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伝説のZ(後編) ~筑波サーキット~

 光より一連の操作方法について教えられた律はこれまでのバイクとの違いに驚く。

 チョークがあるというのはさほど驚きはない。


 このあたりは古い四輪自動車にもある機構なためだ。

 しかし、ハンドルスイッチ周辺はまるで見たことが無いような状態。


 右側にON PO OFFというものがある。

 これらはそれぞれ、ヘッドライトとポジションライトを意味しており、中間にしておくのが基本。

 夜になったら左に合わせる。


 本来、他のバイクならここはセルとキルスイッチしかない場所であるが、ZIIにはここにそれ以外にそんなスイッチがつくのだ。


 これは古いタイプのCBに乗っていた律にも驚きだった。

 そっちの場合、それらは右ではなく左側についていた。


 そして、ここまでならそこまで驚かない。

 問題はここから。


 キルスイッチがダイヤル式なのである。

 そしてなぜかOFFが2つある。


「1つは俺らの良く知るキルスイッチで、もう1つはバッテリーからの電力を遮断するキルスイッチだ。当時の電装系は貧弱でショートすることもあったからという配慮だな。弄らなくていい。RUNに入れとけ」


 電気遮断のキルスイッチが入れられていたため、光はダイヤルを操作してRUNに入れる。

 これは、バッテリー上がりを阻止するための菱本の癖であると同時に、盗難防止策の1つともなっていた。


「エンジンストップとか書いてあるけど、キルスイッチでオフにするわけじゃないんだよね?」


 律はスイッチ周辺に書かれたややこしい名称から、キルスイッチにてエンジンOFFにするのではないかと不安になり光へ問いかけた。


「そこんところの操作は他のバイクと一緒だが、見ての通りこいつにはセルだけじゃなくキックもある。調子を見たいからまずはキックでエンジンかけるか……よし、どうせなら手でやってみるか」


「へ?」


 突然の発言に律は困惑した。


 キックスターター。

 簡単に言えばかつてレシプロエンジンにて盛んに行われていたクランク棒によるエンジン始動と同じく、エンジン内にてクランクシャフトやギアなどを回転させて発火を誘発させてエンジンをかけさせるというもの。


 世界的なアニメ監督である宮崎駿の「紅の豚」にて序盤、主人公が自分の飛行艇のエンジンをかける一連のシーンに使ってたグルグル回転させていた棒が「クランク棒」であるが、それと同じようなものということだ。


 その昔バイクにはバッテリーすら存在しないようなものがあったが、そういうタイプにはキックスターターが常備されており、踏み込むことでエンジンを始動させられる。


 キックスターターという概念自体は律も知っていた。

 幼い頃より何度か光の店で目撃したからである。


 問題は光による発言である「手でやる」という意味だった。


 これには整備士としての光なりの考えがある。

 旧車においてよく言われることがある。


 それは「手で始動できれば非常にエンジンの状態が良い」ということ。


 光は菱本と交流があり、菱本自体は光の店にもお世話になったお客様であるが、常日頃ZIIを見て思うのは「調子が悪かった所を見たことが無い」ということだった。


 そして今ZIIの周囲を見回しても、まるで調子が悪そうに見えない。

 そのため、光はあえて手での始動を試みようと律を促しているのだ。


「時間が惜しい、駄目だったらセルでやる。まずはメインスイッチをオンにしろ。

 そして次に、まずエンジンの近くにキャブがあるよな? そこのチョーク引いて」


「わ、わかった」


 有無を言わさず理由すら教えぬまま次々と指示を出す光に律は困惑しながらも従った。


「後はそのキックスターターの棒あるだろ、それを手で一気に真下まで下ろせ。いいか、思いっきりだぞ」


「ふんっ」


 ドワァァン。


 光の指示通りにチョークを引いてキックペダルを下ろしたZIIは1発で見事に始動した。

 律はエンジンがかかった際にキャブから漏れた匂いにむせ返る。


「ケホッ……こんなに簡単にエンジンってかかるんだっけ?」


 それまで、光の店ではキックスタート車というと不動のものばかりでかからないイメージがあった律は、1発でかかるZIIに新鮮な気分だった。


 光はスロットルレバーを丁寧に調節しながらアイドリング状態を維持する。


「いや……そう簡単にかかるもんじゃない。つーか、これならチョークいらなかったな……こんな調子のいい旧車触ったことない。普通はこうはならないもんだ」


「やっぱり……」


 さすがの律でもこのZIIが普通のZIIではないことは清川や光の言葉だけでなく理解した。

 旧車でかつカワサキのバイクが「こんなに素直なはずがない……」と清川は黙りながら傍観し、


 一方の綾華は先ほどからの姿勢のままトランポの荷室に腰掛け、足をパタパタさせながら律と光を見守っている。


 律はドルドルドルドルというキャブレターらしい四気筒サウンドを聞いたとき、何かを思い出した。


「この音は……教習所にあった赤タンクのCBに似てる…ライトのスイッチがあったやつ。俺もそれで教習してた。こっちの方がもっと余裕ある音だけど」


「そりゃNC31だね律くん。まだ教習所なら残ってる車両があるはず。そいつもまた今じゃ20年以上前の古い車両さ。」


 ZIIのサウンドと鼓動に見とれる律に対し、清川がすかさず解説する。

 律はその言葉に「へー」と関心を寄せていた。


「さて、準備は整った。あとの操作は同じ。簡単な受付を済ませて、プロテクター身に着けて練習してくるだけだ。こういう時のためにプロテクターは2人分は余裕でカバーできるだけ用意してる。こうなったら思い切って自然体で乗って来い!」


 光はそういうと、トランポのサイドドアを開け、中からダンボールを引っ張り出し、箱の中から取り出したプロテクターを清川と律に渡す。


 二人はプロテクターを身に着け、いざ練習走行会へと挑むこととなった。

 清川は、練習走行会に参加するつもりですでにヘルメットを持ってきていたが、改めてそれを身に着ける。


 ヘルメットはAraiのRX-7Rだった。


「それじゃあ、俺は律くんのCB400SBでちょっと走らせてもらおうかな」


 そう呟くと、律のCBのハンドルを握った。


「思いっきり走り回っちゃってください。俺はZIIを初級者向けの練習コースで試してみます……なんかちょっとしたストレートもあって加速も体感できそうだし……」


「いやいやいや、俺も初級コースに行くさ! いくらサーキット常連たってジムカーナの経験はない。君のCB400を傷物にする覚悟で攻めたいわけじゃないからっ」


 律は清川の言動から、彼はそれなりの経験者向けの方へいくと勝手に思ったため、「ありゃっ」―とあっけにとられた。


 その姿を見て光と綾華が笑う。


「簡便してくれー律くん。俺は別に綾華ちゃんに負けないつもりはあっても、ガチでこいつを振り回そうなんて思ってないぞー」


「あはは……すみません」


「いいから早く行けよ二人とも。終わっちまうぞ」


 律はテヘッと笑い、場をなごます。

 そうこうしていると時間が過ぎて行くので、光の指示により二人は受付へ向かうことになった。


 受付では車両の名前や排気量、その他簡単なチェックが入った。

 ルールはあくまで「ジムカーナ」でも走れるマシン。

 違法な改造などしたものや競技車両で公道走行不可のものが走れないのは初級でも同じ。


 しかし、「750RS」と記載された名称と、その車体を見た受付の男性は「え……それで走られるんですか!?」と割と律の正気を疑うような目で見ていた。


 しかし律は動じない。

 すでに練習走行しはじめているメンバーの姿を見る限り、教習所の感覚で行けることはわかっている。


 それに、律は少しだけZIIを振り回す自信があった。


 ここまでにZIIを引っ張ってくる際、車体の重さがCBとそう変わらないと感じたからである。


 CBより少し重い、そんな程度。

 「それなら大丈夫」と律は確信があった。


 なので「はい!」とだけ元気良く応え、そのまま誘導員に従って清川の後ろに続いてコースインした。


 清川はインカムを所有してなかったので、大声で律に対し「俺のペースに無理してついてこなくていいからね! じゃ、まずはウォーミングアップからやってみよう!」といって、先導する意思を示し、そのまま律のCB400SBにて先頭を走り始める。


 清川がコースインした後、誘導員の許可が出たので律もそれに続く。


 ゆっくりとクラッチを放し、そしてスロットルをグイと入れる。


 グオオオオォォ。


 すると750RSことZIIは、信じられないほどスムーズに加速した。

 それはCB400SBとはまるで違う。


 CB400SBのスロットルについて、律は本当に気に入っていなかった。

 教習所のNC31は良かったのに、なぜかオンオフの激しいガクガクするスロットル感覚があり、「これは違う」と心の底から思っていた。


 これまで乗った、CBR250RallyやWR250R、CBR250RRもモードによっては似たような0と1しかないような反応性が良すぎるスロットル。


 それがZIIにはまるでない。


 人によってはワンテンポ遅れるように感じ、人によっては「これこそ動かしている感覚となれる」と評価するスロットルレスポンス。


 律にとって、その感覚はたまらなかった。


 コースインした清川は、まずパイロンにしたがってゆるい左カーブをCB400SBをリーンウィズにて角度をそれなりにつけて傾けながら走る。


 律は1速から2速、2速から3速に入れた。


 スコンと入る素直なシフトペダルと素直な感触のクラッチ。

 まるで硬くない。


 ZIIは低速、低エンジン回転数でもまるで問題なく軽快なシフトフィールを示し、それでいいんだとばかりに律と一体化していく。


「なんだこれ……なんだなんだこれは!」


 もし菱本がこの場にいたら、こう律に声をかけていただろう「それこそがバイクだ!」と。


 その上でこう言うのだろう「6000回転未満だ。こいつに7000回転以上なんていらない。それは、いざというためだけの回転数。6000回転未満まででいい。パワーバンドはそこまでで十分なんだ……2000回せばおつりが来る。ゆっくりとシフトチェンジしていけばいい……」


 まさに、その言葉をZII自体からかけられているように、律はZIIを乗りこなす。


 ZII。


 それは「ライダーが主役」であり、「バイクが主役ではない」大人しい性格をした、真のツーリングライダー向けのバイク。


「もっと楽に」「もっと軽快に」「乗るだけで孤独感が薄らぐフィーリング」すべてを内包した伝説のバイク。


 そのバイクはライダーを主役にし、バイクの存在は薄らいでいく。


 律は、ややリーンアウトの姿勢でバイクをパイロンに合わせて綺麗なカーブラインを描き、CB400SBを操る清川に突き放されることなく食らいついて行く。


「おっと!? 光くんの話とぜんぜん違うじゃないか! 律くん凄い走れるよ! 俺もっとペースアップしていいかい?」


 バックミラーとエンジン音にて、律が近くにいて余裕と安定の走りを見せることで、清川は律の能力が低くないそれなりのものがあると理解した上で提案した。


 自分としても、もっとエンジンを回したかったのだ。


「いいですとも!」


 律は清川にも聞こえる大声で応答し、清川はペースを上げる。


 しかしZIIに乗る律はまるで物怖じせず、まるでそれが「本来の自分の愛車」とばかりに乗りこなしはじめた。


「嘘だろ……律……いつのまに」


「本当やね……ちょっと前に見たときはカーブ曲がるのもヘロヘロやったような?」


 その光景を見学ゾーンより見学していた光と綾華は、律が普通にZIIを振り回していることに驚きを隠せない。


 その安定感ある走り方は、周囲も少しザワつかせるほどだった。


「おい、あれってZIIだよな。しかも初期型の……乗ってるのえらい若い気がするんだが……」


「やっぱZIIのタンクは芸術品だな……そしてええ音やわー。ほどほどに傾けていい曲がり方してる。父親か祖父のものかなんかなんだろか?」


 周囲が見とれるほどの存在であるZIIと、そのZIIに乗っても否定されないだけのライディングテクニック。


 河川敷にて、必死でCB400SBを振り回した男にとって、この非常に素直なバイクは完全に制御できていた。


(これがネイキッド……コレが本来の四気筒バイクの姿……俺に足りないのは…排気量か。 カタログスペックのパワーはCBと殆ど変わらないと光兄は言った。だがトルクバンドがまるで違うからぜんぜん楽に乗れるって……1万回転回したらこいつはどこまで俺を運ぶかわからない……けど、そんなのいらないって……そうコイツが言ってるんだ)


 スポークホイールと細身のタイヤによるバネ下重量の低さは乗り心地にも影響し、ややストローク量の多いサスペンションは、道路に吸い付くようにトラクションし、高いトルクを完全に受け止めながらZIIはコースを周回していく。


 スラロームでこそ減速したものの、ターンはやや大回りながら普通に攻略出来、ZIIは完全に律の足となってコースを駆け抜けていった。


 律が求めていたものはこんな所にいた。

 それはすでに絶版のバイクであり、律には簡単に手が届かない、はるか遠くにいる。


 しかしCB400と殆ど感触が変わらないクラッチと合わせ、そのバイクは律を虜にする。


 ヒラリヒラリとコーンの周囲を周回しながら、そして、ついに直線の急加速ゾーンへと清川と律は入って行った。


 清川は律がものすごくZIIを楽しんでいる状況から、あえてCB400SBを思いっきり加速して距離をとった。


 そうすれば「どんなに加速しても」自身の影響によって、無茶な停止や減速にならないと考えたからである。


 またそれと同時に「クイックシフター」の感触を試してみたかったという部分もあった。

 律は清川の心情を察し、心の中で「清川さんすみません」とお礼を述べつつ、ZIIを加速させた。


 2速に下げて加速する。


 グァァァァァァオオオオオという音と共にZIIはスルスルと加速する。


 それは急な加速ではない。

 ゆっくりと波が押し寄せるようにして強烈な加速をZIIは見せる。


 CB400のように、すぐさまVTECゾーンに入って二面性を見せるというような事がない。

 しかしCB400にまるで負けない加速であった。


 300cc以上の排気量が変わると、当然にしてそんなことになる。

 馬力の差など重要ではないのだ。


 重要なのはトルク。

 いかにトルクが高いかこそ、加速感の良さに繋がる。


 かといって、乗り手を後ろに放り投げるような鋭すぎる加速ではない。

 バイクがライダーと共に加速する。


 律はここではじめて「風になる」という旧車好きライダーの言葉を実感できた。

 まるで自分が風になったようにZIIは加速する。


 加速している最中、バイクというものを微塵も感じさせない。


 まるで自分自身が風になって突き進むような新鮮な感覚だった。


(これだ…こんなバイクが欲しいんだ。 多分、こいつは法定速度で走っても凄く気持ちがいい……流しているだけで十分にさせてくれる。でも、もうそんなバイクないんじゃないか……? 今でも新車で購入できて、そんなことが出来るバイクなんてあるのか……そんなのに出会えるのか……もしそんなバイクでどんな道でも制覇できたりするなら……)


 律はZIIがオフロードは走れないような存在とは思いつつも、それでも尚、そんなバイクが欲しくなった。


 何かポッカリと心の中に隙間などが生まれたとき、ZIIのようなバイクはそれを満たしてくれる。

 間違いなくそうだと確信できる。


 その思いは再び一周して直線コースに戻ったときに強くなった。

 先ほどは二速だったが、今度は三速で加速した時のこと。


 その加速力は三速でもバツグンであったが、自然体でとても好きな加速感だった。

 遅くは無い。


 時速40km程度までは、すぐに到達してしまう。

 そこから、ギアを四速、5速にして60km巡航が普通に出来てしまいそうな、そんな余裕のパワーがある。


 圧巻とか圧倒的とか、そういうものじゃない。


 余裕がある。

 ドッシリと構えていられる。


 このアップハンドルをゆったりと握り、舗装された路面をひたすら走っていられる。


 律は初級者向け練習コースという、教習所に近い構成の所を、二周、三周と重ねる中で、自然と周囲の風景が幻のように峠道などのように見えていた。


 CBはあまりにもスポーティーでスパルタンすぎた。


 パワーを求めるあまり、回転数が上がりやすい高回転型の仕様のエンジンは割とナーバスで、本当の意味で初心者用ではない。


 真の優等生は今乗っているZIIの方。

 律は間違いなくそういい切れるものをZIIより享受した。


 ――その後、20分ほど走った後、律は終始安定した走りでZIIの走行を終えたのだっだ――。


「いやー。よく回るエンジンといい感触のクラッチだ。筑波サーキットのためのベースマシンとして欲しくなるね。俺のNC42は前期型だったが、後期型と言われる現状の方がパワーがあるな。ウン」


 清川は、律のCB400の状態に満足し、ウンウンと頷く。

 一方の律はZIIの虜となり、本来ならCB400SBで練習走行に向かう予定が躊躇していた。


(俺…今CB400乗ったら酷評しそうな気がするが大丈夫かな……ZIIに乗ったあとでCBに乗れるか? いや、でもかなり違うし面白いバイクになったというし……)


「行かないならCB400を元の状態に戻しちゃうぞ? もうチャンスなんてないんだから走って来いよ」


 清川と律が戻ってくるのと同時に戻ってきていた光が、律の表情を伺いならが呟いた。

 口元に手を沿え、まるで探偵のように考え込む律の背中を押そうと言葉を投げかける。


 整備士としてCB400の状態は完璧ではないが、合格点を出せるだけのパワーアップを果たしている。


 これからサスペンションやその他諸々元に戻す予定だが、その前にこの状態で一度乗ってみて欲しいのだ。


 光は自身の整備テクニックを律にも評価してほしいと考えていた。


「うん……ウン。 じゃあ、行ってくる。いくぞCB!」


 しばし考え込んだ後、律はジムカーナ用に急造された自分のCBを引っ張り出し、再び受付へと向かったのだった。


「俺はこっちで休憩してるよ。 ZIIを見張ってないと駄目だろう? 光くんは見てきなよ」


 清川はZIIの影響でジムカーナをやや楽しめていない光の様子を鑑み、自身が見張り役をすることを申し出る。


「悪いな。じゃあ行ってくらぁ」


 光は、清川に手を振ってお礼を述べつつ見学ゾーンへと向かうのだった。


 ZII。

 こういった旧車は今だと一人で乗るのは危険と言われる。


 車体が盗まれなくとも、パーツが盗まれるということがあるからだ。

 絶版車で最も気をつけないといけないのはパーツ盗難。


 オリジナルパーツだらけのこの車体は市場価格300万円オーバー。


 走行距離4万kmだが、パーツ類も完璧に整備が行き届いており、例えばコーティングが施されたブレーキレバーやクラッチレバーなどの、もはや手に入るかどうか不明なものすら価値がある。


 ミラーも内鏡を傾けて角度を調節するタイプであり、外側は単なるカバーという贅沢さ。

 何1つ失ってはならない宝物なのだ。


 光も清川もそれがわかっているため、本来はこんな場所においておきたくないような代物だったが、あるのだから仕方ない。


 清川は「ヤレヤレ」と小言を呟きつつも、律に何かを与えた菱本のZIIを見守りつつスマホを弄りだしたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~


 簡単な受付を済ませた律は、再び初級の練習コースへ挑む。


「アクセルを入れたままクラッチを切らずに2速と3速へ……だったかな」


 律は頭の中で何度もそう繰り返し、誘導員の合図に合わせてコースイン。

 

 まず第一印象は「車体」というイメージでいえば、やはりCB400SBの方が軽い。


 そして小ぶり。


 ZIIの方が一回り大きいのだ。


 パワーに関しては、回せばZIIに負けないような加速だが、回すことを強要されるのは何度も乗っているのでわかっている。


 しかし今日のCBが何が違うかと言うと、回さずともそれなりに加速すること。

 それはローギヤードセッティングにしたためであった。


 CB400は2速全開にすると前輪がやや浮かんばかりの加速を見せる。


「うわっ!?」


 ギアセッティングをローにしたとは光から聞いていた律であったが、任意ではないフロントアップは初めての経験でありやや合われた様子を見せる。


 前に重心を傾けて前輪を接地させた律はラフなアクセルだったと反省しつつも、クイックシフターのシフトレスポンスの楽さと合わせ、CBがまるで別物となっていることを理解し、また別の感動が襲ってきた。


「これは……面白い。回転が低くてもパワーがでるっていいな。でも最高速とか酷いんだっけ……うーん」


 律のイメージとしては「ハイギヤード」の方がなんとなく乗りやすいような気がしていた。

 それは当たっている。


 ややハイギヤードなバイクのほうが乗りやすい。


 しかしそれは「幅広いトルクバンドとパワー」を持つエンジンによるもの。


 高回転型エンジンの場合、回してもいいと考えるならばローギヤードでも乗りやすい。

 変に低回転型エンジンのほうがよほど乗りにくい。


 そういう意味では、クラッチ操作不要となっている今のCB400は、ある意味ではとても乗りやすいが、0と1みたいな敏感すぎるスポーツ車両らしいスロットルレバーの感覚などのせいで、律は「こうじゃないんだが」と言わざるを得なくなるような挙動を見せた。


 サスペンションの状態についてもZIIの方が間違いなくしなやかである。

 オーリンズに交換されたと言われていたので期待していたが、イメージはツーリング向けというよりも普通にスポーツ走行向けであり、キビキビとした動作はZIIに乗った後の律にとってイメージが違っていた。


 ZIIの乗り心地はそこまで恐ろしく良いというわけではなかった。

 現状、乗り心地だけでいえばCRF250Rallyが最も良い。


 だが、それに追随するバランスの良さがある。

 何かCBと違う、律はそう感じ、後で光に伺ってみることにした。


 しかしそのCB400に振り回されるということは無く、何とか制御してバイクを傾け、カーブを曲がる。

 


「なるほど……ダートを攻めてるなアイツ」


 カーブは常にリーンアウト、バランスを崩しそうになると足を前に出す癖、それは完全にオフロードバイクに乗る手法であり、CB400やZII向けの乗り方ではない。


 その姿を見た光は律が自分が知らぬ間にオフロードで遊んでいることに気づき、「やっぱりそっちの道に進んだか」とフフッと鼻で笑いながらも成長する律の姿を見てうれしくなっていた。


 それまで四輪しか興味がなかったような男が、今二輪でライダーの道を歩んでいる。

 着々と、一歩一歩、少しずつだがライダーとして歩んだ結果の今がある。


 それはライダーとして歩み始めてから光が望んでいた律の姿であった。


 一方の律はそんなことお構いなしに走りに集中している。


 そればかりか、直線に入ると「これならフロントアップできるんじゃないかな!」と考え、二速全開にしてウィリーに近いような走りを見せ、周囲を「おお」と沸かせるほどだった。


「律くんフロントアップできるんかぁ……なんかCBは勿体ないなぁ……」


 その姿を光の隣で見ていた綾華は、律にはCBよりもっといいバイクがあると光とは別にようやく理解し、律の言う「持て余している」という言葉の真意をその姿でもって理解した。


 これだけ乗れるなら間違いなくダートを攻めている。

 そして、その状態でCBを持て余さないわけがない。


 CBにそんな所に向かわせるのか可哀想なので、律はきっと「CBにこんなことさせたくない」という思いも含めて「持て余している」と言っているのだろうと考えると「もっと、事前にCBについてどういうバイクか説明しておけばよかった……」と後悔した。


 その後、律は20分ほど急造ジムカーナ仕様となったCB400SBを堪能して練習走行を終え、光のトランポのあるパドック内へと戻って行ったのだった―― 

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