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排気量を縛る鎖が解かれる時(前編) ~大型二輪教習~

 続く本日最後の教習。

 全体では7時間目にして、第二段階では2時限目の教習が始まる。


 今回は徹底的にコース1とコース2を走りこむ教習だった。


 律はすでにコース1とコース2をそれなりに覚えており、後は場内の交通ルールに従って安全運転を意識しながら運転するのみ。


 普段の癖からキープレフトを稀に出来ていないことが指導員により度々指摘されていたが、今のところそれ以外に問題が無かった。


 無論、指導員も律に対しては「公道ではやや中央よりのラインでいいんですけど、教習所内ではキープレフトでお願いしますね」――と、律の運転姿勢について完全に否定はしないものの公の公道ルールに従うべきと促した。


 律がキープレフトをあまり意識しないことには当然理由がある。

 安全運転を重視し、追い越しと追い抜きはしてもすり抜けはしない律。


 それはCB400SBの納車待ちで練習がてら土屋のインパルス400で街中を走りながら走り回っていたこと。


 度々遭遇したのは環八や環七での「強引な追い抜き」である。

 そもそも自動車において左右の空間は割と死角。


 バイクでキープレフトを意識すると距離によっては「見えない」などということがあり、

 律は「強引だなぁ」と感じる追い抜きに何度か遭遇していた。


 無論、車間距離はきちんとしているし、通常の乗用車でもってこの車間距離を意識してキープレフト気味で運転するなら間違いなくこのような事にはならない。


 だがインパルス400がやや小ぶりな事もあり、1日中運転すると絡まれるがごとく3度~4度ほど強引な追い抜きに遭遇するという経験をした。


 そこで光に「自分は間違っているのか?」と相談すると、光からは「バイクで安全運転するなら道路の中央にいろ」と言われる。


 光なりに律に話した理由としては「バイクが細身である場合、入れる空間があるように見えるとドライバーによっては前がガラ空きと錯覚し、強引に入り込もうとする心理を生むのでそうなる」のだと言う。


 ど真ん中を走行し「入れる空間などない」とやってしまえば、よほど妙な運転をしない限り強引な追い抜きには遭遇しないとのことだった。


 そこで律はその話を聞いてから実践しはじめると、思った以上に強引な追い抜きに遭遇しなくなる。


 妙な追い抜きが消えたわけではなかったが、それらについては「ミラーをきちんと確認すればある程度予測可能」であることがわかった。


 それは例えば「ナンバー」であったり、「車種」であったり、車全体の「雰囲気」であったり。

 走り続ければ走り続けるほど、そういうものが見えてくるのだ。


 現在においては殆どそういった事には遭遇しなくなってはいたものの、その癖は完全に律の体に染み付いて意識しなければキープレフトが出来なくなりつつあった。


 それほどに「恐怖」というものを感じたのである。


 実際問題、筆者としてもキープレフトなどは50cc原付がやるべきものであって、車間を整えた上で走るならど真ん中を走って欲しいと思っている。


 理由は「走行速度が同じ」という点。


 追い抜きしようとしても速度が同じな影響で幅寄せされたような状態で併走しなくてはならない。

 そこでブレーキしようとしてもすぐ真後ろに他の車がいるなんて事がある。


 無論、あまりに強引で挟み込まれた場合はクラクションなどを鳴らすが、個人的にクラクションはそれそのものが「煽りバトル」の開戦の合図だったりしてあまり試みたくない。


 それならば最初から「入れない」と相手に思わせる位置取りをすれば良いだけだ。


 教習所でもあまりに右により過ぎない限りは注意しない所もあるのだが、真面目な教習所ほどキープレフトを重視する。


 ここの教習所についても極めて真面目だからこそ、律にキープレフトの心がけを忘れないようにと促していたのだった。


 そんなこんなで律はここにきて初めてNC750Lに乗る機会を得たわけだが、律からすると「低重心と言われるだけあって非常に安定感がある」一方、


 「パワー不足」「排気音が情けなすぎる」「シフトチェンジペダルのフィーリングが酷い」といった感じで、100点を出すとするなら30点と言いたいようなバイクだった。


 事前に「ゼファー750RS」「CB750RS」という60馬力級750cc教習車に乗っていた律は、37馬力でトルクすらカタログスペックで上記2つの2割減のバイクに馴染めなかった。


 とにかく何が嫌か。

 エンストの恐怖があること。


 通常、クランクやS字は二速で進むのが大型教習では一般的。

 適切なギアを選択ということで一速でもいいが、二速が基本とされる。


 ゼファーとCB750の場合、二速で低速走行してもエンストする事はない。

 だが、NC750Lで同じように走ろうとするとパワーが足りないのだ。


 半クラッチなどでアクセルを煽らないといけなくなる。


 そこで律は基本はクラッチをつなげたまま半クラッチなどの一連のクラッチ操作を用いて一速で走るようになり、そういう意味ではバイクの性能に対応する能力を身につけているわけではあったが、


 交差点の右左折でも三速ではノッキングするなど、それまでやれた方法よりか一段低いギアにしなければならず、それは殆どCB400と同じためしっくり来ないのだ。


 CB400系列の場合、ギアは同じでも、もっと高いエンジン回転数にしなければならないのだが、NC750Lは低回転型エンジン。


 スロットルを捻った感覚は殆ど変わらないのであった。


 これは逆を言えば「CB400と同じ感覚で教習所を走れる」ということを意味しているので、人によっては「楽チン」と言われるが、


 律は「CB750とゼファー750のパワーこそ教習所向き」と考えるタイプであるために彼にとっては完全なパワー不足なのである。


 そうなった原因は上記の2車種以外にもZIIやCB1100RSにあり、この2台は街乗りなら3速と4速の切り替えだけで走れるようなトルクを持つバイクで、


 教習所で乗ったゼファー750やCB750もそれと遜色ない低速でのパワーがあった事から、CB400自体を気に入っていない律にとってNC750Lも気に入らないのは必然であったと言える。


 指導員は「現行のNCは6.9kgとかCB750よりトルクがあったりして凄く乗りやすいんでNC750自体が悪いわけではないのですが、こっちのパワー不足は否めませんね」と律に同意していた。


 実際、NC750シリーズの現行車種はかつてのナナハンバイクと遜色ないパワー特性であり、NC750Lとは完全に別物。


 エンジン音もシャカシャカ音だったのは2016年で終わり、2016年以降のRC90モデルは大排気量パラツインらしい勇ましいものとなっている。


 これはある意味で本田宗一郎の考えに反するものではあるのだが、あのシャカシャカ音は割とかなり不評だったことはホンダも認識していたようだ。


 スクータータイプのインテグラなら許される音なのだが筆者はNM04も現行のマフラー音の方が合ってると思っている。


 AKIRAの金田っぽいバイクであるNM04であるが、2016年モデル以降は完全にアメリカンな音に変わった。


 これに変わって以降、国外でも購入する人間が出てきており、意外な売り上げを見せるようになった。


 まあ、あのスタイルでNC700とそう変わらないシャカシャカ音ではテンションも下がる者も多かったという事なのだろう。


 とはいえ、律は「そんなことを愚痴っていても仕方ない。これが全て終わり、府中に行けばCB1100にだって乗れる。今は最後の試練なんだ――」と己の慢心とも自惚れとも言える感情を押し殺し、


 そして、「俺は卒検で100点を目指すと誓った。それはバイクの性能に左右されてしまったから達成できなかった――などと言い訳をして逃れるような簡単に崩していい制約ではないんだから!」と、改めて己を見つめ直し、気を引き締めたのだった――


 そうこうしていると7時限目が終わり、8時限目へ突入する。

 10分休憩した律は次の教習へ。


 休憩後の次の課題は「自由走行」である。


 これは普通二輪にはない大型用の課題走行であり、教習所内にて「自分でコースを組み立てて検定コースとは違う道順にて指定された課題、例えばクランクなどを同じ道を一切通らずに全て走り抜ける」というもの。


 ここでいう同じ道とは、例えば坂道の反対車線を走るといったようなものまでアウトとするものではないが、ここの教習所はS字とクランクと踏切が坂道を越えた先にある直線に並列して並んでいるため、


 例えば坂道発進を行った後にS字を走った場合、S字から右折してからもう一度右折して踏切に入り、そこから右折でクランクに入った場合は、左折しか出来なくなる。


 右折した場合は踏切の手前にS字に挟まれる形でクランクが存在するため、「再び同じ道を走る」ことになるからだ。


 また、課題走行箇所は「検定コースで走る課題全て」となっており、完全オリジナルのコースを走ることが要求され、教習所のコース全体を把握していないと中々難しい課題。


 律は先ほどの時間の教習終了時に「次の時間はそういう課題である」と伝えられていたが、


 自宅に戻ると教習所コースを地図上にしたペーパーを見ながら自分なりに何度も試行錯誤してコースを組み立て、張り切って翌日へと挑むのだった――。


 ~~~~~~~~~~~~~


 翌日。

 本日も限界までの3時限連続での教習となっている。


 ウォーミングアップ走行が終わると検定コースと同じスタートラインから「自由走行」を行うことになった。


 そこで指導員より細かいルールが再び説明される。


 コースの仕組み上、外周の周回と平行する急制動のストレート区間は「別の道である」とされており、「一本橋」と「スラローム」も平行する外周コースとは別扱いとなっている。


 ただし、全ての区間にて同一(同一方向)の道を走れるのは1度のみ。


 例えば、検定コースから真っ直ぐに外周コースの外回りに入り、そのまま外周を走り抜けてしまうとその時点で「自由走行課題失敗」となる。


 なぜなら、一本橋とスラロームを走るためには外周からコースインするか、急制動からコースインしなくてはならない。


 つまり、外周コースをそのまま走り抜ける場合、そこの状態からスラロームか一本橋どちらかに入り、その後にどの順番でもいいが急制動から一本橋へ入ることになる。


 重要なのは「一本橋」または「スラローム」と外周コースは別という点で、この2つの課題走行の区間の出口から直接坂道発進に進むことが出来、検定コースにおいては実際にその形にて坂道発進することになっているが、これはルール上「外周コースを跨いだ」ということになり問題ないとされた。


 そして最後に「四輪自動車用の課題コースへの進入は禁止」というルールも添えられた。


 これを許可するともう少々自由に走行できるが、四輪用の課題コースは「一般道を模した他のコースとは異なるもの」と教習所内では考えられており、二輪は元来「進入禁止」扱いなのであった。


 一応、クランクなどは初期の練習にて四輪用を使うことはあるのだが、検定などでは進入禁止扱いとされている。(AT車体験にて律も四輪用のクランクを使わせてもらった)


 だが、検定ルールで「進入禁止」としている以上、「自由走行」も検定同様のルールにて執り行うこととなっていた。


「以上のルールをもって音羽さんには走行してもらいます。ルール説明は今のでわかりました?」


 今回の時限は非常に若い女性指導員であり、律と同じ年ぐらいの見た目の者であった。

 彼女はハキハキとした言葉遣いで律にルールを説明する。


「大丈夫です」


 律は落ち着いた口調で返答する


 ルール説明を受けた律は脳内で組み立てていたコースを若干変更し、全ての課題を走り抜けることにしたのだった。


 意を決した律は、右ウィンカーを点灯させながら後方確認しつつ、外周コースへコースイン。

 その後ですぐさま「急制動を行います!」といって指導員に声をかける。


 指導員は「どうぞ!」といって律に対応し、律は急制動時に求められるヘッドライトの点灯などを行ってそのまま急制動へ。


 そして40kmに加速すると、急制動を難なく攻略。

 そのままスラロームに入り、スラロームも攻略すると、信じられない行動に出る。


 それは「右折」

 元来、検定試験では「左折」か「坂道発進」へ挑むことが基本。


 右折は難しいのでしない。


 だが律にとっては「外周コースをフルに生かすならば左折して無駄に外周コースを浪費することはない」と、内回りを使う。


 そのまま急制動とは逆方向に走行しながら1つ目の交差点で左折。

 左折したら十字の交差点をそのまま真っ直ぐ進み、突き当たりを右折し、そのままS字へと進入する。


 S字へと進入すると出口を左折し、もう一度左折して隣にある二輪用クランクへ。

 検定とは逆方向からクランクへ進入すると、クランクの出口から右折し、さらにすぐ近くのT字路で右折して踏切へと入る。


 踏切を過ぎると次の交差点で右折、そして左折して波状路へと進入。

 波状路を軽快にやり過ごすと、再び右折し、今度は一本橋を目指す。


 

 一本橋を攻略すると、そのまま坂道発進へ。

 この教習所の坂道発進はこの方向からしか行えないため、どうしてもこのコース取りとなってしまう。


 坂道発進を難なく成功させると、そのまま次の交差点で右折し、そして交差点の先を左折して外周コースに戻る。


 律は最初の急制動からのスラロームから検定コースを逆走するかのごとく外周道路を使ったが、そこからすぐさま左折したことで、この場所から左折して外周の内回りに入ることは問題なかった。


 そのまま2つ目の交差点を左折。


 すると目の前の交差点には信号があり、赤信号となっていたが、きちんと一時停止した上で、交差点をそのまま直進し、突き当たりを右折。


 突き当りを右折した後はすぐさま左ウィンカーを出しながら検定コース用の待機場所へと戻り、NC750Lを停車させてエンジンを切って降車した。


 律は何とか上手い具合にコースを組み立てて走行できたことに「ふぅ」と息を吐きながら安堵するが、指導員からは「ものすごく小回りしてましたね」――と、


 小道路転回のような行為を何度も繰り返した律を半分褒め、半分注意するかのような口調で評価した。


 「コースの組み立ては見事です。ですが、あそこまで際どい走り方をせずとも、もっと余裕をもったコース取りが出来たような気もします。自分に難しい課題を科すというのもいいのかもしれませんが、何度か非常に見通しが悪い状況の中で右左折する機会があったと思います。実はこの自由課題というのは検定コースが一部以外見通しが良い交差点などを走っているというのを理解してもらう課題でもあったのですが、積極的に見通しが悪い場所へ飛び込んでいく姿に正直驚きました。それでいて左右確認などはきちんとできていましたね」


 指導員の言葉に律は今走ったコースの状況をもう一度脳内で再生する。

 確かに、何度か非常に見通しが悪い場所があった。

 

 だがそういうのは田舎道に近い場所も走った律にとっては「一時停止」して左右確認すれば良いだけであり、特に気にするほどでもない。


 指導員が注意をしたのは「リスクヘッジをした方が安全ですよ」という意味である。

 公道では何も「自分がきちんと運転できているから安全」などということはない。


 そもそも、それは一度死にかけた事がある本人が一番良くわかっていた。


 見通しが悪い場所というのは相手側が自分を見過ごす可能性が出てくるのだ。


 しかもそれが地元民が抜け道として一定方向から進入するのが日常的な道路で一方通行ではないといったような狭いT字炉だったりした場合、


 相手は「いない」と勝手に断定してまともに確認せずに突然ウィンカーも点灯させずに進入してくることがある。


 それも時速40km~60kmから殆ど減速せずにだ。


 Youtubeの事故動画で見てみれば出会い頭の正面衝突ケースで地元ナンバーの動きなどは殆どがそれ。


 こちらが仮に一時停止していても彼らは「普段そういう車がいたことがない」という経験だけで考えて確認せずに入り込んでくる。


 つまり見通しの悪い道というのはそれだけでリスクになる。

 しかし、ここ最近そういう所での事故は増加傾向。

 

 なぜか。


 それは元来「裏道」とされた場所をGoogleなどのスマホナビ勢が優先的に通ろうとするからだ。

 そのほうが圧倒的に早いからである。


 Google先生ときたら「速い」と思えば道路状況を見ながら、山梨県から下道で東京は新宿方面に向かうといった場合、相模原方面や国立方面を平気で使う。


 その際、相模原などは「ここどこだよ?」といったような広域農道にしか思えないような場所も平然と走るし、特にこいつの場合は「川沿い」大好き人間で、「堤防の所にある道が空いているではないか。行けっ」といって時間すら停止できそうなジャンプ漫画の三部のラスボスのアニメ版のような振る舞いでもって信じられない道を案内してくる。


 こいつによって悲惨な事故に遭遇した例は少なくないようで、その事故ケースで最も多いのがこの手の見通しの悪い交差点。


 相手側は「だろう運転」しか考えていない。

 二輪で多いケースは二輪側が慎重で停止していても相手側が突入してくるケース。


 例えばこの時「怪しい」と思ってキープレフトしていれば……といったような動画もあるのだが、殆どの場合は「キープレフト」していても巻き込み事故のようにしてぶつけてくるものばかりだ。


 「安全運転のためには急がず回れで道を選択することも重要です」


 指導員は上記のようなここ最近の道路事情と二輪+現代的ライダーにおける事故の例を説明しながら、先ほどの道の選択は「60点である」と、運転能力は評価した上で律の走行ルートを評価した。


 律にとってその話はある意味で新鮮である。

 なぜなら彼が使うナビは「渋滞すら予測できずに大通りばかり通そうとする脳筋ゴリラ」だからだ。


 そんな道を一度も通ったことが無い。

 確かにGooglemapなどで道を調べて中継地点を入力しながら「都市部を回避した」ということはよくある。


 しかし中継地点を入れたとしても脳筋ゴリラは「じゃあ大通りで」といってGooglemapをアレンジした、より安全な道を選択していた。


 ゴリラナビというのは度々「渋滞する道ばかり選んで目的地まで向かうのに酷く時間がかかる」と批判されるが、一方でその道の選択は「事故を減らそう」と意識しての選び方であり、ゴリラを使う者は割とヒヤリハット経験が少ないというのはライダーの中では有名な話。


 都市部を抜けるのに+2時間かかってもいいから安牌をとるか、2時間速く到着する代わりに一切気を抜けない走行を強いられるか、どちらが優れているとは一概に言えないが、信号機の動きすら予測してナビゲートするGoogleナビを過信すると割とリスクが高いものであるのは間違いない。


 律は(教習所はそういうものを教える場所だけど、そこまで考えてここでは指導するのか……)――と、むしろハッキリと問題点を列挙して100点を安易につけなかったことに感心した。


 ライダーにとっては、いやすべての免許所持者にとってはただ安全運転すれば良いだけではなく、より安全な道を選ぶのも免許所持者としての勤め。


 裏を返せば「そんな道はちゃんと再整備してほしいな」と思わなくもない律だったが、改めて、(教習所を選択肢して、この教習所を選んで良かった)と、思わざるを得なかったのだった。


 ただ安全運転すれば良いのではない、ただ交通ルールを守れれば良いのではない、「安全運転とは何なのか」それを教えてくれる教習所は案外少ないが、この教習所はその心得を伝えようと「安易な妥協で免許を与えようとしない」厳しくも、律のその後の心構えと運転スタイルに大きく影響を及ぼす場所なのであった。


 さて、自由コースの走行が終わると再び検定コースを何度も走ることになり、そのままその時限の教習は終了となった。


 終了時、指導員から「次の時間は緊急回避の課題です。がんばってください」と言われ、内容について簡単な説明を受ける。


 緊急回避。

 律が普通二輪でもやった、指導員の指示に従って左右どちらか、または急停止して回避するという、対人事故回避のための教習。


 ここの教習所では急制動のコース内に緊急回避用のコースが併設されており、緊急回避課題を行う場合は外回りの外周ストレートを一部完全封鎖して二輪のために課題を行わせる。


 急制動を行う場所に白いラインがV字状に引かれ、停止位置が示されている。

 停止位置は急制動のように3箇所あり、緊急回避した後に何本目で止まれるかを確認。


 無論、より手前で停止できることが好ましい。

 当然、反射神経が鋭い10代~20代の方が成績としては優秀だが、若い女性指導員曰く、50代~60代になるとその3本のラインでは停止しきれず、壁に激突せんばかりの勢いで突破して行く者がいるという。


 原因は、大型を取ろうとするリターンライダー勢に少なからず存在する「ペーパードライバー」

 男女関係無く、老後まで殆ど車に乗らずに過ごし、早期定年や定年によって時間が生まれた者達が「新たな趣味」として大型二輪を目指そうとすると、


 中には免許取得から42年間~44年間という長い月日において車に一切乗ったことが無い者がおり、まるで感覚がなくそういう事になるのだという。


 この課題において最も重要なのは「予測し、身構える」ということ。

 50代でも60代でも信じられないほど鋭い反射をしてスパッと停止できる者もいるが、彼らの殆どは「日常的に365日の中で3分の2は運転していた」というような、トラックドライバーなどである。


 彼らは日常的に公道を運転していたからこそ、どこに視点を向け、どう身構えればいいのか体が覚えている。

 身体能力が衰えても長年の経験から自然な動きが出来るというわけだ。


 ハッキリ言えば「それ停止できない人間には免許与えるのどうなの?」と言えなくもない。

 二輪には今現在自動ブレーキがない。


 この課題は40km前後で突入して上手く停止できるかどうか見極めるためのもの。

 ここで停止できない者は同じ状況に遭遇したら「停止できる保証」が一切無い。


 年齢が関係ないのは前述の通りで、多少なりとも運転している人間ならば体力的衰えがあって10代~20代よりブレーキを使うまでの時間は長くなるがさほど問題が起きるほど距離が変わるということもなく、停止距離的には2m~3m程度の差。


 その差でも生死に関わる問題なのだ。

 

 若指導員は律のこれまでの運転姿勢と能力を評価した上で、


 「音羽さんは大丈夫だとは思いますが、人によっては最大8回もこの課題で躓いた方もいらっしゃいます」


 ――と、教習所のために課題攻略が出来るまで厳しく何度もやらせたものの、とりあえず何とか形になった者はそのままその先に向かわせているという、


 やや心苦しい「教習所」としての立場とその実情を吐露した。


 彼らが実際に公道に出て「成長」しないわけではない。

 だが、8回もこの課題で躓く場合、正直「運転能力適正」としては怪しいと言わざるを得ないであろう。


 だからこそ「8回」もやらせて遠まわしに「無理だぞっ」と主張していた様子はあるのだが。


 律は(自分は自分だ。そういう者ですら突破したといってもそんな運転でいいわけがない)と己を厳しく名前どおりに律して次の時間に臨むのであった――。

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