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270kgのスポーツバイクに不整地走行は厳しい(前編) ~ツインリンクもてぎ~

 パイロンでの低速旋回が終わると、次に一行は交差点を模した片道一車線の場所へと案内された。

 インストラクターが左側にバイクを寄せて停車させる。


 その上で説明を行いだした。


「では、パイロンの周囲を低速旋回してもらった皆さんにはいよいよUターンの練習をしてもらいます。といっても最初は最も基本で最も安定的な両足を着くUターンです。今回参加される皆さんは全て足つきの良いバイクを選択していただきましたが、Uターンでは別に白バイのように格好つける必要性はありません」


 インストラクターは一度バイクから降車した状態から再びCB1300に跨り、エンジンをかけない状態でNに入ったバイクを両足で前後に移動させはじめる。


「さて、このように両足でカカトを意識しながらスタスタと歩いてUターンをするというのは教習所では減点となりますが日常的に最も活用されているUターン方法です。まずはそれでフルステア状態でバイクを地面と垂直にしたままでもUターンできるのだということを体に覚えさせてください。そしたら次の段階に移行しましょう~」


 一通りの説明が終わるとインストラクターはCB1300のエンジンをかけ、一速に入れる。

 そしてアクセルを一切操作することなく、クラッチ操作だけで両足で歩きながらバイクを回頭させ、非常に遅い速度でUターンを行った。


「こんな感じで半クラッチとそうでない状況を使い分けながらゆっくりUターンするのは皆さんもやってるかと思いますが、その時、今ここにいる殆どの方はフルステアではないはずです。というか初心者の方はフルステアでカーブを曲がるという機会もないのではないでしょうか。この方法ではとてもゆっくりなため、交通量の極めて少ない道路や駐車場内などでしか実践できないというのが弱点で、Uターンが苦手な方ほど、どこでやろうかと右往左往したとは思います。基本の基本に戻ってフルステアで曲がるというのをやってみましょう」


 両足を用いたUターン方法。

 それは教習所を卒業し、いざ公道へと出た殆どの人間がバイクに乗って用いる低速旋回方法だ。


 何も格好つける必要などない。

 状況によってはバイクの駐車場から出るとき、峠道の頂上などでUターンする時、あまりにもきつすぎる狭い交差点の右左折。


 きっと殆どのビギナーライダーが「足を出して」地面に触れながら旋回することだろう。

 しかしそれは「立ちゴケ」のリスクを減らせる一方で、追突などのリスクを減らせない。

 公道では常に何があるかわらかない。


 出来れば「一気に低速旋回」できてしまうのが一番良いのだが、

 律は普段、割とこの旋回方法を用いていた。


 格好つけるよりもエンストなどで立ちゴケしないこと。

 そのほうがいいと思っていたからだ。


 とはいえ、インストラクターが言うように記憶を掘り起こしても「フルステア」で旋回したことが殆どない。


 垂直状態でのフルステアというのは非常にバランスが悪く、道路が少しでも傾斜しているだけでバイクは不安定になる。


 しかもフルステアといっても、それはバイクごとにハンドルの切れ角が異なっており、例えばオフロード系などは凄まじいハンドルの切れ角のため、殆どの場合、舗装路にてフルステアで曲がることなどない。


 それこそフルステアに一般道路走行中でもなるのはCB1100のようなロードスポーツ系バイクであり、実はCB400でも走行中に大通りをUターンする際などに律は2度ほどフルステアした経験があった。


 とはいえ、それはある程度スピードに乗り、その上での遠心力を生かしたもの。


「あぅ……」


 いざ基本の基本として練習を行って見ると、270kgの巨体は低速になると一気に不安定になり、律の腕に負担となってのしかかった。


(……時速8km以下に落ちるとどうしようもなく重い……バランスが取れない……)


 ヨタヨタしながら旋回する律は、パイロン低速旋回時のような輝きが失われていた。


「音羽さん。もっと腰をどっしりと据え置く感覚でいくと安定しますよ。重心をやや前に傾けつつ、膝を少し曲げて――そうです!」


 それはまるで腰を落としたような姿勢であった。

 スクワットした途中姿勢とも言えるような状態をバイクに跨りながらやっている。


 インストラクターから飛んでくる指示に従うことで律のCB1100は高い安定性を見せ始めるが、

 一方でそれは「足つきのよくないバイクで重いとUターンも危険」とばかりに律の不安をあおった。


 律が求める性能を持つバイクは間違いなく足つきが悪い。

 それでいて排気量が上がれば重量も増える。

 となるとCB1100のように上手く行かない。


(……もしそういうバイクに乗ることになったら……こういう時、素直に降りるしかなさそうだね……)


 律はこの方法があくまで基本の基本であり、かつ足つきが良いバイクで出来る方法ということで練習している事を認識し、足つきが悪いオフロード系に乗る場合は一番最初に教えてもらった「人の字を作る」取り回し方法にてUターンさせるのが最善という結論にたどり着いたのだった。


 その後、何度も何度も練習を重ねると、Uターンはさらに次のステップへ。


「今度は今の動作を片足だけでやってもらいます。バイクの挙動ゆえ、片足はカーブの内側に出すことになりますね。この時、シートから半分カーブの内側にズレて着席するような状態の方が安定します。足はカカトから接地し、つま先で蹴り出す感じだと安定感が増します。バイクがより傾く状況になるので先ほどより小回りできると思います。ではまず手本をお見せしますね」


 インストラクターは再びCB1300にて手本を見せた。

 先ほどと同じくアクセルは一切弄らず、半クラッチのクラッチ操作と足を地面に着く方法にて曲がる。


 バイクは地面と垂直ではなくなり、ある程度傾いた状態である。

 そこをカカトから地面を蹴るようにしてスタッスタッとまるで「からかさ小僧」にでもなったかのように移動する。


 するとバイクが傾いた分小回りできていた。

 インストラクターが手本を見せた後は、参加者の練習となる。


 片道一車線の道路をグルグルUターンし続けての練習のため、律は重いので足を少し痛めてしまうほどだった。


 しかし傾けたバイクは半クラッチである程度速度を乗せるとそこまで移動が辛くない。

 ややリーンアウトの姿勢をとる状態なので、先ほどよりスピードを上げると直立姿勢より楽に移動できた。


 それはバイクが小回りしてくれることも影響していたが、律はここである事に気づく。


(……これ、仮に大型を教習所で取るとして……クランク走行時に役立つのでは?)


 クランク走行においては低速を意識する。

 低速で足を地面に着くことなく走破しきるのが重要。

 

 律は普通二輪の教習の際、クランクはギリギリで突破していたが、指導員により「ハンドルがロックするまで曲げればもっと楽に突破できる」とは言われていた。


 今はただのUターンの練習だが、もし仮に足を着かずに小回りできたらクランクすら簡単に突破できる。


 直感でそう感じたのであった――


 足を着いたUターンの練習が終わると、Uターンは次の段階へ。

 インストラクターが再び練習が終わった参加者一同に声をかける。


 律が顔を向けるとすでにCB1300から降車した状態であった。


「ではいよいよ足を着かないUターンをやってみましょう。パイロンの低速旋回をしてもらった時、何名かの方はすでに姿勢が出来上がってましたが、改めて説明すると、Uターンの基本姿勢はリーンアウトです。体を外に投げ出すものですね。シートからお尻を半分投げ出す形で体ごと外に投げ出すと、重い車体が内側にそれ以上傾かない形で安定します。その状態でフルステアで曲がる……これが基本です。どんな速度でもリーンアウト。今日参加された皆さんの中には大型をまだ取られてない方もいらっしゃいますが、大型二輪を取るという際も非常に役立つかと思います。ではまず私の走行を見てください」


 インストラクターは再びCB1300に跨ると、車体をやや内側へ、体をやや外側へ傾けながらゆったりとした速度でもってUターンを行った。


 今度は完全に足を着くことなくそれを成功させている。


「今私が乗っているCB1300はとてもパワーがあるバイクなので、Uターンでエンストするということは殆どありません。だからこそ、こんな低速でも余裕があるわけです。しかし、CB400以下のパワーとなってくるとアクセルをある程度煽らないとエンストする可能性もあります。1速の状態でAT自動車でいう、クリープ現象のような形で走れるバイク以外は今のようなやり方はしないでくださいね」


 指導員はトルクの重要性を改めて説明した。

 そう、Uターンにとって重要なのはトルクだ。

 トルクが低く、回さないといけないバイクは非常にこの手の低速走行の難易度が高い。


 例えば800cc二気筒あるBMWのF800シリーズやトライアンフのTiger800シリーズ。

 これらは低速トルクが非常に弱く、この手のUターンはドイツ人ですら「無茶苦茶難しい」と主張する。


 坂道発進すら苦労するようなバイクだ。

 youtubeなどの動画サイトで見て見ればいかに苦労するか一目瞭然。

 BMWはこの状態を緩和するため、ボアアップしたF850シリーズを投入し、低速トルク改善を大きくアピールするほどだった。


 定速走行という意味では非常に優秀なF800であったが、低速走行は不得意だったのである。

 

 しかし律が今乗るバイクはCB1300にまるで負けない鬼トルクなCB1100RS。

 つまり、体による体重移動による姿勢制御がきちんとできれば――


「お?」


 自分でも先ほどとはまるで違う状態に驚くほどに案外簡単にUターンはできてしまう。

 Uターンが簡単にできた最大の理由は速度がやや速めであったからだった。


 時速8km以上出す場合、CB1100は途端にフロントが軽くなり、思った以上に動いてくれるのだ。

 速度を出しすぎた場合はクラッチとリアブレーキで制御。

 多少ラフな操作でもアクセルなどを煽ればどうにかなるほどCB1100には優れたパワーがあった。


 律にとってはむしろ「足を着いた極低速なターン」の方が不安を感じるほどであった。


 低速U走行による基本のUターンが終わると、Uターンはさらに次の段階へ。

 それは白バイなどがやる「小道路旋回」である。

 

 ややスピードに乗せつつ、極限にまで傾けながら「1車線の道路上ですらUターンする」というような非常に難易度の高い旋回方法。


 Uターンの肝にして、舗装路で普通に出来ると最も格好いいテクニックの1つ。

 

「小道路旋回の方法は2つあります、1つはダート走行でカーブを曲がるように足を突き出して曲がる方法。白バイ隊員の方もやる方法ですが、あまり美しいとは言えません。美しい走行と言えば足を突き出さずに重心バランスを意識して一気に曲げることです。実は白バイが足を着く理由はバンクセンサーを擦るのはご法度と教えられているからだったりします。擦る前に姿勢を立て直そうとするからですね。そして安全マージンをとるという意味でも突き出すわけですが、足を突き出さずに同じ走行ラインで小規模に転回することは白バイ隊員の方でも出来ます。これは雨の日や舗装路でも一見すると大丈夫そうで滑る可能性があるから安全マージンの意味合いでやっていると言われています。なので、今回は2つの方法をお見せし、どちらかで小道路旋回が出来るようになってもらいましょう」


 小道路旋回。

 白バイ隊員は「回頭半径1.5m以内で旋回する」ことが隊員となるための条件。

 これは片道二車線の道路を想定し、しかもさらに「狭い道路」を想定しながら旋回を求めるもの。


 例えば狭い片道二車線の道路で人を撥ねた後、逃走を開始した車が反対車線から目の前を高速で通りすぎたとする。


 白バイはこれを追いかけなければならない。

 この時、ヨチヨチと歩いて旋回などしていたら更なる被害を拡大させかねない。


 即座に反応して追いかけるためには、中心点から半径1.5mの円の範囲で旋回する能力が求められる。


 これは道交法上、非常に狭い都市部の二車線道路の最低幅が横幅2.75m×2という構造になっているためだ。


 この時白バイは路側帯にいることもあるが、状況によっては中央線付近に停車しているパターンもなくもない。


 ケースとしては交差点にて右左折やUターンしようとしていた状況。

 そこに例えば上記のような車が突入してきて逃走を図ったとしよう。

 

 右左折しようとしているので右側にバイクを寄せていたとすると、転回を行う反対車線の道路幅はわずか3mほど。


 ここを「絶対に旋回できなくては」逮捕できない。


 つまり3m以内は現実の道交法に即した「もっとも小規模な旋回」を想定してのこと。


 よく「片側一車線」というものを想定していると言われるが、片側一車線の場合は4.0mが道交法で定められた基準。


 確かに都市部の住宅街では未だに「4m未満」道路なんてザラだが、そっちは3mすら危うい道路も平然とあるのでそちらを想定しているわけではないのだ。


 つまり一般的に道交法で認められる片側一車線の道路よりも難易度が高いのが片側二車線の道路というわけだ。


 「小道路旋回の方法ですが、まず傾ける前にハンドルを一旦カーブと反対方向に曲げます。そうすると体制は自然にリーンアウトの姿勢になっていくので、その姿勢を維持したままハンドルをカーブの内側へ切りつつバイクを傾け、車体を曲げます」


 インストラクターはまず、基本の動作を説明しながら、バンクセンサーをガリッと擦りつつ一切足を出す事無く転回した。


「もう一度やりますね。今度は足を出します」


 ギュオオオンというCB1300独特の音を奏でながら再び発進させたインストラクターは、今度は足を突きだしながら上記方法でもって曲がる。


 足は地面に着いていなかったのを律は確かに目撃した。


「曲がる際、こうやって足を出しておいて、危ないと思ったらカーブの中央地点でバシッと地面を蹴るようにする感じです。シートの角に腰掛ける感じでバイクを傾ける。この時、フロントブレーキは一切使わないようにしてください。倒れます」


(ん? 今の方法……オフロードライディングスクールでやったカーブ走行とまるで同じだったような……普段アクセルターンで遊ぶ時、同じようにして俺もバイクを傾けながらアクセルを煽って土を蹴りだして曲がってる……舗装路ではアクセルを煽らずともタイヤのトラクションはよほどの事がない限り失わないわけだから、やる事は同じなのか!)


 律はその走りが普段自分が河川敷で何度も練習している走行にソックリであることに気づく。


 そう、バイクを曲げる方法に早々違いなどないのだ。


 小回りさせるのはリーンアウトである以上、律が他のオフローダーと共に河川敷で練習していた技術は舗装路において十分に応用できる。


 アクセルを煽ってタイヤを滑らすか、タイヤを滑らさずに一定のアクセルとクラッチ操作できちんとタイヤをグリップさせて旋回させるか、その違いしかない。


 律はその状態から自信というものが体の奥底から湧き上がり、戦いは重量だけであるということに気づき、活力が増した。


「では皆さんやってみてください。非常に難易度が高いので無理せずにどうぞ」


 インストラクターの投げかけられた言葉と共に、Uターンの中では最も難易度が高く究極系とも言える「小道路旋回」の練習が始まった。


 他の者達は何度も転倒し、ガタッという金属音が響く中、律の順番も回ってくる。


「(最初の発信時とカーブ進入時以外はクラッチを繋いでいけるはず……)よしっ!」


 グォングォォォンとアクセルを煽って感触を確かめた後、律はまずハンドルを左に切り、その上で体を反対方向に持っていきながらCB1100を左側に倒しながらハンドルを右に戻してゆく。


 その際、シートの角に着席する状態となったまま、右足を突き出しつつ、クラッチを繋げていきながらアクセル開度は1割ほどで、遠心力を生かしてバイクが自然に外側へ戻って行く感触を確かめながら綺麗にスッと小規模な旋回を見せた。


 リーンアウトの姿勢でもって加速させるつつバイクを傾けると、よほどの事がない限りバイクは外側へ体制を整えようと働くので、何もせずにゆったりとバイクを引き起こすようなイメージで地球の重力とバイクと自身が生んだ遠心力に任せればいいのだ。


 パイロンを中心点に低速旋回する場合は常に起き上がろうとするバイクを傾けるイメージでもって曲げ続けるが、それをやめればスッとUターンしてバイクは真っ直ぐに進もうとする。


 時速10km程度でカーブを曲がればCB1100は思った以上に楽に曲がることが出来るのだった。


 それを目撃したインストラクターは「なんかあの人のテクニックはチグハグだな……」と、足つきUターンがかなりフラフラしていた一方で、本格的なUターンだとまるで問題なくこなす音羽律という男に不思議な思いを抱いてしまうほどであった。


 そんなインストラクターの思いなどまるで知る由もない律は、次は足を着かないターンで走り、その次は足を着いて――を繰り返すが、最終的に思いっきり傾けて旋回する場合は白バイと同じく安全マージンを取った足着きターンの方が楽だと気づく一方、


 ただ同じような範囲を曲がるだけならそこまで傾けずともいいので、その場合は足を着かずとも曲がれることに気づき、状況に合わせてUターンする能力を獲得した。


 そしてUターンは最終段階へ――。

 律達は一番最初に走行した坂道へと案内されるのだった――。


「――さて、Uターンはこれで最後になります。基本的に坂道Uターンは危険でやらないのが理想とは言われていますが、それでもしなければならない場合があると思います。最初に申し上げると、本当に危険なのは登り坂から下り坂へとUターンする坂道Uターンです。今からちょっと失敗例と成功例をお見せします」


 インストラクターはCB1300を走らせ、坂道を駆け上がる。

 そこから見事なUターンを見せつけ、下ってきた。


 しかし律はこの時、随分大回りしていることに気づいており、なんとなく登り坂Uターンが危険な理由を理解しかけており、同じく律と同じ答えに至った者の中には「あー……」といったような声を出す者もいた。


「はい。今のが成功例ですが、見ての通り大回りでしたね。なんで大回りかって、傾けたら倒れるからです。登り坂から下り坂への転回は、下り坂方向へ重心が向くのでバイクを傾けにくくなります。なので曲がりません。逆バンクのカーブを曲がるようなものです。しかも尋常じゃない角度の逆バンクになります。ですから、次に示すようになりがちです――」


 インストラクターは再び上り坂を登ると、今度はさらに大曲になり、両サイドに配置されたガードレールに衝突しかける。


 CB1300はガードレールに30度ぐらいの角度をつけて曲がりきれず停車する形となった。


「はい。この状況は最悪です。この車両の重さは290kg、この状態で停止してしまったバイクをどうやって正常な状態に戻すのか……それはもう、降りて坂に向かってバックさせるしかありません。正直言ってッ! 重すぎてッ! 出来ませんッ!」


 フンッ フンッと息を吐きながら何度も後ろに下げようとするが、CB1300は290kg近くの重量があるため、まるで動く様子がない。


 角度30度程度でガードレール付近まで突っ込んだ車体はテコでも動かないとばかりにその状態のままユサユサと前後に揺れるだけ。


 インストラクターもさすがに不可能であり、別のインストラクターにリアを引っ張ってもらい、なんとか補正した。


「今ご覧になったように……現実世界で他の人が助けに来るなんて早々ありませんのでッ、このような方法でもってッ、登り坂でUターンはやらないというのが……バイク界では常識です」


 ゼェゼェと息を吐きながらインストラクターはCB1300に跨りながらゆっくりと降りてきた。


「ではどうするか。どなたか妙案を思いついた方とかいらっしゃいます?」


 インストラクターは誰か今の方法から答えを見出したのではないかとばかりに周囲を見回した。

 

 そんな中で手を挙げたのはなんと―律であった。


「スイッチバックします。坂道をバックして下りながらUターンします。オフロードバイク系のコースで遊んでいる際に教えてもらいました」


 やや恥ずかしそうに立ち上がって意見を述べた律は、胸を張って自分の意見を主張する。


 おもわず、インストラクター達や周囲の者から「おおっ」といった声が漏れた。


「正解です! 登り坂なのはバイクの正面が登りなのであって、後ろは下りなんですよね。下りで反動をつけながらバックしながら曲がる。この時、バイクを傾けるのは登り斜面へ向かって曲げるので、カーブでいうバンクがかかった状態になり、いつも以上にバイクを傾けやすくなりますし、先ほどの登り坂から下りに向かうような状態と異なり、足つき性も向上します。先ほどの登るUターンでは下り斜面へ向かって足を出すことになるので、足が地面に接地しないこともありますから非常に危険なわけですね」


 インストラクターは惜しみない拍手を律に送り、律は周囲からも拍手が届いたことで照れた。

 

 それは河川敷での練習のこと。


 CB400でコンクリート舗装で固められた急斜面を登る練習をするという、周囲からは「やめろ! 死ぬ気か!?」といったような場所で立往生した時のことであった。


 前に進んでUターンすると間違いなく倒れるということがわかっていた律に「バックしながらUターンしろ!」と声をかけた他の者の助言のおかげで律は何とかその状態からCBを倒すことなく斜面を下ることが出来た。


 さすがに急斜面をバックしたまま下るのはあまりにも危険すぎるので、声をかけた者は坂道Uターンの基本を律に教えながら律を手助けしたのだが、それが舗装路においてのUターンでも正解なのだ。


 律は声をかけて助けてくれたライダーに感謝しつつ、今の拍手は彼に対してのものだと思いつつ着席した。


 ちなみに余談だが、こういう時、不整地走行のエンデューロレースなどではわざと「バイクを横倒し」にして傾斜した地面を滑らせるという方法を行ったりする。


 ヘタにバックしようとしても岩や石などに接触する可能性もあるので、横倒しにして滑らせて方向転換させた方が危険ではないわけだ。


 あまりに急坂の場合は、坂がゆるくなる場所までそのまま横倒し状態で引っ張っていくこともある。


 エンデューロレースではバイクをロープなどで牽引することは基本的に認められていない。


 上り坂の頂上付近で他の者が手助けすることなどは認められているが、それはつまり「手助けできる距離まで登らなければ何度も再挑戦しなければならない」ことを意味している。


 そのため、スタート時に颯爽と駆け出したバイクが急斜面で大量に待機する姿が目撃されたりするのだが、当然舗装路で300kgの巨体を倒したまま引きずるなど危険極まりない行動などできるはずもない。


 よって坂道かつ登り坂UターンにおいてはスイッチバックにてUターンをするのが基本。

 自然の傾斜が生み出すバックギアを使い、バックして転回するのだ。


「ではスイッチバックUターンをお見せましょう。まずはこうやって上り坂のセンターライン付近までバイクを左右どちらかに寄せます。そして――」


 CB1300を一旦上り坂の中腹まで駆け上がらせたインストラクターは、右側に車体を寄せ、その上でハンドルを少し左に曲げた状態で坂の反動を利用しながらバックしだした。


「一気にフルステアせず、ゆっくりとフルステアする感じで左車線のギリギリまでバイクを下がらせて、道路に対して90度以上の角度で横に向けた上で、後はゆっくりとハンドルを右に切りながら右車線に入りつつバイクをUターンさせながら下ります。この時危ないのは、右に曲がるときですね。なので、なるべく90度以上に大きく曲げて反対方向にあらかじめバイクの進行方向をバックいながら整えてしまうのがコツです。 ではやってみましょう」


 CB1300にて綺麗なお手本を見せ付けたインストラクターは、他の者たちにも登り坂スイッチバックUターンを練習するよう促すのだった――。


 一同が順番に練習に入るが、コツさえ掴めばそう難しいものではなく、律も特に最初から問題なくスイッチバックUターンすることが出来た。


 怖いのは右カーブで反対車線に入るときだけ。

 ここだけ特に集中すればどうにかなる。


 何人かその状態で転倒してしまっていたが、270kgの巨体にも関わらずCB1100は「この程度ッ!」とばかりに安定しながら律に応えていた。


 そのまま下り坂のUターンも練習に入ったが、下り坂は先ほどやっていた小道路旋回の応用みたいなもので、特に何も問題なく走行できた。


 そんなこんなで時間は過ぎて時刻は12時30分。


 一旦、朝受付を済ませた施設に戻って1時間の休憩を行いながら昼食タイムとなったのだった――。

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