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中央と南アルプスのパノラマと人生初の舗装林道 大鹿村→しらびそ高原→静岡県(浜松市) 前編

長くなったので分けます。

 風呂から上って赤嶺館内の自室に戻る。


 ヘルメットなどを磨いた律はデジカメのバッテリー充電などがきちんと行われているのを確認しつつ、スマホで情報探索しつつ、明日の予定を組むことにした。


 現時点で律が絶対に譲れないものは3つ。


 1つはこの地域だけで唯一産出する「山塩」と呼ばれる温泉を利用して精製された塩。

 もう1つは夕立神パノラマ展望台からの南アルプスと中央アルプスの光景。

 最後がしらびそ高原。


 これらは明日絶対に逃したくないモノである。


 1つ目の山塩については「塩の里にある直売所で朝早くから売っている」とのことだったが、赤嶺館の女将さん曰く


 夕立神パノラマ公園は、この旅館のすぐ近くにある林道ともいえるような舗装された道から登っていけるが、


 その道は大鹿村各地との繋がりが蜘蛛の巣状にあるものの、他の地域や他の国道などとの繋がりが一切ないので、結局は国道152号のために折り返してこなければならないとの事で、


 例えば、日の出を見るために先に展望台に早朝向かったとしても、必ずこの場所に戻ってくる事になるので、「その際に購入するという方法もありますよ」という助言を律は貰っていた。


 スマホで調べて見ると、大鹿村周辺から夕立神パノラマ公園へ行くための道はいくつもある。


 それら全て舗装道路であり、律は「どうしてこんなに沢山道が?」と思わずにはいられないほどであったが、


 航空写真などで確認してみると、キャンプ場や牧場、畑や住宅など様々なものが周辺に分散するように存在しており、一種の生活道路や農道のような存在であることがわかる。


 その上で、赤嶺館が最も夕立神パノラマ公園までの距離が短く、そして、国道152号線に隣接する蜘蛛の巣状に広がった道の中で最も南側に位置するのが、赤嶺館の真正面から進んで目的地まで向かうことができる名も無き道であった。



 南側に向かいたい律にとって赤嶺館は最高の立地にあると言える。


 本日の午後、ガソリンスタンドで出会った男性はそれすら見越して赤嶺館を紹介していたのではないかと考えると、その細かな配慮に律は思わず身震いした。


 その的確な助言はライダーのお手本とはこういう者を言うのだと思わずにはいられない。


 そして赤嶺館と道の駅は1km程度しか離れていないため、女将さんの言い分はまさに「山塩のために7時に旅館を出なくとも、夕立神パノラマ公園に先に向かった後に戻ってきて買えばいいのではないか」ということであり、


 律も「どうせなら日の出辺りの美しい景色を拝むか」と考え、優先順位を夕立神パノラマ公園をトップに据え置き、2番目を山塩にすることにした。


 しらびそ高原は大鹿村の外にある地域であり、大鹿村を南下して蛇洞林道に入った分かれ道の先にあるのだが、


 しらびそ高原自体も折り返して戻る必要性は(距離的には)あるものの、そこから大鹿村に戻るとなるとかなりの距離になる。


 よってしらびそ高原は優先順位は最も後となった。


 女将さんは「パノラマ展望台を見て一旦赤嶺館に戻り、そこで朝食を採ってから移動されたらどうでしょう?」と律に提案してきていたが、


 道の関係からすると、朝食後に道の駅に戻って山塩を購入して再び国道152号線を南下するのが一番無難に思えた。


 アフリカツインの走行距離を稼ぎたくない場合、徒歩で直売所まで行ける程度しか赤嶺館とは離れていないので、歩きで向かっての購入をすることも考える。


 律は、そうと決まればまずは早朝に外出する旨を赤嶺館の女将さんに伝えて許可を取っておかねばと行動を開始。


 部屋を出るとロビーで掃除している女将さんを見つけたために、律は声をかけて予定を説明した。


 すると女将さんは「朝食準備のために4時頃には起床しているので、玄関口はその際に開けておきます。気をつけて行ってらっしゃいませ」と言い、律が戻ってくる頃には朝食が出来上がっているように配慮してもらえるとの事だった。


 加えて、4時頃に出ればここから30分程度で夕立神パノラマ公園には行けるので、間違いなく朝日が拝めるはずと律に教えてくれた。


 律はお礼を述べながらも自室に戻り、しらびそ高原後の予定も組み立て始める。

 しらびそ高原までは赤嶺館から約1時間。


 しらびそ高原からドリーム浜松までは約4時間。

 しらびそ高原に9時までに出発できれば、ドリーム浜松には13時頃に到着可能だった。


 13時ごろに到着すればオイル交換程度なら1時間程度で終わるはずなので、14時には浜松を出られる。


 仮に16時頃あたりまでかかったとしても、高速を使えば光の実家まで2時間程度でいける。


 律はすでに国道420号を使った経験があるため、あえてここは新東名から東海環状道を使っての時間短縮を狙うことにした。(東名から行くよりも料金が安いため)


 その分を林道と観光、バイクの整備時間に回すという算段である。


 無論、すべてが上手くいくとは思っていないが、仮に再び420号線を使って光の店に行くとなると非常にスケジュールに余裕がない状態となることから、「この程度はさすがに高速を使うべき」という考えに至った。


 もし下道に拘ってスケジュールに余裕がなくなり、名古屋周辺でさらに一泊することになるぐらいなら、

 その分の費用を「高速代」に回した方が安いためでもある。


 予定スケジュールをスマホに入力すると、律は寝る準備をしながら今回のツーリングについて総括した。


 今回、健康ランドなどでの宿泊も考慮して新たにスイムタオルタオルを導入していたのだが、非常に役立っている。


 これはボランティア活動時代などのキャンプで培った経験を反映させたもので、速乾性の高さから非常に便利なのは以前から知っていたのだが、


 バスタオルやスポーツタオルなどはいかんせん「乾かない」ので使い辛いため、以前はネットカフェを利用してシャワーを浴びるのも躊躇するほどだった。


 しかしそんな少年時代に「こればあれば百人力」とスイムタオルを使っていたことを思い出し、新たに購入。


 昔使っていたものは紛失してしまっていたので、体などを洗ったり簡単にふき取る標準サイズと、バスタオルにも使える非常に大柄なサイズの2つを購入していたが、


 風呂上りに洗濯した後に双方とも水分を絞って出し切った後に干してみたところ、すでに殆ど乾いた状態となっており、今までの苦労はなんだったのかと思うような状態に。


 これまではコインランドリーの利用すら考えなくてはならないほど、乾かすのに苦労していたが、そういう不安は一切解消された。

 

 次にフィッティングサービス。

 SHOEI社員によるフィッティングにより、GT-Airは大幅に負担が軽減されている。

 

 5時間ほど被っても、耳が赤くなったりすることなどはなくなった。


 今後ヘルメットを買う場合は「ヘルメットメーカー社員がフィッティングするイベント内で買う」ということを律は深く頭に刻み込んだ。


 律としてはGT-Airでこのレベルなんだから、本当の意味で頭にフィットするNEOTEC2を使うのが今から楽しみで仕方ない。


 そして次はスマホナビ。

 これまで「渋滞考慮」は全くしてくれなかったゴリラと比較すると「信号のためにわけのわからない迂回をする」のが気になったが、


 今のところ拡大や縮小機能などを駆使して「不必要な迂回はしない」ように心がけることで、普通に利用できている。


 スマホをバイクに装着することで天気予報の雨雲レーダーなども走行中に参照することが出来るようになったことから、完全に「こちらの方が優秀」な事が判明した。


 ただ弱点がないわけではなく、道沿いが圏外だと機能しない。

 今のところ、この弱点以外は特に気になる部分はない。

 

 さすが「カーナビ斜陽の時代」と言われるだけある。


 バイク用カーナビもかつては様々なメーカーが出していたというが、今はもはや「ホンダ純正バイクナビ」すら、2017年を最後に販売を終了するぐらいスマホナビの攻勢が激しい。


 最後にアフリカツイン。

 実はスタンド内にて律は非常に驚いていたことがある。


 自身のCRF1000Lが、WR250Xと殆ど同じ燃費だったことである。

 重量は100kg以上も増加し、排気量も4倍。


 にも関わらず、燃費は同じでタンク容量は18.8Lとこちらの方が多い。


 今まで散々「燃費」に悩まされてきた律にとって、1L/27.7kmという数値には「エコカーかな?」とレシートを見て手がワナワナと震えてしまった。


 震えた原因は、ある意味では怒りという感情に近い。

 こんなにパワーがあるバイクが、WR250Xはさておき、どうしてCB400の1.7倍は燃費がいいのか理解できない。


 無論、今、日本市場で暴れる国産自動車メーカーのエコカーは重量が1tありながらもっと良い燃費であることを考えたら「これが普通」なはずなのだが、


 結局高回転エンジン+四気筒のCBが与えてくれたのは「排気量にしてはパワーがある」のと「エンジンサウンドが素晴らしい」ということだけ。


 それ以外、何1つ律にとって「乗り続けたい」と思えるような要素がなかった。

 だからこそ、すでにCB400を手放してしまっているのである。


 たった3ヶ月という短い付き合いになったのは、むしろ、本当の意味でCBを必要とするような者に失礼な真似をしたと反省する律だったが、


 一方で「あのバイクは現代のモデルと比較すると、ちょっと趣味の色合いが強すぎる」と、


 雑誌やネットなどで「熟成を重ねた優等生」などと書かれるものが「誇張というか、ツーリングユースの実態と大きくズレている」と認識しており、


 そこについては「もっと正確な情報を表に出した方がいいね」と、少し不満を抱いている部分もあった。


 とりあえず今後は「750cc以上」のバイクに乗ることを考慮し、アフリカツインと合わせて検討することに決めるのだった――


 ――などなど、布団の中でいろいろ考えていると睡魔が襲ってくる。


 現在時刻21時50分。


 律は、新たにツーリング時に持ち込み始めた、以前シェーバーを購入した際におまけで付属した携帯式の小型電波目覚まし時計のタイマーを午前3時45分にセットすると、静かに目を閉じ、そして眠りについた――


~~~~~~~~~~~~~


 翌日。

 3時45分に目覚ましの電子音と共に目を覚ます。


 すぐさま着替えて出発準備を開始。

 スポーツバッグなどの荷物は置いたまま、レインコートなどを防寒着代わりに着こんで朝の寒さに対応する。


 デジカメなど、最低限必要なものを携帯した律は、女将さんと朝の挨拶を交わし、そのまま外に出た。


 「――寒ッ!」


 気温計などはないが、体感では間違いなく外気は8度程度。

 顔に当たる風が冷たく、思わず律は縮こまってしまう。


 都心部ではこの時期すでに朝の気温は18度ぐらいとなっているが、標高1000m近くある大鹿村は、4月ですら朝の最低気温が4度程度になることもあり、非常に寒い。


 律は予めジャケットの下に長袖などを着込んでいたが、現在の状態だと顔以外は多少の肌寒さしか感じないものの、


 走行中だと間違いなく「寒い」と感じるだろうことが予測できて、風邪など引かないか心配になるが、ここで諦めたくはないので移動を開始する。


 アフリカツインはカバーがかけられたまま、静かに状況を見守っているかのように佇んでいた。


 律が近づくと朝露によってカバーはビッショリとぬれているのが確認できる。

 周囲にも霧のようなものが漂っており、走行中は間違いなく濡れてしまうことが予想できた。


 「合羽を着こんで正解だったか……」


 予め徹底して防御を固めていたが、それでもそれを上回ってくる過酷な山中の村の環境に一瞬物怖じする律であったが、


 そんな程度で諦めてはいられないとばかりにバイクカバーを外すと、朝露を振り払ってミッドシートバッグ上部のツーリングネットの中に仕舞いこんだ。


 幸いにも防水性能が非常に高かったために振り払うだけでほぼ乾いたが、ミッドシートバッグに入れると結露などが発生しそうなので中には入れず、


 そのままの状態でエンジンを始動させ、律は一路夕立神パノラマ公園まで出発したのだった。


 赤嶺館の駐車場を出た律は赤嶺館正面の「鳥倉方面」などと看板で示された道へ。

 そして坂を上って橋を渡り、橋の先にある交差点を左折。


 そのまま道を進むと妙な違和感を感じる。


 「……確か女将さんは生活道路と言ってたよね……国道より道幅が広いのは何かのギャグかな?」


 その道は別段「広い」というわけではない。

 しかし、横幅は間違いなく4mほどあり、車同士の対面通行も十分可能。


 アフリカツインなどのバイクならやや大型のトラックとも対面通行が余裕で可能な広さ。


 実は律は知らなかったが大型トラックすら通れるようになっている理由は近くに大林組が建設に使う建材の採石場があるためで、頂上付近には採石場へと向かう道がある。


 道の状態が良いのも超大型ダンプが通れるようにしているからだ。


 律はそんな舗装も綺麗な田舎の勾配のややキツい生活道路を駆け上がって行く。


 周囲には霧のようなものがたちこめており、とても神秘的。

 まるで雲の中にいるようだった。


 恐らく遠くから見ると山霧が発生していて、村全体がとても日本らしい風景になっているのだろうと思われた。


 律は当初、外気温の低さに脅えていたものの、冷たい風は殆ど顔などに降りかかってくることなく、寒いことは寒いが、そこまで苦ではない寒さといった程度で、

 

 グリップヒーターを全力運転させながらニーグリップを意識してエンジンを足で抱え込むように走ることである程度余裕を持って走ることが出来た。


 アフリカツインは相変らずの余裕の走りを見せ、「こういう場所は俺のための道だから」――と言わんばかりに早足にて坂を駆け上って行く。


 そのまましばらく道を進むと突き当たりとなり、T字の交差点となって「鳥倉清水」や「釜沢」などと書かれた看板を目にする。


 ナビの案内では左側の「鳥倉清水」と書かれた道を進むべしとしていたため、迷わず左折。


 そのまま進むと勾配がさらにキツくなるものの、リッター級バイクの敵ではなく、問題なく突き進む。


 5分ほどすると、見とれるほどの景色が目に入ってきたので、一旦停車しながらそれをデジカメに収めて再び出発。


 さらに3分ほど進むと大鹿村を一望できる場所があったので、再び一時停車してデジカメ撮影。

 この辺りから「この先に絶景がある」という予感が律もするほどの何かを感じ始める。


 そこから先はやや道が狭くなり、国道152号線の時のような状態となるが、ポツポツと待避所の姿があった。


 特に対向車が来ることもないので、律はぐいぐいとやや急な勾配の道を駆け上がって行く。

 そのまましばらくはずっと木々に囲まれた道が続き、20分ほどするとついに目的地の夕立神パノラマ公園に到着した。


 展望台の場所までは徒歩で向かうことになっていたので、近くのトイレがある駐車場にバイクを停車させ、そのまま展望台のある場所まで歩いて向かった。


 展望台へと徒歩で向かう分かれ道の時点ですでに凄まじい雰囲気を感じ取れるほどだが、駐車場からそのまま突き進むと向かうことが出来る道路は、まるで天空を歩むがごとく山の頂上付近を横断している姿が遠くに見え、思わず律は息を飲む。


 そう、この周辺ではこれが当たり前なのだが、律にはこれまでそんな経験はなかったのだ。


 150mほどの緩い上り坂を登ると、一気に開けた山の一角とも言える場所に到着する。


 到着した律はとりあえず周囲を見回した。

 辺りはシンと静まり返り、朝を伝える鳥のさえずりすら聞こえない。


 だが音など不要とばかりの光景が律の目の前に広がっている。


 「……言葉で表現できないね……」


 どこを見ても美しい山の風景しかない。


 それは360度パノラマの絶景。

 正面には南アルプス。

 後方には中央アルプス。


 まだ日の出前で薄暗い状況であったが、山の頂上の雪と地肌から、それらが「日本のアルプス」であることは律にもすぐに理解できた。


 周囲の山々は早朝の山霧に覆われ、よく見るとかすかに大鹿村の別の集落と思われる場所が下方にチラリと見える。


 広場とも言える場所ですら凄まじい光景を見せ付けられたものの、周囲には屋根つきの展望台もあったため、律はそちらに向かう。


 展望台からの開放感ある景色も凄まじいものであった。


 まるで山の神か山の主にでもなった気分である。

 律は興奮を抑えるので精一杯で、無我夢中で写真を撮る。


 この場所の周囲に鉄道はない。


 女将さんは「車でもないと来られない場所ですからねえ」と言っていたが、ドライバーやライダーだけがこの景色を楽しむことが出来る。


 この場所に向かうためのバスすらない。


 まさに「二輪」という存在を手に入れて初めてまともに見ることが出来る景色に見とれてしまい、時間すら忘れかける。


 そんなこんなで過ごすと、しばらくした後に太陽の光が漏れ、オレンジ色の光が南アルプス側より差し込み始め、律のテンションはさらにあがった。


 あの「ダイヤモンド富士」に負けない「ダイヤモンド南アルプス」とも言うべき美しい光景であった。


 周囲には律以外誰もいなかったが、「どうして誰もこの光景を見に来ないんだ!?」と呟くほどの美しさ。


 その雄大な自然が織り成す光のショーに心の中で拍手を送りつつ、あまりにも圧倒的すぎたので、ついには「バイクサイコオオオオオ! 生きててよかったあ!」と叫んでしまう律の姿があった。


 その声はやまびことなって辺りに響き渡るが、そのやまびこに誰も返答することはなかった。

 叫んだ後に恥ずかしくなった律であったが、山だけが自分の心から出た本音を聞いていた様子にどこか救われる気持ちがした。


 その後、律はそのまま40分ほど景色を堪能し、日が完全に昇った後の周囲の写真を収めたあとは、来た道を戻って赤嶺館へと帰っていくのだった――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 赤嶺館に戻った律は朝食を食べる。


 季節の野菜や大鹿村特産の大豆を使った煮物や豆腐などで構成されたヘルシーな非常に美味しい朝食を楽しんだ後は、出発準備を整えてチェックアウトした。


 時刻は午前7時10分。

 アフリカツインにスポーツバッグなどを括り付けると、一旦引き返すような形で塩の里直売所に向かい、念願の山塩を手に入れると即座に国道152号線を通って南下し始める。


 すでに本日の目的のうち2つを達成。

 これから先の蛇洞林道から「しらびそ高原」を目指すのだ。


 道の駅を出てしばらくの間は集落が続くので道幅は広め。

 2車線となっている所もある。


 そんな状態が6分程度続き、集落を抜けると再び152号線は対面通行も出来ないようなガードレールもないような場所となっていく。


 夕立神パノラマ公園までの道が無名なのが信じられないほどの道となる。


 田舎道といえばそれまでだが、かつて通った国道がこれほど狭いという例はなく、律にとって本当に初めての経験であった。


 10m程度の高さは間違いなくあると思われる川沿いの道などに、ガードレールが無いのは本当に怖い。


 車で来た場合、対向車が来ないことを祈りたくなるような道。


 バイクでも、やや幅広のランドクルーザーなどの4WD車両などが向かってきたら頭を抱えそうな道である。


 バイク専用道路とか、サイクリングロードとか言われても不思議ではない道幅しかなかった。

 それこそ「ここじゃ白バイは小道路転回などできない」と言い切れる程度の道幅しかないのだ。


 それがずっと10km以上続くのである。


 幸いにも対抗車は来ることなく、そのまま蛇のようなクネクネとした道を25分ほど走ると、看板が見えてくる。


 そして「地蔵峠」と書かれた場所に辿り着く。


 地蔵峠。

 秋葉街道では、最も標高の高い1314mに位置する峠。

 

 律は今朝方1620mの夕立神パノラマ公園に訪れてはいたが、そちらは秋葉街道ではない。


 ここが塩の道たる秋葉街道で最も標高が高く、松姫らが「恐らくここが一番標高が高かった」 と逃避行の回想をした場所。


 周囲には地蔵堂があり、地蔵峠の名前の由来ともなっている。

 ちなみに地蔵峠自体は全国に多数あり、ここだけの地名というわけではない。


 国道152号線は、かつては武田信玄も何度か往来した地蔵峠を境に一旦途切れ、蛇洞林道へと迂回しなければならない。


 目指すしらびそ高原はこの先にある。

 しらびそ高原に向かうのも、152号線に向かうにも、蛇洞林道は通らねばならない。


 律は途中の分かれ道から一旦しらびそ高原を目指し、その後で再び戻ってきてから浜松へ目指す予定となっていた。


 林道という文字を見て一時停車した律は意を決して人生初の舗装林道へと向かうのであった――。

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