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伝説のZ(前編) ~筑波サーキット~

後編は後ほど投稿致します。

 律と清川が光のトランポが駐車してある所へと戻ると、CB400の真横に見慣れない「KAWASAKI」と書かれたバイクが停車させられている事に二人は気づいた。


 そこになぜか光の姿がなかった。


 律はバイクには特段気にせず、トランポの後部ドアの開いた荷室から足を出して腰掛ける綾華に近づきつつ声をかける。


 一方、なぜか清川はそのバイクを見ながら硬直していた。


「綾華。お疲れ。俺には普段の綾華の走る姿がどうなのかよくわからないけど、凄い走りだったよ……CBって振り回すとあんな感じに見えるんだね。今までヘボヘボな運転しかさせてやれなかったからコイツも喜んでいると思う」


 律は自分が思った素直な気持ちを言葉に変換する。

 今日のCBは恐らく一番輝いていた。


 きっとこいつに意識というものがあれば「綾華に乗ってもらいたい」と思うほどにキレのある走りを見せていた。


 CB400は勝ち誇ったオーラを纏いつつ、静かに次の運転を待つ状態であった。


「律くん。本当に今日はありがとうね。律くん着てくれなかったらホントどうなってたか……」


 綾華はやや疲れた表情を見せながらも律に対し右手を差し出した。

 律も綾華の手を握り締め、お互いに健闘を称える。


 そこに飲み物片手に、皆の分も購入してビニール袋をぶら下げた光が現れた。


「ちょっ……光くんこれって……もしかして菱本ひしもとのオヤジさんのZIIじゃないの!?」


 律と綾華が清川の方を振り向くと、清川は非常に興奮した様子を見せながら光に話しかけている様子が見える。


「そうだよ……今日CBのサスペンションをあの人から借りたんだが、律のことを話したらZII置いてっちまった。弄る前のCBの今の状態を見て、律についてCBが自分のバイクに対するイメージに合わないという話をしたらすげぇ感動したらしく、ネイキッドが嫌いになる前にZIIに乗せてやってくれって……信じられるか? 女もタンデムシートに乗せたことがなく、命の次に大切だと言った、あのZIIをだぜ?」


「エンジンガードは元から付いてるが……これに乗せて練習会に参加させてほしいって菱本のオヤジさんが? 本気でそう言ったの?」


 律は清川と光が冷や汗をかかんばかりに血の気の引いた様子を見せる状態を不思議に思った。

 特に先ほどまでは興奮気味だった清川の急変にはただ事でないと何が起こったのか理解できず頭が混乱しそうになる。


 目の前にあるバイクがそこまで凄いバイクとは思えない。

 しかもZIIと彼らは呼称するが、エンブレムには「750RS」と書いてある。

 車名も合っていない。


「えと……良くわからないんだけど何か…あった? っていかこのバイク凄いモンなの?」


 律が二人をキョロキョロと見回しながら状況を把握できないでいると、綾華がフォローしはじめる。


「あんなー? 律くん。ZIIってのはカワサキの魂の篭ったバイクで……目の前にあるバイクはすでに年齢50歳間近のクラシックバイクに相当するものなんやよ。そしてこの手のバイクではものっそい人気車両というか……ものすごい希少価値がつくほどのバイクなんやよね」


「えっ……こんなピカピカした状態なのに!?」


 律はその話からようやくそのバイクがまともな代物ではないことに気づいた。


 綾華の話を聞いてZIIの周囲を見回してみると、錆1つない。

 燃料タンクに傷1つない。

 エンジンの塗装剥がれ1つない。


 すべての計器、スイッチ類に紫外線劣化の形跡すらない。


 まさしく「本当にこのバイクを愛してやまない」人が乗る状態のバイクだった。

 まるでそのバイクは、つい先日納車したばかりといった印象を与え、何も知らない状態でこの場所に来ると光が納車したての状態を見せびらかすためにここに置いているようにも思える。


 その輝きはまだ新車から3ヶ月経過していないCBよりも美しく、綺麗に磨き上げられていた。


 律が特に気にかけなかった理由は、なんとなくSR400とかと同じ最近も販売されているクラシックバイクだと判断したことにある。


 フレーム形状がW800やエストレヤなどと言われてる車両などと似ていたためであった。


 しかし車齢自体はすでに半世紀近く経過した四半世紀前に組み上げられたものだった。


「ZII……いろいろ言われてるが、こいつはエンジンの型式の名前で750RSが正式名称なんだが……律、今目の前にあるやつは初期型だ。初期型の中のもっとも最初期のモンでキャブレターが一番大きく、数あるZIIの中でも一番出力がカワサキが想定していたモノに近い。今こいつを売ると言ったら、冗談抜きで300万以上の値がつく。菱本さんが俺より年上じゃなかったら、こんなのここに置いていくんじゃないって追い返してたような代物だ……これのおかげで俺は第二ヒート中この場を離れられなかったほどだ」


 メンタル面に優れる光ですらやや血の気の引いた様子を見せながら、そのバイクがまともな代物でないということを改めて主張した。


 綾華がコースインした際、なぜか光が観覧ゾーンに来なかった理由が改めて判明したが、清川は「そりゃそうだろうよ……」と小声で呟くほどである。


 律もさすがに光のやや引きつった顔からバイクが尋常ではない存在だということに気づき始めた。


 光はそんな状態のまま、ZIIとは何かということについて律にわかりやすいよう語りだす――


 ZII。

 正式名称は前述したとおり750RS。

 国内メーカーのバイクの中では非常に有名な川崎が社運をかけたマシン「Z1(900Super4)」のボアダウン版。


 かつて川崎が二輪事業をはじめてから奮闘していた頃、川崎はイギリス車の模倣車のようなものしか出せておらず、欧米などにおける評価はサッパリだった。


 それはある意味ホンダですらスーパーカブを除いた車両以外みんなそんな状況。


 そこで先手を打ったのはホンダであり、このZIIの本来の形である900Super4こと「Z1」と呼ばれるマシンと双璧を成す「ドリームCB750Four」を世に送り出し、後に2010年代まで不動となるホンダブランドを構築することに成功する。


 この時、川崎は実は600ccの四気筒マシンを作って世に送り出そうとしていたのだが、ホンダに先を越されたことでプロジェクト自体を中止し、CB750をさらに超えるマシンを作るため、1からすべてをやり直した。


 しかしこの時、川崎の二輪事業は火の車。

 失敗したら二輪事業から撤退する、そんな状況で生まれたのがZ1であり、そのZ1のボアダウン版で国内販売された存在が750RSこと「ZII」である。


 その試みは見事に成功し、ネイキッドブームが訪れる1つ前の世代まで川崎の業績を安定させることに成功したのだった。


 ちなみに余談だが、Z1やZIIが「Z」という俗称で扱われる理由としては、川崎自体が「究極のZ」などとして広告を打ち出していたことに由来する。


 ユーザーがそう呼んだだけでなく、川崎自体が「Z」という型式名称に特別な思いを乗せている。


 それは「これが川崎最後になるかもしれない」という意味での「Z」であり、これ以上上が無いという究極の意味での「Z」であり、フラッグシップ最上級車両としての意味合いでの「Z」であり、とにかく多数の意味を含む。


 変に車名で呼ぶよりZと呼んでほしいとオーナーも願うのは川崎自体がZという文字に強い拘りを示していたためだ。


 そんなZIIだが、巷のイメージはというと、20代~30代なら「元不良の教師が乗ってた」30代中盤以降は「マガジンの不良がやたら主人公機にしてた」40代~40代中盤なら「なんか年配の人がやたら好むオッサンバイク」50代だと「先輩が乗ってた」60代だと「いやーアイツ割と整備屋とライダー泣かせでさー」みたいな評価。


 やはり30代ぐらいまでのイメージだと「とにかく有名不良漫画の主人公が乗っている」と良く話題にされるが、実のところこれは当時の実情と乖離するのは有名。


 当時、グレートティーチャーと呼ばれる連中の世代が暴走族を目指そうというとき、すでにZIIは10年落ち以上余裕の旧車。


 その手の改造方法も豊富ではなく(それらはマガジン内の各主人公が所謂族車カウルを全く付けていないところからもわかりやすい)


 殆どの人は「いや、ZIIってすげえらしいけどねーわ。そういうバイクじゃねーわー」といったような評価だった。


 ここで少し暴走族について説明しておきたい。

 ZII自体はその手の者達にも好まれた頃はある。


 暴走族といってもグループ化が始まった初期の頃の話である。

 この時の暴走族(カミナリ族)のバイクと言えば、「アメリカン風やイギリス風スポーツバイクちっくにバイクを改造する」のが主の時期。


 ZIIはこの時、純正のスタイルが非常にどっしりとしていて、殆ど無改造で使われた。

 精々マフラーが変更される程度。


 これはドリームCB750と共通する。


 この時の暴走族の見た目は割とマッドマックスのモヒカンじゃない奴らのイメージに近い。

 革ジャン、サングラス、ゴーグル無しの半ヘルなどなど。


 この時の暴走族は正直センスがあった。

 60年代~70年代中盤までの暴走族といえば、新宿周辺の写真など多数あるが、今のハーレー軍団とさほど見た目が変わらない。


 いや違う、彼らはハーレーなどに憧れつつもハーレーが買えなかった世代なので、今は普通にハーレーやトライアンフに乗っている。


 当時の体型を維持しようと努力したなどと主張する者が40年ものの革ジャンを纏って今でも走っていると言ってたりするが、本気でその世代が目指したのは「大型こそ華」ということで、その手のバイクだったわけだ。


 ZIIはここに混じっていただけの車両だ。

 この頃、フロントカウルが着いたと思えばカバー付きの巨大ウィンドスクリーン。

 割と実用性一辺倒の装備が主流で、エンジンガードまで付いてるのも当たり前。


 それこそコロナのツーリングバッグを身につけたZIIなんてそこらかしこにいた。


 しかし時代の転機が訪れる。

 この手の問題を抱えた公安などはある手段で排除しにかかるのだ。


 暴力問題やグループ化は1972年頃から激化したが、この時、警察はあまりに高性能すぎる750ccの大排気量バイクに手を焼く。


 それこそ、国外のアフターパーツを手に入れれば白バイよりか普通に早く、情報化社会でもなんでもなくオービスすら無い時代は逃げ得の時代であった。


 そこで「限定解除」という方法に法改正し、以降の世代を750ccより締め出そうとする。 


 ようは「二輪免許は排気量無制限ですよ」としつつも、教習所で免許を獲得した場合は「400cc以下限定」とし、一発試験にて「限定解除」を行うことで排気量制限を撤廃するというもの。


 こうすることで後に続く世代の大半を750から遠ざけることができる。


 1975年の話である。


 以降、ZIIは若者には「乗れないバイク」の象徴として、また「オッサンバイク」としてドリームCB750Fourと共に評価されるようになる。


 つまり、1975年を境にして殆どの不良というのはZIIと縁が無くなったのだ。


 ちなみにどうでもいい余談だが、この1975年を前にした世代というのは、この手のバイク系漫画だと割とおおらかな性格した兄貴分として描写され、


 バイク弄りが大好きで、車の整備も出来るような兄貴系整備士キャラみたいなポジションでよく登場していたが、これは割と当時の世代だと合ってたりする。


 シャコタン☆ブギのジュンちゃんなんか、どう考えても1980年代の人間ではなく、1970年代前半のステレオタイプな人間である。


 シャコタン☆ブギを見たときに思うのは、全体的に「みんな大らかすぎるだろ」と言いたくなるわけだが、最大の原因は1980年代を描写しながら明らかに人物描写が1970年代だから。


 そして、あの漫画がだんだんとスピードバトル物となっていったのも1970年代~80年代のイメージを引っ張っていると言える。


 ようは暴走族のイメージがおかしくなり、一部速さを求める若者が車へと逃避した理由こそ、1975年の免許改正なのだった。


 実際、車関連では、この年代を境にチューニングとされる分野がどんどん勢いを増して行くのだ。


 一方二輪サイドでは、400cc未満という所までしか手に入らなくなった若者が、250cc~400cc未満のバイクに手を出すようになる。


 1975年を境に、族車というバイクは「より大きく見せよう」とするような改造ばかりになり、あの誰がどう見ても「ダサすぎる」ロケットカウルや、エビテールといったようなものが登場。


 ちょうどこの頃、国産フルフェイスヘルメットなども販売されはじめるようになり、不良はウィンドシールドを外したフルフェイスヘルメットなどを着用するようになる。


 カミナリ族と言われた750ccを操る族車との共通点はアップハンドルぐらいしかなくなり、そもそも「性能が低い」ので公道を爆走する行為からトロトロ走行と騒音の迷惑行為が主体となる。


 実はこの迷惑行為が主体となった最大の要因こそ「性能不足」に起因しており、猛スピードでスピード違反しても750ccと違い、警察から逃げ切れるものではないので、大集団でもって公道を占拠し、スピード違反などで捕まえにくくするという方法に転換したのが、現在巷でイメージが構築される暴走族であるわけだ。(カミナリ族から名前を変えたのも、こういう流れがあったため)


 しかし漫画ではナナハンライダーなどに代表されるスピードバトルが華だった。


 そのため、巷では「いや乗れねーし、オッサンすぎて古いし」なんていわれたZIIに焦点が当たったというのが実情なわけだ。(実際にはバリバリ伝説のように、CB750Fなど最新鋭の車両が出るケースもあったが)


 だが実際にはCBであんまり暴走族行為を描写するとホンダが激怒するので出来ない、スピードバトルで2ストに乗せて演出するのも不良漫画らしくない。


 そうなると、必然的にZIIにスポットライトが当たってしまう。


 見ていた者から違和感を感じたZIIの主人公機化は、つまるところ「先輩が実際使っていた」という1975年以前の実情を鑑みてスピードバトル化する際にうってつけだったという事から行われた、マガジン編集者による考えによるもので、実態としての1980年代の暴走族と「ZII」は割と無縁だった。


 というか、実のところZIIは非常に穏やかな性格をしたマシンと言われる。


 CB750Fourと同じく、味付けとしては回さない限りは非常に大人しく、回すと爽快にパワーを発揮する、そんな大人しいマシンであり、Z900RSに乗った殆どのZIIユーザーは「味付けがストリートファイターすぎる、違う」と言うほどだ。


 そのため、ZIIは大らかな人間がドシッと乗り込むバイクというイメージの方が真の川崎ユーザーには多く、変にスピードバトルで使われるのを当時嫌う者さえ少なからずいたという。


 そういうスプリンターマシンならそれこそ川崎自体に他に例があったので、どうしてZIIでなければならなかったのかという疑問は尽きないというのだ。


 その辺はそれらの漫画の本編で「フレーム剛性的に、アルミのレーサーレプリカと闘うのは無理だぜ!」なんて話が稀に出てきたりするあたり、多少は意識されていたようだが、マガジン的にはかの有名な頭文字Dの86と同じイメージでもってZIIを出していたのだろうと思われる。


 一応、Z1仕様に近づけてあれこれやればそれなりにスピードは出ることは出るのだが、それは完全にZ1とZIIのイメージを崩してしまうので、今日Z1やZIIと言えば、もっぱら純正の良さを維持しようとしたマシン群ばかり評価される。


 そんな大人しいと言われる味付けは今でも当時の性能を完全に維持するZIIや、ZIIのイメージを再現しようとしたと言われるゼファー750でも体感できるが、今それと似たような雰囲気の現行車種は、信じられないことにホンダのCB1100シリーズしかないということは以前も書いた通りである。


 そんな菱本のZIIは、まるで止まらず危険だと言われたシングルディスクのフロントブレーキだけZ1仕様のダブルディスク仕様とし、それら以外は全てオリジナルに近い。


 あの特長的な直管4本出しマフラーも堂々と装備する。

 Z2の刻印がされたマフラーはオリジナル。


 レプリカを見たことがある人間も、この刻印の入った本物を見た者は殆どいない。


 このマフラーだけでCB400の中古なら手に入る可能性すらある。


 つまり初期型の正真正銘最初期のモデルで、光が豪語するようにキャブレターが最も大型の希少車両である。


 わずかこの世に3800台しか存在しない、一部では「本物のZII」と言われる750RSの中の750RS。

 メーター類がZ1と共通仕様となっており、後に出た完全国内仕様のZIIとは異なる。


 メーター速度は220kmまで刻まれた最初期オリジナル仕様。


 カタログ写真では最高速である240kmと記載されたが、なぜか行政がそれで販売許可を出さず220kmで一旦許可を出して販売させた。


 その後、カミナリ族などの影響により批判され、180kmメーターにされた経緯があるが、そんな後に続く国内版のものではない。


 アクセルにはアクセルストッパーという、この車名が「Road Ster」というクルーザーというイメージで売り出されたために搭載された、アクセルを螺子で固定してスピードを一定にさせようという、今日ではスロットルアシストなんて感じで販売されているものに類似された機能を持つものが搭載されている。


 これは普通にアクセルスロットルを固定させてしまうもので、高速道路走行中などにスロットルレバーを固定化して巡航形態を作ろうと試みたものなのだが、完全に固定化するということが危険すぎると言われ、後のモデルからは螺子穴だけ用意して装備させることはしなくなった。


 通なZII好きが見なければ、「Z1を流用して修理したZII」と勘違いしかねない代物だ。


 なぜなら、今日はパーツ不足でZ1からパーツ流用されるなんてザラ。

 近い見た目となってしまうZ2は多い。


 だが、すべてを冷静に見極めると、ZIIオリジナルパーツが少なからずあり、これが「ただのZIIではない」ことがすぐにわかるような状態となっている。


 そう、清川や光のように、ネイキッドバイクについてきちんと理解する者なら、そのバイクがポンと置かれていることすら恐怖するような代物。


 光から言わせれば「川崎の博物館に置いとけ」と言いたくなるような代物だった。


 ちなみに余談だが、ZIIというのはエンジンの型式だと前述した。


 しかし、そのエンジンの型式はこのあともZ750FOURなど、車名が変わってしまったものにも採用されており、上記Z750Fourならば外観だけなら殆どZIIなのでこれをZIIと含める者もいるが、ZII好きの中では750RSだけがZIIであると譲らない者も多くいろいろと面倒だったりする。


 筆者はチェーン給油機構という半世紀後にNinjaH2に再び簡易手動版が装備されたスコットオイラー純正版を装備したZ2A以降は認めたくないと思ってる。


 このチェーン給油機構は当時シールチェーンではなかったZ1が、開発途中に「すぐチェーンが駄目になる」ということで装備させたもの。


 後にZ2A型はシールチェーンになり、不要ではないかと判断されてZ2B以降は廃止された。


 しかし巷で最も評価が高い750RSはシールチェーン+チェーン給油機構装備のZ2Aの後期型。

 私はむしろ無駄に最初期型に拘るより最も頑丈とされるこのZIIが一番好きだ。


 そしてこのチェーン給油機構は40年以上を経た現在ですらまともに稼動し、前述したZ2A後期型の玉数が多い理由の1つであったりする。


 この機構は一見するとオイル漏れに見えるせいで「カワサキか……」の代名詞になったりしているが、


 「カワサキはこれが純正なんだよ!」の正真正銘の本当の意味は、「フロントスプロケット側に配置されたチェーン給油機構が夏場になるとオイルを漏らす」ことを意味しているのではないかと言われ、それならば本当に故障でもなんでもない。


 このチェーン給油機構、川崎は「苦肉の策だ」とNinjaH2(簡易型を搭載)とZ1(ZII)シリーズに搭載したが、「苦肉」などと言わず普通に「標準」にしてほしいぐらいである。


 そんな菱本はZIIをとにかくツーリング主体として使い、暴走族なんでどこ吹く風とばかりに現代的ライダーであり続け、ZIIと半生を共にしている男。


 この出生の地である茨城の地元に40年ずっとライダーをやっている。


 単車と称して何台か重量級大型バイクを持つ身ながら、このZIIにおいては「こいつ自体が俺の女だから」とタンデムすることすらさせなかった代物。(一応、妻子持ちではある)


 ZIIより1つ世代が後になる50代の彼がZIIを選んだ理由は、当時峠などで暴れまわって迷惑をかけていた連中から、いざと言うときに逃げられるだけの性能であることと、


 暴走族に絡まれにくいだけの圧倒的な力強さと知名度を持つこのスタイルを求めた結果によるもの。


 誰も寄せ付けたくない、孤独に走りたい、どこまでも行きたい、誰にも邪魔されたくない。


 限定解除試験に何度も通って手に入れた排気量制限なしの免許を、当時750cc自主規制のある国内の需要に合わせたZIIのために獲得し、その後ずっと乗り続けて今に至る。


 とにかく乗らない時はメンテに費やし、同じ車種を愛車とする周囲からも「いい意味で病気」と言われるほどであるが、その病気とも言える日常的なメンテナンスが今の状態を維持できた理由となっている。


 そんな彼の愛読書は「あいつとララバイ(条件付き)」


 主人公の台詞である「バイクが趣味である以上、よりリスクを少なくし、より楽しく走れるバイクを――」


 そんなことを言う主人公と全く同じ心境でもってZIIを手に入れたのが菱本であるが、作品として内容を認めるのは17巻までと最終回付近。


 そう、無駄にチューニングし始めて公道バトルしはじめる前と、ZIIでそれを止める所までである。


 その後、「ZIIはそういうマシンじゃないし、バイクってそういうものじゃないな」と気づいて海外に渡るからこそ「あいつとララバイ」は名作だと考えているが、やはりZIIで公道バトルは認めたくないようだ。


 まだ国道が未舗装路だらけであった頃からZIIと共に苦難を分かち合ってきた。

 だからこ、そそういうイメージが強い前半の話こそ名作だと考えている。


 そんな菱本は別に川崎だけが至高と考えているわけではなく、ZIIが好きだからこそZIIを愛車にしつつも、CB400もかつて所有していたことがあった。


 今日、律のCB400SBのサスペンションを持ってきたのは、その時のCB400のものであるが、CB400を手放したのは最近のこと。


 そのため、オーリンズのサスペンションは十分に仕事をし、今日の戦闘力を発揮できた。


 そんな彼は律のCB400SBを見たとき、間違いなくかつての自分と同じ想いでバイクに乗っていることを見抜く。


 そしてCB400が律が求めるバイクでないことを光より伝えられた時に思ったのは、「このままだと四気筒ネイキッドが勘違いされる」ということだった。


 本当のネイキッドバイクとはこういうものであるのだと。


 どこまでも行きたい、どこまでも楽に、時に力強く、無限にマシンがライダーに走りを通してパワーを与えてくれるような……そんなものを求めていることを光のちょっとした会話で見出した菱本は、


 まともな普通のライダーなら絶対に「いや、練習会なんかで絶対に乗りたくない」とドン引きしてしまう代物を「夕方にまた取りに来るからその子に乗せてやってくれ」といって置いて行ってしまったのだ。


 しかも菱本は光に対し「土屋には乗せるな」と言いつけており、土屋がいる時、すでにZIIを持ってきてはいたが、遠くから彼が離れるのを様子見していた。


 その時、律の様子を遠くから見ていて「こいつに1度乗せてやら無いとだめだ」と確信を持つに至る。


 律の1つ1つの仕草からそう考えるに至ったのだ。


 スズキ好きとはいえZIIというマシンに理解を示し、バイク好きの生粋なライダーゆえに興味本位から乗りたがるであろう土屋は、菱本から言わせれば「ZIIには不適格」な人間。


 真に適格があるのは「律」であると考えている。


 律と似たような思想、思考を持つ菱本だからこそ、律のCB400のスコットオイラーなどの各種装備を見て、生まれる時代を間違えたといえる男に対し、こいつこそ本来乗るべき車種だったと理解するに至ると同時に己の命の次に大切な代物を預け、


 そして、律が何かを見出すことを期待したまま、会場を後にしたのだ。


 今、律は完全に試されていると言える。

 ZIIに、そして真のネイキッドバイクという存在に。


 彼が求めるスタイルは間違っていないということに。


 それはきっと、ドリームCB750Fourでも同じ役目を果たすことは出来たかもしれない。

 しかし、果たしてドリームCB750Fourの所有者が、律にそのようなことを見出せたかというと疑問が残る。


 ZIIとはどういうマシンなのかということと、それを心の底から愛す菱本だからこそ、そこに気づいたのだ。


「さて、750RSっつーのはそういうマシンで……こいつはマフラーすら傷つけらんねぇようなモンなんだが……律、乗るか?」


「ちょ、ちょっとまって。まず俺大型二輪持ってないから駄目でしょ? その件について菱本さんに伝えなかったの?」


 律は両手の手のひらを前に伸ばし、ストップのジェスチャーを示しながら、光の言葉に待ったをかける。


 そう、律は普通自動二輪しか所有していない。

 つまり、本来なら乗れない……ただし――。


「それは公道での話やねー。ジムカーナは年齢制限16歳未満も排気量関係なく参加可能なんやよ。二輪試乗会と同じやからね。私も10の頃から参加してるから問題ないと思うんやけど……光くん?」


 綾華は未だ疲れからか光のトランポに腰掛けながら、律に向けて話かける。


 彼女はルール上問題ないことを知っており、10歳の頃よりジムカーナに参戦している身であるため、律が乗ることに問題ないということを示す。


 しかし、ルール上「乗れる」ことと、このZIIに「乗る」ことは大きく意味が違う。


「もし俺が律くんと同じ立場なら乗らない。だけど、そんな人間だから菱本のオヤジさんは律くんだけを指名したと言える。俺にはよくわからない何かが……君にはある。ようはシンプルさ。倒さなきゃいいんだ。 そうだろ?」


 清川は事の次第を聞いたことでようやく状況を飲み込むことができたので、光の方を向き、問題ないのではないかということを示す。


「菱本のオヤジさんは倒すなとは言わなかった、ただ律くんに乗ってほしい、そう言ったんだろ? あの人は生粋のヘビーツーリングライダー。風のように現れて風とともに消えるような人。俺は君の事をまだよく知らない……でも君もそういう人間なんじゃないかな?」


 その清川の言葉に己の心の中に何か強い風のようなものが吹いた。

 そう、自分がCBを求めたのはそれを担う存在のため。


 しかしCBはそれに応えてくれない。


 今の清川の言葉から、律は菱本という人間が何をもってZIIに乗ってもらいたいというのかを完全に理解した。


(そういう性能だ……俺にはよくわからないZIIというのはそういう性能だというんだ……なら乗るしかない……四気筒の中に俺が望むバイクなんて無いと思ってた……でも、そうじゃないって……そうなんだな? ZII!)


 律はZIIに目を向け、一呼吸置いた上で呟く。


「……乗る。乗りたい……乗せてほしい。きっと、ZIIって俺なんかじゃ今後二度と乗ることは出来ないような凄い高みの存在なんだろうとは思う……でも俺は、菱本さんという方がZIIでもって俺に訴えたい何かを知りたい! だから――」


 その言葉に光は溜息を吐くが、それもまた一興と納得することにした。


「しゃあねぇ……乗り方は知ってる。俺もZ1に乗ったことはある。操作方法を教えるから準備しろ。いいか、練習走行会は初心者向けの簡単なコースででしか走るなよ? コカしたらお前の貯金全部吹き飛ぶからな!」


 言葉だけでみればそれは光のいつもの物言い。

 半分冗談で半分本気。


 しかしイントネーションはまるで違う。

 このZIIで転倒した場合は本気でそうなる、つまり一切曇りのない本気の意味で律に訴えかけつつも、菱本が仕掛けた律へのアプローチに多少の理解は示し、背中を押すのだった――

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