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100点満点中80点の新車と、100点になった中古 (後編)~岐阜美濃加茂市~

 早朝の美濃加茂市内はまだ仕事に向かう通勤者の車の姿もなく、律は光のアドバイスどおり、岐阜市内から遠ざかる方向でNC750Xを北上させる。


 すでに加茂レーシングを出て15分が経過。

 まず1つわかったこと。


「軽い」


 230kgちょいの重量の車体という話だそうだが、200kg程度だったはずのCBより明らかに軽い。


 低重心化、マスの集中化が施された構造は体感重量の軽減に大きく寄与し、CB400と比較すると200kg以下にすら思えてくるほどである。


 アフリカツインも見た目に反して軽かったのだが、それを上回る軽さ。

 21世紀のバイクとは何かというのを、アフリカツインについで思い知らされる。


 次に抱いた感想は「硬い」である。


 サスペンションが硬い。


 このNC750Xは2万2000km時点で前後のサスペンションをオーバーホールしたりして新品同然としていたが、CB400並の硬さがあった。


 ただしCB400のような「ズドッ」とくる感触と比較すると重心設定が優れているのか、「スポーツカー」のようなガタッという挙動を見せる。


 硬いが「辛い」というような挙動というわけではない。


 乗り心地が良いか悪いかで言われれば「スポーツカーが好き」という人間なら「素晴らしいサスペンション」と評価するところだろうが、


 ツアラーとしてみた場合は「70点」と言わざるを得ない感触で、長距離に向くか向かないかで言えば「我慢できなくもない」といった程度。


 その車体価格からすれば「十分以上」と言え、おそらく他のスポーツ系バイクと比較すれば、むしろ「この価格でこれか!? だったら俺のバイクは……」なんていいたくなる性能なのは理解できる。


 実は2016年のマイナーチェンジにて大幅に強化されたサスペンションで、2016年以前は酷かったのだが、2016年モデル以降に再評価された。


 ただし実は「ノーマル車高よりも、日本含めた極一部の国でのみ販売されるLDの方が乗り心地が良い」と評判で、


 ノーマル車高のサスペンションは「ボヨボヨ跳ねる」が、LD版は「しっかりと路面を捉える」挙動をする。


 このおかげで2016年以降はLD版以外全く売れなくなり、最終的にLD版オンリーで統合されトラコンを装着して2018モデルに至ったが、社外品でLD版用サスペンションは販売されていないので「オーリンズ」などを仕込むとシート高は830mmに戻る。


 乗り心地は当然オーリンズなどのほうが優れているが、スポーツカーな硬さが好きな人間からは「純正が最高」とも言われており、2016年以降のNC750シリーズのサスペンションの評価は悪くない。


 実のところ、事実を打ち明けるとNC750SとNC750XのLD版サスペンションは同一のもの。


 なので「日本などの独自仕様」といっても「独自すぎるサスペンションリンクなどの」特別なパーツを導入しているわけではない。


 国外ではLD版というのが存在しないが、前述する通りでNC750SもといNC750S及びNC750X LD版のサスペンションの方が評価が高く、乗り心地の点数ではNC750XよりNC750Sの方が上回っているほどだ。


 上回っているのに加え、足回りをNC750Sの純正にしてローダウンする外国人すらいる事から、他のLD版などのような「日本人のための足つき性改善を狙った劣化版」ではなく、「スポーツ走行設定されたNC750X」と解釈できる。


 余談ながら両方乗り比べした筆者としては、ノーマル版はストローク量に対する挙動が甘く、LD版はやや硬めな程度でストローク量に対してきちんと仕事をする挙動といった感じで、純正同士なら国外の人や日本国内の人らと同じくLD版のほうを評価している。


 通常のバイクでは「LD版とか絶対に乗り心地が劣化していて嫌だ」という立場なのだが、個人的には数少ない許せるLD版といったところだ。


 ただし、同じく国内のサスペンションストロークが抑えられてLD版となっているX-ADV、「てめーはダメだ」とも言っておく。


 X-ADVはグローバル版の乗り心地が最強。


 あれに慣れたら、国内版は硬すぎて「単なるスクーターの強化版」でしかなく、あのバイクに興味がある人は一度「本当に荒地も進んで行けるスクーターもどき」な本物に乗ってほしいのと同時に「併売しろと訴えて」ほしいと思う。


 足つきはアフリカツインより酷くなるが、乗り心地は本気でアフリカツインに追随するものでNC750Xより数段上のものだ。


 そう、グローバル版ならね。


 さて、パワーについてはアフリカツインから3割減。


 律は急加速についても60km区間で少し試してみたのだが、アフリカツインの「バイクに振り落とされるような」加速は無いが、「十分な加速力」は見せるといった「ナナハンらしい」性能である。


 律の感覚としては「アフリカツインがすでに100kmの際、こいつは80km越え」というような感じだったが、実際にはアフリカツインが0-100を3.90秒~4秒ジャストとするところ、NC750Xは5.20秒といったところなので、それで大体合っている。


 以前、清川がチラッと呟いていた「エンジンフィールだけならZIIと似ているはず」と主張した話は間違っていなかった。


 そのパワーは馬力がCB400より劣っているが、低回転から高いトルクを発揮するエンジンは巡航速度にて非常に余裕があり、高回転まで引っ張ってナンボなCB400とは、まるでキャラ付けが違う。


 エンジンの振動については「四気筒マシンか!?」と思うほど少なく、アフリカツインと比較した味付けは、より「ツアラーらしい」ものとなっている。


 特に恐ろしいのは、平地で巡航状態になった際の音。


 バイクは巡航状態になると、燃調を調整し、エンジン音などはもの静かなものとなるが、例えばCB400ならボォォォォというかつての1990年代の四気筒スポーツカーのような音となる。


 アフリカツインの場合は二層式洗濯機が唸っているようなやや不快な音。


 ではNC750Xはどうかというと、加速する際はパラツインらしい「ドドドドドォ」という音であるが、巡航形態ではロードノイズばかり目立ち、エンジンの存在が消える。


 エンジン音が静かになりすぎて他の音が目立つのだが、これはもう「基が車のエンジン」だからなのだろうと思われ、


 2010年代の現在の乗用車も「加速」こそ騒がしい音がするものの、いざ60km台などに到達してしまえば後はロードノイズばかり聞こえてくるような状態となるので、


 NC750Xはある種「ツーリングモビリティ」としては「本田宗一郎の目指した到達点」に到達している存在と言えた。


 本田宗一郎は、かねてから「やかましいバイクなどいらん。走行中はロードノイズとギアやチェーンの音だけ聞こえればいいんだ!」と主張し、それが本田技研の作るバイクのテーマとなってこれまで伝統のように受け継がれてきたわけだが、


 律としては巡航形態の際に楽しくなるエンジン音はCB400やCB1100のような「四気筒マルチ勢」であって、CRF1000Lのような「これは違うだろ」というような二気筒の音ではなかった。


 NC750Cの場合、再加速でトルクを得たいといったような状況の際に「スパパパ」というエンジン音が稀に聞こえるが、


 本当に稀にその音が混じる以外はロードノイズばかり聞こえてくるので、「高回転型じゃないパラツインはこれでいいや……」と思わざるを得ない。


 アフリカツインは低回転時の加速や3000回転以上の巡航だと「パラツインらしい重低音」を響かせるので楽しいが、3000回転異常の燃費は最悪で、


 Dモード必須だと思われるが巡航形態のエンジン音は洗濯機を抱えて動いているようなもので、とにかく不快だった。


 加速と減速、アイドリング音は見事であったが2000回転前後の音が微妙すぎるのである。


 一方で元より2000回転前後を使うことを念頭に開発されたNC750Xのエンジンは、巡航形態でも加減速でも特に問題のある音ではなく、


 気になるのは乗車中に信号待ちの際などに聞こえる、ギアまたはカウンターシャフトあたりの音と思われる、マフラーから奏でる音とは別にエンジンから直接聞こえる謎の「シャカシャカ」音。


 非常にこれが安っぽい音なので、そこだけが唯一気に入らないと言えた。

 

 後に試乗体験が終わった際に光に聴いて律は知ることになるが、光曰く「2016以前は常にこの音が強調されて安物感がヤバかった」と言っており、


 その際に律は「そういえば教習車もそんな感じで酷かったな……ちょっと前まで、あのままだったのか……」と後で回想することになるのだが、少なくとも、跨った状態ではないアイドリング音や加減速のエンジン音はそれなりに好きな部類の音であった。


 そんなこのエンジンについては、本編中に何度も説明しているが燃費が化け物。


 インジケーターのスイッチを弄っていた律はこれまでの累計平均燃費が「1L/32km AVG」などと表記された表示を見て一瞬目を疑ったが、


 光からも事前に「こいつは1L/30kmは走るからなぁ」と言っていたことを思い出し、「これだけでも買う理由になる」と思うほど。


 燃料タンクは14Lだが、航続距離だけで言えばNCとアフリカツインに殆ど差はないどころか逆転される可能性すらあることに律は感動すらおぼえた。



――――――余談―――――――


 ここで少しだけ話をしよう。

 バイクは元々「燃費」や「航続距離」なんて、さほど考えられて作られていなかった。


 それが2000年代までずっと続いていたのだ。


 例えば250cc帯以下を見れば「1L/40km級」なんてザラにあったし、さらに下を見れば1L/60km以上や1L/120km以上が可能なカブシリーズなどの存在もあり、


 燃費が良いバイクがほしいなら低排気量のものかカブを買えばいいと言われ続けて21世紀にまで到達してしまう。


 この転換点となったのは排ガス規制と昨今の経済国と途上国のお財布事情。


 ようは世界的に「ガソリンスタンドが減って」「ガソリン価格が税金などのせいで上昇し続けて」「にも関わらず、給与面は昔と変わらずガソリン代が携帯電話料金並みに私生活に圧迫するようになって」きたことにより、


 「もっと燃費とか考えてくれない?」といったユーザーの声が出始めるようになる。


 特に250cc級バイクに普通に手を出せるようになってきた途上国においても「ガソリン価格」は割りと死活問題な部分。


 例えば南米やアジア諸国の一部など、割とこのクラス帯のバイクが売れる国のガソリン価格は1L/120円程度と、割と日本と変わらない状態だったりするわけだが、


 そういう国にとっては「パワー2割減で燃費が倍に良くなるなら、そのほうがいい」と本気で主張されるような状態だ。


 だからカブなどから250ccに手を出せるとなった際に最大の障壁となったのは、日本人からすれば「十分」とも言える1L/20km台の燃費すら、1L/60kmを下回ったことがないバイクから乗り換えるのだから「燃費悪すぎ」と不満が出たのである。 


 現在、ホンダのバイクがバイク業界では最も燃費が良いとされているわけだが、実はホンダがそういうエンジンを250cc以上でも意識するようになったのはNC700を出してから。


 NC700を出す際、自動車を作る部門と協議を重ねながらエンジンを作ったのは有名だが、その際に自動車部門は「お前たちが作るバイクのエンジンは熱効率などをまるで考えてないから、以前から口出ししたかった」と言って、


 パワーばかり考えていればいい二輪に対し、「燃焼効率とパワーの両立」を厳しく求められる厳しい世界におかれる四輪エンジン開発部門からしたら「1L/14kmでも許されるようなぬるま湯に漬かる二輪部門」は許しがたい存在だった。


 それまでバイクは「パワー」ばかり求められ「排ガス規制もとりあえずその場しのぎ」であったのに対し、


 NC700を作る際に四輪部門開発は「燃費」という存在が「今後の売り上げをも左右する」と主張し、燃費関係を改善するための技術指導を積極的に行う。


 かくして生まれたNC700のエンジンは、当初こそ「思ったほど燃費が伸びない」とされたが、NC750となって最適化されると「恐ろしい燃費」と称される状態になったわけだが、


 ホンダにおいてNC700以降登場する新鋭エンジンを搭載するバイクは全て「低燃費」が特徴のバイクばかりとなった。

 

 その中でも有名なのが「PCX」である。


 PCXって2010年販売じゃなかったっけ?――と思ったそこの貴方。

 たしかに正解。


 だがPCXはNC700シリーズ登場と同時に、エンジンが「新型」になって2012年モデルが展開され、そこから大ヒットして今日に繋がったバイクなのだ。


 2010年に登場したPCX。


 それなりに「燃費」を意識して登場させたはいいが、「カタログ数値と実数値の乖離が酷い」と言われ、当初は販売台数もそこまで大きな伸びはなかった。


 そんなPCXだが、それでもホンダが想定していた以上に売れ、「もしかしてスクーターの新たな形なのでは?」なんて思われ、「そういえばおやっさんはこのサイズのスクーターこそ本当の姿だとか存命中の頃に言っててジュノオとか出したらしいぞ」――などと社内で言われたのかは定かではないが、


 その時点のPCXで酷評された「燃費」について大きく改善するため、信じられないことに登場からわずか2年でエンジンを新型のものに変更してしまうのである。


 新型といっても型式は同じ。


 だが、構造はNC700シリーズに導入された燃費改善技術を大幅に取り込んだ「正直言って別物」ともいえる構造変更が行われたもので、


 カタログスペック数値に大きく近づくほど燃費が改善されたPCXは、販売時「年間8000台の売り上げを想定」していたところ、その倍以上の大ヒットを飛ばす。


 それまでスクーターといえば「案外燃費が良くない」筆頭のバイクであった。

 小型で多くとも8L程度しかガソリンタンク容量がないのに1L/25kmなんてザラ。


 PCXは燃費改善のために実用燃費としては1L/35kmを目指して繰り出した存在だが、2012年版は1L/45kmぐらいは当たり前に出るようになり、60kmもガチで記録として出せるほど燃費が改善。


 この記録はレギュラーガソリンの話である。


 その結果、ホンダは気づく。


 「もしかして、燃費って四輪部門の連中が言ってたように割と消費者にとって重要な要素となってきているのではないか?」と。


 以降、ホンダの新型エンジンを搭載したバイクは全てNC開発で培った燃費改善技術を投入したものばかりとなり、アフリカツインは1L級なのに1L/25kmを平然と出すわ、


 NC750XはMT版で本気を出せばPCX150並の燃費だわ、グローバルモデルの400ccモデルである400XやCBR400Rなどは1L/35kmぐらい普通に出せるわ、


 CBR250RRなんかはパワーを最も重視したとか言うのに普通に1L/29kmとか出てくるので、その分ガソリン総量を減らしてツーリングに出かける者が出てくるわ


 最近はもっぱら「エンジンだけのホンダ」などと酷評される中、その心臓部は海外の二輪向け雑誌ライターをしても「二輪メーカー最強」と言うほどであり、


 ヤマハもこの流れに追随するため、新たにブルーコアエンジンと呼ばれるシリーズを展開せざるを得なくなったほどだ。


 ブルーコアエンジンの開発は2010年からとなっているわけだが、特許情報などを見ていたらこの前後に、各メーカーの技術者はホンダの水面下で開発されるNCシリーズ搭載エンジンの燃費が「どう考えても信じられないほど良い」ものとなっていることを知っていたと思われ、


 筆者も周囲のザワつく様子から「ホンダはそういう舵取りをしてきたのか」とは思っていたが、ライバル企業のほうがよほど危機感を抱いていたわけである。


 この技術を「低排気量帯でもって全面的に展開し、アジアで攻勢を仕掛けてきたらどうなる?」と、


 おそらくブルーコアシリーズの開発の動機は間違いなくこれだったと思われ、開発エピソードでは最終目標を「50%の燃費改善」としているのは雑誌や公式ホームページでも漫画という形で語られる事実で、


 そしてそれはホンダがPCXなどで「本気でそれに近い数値」を達成してくるわけだから、2010年より開発していたヤマハのエンジン開発チームも冷や汗を流しながら開発に精を出していたと思われる。


 ただ、これまでは同じ排気量帯においてヤマハは殆どのケースでホンダに燃費で劣り、NCシリーズのライバルを強く意識して登場させたMT-07も、それなりに燃費は良いのだが、1L/30kmには絶対に到達してくれない。


 ただし、本気の本気で勝負を仕掛けてきた新型XMAXなどはフォルツアに実燃費で勝るとのことから、最近は追いつきはじめており、どこまでこの攻勢が続くかは見ものである。


 恐らく、後追いの形になったことで出遅れただけで、投資家は「今後の情勢は不透明」としながらも、ヤマハがさらに攻勢を仕掛けるのではないかと見ていたりもする。


 特にスクーターというジャンルは、アジアにてホンダとヤマハがフィリピンなどの一部国家で両者が90%以上のシェアを折半する熾烈なシェア争いを繰り広げており、


 そこで展開するバイクほど、燃費に力を入れる様子があるが、


 満を持して「傑作大型スクーター」として出てきたXMAXは、後から出てきたフォルツアに一番重要な「燃費」の部分で勝利し、


 PCXという存在の登場以降に勢いづいていたホンダを凍りつかせたのは想像に容易い。


 バイクは「趣味の乗り物」と言われる中、今後は日本を含めた各国のお財布事情を鑑みながら燃費も向上されて行くのだろうが、


 燃費だけでなく航続距離400kmオーバーを確実にしてほしいというのが筆者の意見である。


―――――――――余談終わり―――――――――――


 1時間後、美濃加茂市を出ない範囲で田舎道を走り続けた律は、NC750Xについて大体理解できた。

 ちょっとした休憩場所を見つけた律は、ベンチにて飲み物を飲んで休憩しながらNC750Xについて総括する。


 一言で言えば「80点の完成度を誇る量産車」がNC750X。


 いろいろ足りない部分があるが、これが新車乗り出し100万円以下ということを考えれば「妥協」が出来る。


 足りない部分の例を挙げれば少なくないが、例えばフォークガードすらない成立フロントフォークや、アフリカツインと比較すると甘いウィンドプロテクション、LEDに変更必須な時代遅れに感じるポジションライトなど、総評としては「80点の新車」という状況であった。


 いや、CB400のことを考えると、80点という評価は全くもって悪いものではなく、こいつより価格が上なのにこいつに「完全に劣っている」ようなバイクがいくつもありそうで、それと比較すれば「妥協」という言葉は相応しくもないと言えた。


 付加価値的な「普通免許で乗れる四気筒バイク」なんてものは、大型免許を取得して実際に他のバイクに乗ってみれば崩れ去るような弱点が多くあることを考えたら、「若者には価値を見出しにくい付加価値」であり、


 上田は昨日「NCは今ホンダの大型の中で最も若者に評価されるバイク」と言っていたことを思い出した律は「だろうねぇ~」と納得してしまうほど。


 例えばDCT制御などはアフリカツインと比較すると割とシンプルだった。


 一例を出すと坂道を下る際、アフリカツインは「ギアチェンジ」に迷いのようなものがあり、加減速を考慮して頻繁にギアを入れ替える様子がある。


 一方NC750Xは「よほどの急坂で一気に速度が上昇しない限り減速しない」特徴があるが、それとは別に「乗り手がブレーキを使用」するとギアを1段、または状況によって2段、3段と落とし、


 アフリカツインのように直線のややゆるめのくだり坂で「ここで減速はいらないよ」と思うのに、わざわざギアを1段下げてくるようなことはしない。


 NC750XはCRF1000Lのように、いちいち減速してきて乗り手側でギアアップを手動で行って「DCT制御と対決する」必要性は全くなく、


 予めブレーキをチョイと入れておけばエンジンブレーキを用いて減速するNC750Xの方が、慣れれば「融通が効く」状態で、律にとっては乗りやすい面もあった。


 ただ、ブレーキ判断が遅れるとカーブをかなりの速度で進入するため、アフリカツインのように「カーブすら予測して動く」ような恐ろしい制御はしてくれない。


 CRF1000Lアフリカツインの場合、盲目の人間が「なんとなく次はカーブが来る予感がする」と、姿勢状態などから予想してDCT制御を試みている様子があるのだが、


 それが合致するのは、大体体感で「8割」といったところで、2割は制御的な失敗をして「あわわわわ」とギアアップなどを繰り返したりするので、「すごいけど甘い時はトコトン甘いな」という状態なので、ある種「迷うことがない」NC750Xの方が優れてはいたが、


 8割の確率で発揮する成功した状況においては、気を抜いて強めのブレーキをかけることすら殆どないアフリカツインの姿がそこにあり、


 それはまるで、「もう一人の盲目な律が常に集中して勝手に働き回っている」ような感じで、


 もはやそれは「どこぞの漫画のスタンドのような何か」にすら感じるのだが、NC750Xにはその気配のようなものは感じなかった。


 これはNC750Xにはアフリカツインほど高度な傾き検知機能などが搭載されておらず、速度やタイヤの回転数などだけで判定しているからシンプルな制御となっているのだと思われるが、


 アフリカツインはアクセル開度を見てギアチェンジのタイミングすらズラして最適な加速を示すところ、NC750Xは「一定速度」または「一定のエンジン回転数」を考慮したギアチェンジを繰り返し、アフリカツインより機械的な挙動制御なのである。


 じゃあ、それが「劣っているか」と言えば確かに劣るが「我慢できないレベルじゃない」のは事実で、


 理想を100点とした際、アフリカツインは前述する「妙なギアダウンなどの影響で95点」とするところ、NC750Xは「85点」と断言できる挙動であった。


 むしろ、アフリカツインは新車購入価格が+50万円以上するわけだから、「50万の違いがアフリカツインにあるのか」と言われれば、


 正直言って「無い」と言い切れるのは双方に乗った律でも理解できることであり、


 ここにきて、上田などがしきりに主張する「NCはそれなりによく出来た存在だが、結果、他の新型車両が価格分の価値を見出せなくなった」という話の本質を完全に理解するに至る。


 硬いが我慢できなくない、ちゃんと路面の凹凸を捉えるサスペンション。


 慣れれば下り坂などは十分な働きをするDCT制御。

 

 一部手抜きな部分もあるが、一応はちゃんとした各種カウル類。

 

 何よりも23Lのラゲッジスペースは便利すぎて「全てのバイクのデファクトスタンダードになるべき」と思うほどである。


 今のところ、律のアフリカツインは積載総容量では劣らない。

 ……劣らないと数分前には考えていた。


 燃料タンクがあって荷物を載せにくいタンデムシート部分も使えるからだ。


 だが、休憩中のスマホでNC750Xについて調べていたところ、律は発見してしまったのだった。


 ツーリングバック自体に別のバッグをキャリアに装着するようなナイロン製のベルト式テープでくくり付け、給油の際にはタンデムシートが上にアップするのに合わせてバッグ自体を簡単にヒョイと上に持ち上げて一時的に移動させられるようにしている姿を。


 サブバッグとも言うべきものはメインのシートバッグとだけ装着しているので、ブルドーザーのブレードが可動するような感じで上下に移動できるようにしており、


 こうすることで「ガソリン補給時にいちいちシートバッグなどを取り外す必要性」がなくなる。


 タンデムシート側にこの配置でサブバッグを装着すると、通常時は自重と風の影響で押し付けられるので落下したり妙な移動をしたりすることはなく、


 メインのシートバッグの耐久性だけが問題となるが、元々シートバッグの上にさらにバッグを装着することもある程度想定して作っているので問題ないのだという。


 メーカー側が提供する装着図や映像などを確認すると、シートバッグの上にシートバッグを重ねている画像なども普通に出てくるので、


 方法を試みている人間の言い分が適当な発言でないことは律もすぐ理解できたが、「その発想はなかった」と、NC750シリーズのユーザーの発想力に律は思わずブログの「いいね!」ボタンを押してしまうほどだった。


 いわば知恵の勝利で、人によってはメインのシート側にコロッと転がすような感じでロックを外してシートバッグが移動するように配置を整えている者もいたが、


 例えばミッドシートバッグをそういう風にできるよう調節すれば23Lのラゲッジスペースを含めて現状の100L状態から123Lにまで積載量を増やすことが出来、


 さらにラゲッジスペースの蓋は2kgの積載が可能なタンクバッグ装着用の意匠が施されたパーツが仕込まれているが、ここに例えば17L程度のタンクバッグまで装着すれば、限界容量は約140L。


 パニアケースがなくとも圧倒的な積載力となる。

 パニアケースを入れればここに40Lほど追加できるわけなので、


 日本一週すら視野に入りそうであった。


 パニアケースが無いと割とどうにもならず、金属性でタンクを傷つけたくないので装着が難しいアフリカツインと比較するとまるで積載お化けであり、


 現行NC750Xが一部で「スーパーカブ750」と言われる意味を律は理解した。


 しかし、「ならNC750Xを買うか」と言われれば、今の律は首を縦に動かすのは難しかった。


 その原因は「あまりにも完璧すぎる」のである。


 アフターパーツなどを利用し、+20万円ほどかけてカスタムすれば100点を越える完成度になることは間違いない。


 だが、そのバイクは完璧すぎて特長がなくロマンがない。

 あまりにも「優秀な秀才」な感じがしすぎて近づきにくい「優等生」なのだ。


 例えばサスペンションを変更し、悪路でも走れるようにスキッドプレートなどを装着し、フォークブーツやリアインナーフェンダーなどを整えてフラットダートやある程度の悪路などを走破できるようにするのは簡単なのだが、


 イメージ的には、なぜかアジアなどにもよくある、日本で言う未舗装農道のような場所を延々と走り続けるようなバイクの感じがする。


 それは確かに「旅のパートナー」としては優秀だが、本気になればどんな悪路も乗り越えていけそうで、かつ普段は「とにかく体力を消耗しない」アフリカツインは、


 光曰く「もしこいつを新車購入しようもんなら+70万はかけて全部手を入れないと話にならん」という、80点以下かもしれない車種ではあったのだが、


 そこを大幅に手を入れて100点状態とした中古状態のロスマンズカラーのアレこそ、「旅のパートナー」として律が現在求める存在に最も近く、


 NC750Xは「カスタムすればどうにかなるし、割とこっちの方が耐久性は高い」と光は言っていたものの、殆どの人がそうやって使い潰す以上、中古車両は中々いい出物がなく、


 買うには新車以外ありえず、その新車は「やはり、今のホンダクオリティではそれなりに手はかかるしハズレもありうる」と光や上田などがリスクを説明していたので、


 同じく車両維持の面でリスクはあるものの、車両としての質は問題ないことがよくわかるCRF1000の方に軍配があがったのであった。


 今の選択肢として、酷道152号線の未舗装区間すら楽に突破したアレと、手を入れなければああいう道では苦戦するだろうNC750Xを比較した時、答えは決まった。


 恐らく、今後もっと厳しい環境に突入したい律にとっては「ロスマンズカラーのアレ」が光の主張どおり「今はそれで正解」ということなのであろう。


 例えばもし、NC750Xが、最初から19インチぐらいのスポークホイールを装備して、シート高850mmになった分、最低地上高が上がって、スキッドプレートも全面的にガードするものが装着され、乗り心地がさらに良くなるバネ下重量が軽減が可能な倒立フォークになって、


 ウィンドシールドなどもそれに合わせたさらに大型のものに変更されたとして出てきたモデルが130万円とかなら迷わず「そっちを新車で買う」のだが、


 中古という立場で100万ポッキリのロスマンズカラーのアフリカツインは、価格と性能が一致した状態となっており、それと比較するならば「こちら」と判断できるものをアレから得ていた律は、「ふぅ」と息を吐きながら、


 「自分の選択は今度は間違っていない」と自己暗示をかけながらも光に電話を繋げる。


 電話の開幕一言目は「スコットオイラーをガレージで待機してるCRF1000につけておいて」――だったが、


 光にはその一言で全てを察し、「じゃあ作業しとくから」といって20秒程度で電話は終わってしまったのだった。

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