波状路と見極め(前編) ~大型二輪教習~
一部教習内容が実際の教習所と異なります。
ATは普通二輪用の400ccに乗るんだけどあえて違う車種にしました。
律に乗せたかったんだよ!
10分間の休憩時間にて休憩している際、律は別の若い男の指導員より声をかけられた。
ヘタすると律と同い年ぐらいに見える男の指導員は、次の時間の律の担当になるという話をすると同時に、律のSHOEIのヘルメットを褒める。
「やはりライダーたるもの、AraiかSHOEIの方が格好がつくってもんですよねー」――と、自身は普段J-Force IVを愛用しており、同じSHOEI仲間であると主張した。
しかし和気藹々とした休憩時間内での世間話もつかの間のこと、若い男の指導員は思い立ったように、律に対して疑問のような、心配事のような形で言葉を投げかける。
それは「――律のヘルメットはサイズが合っていないのではないか?――」ということだった。
若い指導員は先ほどのにこやかな表情から真剣な顔つきになり、1時間教習しただけで髪が左右にペシャンコになるような状態で固まっている姿が気になり、変化球からその話題に入り込もうとしたのだという。
割と高額商品かつデリケートな話題なので、いきなり直球で「サイズ合ってないですよ」とは言い難かったと律に謝罪しつつも、
それでも尚「同じSHOEI仲間だからこそ気になる」と指導員は主張した。
以前よりロングツーリングにて何度も長時間乗車後に頭痛や耳の痛みを感じていた律であるが、記憶を掘り起こし、「一応、フィッティングサービスは受けていたはずですが……」――と呟く。
それに対し指導員は「――長時間被っていても耳などが赤くなることはなく、1時間程度でそんなに側頭部が押し付けられるような状態にもならない」と言う。
本来のフィット状態は「頭全体がゆったりと、それでいてズレないようにピタッとフィットする」のが正しい。
SHOEIやAraiが目指す理想である。
指導員は律の耳が赤く腫れ上がっている様子を見逃さず、それがとても気になったのだ。
フィッティングサービス。
これはショップの店員が「メーカーの講習」を受けて認められた上で展開するもの。
講習はサービスを展開する間に何度も開催され、1度や2度講習を受けた程度ではない者が行うはずであるが、実は「確実」とは言えない。
SHOEIやAraiのユーザーなら誰しもが言う。
「本当にきちんとしたフィッティングサービスが受けたいなら、作ってるメーカーが開催するイベントでフィッティングサービスを受けながらヘルメットを購入すべき」――と。
例えば、Araiなら一部ホンダドリームでイベントを開催し、その際にキャンペーンなども展開する。
SHOEIはナップスなどのバイク用品店にて度々イベントを開催する。
この時に調整してもらうのが「最もその人にとって最高の状態」に近づける数少ない機会であり、
また、「購入してそこまで時間が経過していない」状態であるならば、再フィッティングを無料でしてもらえる。(フィッティング可能な条件はイベント時に掲げた注意事項の看板などに記載)
若い指導員はそのことを律に説明した上で、「近々、三鷹のバイク用品店にてイベントがあるので、そこで相談した方がいいですよ」とアドバイスしてくれた。
律は再フィッティングの話など一切知らなかったので何度も御礼を述べつつ、イベント情報についてSHOEIの公式ホームページを確認し、開催日を頭に叩き込んだ。
開催日は4月11日。
つまり、律が大型をほぼ獲得ししているであろう時期である。
指導員の言葉により何やら嫌な予感がしてきた律であるが、その日まではどうしようもないので、
もうしばらく我慢しながらこの状態と付き合っていくことにしたのだった――
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休憩時間が終わると、先ほどすでに準備体操を終えていたということで、律はすぐさまウォーミングアップ走行のための準備にとりかかることにした。
車両は前の時間に乗車したものに再び乗ることとなり、先ほどガレージに仕舞い込んだ状態から再び引っ張り出してきてウォーミングアップ走行のための二輪用の待機場所まで向かい、エンジンをかけた状態にして左ウィンカーを点灯させながら待機した。
やや早口で説明されていたものの、きちんと集中して聞いていたので、律は最初の時限にて女性の指導員が指示した通りの行動を見事にこなすことができた。
2分ほどするとチャイムが鳴り、先ほどヘルメットについてのアドバイスをした指導員がNC750Lに乗って現れる。
先ほどの時限、二輪教習受講者は律一人だけであったが、今度は第二段階の者が二人おり、そちらは別の指導員がついていた。
つまり今回も律はマンツーマン指導を受けることとなった。
すでにここの教習所のルーティーンは理解していたので、律は指導員の指示に従いながらウォーミングアップ走行を済ませ、第一段階の課題走行へ。
前回の時点でクランクなど一連の課題は走っていたが、それらを全て今一度確認すると言う。
律はまるで問題なく、クランクやS字、スラロームなども走行した。
ところがである。
ほぼ全体的に課題走行に問題が無かったにも関わらず、一本橋にてまさかのミスで途中で一本橋から脱輪してしまう。
その様子を見ていた若い指導員は「さっきの時間普通にアレだけ運転できていたのにおかしい」――と、
前の時限は第一段階の四輪教習を担当していたため、校内をずっと走行しながら律の様子をチラチラ見ていたので不思議がった。
そこで指導員は「もう一度走ってもらえます?」――と、律の何に問題があったのか見定めることにし、律はその指示に従って鮮やかな小道路旋回を見せてUターンしつつ、すぐさま一本橋のスタートラインへ。
再び走った律はニーグリップこそしっかりしていて、視点もしっかりしていたが、なぜかまたもやバランスを崩して一本橋を失敗した。
それを見た指導員がすかさず律にアドバイスを送る。
「音羽さん! 腕が硬直してしまってます! 一本橋は基本的にハンドルを左右に動かしてバランスを取ります。 体全体でバランスを取ってもリカバリーできません!」
その言葉を聞いた律は、自分でも「一体、俺は今まで何をやっていたんだ!?」と恥ずかしくなった。
そう、一本橋などの低速走行の場合、例え座っていてもスタンディング走行の際と同じくハンドルでバランスを取るのが基本だ。
律は普段の走行にて、十分にそういった事が出来る男である。
だが、以前の教習所のイメージで一本橋を攻略しようとしたために、無意識で、そんなお粗末な走りをしてしまったのだ。
本来なら出来るのに、以前の先入観のようなイメージで走り抜けようとしたからバランスを崩したのだ。
アレだけ河川敷を走りこんだ律は、一本橋を走るためにハンドル操作で姿勢を維持するコツなど体が覚えていないはずがなく、
指導員のアドバイスによって、ハンドルにてバランスを取る方法をまるで思い出したようにすぐさま行うようになり、
指導員をしても「急成長したようにすら見える」――と、妙な走り方をして失敗していたのを苦笑いされてしまうほどであった。
すでにフルステアにて8の字走行できる律は、現時点でパイロン走行も一本橋も規定タイムをクリア。
ただし、指導員は「パイロンに近づきすぎているので、試験時に緊張して万が一があるかもしれない危うさがある」と指摘し、「1秒遅れていいからパイロンとの距離をもっととるべき」と律にアドバイスした。
逆にその距離感で走り抜けて規定タイムを切ることが出来るならば間違いなく100点が取れるぐらい、他の課題走行に問題が無く、律に対してそのような旨を伝え、モチベーションを向上させたのだった。
律は高いモチベーションによって続く急制動も難なくクリア。
特に急制動もCB1100での目標ブレーキの感覚が残っていたので、アレより軽量なゼファー750だと何1つ不安がなかった。
15kgほどCBより重くなったゼファーは、以前の教習所のように後輪がズサーっと滑ることもなく、軽量ながらマスの集中化などにより低重心となっていると言われる「ザッパー」らしい性能を見せつけ、
律はパワーのおかげでエンストすら微塵も起こしそうにないので「ヘタにCBに乗るぐらいなら、よほどこちらの方が教習が楽なんだけど……」と、
最近よく言われる「普通二輪と大型の難易度がアベコベ」な状態を実感しつつも、ゼファー750のおかげで気分良く教習を続けた。
そして、後半は大型と普通二輪の違いを体感するという課題走行のため、CB400SF-Kに乗ることになった。
「体験すると言っても、表の駐車場にあったCB400SBが音羽さんの愛車ですもんね……まぁSF-KとSBがどう違うか楽しんでもらえれば……」
細かい部分で律にアドバイスを送る若い男の指導員は、どうアドバイスを送るか難しいほどの技量を律が見せるため、ついついそんなことを言ってしまったが、
この教習所のモットー自体が「楽しく真剣な余裕のある安全運転」を目指しているため、
ある意味それがすでに出来ている律をお手本のように見守りながら、より高度に指導員並に二輪を乗りこなしてもらおうと奮起するのだった。
CB400SF-Kに乗った律が感想として抱いたのは「クラッチのフィーリングが最悪」の一言であった。
そのCB400SF-KはNC42であり、律は、「NC31」「NC54」に続いて「NC42」に乗ったことになるが、
パワーこそNC31並にあるNC42は、VTECすら付いていて加速感はまるで自分が乗る愛車と同じだが、強化されたクラッチは「ガッチャン、ガッチャン」とやかましく、
おまけに指導員曰く「Nにすごく入りにくい」とのことだったが、本当に入りづらかった。
停車した律は何度もNに入れようとアタフタするもまるで入る様子がなく2速になってしまう。
「そういう時はエンジン回転数を上げながら半クラッチ気味で入れると入るんですが――」と指導員に言われ、ブオンブオンと何度もスロットルを弄るが、10回ほどその状態でギアチェンジを試みてようやくNに入り、再びゼファー750へと戻った。
ゼファー750に戻った律は時間が余ったということで、本当は次回やる予定だった「波状路」というものをやることになった。
波状路。
大型二輪唯一にして必須の課題。
走行方法としてはスタンディング状態で半クラッチを使いながら段差を乗り越え、段差を乗り上げる際にアクセルを煽りながらブオンブオンとやかましい音をたてて真っ直ぐ走り抜けること。
この時、段差を乗り越える際にアクセルを煽らないと減点対象。
この教習までに1度もスタンディング走行を経験したことがない者だとバランスの取り方に苦労するが、膝を少し曲げた状態でやや前傾気味の重心を前に向けた姿勢となり、(競馬でジョッキーがとるような姿勢)
真っ直ぐ前を向いたまま、段差を乗り上げる感触を感じたらアクセルを煽りつつ、ゆっくりと走行すれば良い。
早すぎるとスロットルを煽る機会を失うので、半クラッチをしながらゆっくりと通りぬけるのがポイント。
この教習所ではすべての段差を乗り越えた先が交差点かつ、外周の周回道路となっており、そこが優先道路のため、状況によっては中途半端な姿勢で待つ可能性もある。
だが、律はスタンディング走行に慣れていたために、すべての段差を乗り越えた状態で交差点に前輪が一切ハミ出すことなく、波状路を突破できた。
交差点に前輪がハミ出すとそれに気づかない状態で四輪が内回りを走りこんできた場合は、最悪検定中止となることを若い指導員から予め注意されていたため、慎重に走行した律であったが、
すでにゼファー750の車体感覚を完全に掴んでおり、他の者のように後輪が段差を乗り越えてない中途半端な状態で停止するといったような状態にはならなかった。
波状路を左折した律は踏切など一連の課題すべてをクリアし、そのまま教習終了。
指導員からは「後はコースを覚えつつキープレフトで走行し続ければ、恐らく6日後にはすべての排気量に乗れるようになっている」と高い評価を下される。
その評価を素直に喜んだ律であったが、見極めまでにまたコースを覚えないといけないということで、
「これはそう何度もやりたくないよなぁ」と弱音を吐きつつ、コースをメモするための用紙を指導員より受け取り、後で教習所内の教室に掲げられたコース見取り図を書き写すことを推奨されたのだった。
無論、プロテクターなどを脱いで、全ての状態を整えて二輪教習者用の待機室を後にした律は、真っ先にそのコースの見取り図がある場所へと向かった。
ホワイトボードに掲げられたコースは普通二輪と同じく2つあったが、
予め、若い指導員から「ウチのコースはコース内の番号札とか走行ラインとかでコースを覚えようとしても覚えられないようになっていて、課題走行の順番を覚えると、自ずとコースが見えてくるようになっています。まずは課題走行の順番を頭に叩き込んで、後2回ある練習走行で、どの場所にクランクやS字といったような区画があるか覚えてください」――と言われており、メモを書きながら順番を記憶した。
そして書き写しながら律は気づく。
その教習所では「クランクの後はすぐさま波状路」「波状路からは絶対に左折しかしない」「坂道発進は2コース共に同じ進行方向(前回の教習所は違った)」「急制動の後にすぐさま一本橋がある」「一本橋の後の踏切も絶対に左折しかしない」といった共通走行区間があった。
この5つの条件は2つのコースにて「絶対条件」となっており、右左折の違いはあれどいくつかの区間は「全く同じ場所を走行する」ということがわかった。
ようは序盤にコースの外周を内回りしようが外回りしようが、どこかで絶対に同じ走り方をするのだ。
例えば、この教習所にてもっぱら覚えやすいと言われる2号コースなら、最初の方に40km加速区間こそあるものの、
クランク、波状路、スラローム、坂道発進、S字、急制動、一本橋、踏切という課題の順番で、1号コースとの違いはS字を2号とは逆側から進入する違いぐらいしかなかった。
指導員が「課題の順番を覚えた方が早い」というのはこれを意味していると見られ、律は休み時間などにこれを頭に叩き込むことにした上で、卒業検定にて「100点」を目指すことが目標となったのだった。
書き写しを終えた後は、何度もコースが間違っていないか確認し、そのままCB400に乗って自宅へと戻った。
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翌日の2時限分も連続教習。
教習所側は「連続受講の方が負担が少なく覚えやすい」ということから、第二段階に入っても3時間連続などが基本構成などとなっていた。
すでに波状路を走った律だが3時限目は若い指導員の予告通り波状路を徹底的にやらされ、その後で坂道発進などの課題走行を行い3時限目は終了となった――。
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3時限目が終わって待機室にて椅子に腰掛けながら休憩していると、指導員が「音羽さんは次ATに乗るんでAT用のプロテクター装着をお願いしますね」と言ってくる。
4時限目はなんと前半がAT車による教習となっているのだ。
律は急いで踵などをガードするAT専用プロテクターを身につけ、その時を待ったのだった。
教習5分前のチャイムが鳴ると、先ほど声をかけた者とは異なる30代中盤と見られる男性の指導員が律のもとにやってきて、
「音羽さんは今日ATなんですが、大型ATは初めてなんで待機場所まで私が運んで行きますね」――といって普段の待機場所で直接待機することになった。
しばらくすると男性の指導員はシルバーウィングのような二眼スタイルの大型AT車とされるものに乗ってやってくる。
そのバイクのフロントウィンドウには輝く「S」のマーク。
なぜか、その姿を見た律はガンダムのとある台詞が脳内再生された。
「バッタはバーグマンに任すッ!」
律の中ではスズキのビッグスクーター=バーグマンという認識であったために、そんな台詞が突如として再生されたのである。
理由はわからないが、バーグマンというフレーズが律の脳内の記憶領域にて、その台詞と紐付けされているためと推測された。
「音羽さん、この車種わかります? 最近入ったばかりの現行車種なんですけど」
男の指導員はスタンドをかけて後者しながら律に問いかける。
「バーグマン……でしたっけ?」
前回、フォルツアと主張して見事な大はずれをかました律は、やや自信がない状態でそう応えた。
のだが……指導員の表情を見た律は(あぁ……)と心の中で声にならない叫びをあげながら今回も外れたことを悟る。
「あー……それ欧州での名前で、日本だと650のコレはバーグマンではなくスカイウェイブのままなんですよねぇ……恐らく現行では最後に生き残ったスカイウェイブで、スカイウェイブ650LXっていいます」
律の出した答えは半分ハズレなだけで大はずれというわけではなかった。
バーグマンは元々欧州での名前であり、バーグマン650というのは存在する。
「スカイウェイブ……とっくに廃盤になったものとばかり」
大学時代、とある友人がスズキのビッグスクーターをやたら欲しがっていたことから、なぜかスカイウェイブだけ名前を知っていた律は、スズキのバイクラインナップでは「普通二輪免許枠」しか確認していなかったので「バーグマン200」と「バーグマン400」については知っていたが、
同時に「スカイウェイブシリーズはバーグマンに統一へ――」なんてネット情報を見ていたものだから、「スカイウェイブに生き残りがいる」ということを知らなかったのだった。
「まあ、スカイウェイブもバーグマンも同じようなもんですからね。では、前半はこれで行きますから、乗車したまま左ウィンカーを付けた状態でお待ちください。私も、もう1台取りに行って参りますので」
指導員はやや落ち込み気味の律を慰めるように呟きながら待機指示を出し、そして、もう1台のスカイウェイブ650LXを取りに行ったのだった。
早速跨った律は「ちょ、ま……重すぎてッ……何コレ!?」と、あまりの重さに軽いパニック状態に陥るほどだった。
その車体は270kg級だったCB1100RSをもさらに上回る。
かすかにシルバーウィングの記憶が残る律は、その重さに頭がショートしそうであった。
実はシルバーウィング、400cc版こそ「250kg級」のため非常に重いと批判されたが、シルバーウィング600という、本命の大型自動二輪(AT)は他の車種より重量が軽い部類だったりする。
国産にて最大重量のビッグスクーターはなんとこのスカイウェイブ650LX。
その装備重量「281kg」
ガード類などを追加した重量は「290kgオーバー」という、ゴールドウィング並の重量。
信じられないことに、多くの教習所ではこの290kgの怪物を「教習車」として実際に採用しているのだが、
この場所もその例に漏れない所であったのだ。
一般的に教習所が採用する大型教習用のビッグスクーターとしては車両重量が装備重量で220kgを切って来るアルミフレームを装備した世界で最も売れるヤマハのTMAXは採用されない。
一応、採用車両としては650ccに近い排気量をもったモノでないと駄目なので、最近はスカイウェイブ以外に選択肢がないことから、「アプリリア」とか「キムコ」といった、国外メーカーの車両が教習車として採用されている所もある。
キムコ(KIMCO)は、カワサキなどが国外でビッグスクーターを展開する際に委託生産を行ってもらっているメーカーであり、BMWすら委託契約を結んでいるほどで国外では有名なメーカーなのだが、
日本国内では殆ど走っていないので教習所ぐらいでしか見ることはない。
それでも教習車として採用されるのはスカイウェイブ以外は本当に国外車しかなく、逆を言えば「スカイウェイブが今も生き残っているのはCB400的な需要があるから」だったりする。
そんなスカイウェイブ650であるが、律はこの二眼の顔つきが割と好みだった。
格好つけすぎない二眼という感じで、「俺、やるときゃぁやりますよ」みたいな自信ありげな表情が悪くないと思える。
特にメーターに目を向けると「200km」まで刻まれていることから、顔つきとキャラが両立しているのはメーターを見るだけでわかるのだ。(実際は国内版はローギヤード設定でそこまで出ない)
ある意味でそれはスズキらしくないシンプルで飽きのこない顔つきである。
その姿だけを見ればウィンドシールドにあるSマークさえなければヤマハ車と言われても違和感はない。
だが、コックピットともいえるようなハンドル周辺を見れば、すぐにそれが「スズキ車」であると認識させられる。
ボタンは多いが形状がコストカットされたと言わんばかりのチープさで、かつ、ラグジュアリーモデルと言われる割にはゴールドウィングなどと比較するとボタンが少なく、そしてスマートキーではない。
現行の殆どのビッグスクーターはスマートキーであると聞いていただけに、普通にキーでもってエンジンをかけている状態から「そういえば鈴木会長が、もっと現行車種の装備を新しくしないとまずいって危機感を抱いていたニュースがあったな……」とバイクニュースを思い出すほどだった。
面白いのは、なぜか「ホンダ製」のグリップヒーターを装備している所。
律は自分の愛車であるCB400SBの左グリップに装備されるのと同じスイッチ&インジケーターランプのものがこのスカイウェイブにも装着されているので妙な親近感を覚えた。
実はあのグリップヒーター、安物と比較するとグリップが太くならずとても違和感無く使えるということで、メーカー問わずオプションで採用されているものだったりする。
ヤマハはメーカー独自のものに切り替えたが、一時期オプションとしてなぜかホンダのものがピックアップされていた事があるほどだ。
「発熱量が低い」と言われるこのグリップヒーターだが、最大の特色は「グリップが太くならない」という所にあり、そういった「付けてても違和感を感じないコンパクトさ」が評価され、採用に至ったのであろう。
スズキスカイウェイブ650LX。
2018年にマイナーチェンジが入り、LXへと統一されたスズキの「ハイグレードラグジュアリービッグスクーター」である。
電動式ウィンドスクリーンや、グリップヒーター、シートヒーターなどの潤沢な装備は持つものの、LEDライトが無いなど、その装備は「10年前か!?」と思えるほど古い。
しかし要所要所を見て見ればラジエーターコアガードが装着されているなど、古臭さはあるが現行のホンダ車のような手抜きは一切せず、大きなメットインスペースなども確保されている。
最大の弱点は、そういった電動スクリーンなどによって増加した「重量」にあり、281kgの装備重量はさすがに重過ぎると言える。
重すぎると言われるCB1300SBと殆ど変わらないのだ。
他国の同排気量ビッグスクーターも240kg級が基本であることから、ほぼマイナーチェンジを繰り返して今日まで生き残ってきたために「設計が古すぎる」と言える。
2013年にモデルチェンジはされたが、フレーム設計の大幅な見直しがなかったためにこんなことになった。
だが、教習所的なニーズのせいで未だに生産を終了させられない。
バーグマン200とバーグマン400はフレームから設計を見直したフルモデルチェンジに合わせて名前が欧州と統一された一方、これが「スカイウェイブ」な最大の原因はモデルチェンジしてなかったためと思われる。
さすがのスズキもこれを「バーグマン650LX」と欧州風に改名するのはプライドが許さなかったようだ。
ちなみに、TMAXと異なりこちらの車両は並列二気筒エンジン。
ビッグスクーターと言えば直列二気筒というイメージがあるが、NCシリーズなどと同じというわけである。
エンジンをかけるとNC750Lなどの並列二気筒教習車とソックリなアイドリング音だったりするが、律はこれまでNCシリーズのエンジン音を聞いたことが無かったので、
今現在聞こえているアイドリング音は、「これはこれで静かでいいな」と思いつつも、大排気量でありながら静かであるのはとても新鮮で興味を引くものだった。
律はアイドリング音と振動から、シルバーウィングと間違いなくエンジン形式が違うと体感で認識し、「ビッグスクーターも奥が深いのかな……」などと思いにふける。
だがすでに教習中。
真後ろから律を追い抜く形で前に出た指導員は「では出発しましょう」といって、ウォーミングアップ走行のために律を先導しはじめた。
律はその言葉に従い、男性指導員の乗ったスカイウェイブの後に続く。
走り出した感想は「走れば挙動はそれなりに軽く、非常に楽に乗れる」
それはまるで二輪なだけの「自動車」のような感覚であり、ゴールドウィングを思い出すかのようなイメージをもった。
乗り心地は「ラグジュアリー」に相応しいもので、それなりに悪くない。
何よりも律が気になったのは「クラッチレス」という所。
この、「腕に負担をかけないシステム」は、やはり律の不安要素を減らす素晴らしいものであり、左にクラッチではなくブレーキレバーがあるという弱点さえ無ければ理想の形態で間違いなかった。
そのままコース内の課題をスカイウェイブでこなしたが、律はその重すぎる重量と、
スクーターという、ニーグリップできない乗車の仕方によるバランスの取り方がわからない影響で、低速でバランスを崩してクランクや一本橋で苦戦し、一本橋では脱輪してしまった。
ただ、全体的には特に問題ないとされ、ゼファー750に乗り換え、見極めの前ということで指導員の先導の下、検定コース周回となり、1コースを周回したところで教習終了時間となったのだった――




