である。


 光はやや酔った様子を見せながら――


「人生80年。仮に高村の親父さんと同い年まで生きられたとして、俺が見たい桜は後50回しか見られないのか……短いもんだぜ。大体が80まで乗り続けられる保証もねぇ。二輪でまともに遠出できるのなんざ、精々60代までだろ。1000回とは言わないが…100回単位で見たい景色があるってのに……」


 などと、独り言のように呟いた。


「俺は、その頃にまともな形で二輪が生き残ってると思ってない。自動運転技術とかが発達したら、半世紀後にはどこ行くにも介護ベッドみたいな機能もった、自動運転の自動車とか出てきてるんじゃない」


 律は運転に集中を欠くことなく、一切光の方向を振り向かずに口を開く。

 それだけ余裕をもった運転が可能なだけの技量はあった。


「老人Zみたいに? あんなの車なんて言えるか。自分で運転してこその車だろ。四輪だろうが二輪だろうが。己で運転して行きたい場所、見たいもの、得たいものがある」


「今日集まってたのは、みんな80代だった。それでいてあの人達はここ(岐阜)が地元で、今でも九州までツーリングに行くような人達だった。それが答えだ。運が良ければ癌などにもならずにあの人達と同じ壇上にあがって走れる」


「なんか保証みたいなもんがありゃ-なー」


 光は寝返りを打つような形で姿勢を崩し、助手席をリクライニングしながら楽な姿勢をとった。


「保証があったほうがよっぽど怖くない? 今ですら俺は、その日中に目的地に行きたいと思ったら焦るよ。85歳まで生きられますっていう絶対の保証って、いわば85で絶対に人生が終わる絶望と同じだ。終わりを見て生きることなんてしたくない。今日、あの人達はこう話してた。自分は今までこれが最後だと思って走ったことはないって。だから、高村さんと同い年かそれ以上に歳を重ねても九州に行けるんだ。明日行きたい場所がある。そう言ってたけど、それがきっとライダーでありつづけることなんだよ。俺もそう思う」


「まさかライダー暦3ヶ月の人間に説教されるとはな……」


 光は恥ずかしくなったのか、再び寝返りをうつようにして助手席側の窓に顔を向けた。


「俺たちの場合、心配すべきは自分が生涯ライダーであり続けられるかっての、バイク次第の部分の方が大きいと思うけどね。30年後に電動スクーターしかない世界になってると言われてもまるで不思議な感じがしない。俺は未だに車に恋してる。だから…最終的に二輪は絶対条件じゃないが、それでもライダーであり続けたい自分もまたいる……けど、健康体でこれから第二の人生をって時に電動スクーターしかなく、ライダーを強制卒業させられる可能性だってあるんだから……野暮な話さ」


「まぁな……ありとあらゆる移動手段が拘束されていって、嫌な気分だぜ。やれバス路線の廃止だ、やれ鉄道の廃線だ、でも案外最後に笑うのは二輪かもしんねーな。コスパは絶対正義だ。もはや若者は普通乗用車は買えない。カーシェアでは軽は不人気なのに、若者に対して自動車税を安く抑えることすらしない。それが酷くなれば……」


 律は酔っ払ってわけのわからぬことばかり主張する光にため息を漏らす。


「そういう、もしもの話は聞きたくない。明日を生きられるかどうかより不毛だ。明日行きたい場所があり、明日そこへ行くための手段がある。それだけでいい。今を大切にしない人間が、明日以降を危惧したってどうしようもない」


「ワリィ。酔いでダウナーになってら……聞かなかったことにしてくれ」


 律は光の様子から、ここのところストレスが蓄積していたのだろうと予想し、その後は光と喧嘩になりそうなので特に会話に興じることはなかったが、


 誰しもが抱える不安というものを漏らす光もまた、ライダーでありながら、一人の人間であるということを尊重しないわけではなかった。


 父として、経営者として、30代を過ぎてこれからに不安を抱える働き盛りとして、全てを背負って明日に向かうのは足取りが重くて当然。


 それでも、律としては、これまで重荷を背負って歩んだ男に対して、その弱音を受け止めて慰めるなんてことはせず、あえて突き放す。


 光はその程度で崩れる男ではないことはよく知っているし、ましてや、後で弱音を吐いたことを後悔してさらに落ち込むのが音羽光という人物であることを知っているからだ。


 だからあえて何も言わない。

 一方で光には感謝している。


 今日、49日の法要で出会った老練のライダー達は、自分の目標となるべき存在で、彼らが口々に発した「明日行きたい場所があるからバイクに乗る」それが「自分がライダーである理由」という言葉は今後の自分のライダーとしてのあり方においてとても重要で、


 自分も「ライダーとして常にそういう姿勢でありたい」と、その言葉と発言した者達に敬意を抱きつつも、言葉自体を己のものとし、その機会を与えてくれた光には言葉で言い表せない感謝の念があった。


 だが、それとこれとは別なのである。


 律としては「あの場にいて、同じく、あの人達からその言葉を聞いていたはずの光がなぜ迷っているのか」不思議な部分もあったが、きっとそれは高村という人物との関係がそうさせているのだと思い、


 そこに変に干渉する気はないので、とりあえず持ち前の精神力で立ち直ってもらうことにし、


 その上で、律は彼らから「東京からここに来たんだったら、これから向かうなら西だぞ。西」と言ってたので、CRF1000Lに諸所の準備を整えてもらったあとは、とりあえず「西」に向かうことに決める。


 最終目標は下関あたり。

 つまり本州の端。


 例えば四国に一旦出たとしても、下関あたりまで行くだけ行って、そこから実家まで引き返す。


 今回の目標は1000kmオーバーツーリングとはどういうものなのかを経験し、今後において必要なものや心構え、各種対応方法などを洗い出すのが目的。


 今の自分には足りないものが沢山あるが、500km程度だと中々見えてこない。

 それを見つけるのだ。


 ――などと考えながら運転していると、いつの間にか助手席から寝息が聞こえてきていた。

 光は緊張のしっぱなしと寝不足により体力が限界に達していたのである。


 律は冷房を弱めながら加茂レーシングまでゆっくりと戻っていくのだった――


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 49日の法要が終わって3日後。


 KAMO Racingにも一連の会計処理や業務状況確認のためのシステムを導入し、それをテストする姿の律がそこにあった。


 CRF1000Lは、各所の状態を見ながらスコットオイラーなどを装着。

 律は貯金を下ろして30万円支払い、すでに契約完了の状態。


 いつでも出発できたが、光から頼まれて一連のシステム導入のために岐阜に留まっていたのである。


 職員の多いKAMO Racingにおけるシステム導入は1日では終わらず、3日目に突入。



 KAMO Racingには事務専門の職員もいるため、システム環境もそれに合わせて対応させた。


 むしろ事務専門職員がいるKAMO Racingのほうがシステムが受け入れられやすく、事務職員は「電話対応などが非常に楽になった」と好評。


 整備士達も「他の人らが何をやっているのか一目でわかるのは、仕事がやりやすい」と、入力という一手間が増えた一方で、より安心できる環境になったとそれなりに好評であった。


 KAMO Racingに導入する傍ら、一連のシステムはVer1.20ともいうべき状態となっており、各種バグFixだけでなく、商談中などの状態表示も可能にした。


 ワンボタンで「商談中」「電話中」「休憩中」「外出中」などが表示できるようにし、リアルタイム進行状況一覧にその表示を個人ごとに表示させるのである。


 そしてそのためには全ての人間が端末操作できなくては問題があるので、光に新たにタブレット端末を調達してもらい、全職員が簡易的ではあれ、「今何をやっているのか」がリアルタイムで確認できるように。


 それこそ光の場合は加茂レーシングにいながらKAMO Racingの状況も確認できるようになったため、律にボーナスをつけることにしたほどであった。


 店長の藤沢は「レクサスのディーラーみたいになったなぁ」と、システム表示などがシンプルすぎてチープなのはさておき、少なくとも業務運用としての人員の業務活動を行う上でのソフトウェア的な部分では四輪の高級ディーラーに手が届くような環境が整ったことを好意的に捉えていた。


 一連のシステムはあくまで表計算ソフトと価格の安価な会計ソフトやフリーソフトを併用して律が組んで作っただけであり、何か問題が起きた場合の対処法なども全てマニュアルにまとめて緊急対応ができるようにしていた。


 現状で特に稼動に問題はなく、バグなども出来ていない。


 会計などはほぼレジスターなどのややアナクロなシステムが代替処理し、その処理結果を反映するだけなのでミスが少ないシンプルなシステムであった。


 律から言わせれば「ヘタに高度に処理させずとも出た答えを処理していけばいい」と考えていたので、別途データを蓄積するデータベース領域を作り、並列で手動処理してミスを発見できるよう冗長性を確保。


 下手にあれこれ一括して自動で計算処理するのではなく、自分で計算して間違いがないか確認するための環境も整えたのである。


 これまでのレジスターに蓄積されたデータをレシート化させたりして確認しては、PC内に打ち出して確認して――といった、一連の無駄作業は、常時蓄積されていくデータと、自動処理されたデータを見比べながら、蓄積データを計算処理して何か間違った処理を行っていないか探すだけとなった分、効率は大幅に上昇した。


 律は「あまり透明化しすぎると社員にプレッシャーを与えないか心配」と、上田や光、そして藤沢にも話をしていたが、


 それぞれ同じように「よほどの事がない限り急かすような真似はしないしなぁ……」といったニュアンスの発言で問題ないのではないかと判断していた。


 そのため、とりあえず現状はそれでしばらくやってみる事にし、問題が出たら次の方法を考えることになった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一連のシステムが構築し終わって、律が加茂レーシングに帰ると、光からボーナスの内容を見せられる。


 それは新たにGIVI E55がM8のベースプレートと共に装着されたアフリカツインの姿であった。

 GIVIのE55は加茂レーシングの新品在庫。


 なぜか結構な数をストックしており、上田は「倉庫を圧迫するんだが」と稀に愚痴るほどであった。


 特にこのトップケースについて、光は並ならぬ拘りを見せている。

 元々、トップケースは「日本だとGIVIしかありえない」と主張する光。


 自分本人としては使う気はサラサラなく、愛車ZX-14Rもその手のモノは一切装着されていないものの、店に訪れるライダーのため、これまで数々のトップケースを試してきた光。


 その結果わかったのは、大容量においてはGIVIが最優だということ。

 様々なメーカーを試した光としては、まずお話にならないのがHEPCO&BECKERである。


 彼から言わせれば「クソオブクソ。中国製のGIVI OEM品などの方がマシ」と言い切れるほどで、「これがドイツ製なわけがない」というほど酷い。


 樹脂系を見て見ればペラッペラですぐ破損する。


 アルミ系を見て見れば、なぜか、全面アルミでバスタブ形状というわけではなく、要所要所を樹脂部分のパーツで繋ぎ合わせているが、成型不良で亀裂などが当たり前。


 雨の日には全面的に浸水するなんていうのはザラ。


 真のドイツクオリティを求めるならば老舗メーカーのクラウザーという会社があり、そちらの製品は業界トップクラスの品質と言われるが、いかんせんクラウザーはバリエーションが少なく、容量に対して金額が高い。


 ただ、クラウザーの「完全防水」という宣伝は伊達ではなく、特に、浸水対策についてはメーカーとして並ならぬプライドをもち、購入してすぐの間に多少なりとも浸水するのが確認できれば「新品に交換する」というほどで、


 アフターパーツのウェザーストリップを定期的に交換すればバイクが水に浸かっても中身は無事なんてことがあるぐらいの耐水性を誇る。


 元々クラウザーは雨が多いドイツにおいて、日本で言う台風並みの大雨が降る中でアウトバーンを爆走するドイツ人ライダーが「絶対に中身が無事なトップボックスがほしい」と求めていた所に、その要求に見合う製品を出してブランドを構築していったメーカー。


 最高品質のトップケース/パニアケースメーカーとはどこかと言われれば、光も「クラウザー」と言うのだが、容量が中途半端で使い勝手が悪いので「最高のトップケースメーカー」とは言いづらい部分があった。


 というのも、「クラウザー」は元々「フルパニア」運用を前提とした商品展開を行っており、ほぼ全ての商品が「パニアケース兼用」のトップケースなのだが、


 ようは3つ使うのが前提なのでGIVIのような50Lオーバーのものを出さないのである。


 商品バリエーションが少ないというのも、元より「フルパニア」運用前提で、汎用性の高い非常に頑強で高い防水性を持つ構造としているためで、


 かつて、最高のフルパニア装備と言えば「クラウザーK2」と言われた時代もあったのだが、K2はすでに生産終了。


 K2の後継はK5が担うものの、K5は丸っこくてモノが入りにくく、光にはどうしても悩ましい存在なのであった。


 さて、他のトップケースメーカーであるが、ツラーテックもまた、大容量のトップケースは出していない。


 光は律はパニアが嫌いな感じがすると思ったのでツラーテックもオオスメメーカーとして除外しているが、ツラーテック自体のクオリティもまたそこまで評価できるものではなかった。


 アルミを中心とした商品展開のツラーテックだが、ステーが頑強すぎてバイク自体のフレームを歪ませるなど頑強に作りすぎているきらいがある。


 その割には、パニアケースなどは破損すると開かなくなったり、すぐに箱が歪んで防水能力が極端に落ちたりと微妙。


 どうも、このメーカーのトップケースはハンマーでガンガン叩いて修理して使うような、好きな者はとことん好きになれる特性があるようだが、少なくともそういうようなものは光は一般的なライダーは求めていないと判断している。


 次にSAHDであるが、こちらはある意味では新興メーカー。

 1970年代に創業してから、かつてはGIVIのOEM品を作っていた所で、その技術を活かして現在はオリジナル品を展開する。


 が、殆どの場合においてクオリティは本家の方が上。(殆どとした理由は後述)


 大容量系では容量可変トップボックスというものがあるのだが、発想は面白いが重さ8kgオーバーとアルミトップボックスより重いプラスチックボックスで、可変機構のせいでやはり雨に弱いなど、


 低容量のものならコスパはいいが、大容量は微妙である。


 最大の特色としては、GIVIでこれまで「弱点」として語られてきた「キーを差し込んだままにしないと開かない」という弱点を克服し、ロック解除してもキーを抜き差しできる利点がある。


 ようはロック解除状態でキーを抜いて蓋を開けられるわけだが、ここは素直に評価できる。


 最近は徐々に製品クオリティを上げてきており、GIVIと並んでBMW純正アフターパーツに指定されることがあるわけだが、


 BMWはとにかく「コストと絶対的耐久性」の双方を重要視するため、本家GIVIに負けない製品を作れるようになってきたので期待のメーカーと言える。


 期待のメーカーといえば、その昔「期待のメーカーだった」と言われる、これまた同じくGIVIのOEMメーカーである「COOCASE」もある。


 特徴は、全てのトップケースがインナーライナーを標準装備。

 ケース内部にウレタンで作られた保護シートのようなものが張り巡らされている。


 ケース内部が入れたもので傷つくのを緩和するので、ケース自体を長く使いたい、ケースに入れたモノを傷つけずに保護したいという考えを持つユーザーには最適。


 こちらも、前述のとおり元来はGIVI製品を下請けで作っていたメーカーで、技術力を得て独立してSHADと同じく商品を展開したのだが、製品クオリティは当初こそ「GIVI並み」と言われていたものの……


 ここ最近は、職人に逃げられたのか固体差が激しく、満を持して登場させたアルミトップボックスについても「軽いけど……軽いだけ」と、値段不相応な印象。


 きちんとした固体であれば素晴らしいが、固体差があるという品質の偏りは見過ごせない。

 ハズレを引くと壊れやすく耐久性も低いことなどから、オススメしにくいメーカー。


 では、最後にGIVIであるが、日本国内では最も見るトップケースのブランドといっていいだろう。


 トップブランドかどうかと言われれば、国外では金属系パニアの方が案外人気があったりするので難しいが、トップケースメーカーとしては世界各国でも知られた会社。


 このメーカーの恐ろしさはその耐久性にあり、「買替え時期」がさっぱり読めない頑丈さが特徴。

 とにかく壊れない。


 外装の樹脂が紫外線で劣化して白く粉を吹いても普通に機能に問題なく、10年だろうが15年だろうが平気で使えてしまう。


 しかし光から言わせると、最近のGIVIは「デザインばかり凝って重量が増加している」のが気に入らない。


 例えばGIVIのV47。

 47Lのこのトップケースは一番軽量のものでも「4.4kg」もある。


 頑丈なのは事実だが、かつてのGIVI製品は重いものというと無駄にストップランプなどが装着されていたりしたので、そういうのが無いならもっと軽かった。


 ストップランプがないようなモデルも併売されているか、そもそもそういうものが無いような軽いモデルもバリエーション展開していた。


 光がとにかくGIVIの「E55」を好いているのは、ストップランプ無しが重量「4.5kg」と、現行品として展開されるトップボックスの中では非常に「軽い」ところにある。


 それでいて頑丈さは他とさして変わらない。

 重くなった原因は「デザイン」の影響で、ユーザーがデザイン重視を求めたからそうなったらしいのだが、


 やはり「その分、荷物を入れたいんだが」という声も多く、TRK52などは容量が3L分も少ないのに重量700gも増加と、割と目を逸らせない重量増加に声を上げる者も出始めている。


 バイクの場合、基本的にスーパーカブなどを除けば、キャリアが耐えられる重量は精々20kg前後。

 トップボックスを入れて10kgみたいな扱いとなるのは、全体重量は20kgを想定しているからだ。


 トップケースの場合、ステーやベースなどの重量は大よそ2kg~3kgある。

 そこに5kgのケースを入れて10kgの全体重量と、こんな感じで計算されているわけだ。


 つまりトップケースが3kg増加したら、その分、詰め込む重量を減らさないと何かしら破損すると考えていい。


 だからなるべくケース重量は軽くしたいのだ。

 軽くできないなら、ステーなどを排除できる上、重量が軽い大容量のシートバッグなどの方が有利。


 ただしシートバッグは耐水能力と防犯能力で劣る。


 光は日ごろからシートバッグについて「なんで南京錠をチャックに付けられないモデルが多いのか」と、憤っていた。


 例えば、バッグ自体が盗まれにくくなるようにするにはワイヤーをかましてキャリアと接続することでバッグ自体が盗られるリスクを減らせる。


 しかし、チャックに南京錠が付けられないバッグが大半で、中身まで安全に保護できるというわけではない。


 トップケースが不動の人気を誇るのも「施錠できる」という部分が大きく、多少の重量増加となっても防犯能力を上げたいものだ。


 律が持つミッドシートバッグの場合も、チャックのナイロンリボン部分を外せば辛うじてキーロックは可能であったが、チャックの使い勝手が悪くなるので律はそのようなことをしていない。


 ミッドシートバッグ内にはロクな価値のものを入れておらず、貴重品は全て身に付ける状態だった。


 とはいえ、貴重ではないが着替えなどそれなりにいろいろ入れている大容量スポーツバッグもそのような防犯対策は施されておらず、


 正直なところ、長時間に渡って様子を伺うことなく駐車が出来る仕様ではなく、割とハラハラさせる状況にあった。


 光は「せめて多少貴重なものは施錠できる箱に入れたほうがいい」と考えたわけだが、その中でも最も自身が優れていると考えていたのがGIVI E55である。


 あまりに人気がありすぎて、Vシリーズがでてもしばらく生産され、現在は生産が終了された様子だが、大量の在庫が残っており、2018年現在でも代理店のデイトナが販売している。


 ヘタすると再生産する可能性すら示唆されているのは、「デザイン度外視で軽量大容量のものがほしい」と願うユーザーの声によるもの。


 元々、現行のVシリーズのプロトタイプ的な要素があったE55。


 それまで蓋が全体構造の中心線付近にあって「荷物を入れにくい」とされていたのをE55は転換し上蓋形状に改め、以降Vシリーズなどはそれを基本スタイルとする。


 蓋を小型化すると耐久性が低くなるので、今までは真っ二つにパカッと割れるように中央付近を境にしていたのを、蓋を全体の3割程度の面積に留めたのは画期的で、物が入れやすくなったと評判だった。


 ストップランプ付きのモデルにはインナートレイが標準装備されており、オプションでもストップランプ無しのものにインナートレイが用意されていたが、


 実は、E55は一時期よりマイナーチェンジが2回行われ、前期、中期、後期とタイプが異なるのだが後期型はインナーカウルをオプション装着できなくなっている。


 正確には装着できないわけではなく、ストップランプ付きのものは無理やり接着させているようなのだが、


 構造的強化のための電車のステンレス車両でいうビードのような構造が内部に新たに設けられ、それがカウルと干渉するので、後期タイプは無理やり装着させている状態でオプション装着は不可能となった。


 このビードのような構造がない中期モデルも、初期型で特徴だった書類入れが除外されたためにインナートレイが下側にしか装着できなくなっており、


 あまりインナートレイの需要がなかったのか後期型は接着させないと装着できないよう構造を改められてしまった。


 COOOCASE標準装備のようなインナートレイは一部では割と評判が良かったものの、オプション購入する者が少なかったためにマイナーチェンジでそうなったのだろうと思われる。


 インナートレイはストップランプ付きのものを購入すれば、現在でも装着された状態のものが手に入るが、塗装などの影響でいかんせん重量が大幅増加しており、とてもオススメできない。


 インナートレイに拘って手に入れるなら前期型だが、もはや中古品しか出回っていないので入手難易度はきわめて高いと思われる。


 今回、律へのボーナスとしてCRF1000に装着されたE55も後期型。


 ただし、律なら絶対に「そういうものがあるなら装着したい」と考えるであろうことから、自作のインナートレイを内部に施していた。


 おかげで全体重量は4.7kgとなったものの、それでもほぼ55Lの容量を保っており素晴らしいトップケースと言える。


 加茂レーシングに訪れる際にキャリア部分に括り付けられていたスポーツバッグの容量が80Lぐらいあるものだったことから、ある意味で積載力は落ちたが、80Lも荷物が入っていなったので特に問題はなかった。


 足りないならミッドシートバッグの上にさらにバッグを括り付けられるので積載量が激減することはない。


 光は律に確認を取らずに一連の行動を善意で行ったが、律はトップケースの必要性を感じていたので特に否定などはしなかった。


 「知恵を働かせればどうにかなる」というのをNC750シリーズのユーザーから教えてもらった律としては「タンデムシートにまだ面積の余裕があるではないか」と、


 キャリアのやや後ろにトップケースが装着されたことで生まれた空間を利用できそうだった事から、積載力が減ったのは表面的な部分だけと捉えていた。


「ついでにコレやるよ。B-COMと物々交換って形でどうだ。こいつはひょんなことから物々交換みたいな形で貰ったんだが、ボディバッグならもう間に合っているしなー」


 そう言って光が差し出したのは吉田カバンのPORTER FUNCTION SLING SHOULDER BAGと呼ばれるもの。


 2017年新モデルにて登場した大型ボディバッグである。

 完全な未使用品。


 ボディバッグがほしいと考えていた光が、とある常連客とバイクパーツを交換して手に入れたものなのだが、光は吉田カバンのボディバッグは欲しかったものの、いざ現物を手にしてみれば「ここまで大きいものは」不要だった。


 吉田カバンのボディバッグの評判は良かったものの、ウェストポーチ大のものをボディバッグとして身に付けて財布などをそこに入れたかった程度だったので、「リュックサックレベル」に到達してしまっているこのサイズは不要だったのである。


 結局、別途購入したがいつか機会があればと思ってとっておいたもの。


 律は今回のツーリングでB-COMを持ち込んでおり、NEOTEC2を購入してSENAを取り付けて使う予定なので光に安価に売りたいと主張していたが、


 律とこの手の売買はあまりやりたくなかったので、価値的に絶対に釣り合う存在で、かつ自分には不要になったボディバッグを差し出して交換を求めたのであるが、


 律は吉田カバンレベルの高級カバンに手を出したことがなく、目をまん丸に見開いて固まってしまう。


「いいのこれ? すごい高いと思ったけどな……」


「B-COMの価格は3万だろ。こっちは2万1000。中古でB-COM買い取らせたら、いいとこ1万5000ってとこだろうから大体釣り合うんじゃないかってな。どうよ?」


 グレーの大きなボディバッグを見た律は直ぐに気に入り、この中に合羽など軽量かつすぐに取り出せるものを入れて使おうと考えた。


 重さもそこまでではなく、非常に使いやすそうである。


 律の様子を見た光は満足そうな笑みを浮かべる。


「気に入ったなら良かった。こういう中途半端に高額なものほど処分に困る。未使用ったってリサイクルショップや質屋は足元見てくるしな。交換する際は俺が出したモノの価値が大したことないんで高く売れるかなーなんて欲が出たが、よくよく考えれば最初に俺にこれを渡した奴も持て余してたから俺に渡してきたんだよなー」


 光はそれなりの良いモノであることが逆に手放しにくくなって今の今まで処理に困っていたことを打ち明けながらも、律が使ってくれるならそのバッグも満足だろうと喜ぶ。


 さっそく身に付けた律はシンプルな見た目を大層気に入り、宿泊の際などに必要なものをこれに入れて持ち運ぼうと考えはじめる。


 中には、ペットボトル飲料または折りたたみ傘を入れるホルダーのようなものがあり、飲み物を常に形態するという考え方もアリに感じた。


 旅バッグとしての有用性の高さに(なんで光兄はいらないと思ったんだろうか……)と、思うほどであったが、光は元々2泊3日以上のロングツーリングはしない男であり、長距離移動は高速道路を平然と使う。


 故に、ツーリングネットで包んだ荷物だけで十分なのだ。

 元々バイク屋の光は常に整備できる環境があり、律のようにバイクの状況を気にしてバイクカバーなどを持ち運ぶ必要性などない。


 長期にわたって旅行などに向かうことは仕事柄あまりないものの、そういう場合は車を使ってしまう。


 そして、車にバイクを積んで出先でバイクに乗るスタイル。

 荷物を大量積載してバイクだけで奮闘する律とは違うのだ。


 そのため、このようなバッグは容量が多すぎて却って使いづらいのである。


 律は、そのことに気づかなかったものの、「まぁいっか」と、光がまるで未練のようなものをみせないので、自分には必要だからと納得し、B-COMを失う代わりに吉田カバンの高級ショルダーバッグを手に入れたのだった。


 全ての状況が整った律は、その日はもう遅い時間だったので翌日に加茂レーシングを出ることに。


 光は「西に行くなら京都には向かうな。絶対に後悔するから」と、安全上の問題から京都迂回をアドバイスする。


 律は特に京都に興味はなかったので、今回は京都市周辺を迂回して西に向かうことにし、ルートはその日の気まぐれで決めていくことにした。


 かくして、CRF1000Lを新たな相棒した男は、新たな第一歩を踏み出さんとしていたのだった――


 次回「変身! コミネマン」


 突然の不幸がウィラーの望む結果へと繋がっていく――

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